わたしの百合ハーレムは神様に望まれているらしい 作:緑茶わいん
【番外編】釣りの神様
「お二人とも、大事な話ってなんですか?」
ある日、シルヴィアはマルグリットとサラの二人に呼び出された。
珍しく二人とも非番の日らしい。
呼び出された場所は城の敷地内、散歩する人もあまりいない静かなエリアなのだけれど。
そこに大きめのたらいが一つ。
隣にはちょっとした壺が置かれていて、サラは木製の釣り竿を手にしている。
「釣りをするには不釣り合いな場所のような気がするんですけど……」
「ええ。ちょっと見てほしいものがあるのよ」
状況からしてサラの恩恵絡みなのだろうけれど。
上級騎士サラが神から与えられた力、あるいは役割は「釣りゲームの主人公キャラクター」である。おかげで彼女は釣りの能力が高く、また鞭のようなしなるものの扱いが上手い。
その力に関連するとして──いったいなにが起こるのか。
シルヴィアは流されるまま二人の様子を見守る。するとサラは空のたらいに魔法で水を張ると、そこへ釣り糸を垂らした。
魚のいないたらいに?
「……釣れるんですか?」
「釣れると思うかしら?」
見返してくるマルグリット。
「釣れないと思います」
「正解。……じゃあ、こうしたらどうかしら?」
壺を傾け、中に入っていた一匹の魚をたらいに放す。
釣り針に餌をつけて再チャレンジ。
「???」
それはまあ、これなら釣れるだろう。
釣り堀と言うレベルですらない。もはや食いつく様が見えているのだから釣り上げるのは簡単だ。
いったいこれでなにがわかるというのか。
「あ、かかった」
嬉しそうに言うサラ。だから見えてるってば……っと。
竿が持ち上げられ、魚が釣り上げられて──。
「え?」
その時不思議なことが起こった。
シルヴィアは目を疑った。魚が釣り上げられた。針にかかったままぴちぴちと跳ねているのに、たらいの中にまだ
釣り上げる瞬間に魚の身体がブレて分身したように見えた。
特別な魚、のようには見えないし。
シュレーディンガーの魚、と言おうにも魚は見えているわけで。
「これ、いったいどういうことですか?」
「私たちもそれを聞きたいのよ。これ、いったいどういうことかしら?」
呼び出したマルグリットも困惑顔である。
「ちなみにまだ不思議な現象はあってね」
「まだあるんですか!?」
何度か釣り糸を垂らし、釣り上げた魚で壺がいっぱいになり始めた頃。
いや、一匹の魚が分身しまくっている時点でお腹いっぱいなのだけれど。
たらいの中の魚が「もうお腹いっぱいだよ」とばかりに餌に見向きもしない中、くいくいと釣り糸が引っ張られる。
「……はい?」
「かかったかかった」
ぐいっと引き上げられたのは、放されているのとは
「いえ、あの、いくらなんでもおかしいでしょう?」
分身するだけならいいとして(よくない)、どうして存在しない魚が現れたのか。
ツッコミを入れるシルヴィアを二人の上級騎士がじーっと見て、
「だから、それを聞きたいのだけれど」
「なにかわからない?」
そういうことか。
……まあ、冷静になって考えれば思い当たることはある。
釣りゲーム。
釣り場にいる魚の種類や引き当てる確率は設定されていても、
要するに「魚がいると設定されている水場からは半永久的に魚を釣れる」ということだ。
このシステムをリアルにそのまま持ってくると──魚が一匹でもいる水場ならえんえん釣れる。魚はなんか分身したり無から現れる、ということになるか。
なんだそれ。
こんなもの、ゲームの概念なしでどう説明しろと?
しばし「うーん」と頭を悩ませた後、シルヴィアはこう答えた。
「無から有を生み出すこと自体はゼリエの例もありますから不思議ではありません」
いや思いっきり不思議だけど、ありえない現象ではない。
「サラさんの恩恵は『釣る』という概念が魔法、あるいは神の御業の域に到達しているのではないでしょうか」
「そう言われるとなんだかすごそうに聞こえるね」
「十分すごいと思います。サラさんがいればレイユフィッシュの数を減らさないまま釣り上げることだってできるんですよ?」
太陽石の一件で訪れた街では「魚料理が産業の一つ」なのに「魚を減らすと主産業が滞る」という事態に陥っている。
きっとこの恩恵を明かせばけっこうな金を積んで迎えてくれるだろう。
「もしあの街に住んだら朝から晩まで魚を釣らされそうですけど……」
「それは勘弁してほしいかな。まあ、遠征中の食料調達に便利ってだけでも役に立つか」
やろうと思えば無限に魚が釣れるわけで。
前世の日本ほど流通も整っていないこの世界ではたんぱく質は貴重である。
都にいれば美味しい食事が食べられるとはいえ、屋外ではそうもいかない。
「サラさんがいるだけで仲間が飢えて死ぬ可能性が激減しますね」
「食料調達班の班長になれる逸材ね」
「やめてよ、マルグリットまで。そんな役職、長期遠征でもないと割り振られないでしょう」
その場合の長期遠征は敵地あるいは僻地での激戦の可能性が高い。確かに起こらないに越したことはなさそうだ。
ともあれ、これはなかなか使いでがある。
「おそらく、放されている魚や水場の質、竿や餌の種類でも釣り上げられる魚が変わります。組み合わせによっては高級魚も狙えるかもしれませんね」
「高級魚か。いいわね。新鮮なものはめったに食べられないし」
「きちんと処理しないとお腹を壊したり、最悪死ぬこともあるものね」
「危険だと思った時は迷わず聖職者に相談してくださいね?」
他になにか応用できないかと考えたシルヴィアは釣りゲームの性質をもう一つ思い出す。
「あの、靴とか空き瓶とか釣り上げたことはありませんでしたか?」
「あったよ。池で試した時は確かに釣れたけど……あ、そっか。もしかしてあれも?」
「はい。複製して釣り上げられる可能性があるかと」
長靴とか空き缶は釣りゲームにおけるハズレ枠にありがちなアイテムだ。
本当になんの意味もない場合もあれば二束三文で売れる場合もあるけれど……靴や容器だってただじゃない。うまく使えば資源の節約になる。
「ふむ……なるほど」
思案したマルグリットは傍に控えた自身のメイドから刺繍入りの綺麗なハンカチを受け取り、迷いなくたらいの中に落とした。
「サラ、やってみてくれる?」
「いいの? 釣れるにしても針が──」
「それくらい構わないわ」
さすが、貴族のお嬢様は思い切りが違う。
果たして、サラがハンカチに釣り針を引っ掛けて引き上げると──うん、ハンカチが分身した。
たらいに放り込む分には手を突っ込んで元の品も回収できるので、ハンカチが二枚になった計算である。ほつれた部分は繕って、あと魚臭さを抜くために洗わないといけないけれど。
サラもこれには「すごいね」と驚いて、それから考える素振り。
「私の騎士服一式、もう一着、ううん、三着くらいあると便利なんだけど」
「サラ? 仕立て屋や針子に仕事を与えるのも大事なことよ?」
「失敗したら服が濡れるだけで終わっちゃいますので気をつけてくださいね」
「わ、わかってるってば」
ついでに言うと、針が引っかからないといけないので釣れる品はわりと限られてくるだろう。
釣り針を引っ掛けられて高価な品──指輪とかで試したら果たしてどうなるのか。
顔を見合わせたシルヴィアたちは揃って「やめておこう」と結論を出した。
下手なことをすると経済を破綻させかねない。
例えばもし、魔石の嵌まった指輪をあっさり複製できてしまった日には──魔道具の流通に革命が起こり、急成長したこの国が人類の覇権を握ってしまうかもしれない。
本当、恩恵というのは悪用すると危険な代物である。