わたしの百合ハーレムは神様に望まれているらしい 作:緑茶わいん
「一月ももう半ばかあ……」
月日が経つのは早いもの。
あれだけ遠いと思っていた貴族学校に入学して、もうすぐ一年が過ぎようとしている。
こっちの世界でも三月が卒業シーズンだからか、この時期になると思い出すものがある。
二月半ばの一大イベント、バレンタイン。
こっちの世界に同じ催しは存在しない。
そもそもこの国にはチョコレートも流通していない。手作りチョコとか毒入りだったらえらいことだし、クラスの男子全員にチョコを配る女子とか「遊び好きの変わり者」と見なされかねない。
騎士学校時代は自由もお小遣いも少なかったのでそもそもあまり選択肢がない。ちょっとしたお菓子を買ってクレールやエリザベート、イザベルにプレゼントした程度だ。
みんな喜んで食べていたけれど、
「どうして急にお菓子なんですの?」
「いいじゃない。美味しいものはいくらでももらうよ。あ、お返しはなにがいい? 肉?」
「私ももらっていいんですか? ありがとうございます」
意図を説明できないので頭の上には「?」が浮かんでいた。
「でも、今年はちょっと凝ったものでも大丈夫そうだよね」
「なんのお話ですか、シルヴィア様?」
「うん。いつもね、このくらいの時期になるとみんなに日頃の感謝の品を贈りたくなるんだ」
「なるほど。それは良いことですね。なにを贈られるのですか?」
「そうだなあ。お菓子なのは確定なんだけど」
なにか適当なものはないだろうか。
「《チョコレート》」
ぼそっと呟いてみたら手の中にぽん、と赤い箱の板チョコが現れてしまった。うん、良くない。こんなものを広めたら暴動が起きかねない。
チョコは後でしっかり胃の中に処分するとして、なにか考えなくては。
「やっぱり、専門家に相談してみたほうがいいかな」
◇ ◇ ◇
「それで私たちに会いにきたんだ」
「うん。なにかいいのはないかな?」
「私たちなんかに頼らなくても、貴族学校に腕のいいシェフがいるのに」
確かにいるけれど、貴族の間で知られているお菓子だとクレールたちも普通に馴染みがあるかもしれない。どうせならちょっと変わったもののほうがシルヴィアも楽しい。
あと、ここには母とマリーの研究用にいろんな珍しい食材がやってくる。
二人ならなにか思いつくかもしれない。
「うーん。そうは言ってもなかなかねー。これは成功、っていうのは少なくて」
「やっぱりそうなんだ」
スキルレベルが足りていないのだろうか。
料理ゲームでも錬金術師育成ゲームでも何度も作って腕を磨いてステップアップしていくのは定番だ。
「いっかい別のに挑戦してから戻ってきたら新しいアイデアが閃くかもよ?」
「なるほど。やってみるよ、ありがとう、シル!」
それでどうするかという話なのだけれど。
「食べ物でプレゼントなら、ある程度日持ちするもののほうがいいよね。クッキーとか?」
「なにも思い浮かばなかったらクッキーだけど、なにか目新しいものがいいなあって」
目新しければいいとも限らない。
例えば干し肉を贈っても喜んでもらえるかどうか──クレールは喜びそうな気がする。
いや、干し肉と言っても簡単な保存食ばかりじゃない。ビーフジャーキー的なものもある。ただ、あれは新鮮な肉をその場で調理しないとだめか。
「ね、マリー? 珍しい食材見せてもらっていい?」
「もちろんいいよ。使っちゃったのもあるけど、仕入れたことあるのはメモしてあるから」
「あ、字の勉強もしてるんだ。すごいね」
「えへへ。レシピをメモして読み返せると便利だから、ってね。簡単だけど絵も描いてるんだよ」
平民だと識字率もそんなに高くない。さらに言うと「読み書きができる」の基準が「自分の名前を書ける」だったりするので、簡単な言葉が書いて読めるだけでもかなりすごい。
ただ、マリーの字は……むしろ絵のほうがしっかりしていて驚いたレベル。
「けっこういろいろあるね……。あれ、これってもしかして?」
「知ってるの、それ? なんか薬の材料らしいんだけど」
「いや、どうだろう……?」
答えつつも、独特のにおいからなんとなくのあたりはついた。
別の地域で薬として用いられているというスパイス。粉になる前の状態で見るのは初めてだけれど、これはたぶんターメリックだ。
言わずと知れた「アレ」の材料の一つだ。
バレンタインデーから離れていってしまうけれど、もしかしたら日本人の大好きなアレが再現できるかもしれない。西洋系の文化が根付いているこの国でもある程度のアレンジを加えれば流行りそうな気がする。
アレに必要なのはたしかターメリックとクミン、コリアンダー?
……クミンとコリアンダーってどんなにおいでどんな形してるんだろう?
遠い目になったシルヴィアはマリーを振り返って。
「このへんの食材を上手く組み合わせたら、いい感じの香りのする美味しい料理ができないかな?」
「シル? そんな曖昧な言い方なら私でもできるよ?」
ですよね。
「仕方ない。もうちょっと現実的な食べ物を考えよう」
「私はときどきシルがしっかり者なのかおかしいのかわからなくなるよ……」
「わたしもそう思う……」
シルヴィアはお菓子づくりに詳しくない。
前世では暇さえあればゲームをしていて、お菓子のレシピなんてろくに触れてこなかったからだ。せっかく異世界転生したのだからもうちょっと現代知識無双ができればよかったのに。
となると、いろいろあるスパイス系でなにか作れないか。
「唐辛子もあるんだよね。使われることは少ないんだけど」
辛みに関しては胡椒とかそっち系が主流だ。唐辛子の使い方の研究はまだまだ進んでいない。
唐辛子といえば麻婆豆腐(※個人の見解です)。豆腐はないけど麻婆茄子なら作れるかもしれない。日持ちはまったくしないけど。
「……むう」
前世ではスパイスなんてお弁当なんかのおまけでついてくるくらいメジャーなのに。
ハンバーガーショップなんかだとフリフリポテトとか言っていろんなフレーバーがあったり。
「あ、それいいかも」
「なにか思いついた?」
「うん。上手く行けば面白いかも。……どっちかっていうとお酒のつまみだけど」
そうして、マリーや母の協力を得てシルヴィアが完成させたのは、
◇ ◇ ◇
「シルヴィア様。これはいったい……? スパイス、でしょうか?」
来たる二月中旬。
何度か実家に通って完成させた品を『銀百合』仮本部へ持っていくと、みんなが不思議そうにそれを見つめた。
「はい、スパイスです。皆さまに日頃のお礼ということでお贈りしようかと」
「へえー。この時期だからいつものアレかと思ったんだけど、今年はお菓子じゃないんだね?」
「お菓子だよ。……あ、でも、どっちかっていうと軽食?」
煮沸消毒した小瓶に入ったスパイスが何種類か。
「ゼリエ」
「かしこまりました」
それと、貴族学校の厨房に頼んで作ってもらったもの。じゃがいもを薄くスライスして油で揚げた料理、ポテトチップス。
「珍しい形のフライドポテトですわね」
「薄いとぱりっとして気分が変わるんだよ。……で、これにこのスパイスを」
まだほんのり温かいチップスにスパイスをまぶす。
唐辛子がほんのり効いたスパイシーなもの。
コンソメを煮詰めた顆粒で作った手作りコンソメ味。
のり塩にしたかったけどのりがないのでうすしお味。
あとはスパイスからはちょっと外れるけど蜂蜜をかけたもの。
別の味付けが施されたチップスの数々にクレールが唾を飲み込む。
「なにこれ、すごく美味しそうなんだけど」
「味が落ちないうちに毒見をお願いしますわ」
エリザベートもどこかそわそわとメイドに命令する。
もちろん毒なんて入れていないけれど、立場上、出どころのはっきりしている物以外は毒見を通さないといけない。
貴族学校の食堂なんかは入れる者を制限している上に身元のしっかりしたスタッフしかおらず、そのうえ生徒に毒でも盛られようものなら全員解雇されかねない、とそこまでしっかりすることで毒見を省いている。
で。
「……うん、これは癖になる! これだけじゃぜんぜん足りないよ」
「あはは。あんまり食べると食事に差し支えるよ。それに、スパイスさえあればチップスのほうはわりと簡単だから」
もちろん持ち帰り用のスパイスも用意してある。
リゼットも含め、全員が気に入った味のスパイスをほくほく顔で持ち帰っていった。どうやら今年のバレンタインは成功のようである。
でも、いつかはちゃんとチョコレートを贈りたい。神聖魔法で出したやつじゃなくて、ちゃんとしたやつを。