わたしの百合ハーレムは神様に望まれているらしい 作:緑茶わいん
授業の合間に散歩をしようと庭に出ると、数人の貴族令嬢が黒猫と戯れていた。
毛並みもよく大人しい。所属を表す首輪も嫌がらない、ということで猫──ティーアは放し飼いを許されることになった。
それからはわりとあちこちあるき回っているのだけれど、
「ごきげんよう。その子がなにか悪さをしていませんか?」
「あら、ごきげんよう、シルヴィア様」
「悪さなんて。とてもお利口な猫ですわ。ね?」
「なー」
普通の猫のフリが上手い。
『私にはできないわね。まあ、ああやって撫でられたり抱かれるのは本望だけれど』
ヴァッフェ的には「おい猫そこ代われ」といったところか。
「この子、時折お見かけするのですけれど、声をかけても振り向いてくれないことも多くて」
「こうして撫でさせてくれるのはとても幸運なのです」
「猫は気まぐれですからね。わたしにもあまり懐いてくれませんし」
「まあ。ですが、こんなに大人しいではありませんか」
動物は人の心を和ませてくれる。
猫という存在がうまく場を繋いでくれているのか、階級が上の生徒とも穏やかに話が続いた。当のティーアは「あんまり調子に乗るんじゃないわよ」とばかりに軽くこちらを睨んできたけれど。
「ティーアさんへの餌はなにをお与えに?」
「パンをミルクでふやかしたものや、柔らかい野菜などでしょうか。人間好みの味付けのものは小動物には塩気が強すぎるので」
「そうなのですね」
「私も猫、飼ってみようかしら」
「黒猫というと最初は不吉な印象でしたけれど、こうしてみると可愛らしいものですわね」
神の象徴が白なので、その反対の黒を持つ動物──カラスや黒猫は不吉とされることがある。
魔法使いなんかも黒を纏うことがあるので絶対ではない。
黒猫に関しては飼ってみるとその魅力にやられてしまう、という人も少なくないようで。ティーアも貴族学校生、特に女子生徒から人気を集めている。
たまに先生が餌をやっているところも見るし、猫と戯れる女子を羨ましそうに見る男子もたまにいる。
「あ、ティーアさん」
撫でられるのに飽きたのか、ティーアは自分からシルヴィア、というかその傍に控えるゼリエに寄ってきた。
メイドの手にしている金属製のカゴを自分で開くと中に収まり「やっと落ち着けるわ」とばかりに伸びをした。
「まあ、賢い」
「シルヴィア様。この子はなんという種類の猫なのかしら?」
「申し訳ありません。わたしも偶然出会っただけですので、品種までは」
魔族です、とは言えない。
「お父様に猫を飼えないか頼んでみようかしら」
「お部屋が猫の毛でいっぱいになりますのでその点はお気をつけください」
「あら、その程度、可愛い子のためなら安いものですわ」
掃除の手間という発想が出てこないのはさすがお嬢様である。かくいうシルヴィアも自分で掃除する、なんていう庶民的な行動は禁止されている。
部屋の掃除からシルヴィアの世話まで担当しているゼリエは彼女たちのメイドの苦労を偲ぶような表情を浮かべた。
そのうち同世代の生徒の間で猫ブームが起こるかもしれない。
「では、私たちはこれで。ごきげんよう」
「ええ、ごきげんよう」
離れていく生徒たちを笑顔で見送って、
「このところ行く先々で声をかけられるのよね。のんびり昼寝もできやしない」
「魔族って試験も学校もなくて気楽でいいよね」
「あんたたち人間が生涯かけて学ぶ程度の知識はもう得てしまっているだけだけどねー」
長すぎる余生みたいな感じか。だから暇を持て余すのだろう。
「でもティーアって本当に変わってるよね。ほんとに猫みたいな生活してるし」
「変わり者の自覚はあるけど。魔族なんてだいたい変なやつだよ?」
「そうかも」
「ちょっとシルヴィア。誰を見てそう思ったのか言ってみなさい」
誰と言われても、会ったことのある魔族は二人だけである。
「変わってるにしてもティーアは変わりすぎよ。この子、本物の猫とも遊んでいるわよ?」
「え、そうなの?」
「別に大したことじゃないでしょ? あたし動物好きだし」
オークも、下手をしたら人間さえその「動物」カテゴリに入っているのはどうなのか。
まあでも、オークを繁殖させて楽しんでるような子だし。
「……そういえば、魔族ってどうやって子供を作るの?」
文献には単性生殖めいたことは書いてあったけれど詳しくは知らない。書いた人間が敢えてぼかしたのか、単に知らなかったのか。
「私たちはあなたたち人間やエルフみたいに他者の因子を取り込む必要はないわ」
「魔力の一部を自分とは別の命に変えて子供を作るんだよ。……なんていうか、まっさらな魔族を魔法で創造する感じ?」
生まれた子供は周辺環境の影響を受けて育ち、その性格を決定する。
親が育てれば当然それに似ることはあるものの、遺伝的に似ることはない。似せたければ作るときにそういうふうに作る。
「やろうと思えば人間のやり方もできるよ? 人間の女は女同士で生殖できないから無理だけど」
「じゃあエルフとなら子供作れるんだ」
「余裕余裕」
生まれた子は半分魔族──と言っても赤ん坊のうちに勝手に純エルフになってしまうらしい。魔族の「姿を変える」性質が働いてもう片方の種族に適応してしまうのだとか。
「そのうち猫の子供産んでみるのもいいかもねー」
「そしたら子供の飼い主を募集しないとね」
募集が殺到しそうでちょっと怖い。
それにしても、種族によって繁殖の方法もいろいろあるらしい。
なら、人間が上位種族になるためには、
「人間もなにか見つけないといけないんだね」
「そうだよー? 早くみつけてくれないかなあ、ほんとあんたたちはのろまなんだから」
しばらくご飯を猫まんまにしてやろうか。
いや、白いご飯とお味噌汁とかシルヴィアが食べたいくらいだけれど。西洋風に直すとパン粥? うん、普通の料理だ。
魔族は魔力生命体なので必ずしも食事をしなくてもいい。食物に含まれた魔力を吸収して多少回復が早くなる程度。ティーアはどちらかというと気分転換的な意味でたまに餌を要求してくる。
エルフは話を聞く限り普通に飲食するっぽいけれど。
「人間が上位種族に進化するって、かなりとてつもないことなんじゃないかなあ」
それこそ人体改造でもしないと無理なのでは。
「人間と魔族の違いをまとめた論文を発表するだけでもけっこう褒めてもらえそう」
「別に協力してもいいけど、情報のでどころはどうするつもりなわけ?」
「うーん、それはどうしようもないなあ」
ティーアたちを偉い人に突きだしたらろくなことにならないだろうし、ひとまずこのあたりの話は身内だけで留めておくしかなさそうだ。
と、結論付けたところで学内用の鐘の音。
感覚としては授業開始五分前。優雅な生活を心がけるため、休み時間が長めに取られているこの学校だけれどそろそろ行かないとまずい。
「じゃあ、ゼリエ。ティーアを部屋に戻してきてくれる?」
「かしこまりました」
メイドと一時的に別れ、シルヴィアは次の教室へと早足で向かった。