わたしの百合ハーレムは神様に望まれているらしい 作:緑茶わいん
家令が客人の来訪を告げたのは約束通りの時間だった。
「律儀だな。来てくれない可能性も考えていたが」
「せっかくのお招きです。すっぽかすのは失礼かと思いまして」
言いながら、相手の表情には困惑の色があった。
こちらの意図を測りかねているのだろう。騎士団長──長くそう呼ばれていたただの男は笑いながら着席を勧めた。
メイドが丁寧に、それでいて手早く酒とつまみの準備を進めていく。
「なかなかいい酒が手に入ったのだ。空にするまで帰れないと思ってくれ」
「騎士団の長を二日酔いで訓練に参加できなくさせるおつもりか?」
「ははは。長が率先して息を抜かなくては部下も休めぬというものだ」
準備を終えたメイドは恭しく一礼すると全員退席していく。
酒盛りの間は人払いを行う。あらかじめ通達しておいた通りだ。
この対応に相手──現騎士団長は怪訝そうに眉をひそめて。
「剣を突きつけられるとは思っていないのですか?」
「既になんの役職にもいない私を殺してなんの得がある?」
「ご冗談を。今でもあなたの影響力は絶大ですよ。忌々しいほどに」
などと言いつつも彼は酒をグラスで受けた。
毒見代わりに酒、そしてつまみを口にしてやれば若干やけになった様子でグラスをあおる。
「……美味い」
「だろう? 貴殿とはあまり共に飲む機会がなかったからな」
「派閥が違うのですから当たり前でしょう」
「派閥云々の前に共に戦う仲間だろうに。ああ、引退前にやった模擬戦は楽しかったな。心躍る試合だった」
酒が入って高揚した気分のままつまみも勧める。
「面白いスパイスをもらってな。なんでも揚げた芋にかける専用らしい」
「調合したスパイスを芋に? なんとも贅沢というか酔狂というか……む、これは」
「うまいだろう?」
返事は、勢いよく空になったグラスだけで十分だった。
「どこからこれを?」
「イリス王女殿下が手ずから売っているのだ。まだ量産が難しいために数が少ないらしい」
「イリス殿下? ……ということは、まさか大元はあの娘ですか?」
よくわかっている。それだけ詳しいのなら彼女たちの功績を認めてもいいと思うのだが。
「それで、用件はなんです?」
「酒を飲むのも大事な用件だよ。まあ、聞きたかったのはなぜ『銀百合』を嫌うのか、ということだ」
「やはり、そういう話ですか」
物凄く嫌そうな顔をされた。
無理もない。彼ら二人はこの件に関して意見が大きく対立している。大いに結構という立場と、けしからんという立場。
騎士団長は手酌で酒を補充しつつ「決まっているでしょう」と吐き捨てる。
「女など子を産み、育て、家の差配を行って夫を支えていればいい。そういうものでしょう」
「古い考え方だとは思わないか?」
「私が子供だった頃はそれが普通だった」
「あの頃はまだ今よりも国が荒れていたからな」
この国でも彼らの親世代、あるいは祖父世代の頃に戦争があった。
その爪痕はまだ大きく残っており、有事には男が剣を取って戦うべきという考え方も今よりずっと強くあった。
「人同士の戦いのせいで魔物への対処が疎かになり、多くの人が死にました」
「……貴殿も姉君と妹君を亡くしていたのだったな」
夏に避暑地へ旅行している最中のことだった。
当時既に騎士見習いとして学校にいた彼は襲撃を免れたものの、逆に「自分がいれば助けられたかもしれないのに」とそのことを強く悔いたらしい。
「女は男に比べて力が弱い。なにも無理に戦うことはない」
「魔力量は男よりも女のほうが高いと言うぞ? 魔力による身体強化を含めれば差はないのではないか?」
「だとしても、妊娠によって体力が衰えるのは致命的でしょう」
彼の意見にも一理ある。
ただ、時代の流れに逆らおうとしているのも事実だと思う。
「マルグリットやサラは新しい時代の女騎士だ。これからは彼女たちのような騎士が増えていくだろう」
「それこそ『銀百合』の者達のように、ですか? ……馬鹿馬鹿しい。剣など振るわなければ長生きできるだろうに」
「ならば、当人たちにそう言ってやればいいものを」
「言えるものか」
酒量が増えてきた。
揚げた芋以外のつまみにもかなり手をつけている。頃合いを見て追加を頼むか、と考えつつ、二本目の酒をテーブルに置いた。
「貴殿も派閥だの政治だのを忘れればもう少し楽に生きられるだろうに」
「あなたにだけはそれを言われたくありません」
「かもしれんな」
自分はかなり好き勝手にやってきた。
長がそんなふうだったので副団長には随分と苦労をかけただろう。
真面目な者ほど貴族社会のしがらみや権力争いに傷つき、疲弊し、やがてその闇に呑まれていく。気づいた時にはかつて忌み嫌っていた汚い大人に自分がなってしまう。
姉妹の死を悼み、魔物の根絶を誓った心優しい少年の志は、失われてはいなくともどこか歪んでしまった。
人とはそういうものだ。
誰しも理由はあるし意思もある。必ずしも一方に非があるとは限らない。
「若い頃のように、やりたいことを思いきりやれればいいのだがな」
ある意味、それを体現しているのが『銀百合』だ。
女だけの騎士団。
彼だって最初は絵空事だと思った。お嬢様のお遊びだと。
しかし、エリザベート・デュ・デュヴァリエ公爵令嬢は絵空事を現実にするための建前を心得ていたし、計画には聖女までもが乗っていた。
さらに、決闘で対峙したあの若い騎士見習い。クレール・エルミートには英雄の資質がある。
エルフの血を引くリゼット公爵令嬢も。
男爵令嬢ながらも女にしておくのが惜しい弓の才を持つイザベル・イストも。
若手騎士四人を相手に戦ってみせたラシェル・アランブールも。
有望すぎる人材を見出し、育て、一箇所に集めて見せたのは。
「シルヴィア・トー」
口にした名前に騎士団長がぴくりと反応する。
「あれは止まらないぞ。口では自信なさげにしながら、やりたいことは必ず実現させる。周りはあれに期待し、あれに自身の望みをかける」
「神に愛された子と呼ばれるのは伊達ではないと?」
「伊達で平民が『戦略家』に選ばれると思うか?」
騎士学校時代に魔族を打ち倒し、一年後には別の魔族を討伐。
都の危機を二度も救った時点で、少なくとも無才とは呼べない。
少女たちを高みへと連れて行く存在。
あるいは、彼女こそが人という種の──。
「神に愛された子。その行く末が、国をも巻き込んだ破滅でなければ良いのですがね」
「そんな事は誰にもわからんさ」
彼らの戦いだってそうだ。
自分たちのしてきた事が正しかったのかどうか、それは結果から判断するしかない。
シルヴィア・トーのやり方が正しいかどうか、それもまた後の歴史に判断してもらうしかない。
「私は悔しいよ。溢れんばかりの才の持ち主が今になって次々と現れる。もっと若ければ武を競い合えたろうに」
心の底から嘆くと、深い溜め息が返ってきた。
「あなたは気楽そうで、本当に羨ましい」
「だろう?」
だからお前もさっさと肩の力を抜け──そう続けるのは止めておいた。
各種妨害をはねのけ続ける『銀百合』のせいで彼の立場が危うくなりつつあるのは知っていたからだ。
自業自得。
彼は少々やりすぎた。場合によっては大きな被害が出ていたかもしれない。
ある意味ではシルヴィアたちのおかげで『実現』しなかったものの、なにか派手な悪戯が行われていたならあるいは、この男を『処分』することになっていたかも──。
まあいい。
面倒な話はこれくらいにしておこう。だいぶ量の減ってきた揚げ芋を口に放り込み、
「もう少し楽しい話をしよう。ほら、とりあえず月にでも乾杯するか?」
物凄く嫌そうな顔をされた。