わたしの百合ハーレムは神様に望まれているらしい   作:緑茶わいん

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人材確保にも苦労がある 2

 スリスの将来があまり人には言いづらい夜の職業に決まったのは五歳の時だった。

 わけもわからないまま神殿に連れていかれて、わけもわからないまま神託を受けて。その結果に母が泣いていたことだけをはっきりと覚えている。

 

『どうしてこの子がこんな目に』

 

 その言葉の意味は成長するにつれて少しずつわかった。

 周りから──特に男性からの目がどことなく怖い。

 幸か不幸か容姿だけはかなり整っていたので尚更だったのだろう。

 ああ、自分はみんなとは違うんだ。

 なんとなくそれを理解した頃に見習いとして夜のお店に入った。

 教えられたのは最低限の礼儀作法、言葉遣い、読み書きに歌、踊りなど。

 店の掃除はスリスや他の見習いとは別の雑用係の仕事。既に仕事をしているお姉さんたちはみんな優しくて、自分も成長したらこうなるのだ、と、少しだけ夢が広がった。

 

 どんな世界でも浸かってしまえばそれなりに楽しいもの。

 

 成長したスリスは客を取るようになり、人には言えないなりにやりがいを感じた。

 人を喜ばせられる職業には違いない。

 どうせやるなら楽しんだほうが得に決まっている。その心がけは間違っていなかったと思うし、先輩方もやる気を褒めてくれたのだけれど。

 

『顔はいいけど地味だな』

 

 新人、という看板が外れるにつれて客足は衰える一方だった。

 黒髪に紫の目。

 同僚の中だと見栄えのしない容姿が足を引っ張った。一生懸命他の取り柄を作ろうともしたけれどうまくはいかず、自分よりも教養で劣る同期、後輩に客を持っていかれる日々。

 

 ──もう、やめてしまおうか。

 

 思い始めたのは十八歳になった頃。

 神様が教えてくれた天職を離れるなんて考えたこともなかったけれど、他の職業について成功した人がいないわけじゃない。

 別に大きく成功しなくたって、細々とやっていければそれでいいんじゃないか。どうせ今の仕事は歳を取ったら続けにくくなるのだ。

 数少ないお客さんに口利きを頼んだり、人手を求めているところがないか聞いて回ったり。そんなある日、新しい商会が立ち上がると聞いて応募してみた。

 期待はしていなかったけれど。

 

「スリスさん、ですね。よろしければ、わたしのメイドになりませんか?」

 

 新商会の主になるという王女様ではなく、その隣にいた巫女? がスリスに目を留めてくれた。

 彼女は巫女ではなく貴族で、現在追加のメイドを探しているらしい。

 

「私なんかでいいの? ……いえ、よろしいのですか?」

 

 尋ねると、彼女──シルヴィア・トー男爵は「ええ」と微笑した。

 

「貴族の従者として十分な容姿。教養と礼儀作法。しかも、人に尽くすことに慣れている。適任だと思うのです」

 

 誰かから必要だと言われたのは久しぶりな気がした。

 しかも、見た目だけではなく、一生懸命に磨いてきた教養も褒められた。

 

「ですが、私は」

「今の職業のことでしたらお気になさらず。貴族の利用者は多くなかったでしょうから逆に目立たないかもしれませんし──わたしが所属している貴族学校は子供が通うところですから」

 

 いかがわしい店に通う未成年はそうそういない。

 肩身の狭い思いはしなくてすむ。

 

「それでももし、見咎められるのが恐ろしいと言うのでしたら」

 

 シルヴィアは小さく首を傾げて、

 

「お化粧をしてみてはいかがでしょうか?」

 

 

 

 

 

 化粧。

 もちろん、経験はたくさんあった。男を喜ばせるには必須の技術と言ってもいい。なので今更、と思ったのだけれど。

 

「お化粧の種類が少し違います。自分を飾り立てるための化粧ではなく、別人になるために化粧をするのです」

「別人になるために……」

「変装の一種ですね。お化粧をするとその人の印象がぐっと変わるでしょう? お店に来られる方はあなたの『化粧をした顔』しか見たことがないでしょうから──」

「別の顔を作れば私と見破られにくくなる……?」

「ええ」

 

 光明が差したようだった。

 

「衣装もメイド用のお仕着せですから印象はぐっと変わるはずです。もしそれでも不安なら名前も変えてしまいましょう」

 

 それに関しては問題なかった。

 店では別の名前で働いているので、これからは本名を使えばいい。

(偽名を使う風習は引退した時のためというよりは、貴族風の名前にして箔をつけるため。けれど今回はそれが役に立った)

 

「もし見破られても『他人の空似では?』と言ってしまえばいいのです。別に本当に見破られても構いません。わたしは平民上がりの男爵ですから、痛くも痒くもありません」

 

 給料もそれなりの金額が出る。

 これ以上ない話だと思った。元平民とはいえ貴族のメイドなら誰に気兼ねすることもない。そのうえ、これまでの経験がある程度活かせる。

 

「他人がもてはやされるのを黙ってみていなくてはいけない。それはあなたにとって辛いことかもしれませんが──」

「いいえ、やらせてください」

 

 迷ったのはほんの数秒だった。

 自分よりも歳下にも関わらず作法のしっかりとした少女に深く頭を下げて頼み込む。

 

「仕事を覚えられるように精一杯努力します。ですから、私をメイドとして雇ってください」

「顔を上げてください」

 

 前を向けば、優しい表情。

 

「わかりました。……神から与えられた職業を離れるのは大きな決断です。あなたが新しい仕事をこなしていけるよう、わたしも可能な限り協力しますね」

「ありがとうございます。シルヴィア様」

 

 こうして、スリスはシルヴィア・トー付きのメイドとして再出発することになった。

 

 

 

 

 

 新しいことだらけのメイド教育は決して楽なものではなかった。

 先輩であり上司であるゼリエは元貴族なうえに元巫女という経歴で、それだけに理想が高く地味な仕事も厭わない。

 休み無しでこの量の仕事をこなしていたのか、と、教わる側が目を白黒させてしまうほどだったけれど、学ぶ楽しさも確かにあった。

 

 掃除も、店の女の子たちがやっていた冷たい水での拭き掃除なんかとは違う。

 魔力の乏しいスリスは魔道具を使える回数に限りがあるけれど、温めた水を使えるし、室内の埃を吸い込む道具などもある。

 

 幼くして巫女になったゼリエは化粧や服飾にうとい部分があったため、そうしたところはスリスが補える。夜に起きて朝寝る生活を止めたら寝付きもよくなったし身体の慢性的なだるさからも解放された。

 貴族の学校だけあって食事も美味しいし、これ以上を望んだら神様から怒られてしまいそうだ。

 

「スリスもそろそろ一人前ですね」

 

 ようやくゼリエから認められたのは働き始めて半年ほどが経った頃。

 普段は厳しい先輩からの温かい言葉に涙が出そうになる。ぐいっと服の袖で拭いそうになるのをこらえて指で軽く目をこすった。

 

「ありがとうございます」

「自信をもってください。これだけ仕事ができれば他の貴族家でも一目置かれるはずです」

「?」

「シルヴィア様は貴族学校でのお勉強の他に『銀百合騎士団』の設立準備、神殿での修行までこなされていますので、一般の貴族令嬢とは忙しさが違います」

 

 毎日あちこちから手紙が来るわ授業終了後に出かけることも多いわ、公爵令嬢や王族との面会も頻繁にあるわ、さすがにスリスも「これは普通じゃないのでは?」とは思っていたけれど、どうやら案の定だったらしい。

 

「銀百合が正式稼働した暁にはもっと忙しくなるでしょうから、覚悟してくださいね」

「うわ。……あの、ゼリエ様。メイドをもう一人くらい増やしませんか?」

「それは良い考えだと思いますが、予算にも限りがありますからね。それに、新人を新たに教育する場合、通常業務はスリスがメインで行ってもらうことになりますよ?」

 

 ……やっぱり、ここの主従は鬼かもしれない。

 前の仕事ではあまり感じられなくなっていたやりがいをたっぷり感じられるようになったことを実感しつつ、スリスは心の中で悲鳴を上げた。

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