わたしの百合ハーレムは神様に望まれているらしい 作:緑茶わいん
風の音と草の揺れる音の中。
仲間たちと共に寝袋にくるまったシルヴィアは外からの声に目を覚ました。
「……合計で三十匹以上のゴブリンか」
「ああ。偶然出くわしたにしては数が多すぎる」
教師たちだ。
後始末のため現場に残っていた面々が戻ってきて情報共有が行われているらしい。
大人たちに切迫感はないが緊迫感はある。
「群れの移動だとすれば同規模のゴブリンが他に巣を作っているかもしれん」
「ああ。……それと気になることがあってな」
「気になること?」
「俺はゴブリンどもを蹴散らしながら奴らが来る方に突撃しただろう? その時に見たんだよ。ローブで顔まで隠した人影を」
「何?」
騎士学校の教師はその多くが一線を退いた騎士だ。
国や民を思う心は人一倍に持っている。だから国の敵は見逃せない。
「残念ながら逃げられたが、あれはゴブリンじゃない。人かエルフか……あるいは魔族、かもな」
「偶発的な遭遇ではなく、我々が狙って襲われた?」
「可能性はある。見習いどもを襲えば未来の騎士を減らすことに繋がるからな」
騎士学校における一学年の人数は三十名と少し。
騎士団に毎年補充される最大人数とほぼイコールなので、これを「ゼロ」にできれば国は大きく疲弊する。
「上に報告がいるな。他国の介入の線も考えなければならん」
「邪教徒の仕業である線も、な」
この場にいる人間は子供であっても騎士見習い。
特に隠すような話でもないのだろうが……それにしても、あまり聞きたくない話だ。
国家間、あるいは宗教絡みの陰謀だなんて。
思わずため息をついたところで、
「あんまり考えても仕方ないと思うよ」
「ラシェル隊長」
見ればラシェルだけでなくクレール、エリザベート、イザベルも目を開けていた。
「先生の声が無駄に大きいから起きちゃったよ」
「こういう場合でなければ翌朝みんなで文句を言うところですわ」
「でも、ゴブリンの件も気になります」
体育会系の大人たちと違って声をひそめていればそうそう他には聞こえない。
一度目覚めてしまった少女たちはせっかくだからとひそひそ声で言葉を交わした。
「ボクとしてはシルヴィア、キミのほうが気になるんだけどな」
「わ、わたしですか? どうして?」
「どうしてって。他の三人が揃ってキミのおかげだと口にするからさ」
そんなことは──あったような気もする。
みんながフォローしてくれたのは嬉しいけれど、そのせいでラシェルから目をつけられてしまったのか。
ほとんど真っ暗の中、紅色の瞳が不思議とはっきり見えて。
「まさかとは思うけど、クレールたちは全員、恩恵を利用できているのかな?」
「どうしてそんなふうに思ったんですか?」
「四年生がゴブリン相手にあそこまで戦えるなんて普通ないからだよ。それも分隊全員なんてさすがにおかしい」
「正確に言うと全員ではありませんけれど」
「じゃあ残ったシルヴィアが原因でもぜんぜんおかしくないよね」
困った。
こんなにぽんぽんバレていたら数年後には「シルヴィアの秘密を知っている同盟」が数十名に膨れ上がってしまいかねない。
かといって特に言い逃れる方法も思いつかないのだけれど。
「あははー。ラシェル先輩、さすがにそんなことあるわけないじゃないですかー。ねえシルヴィア、エリザベート?」
「うん、つまりなにかあるんだね?」
「クレール。あなたちょっと黙っていていただけませんこと?」
親友の棒読みでさらに疑われてしまった。
「教えてよ、シルヴィア。キミになにか秘密があるなら。ボクももっと強くなりたいんだ」
「ラシェル隊長も、強くなりたい理由があるんですか?」
「そりゃああるよ。あと二年──正規騎士になるまでに舐められない強さを身に付けたい」
寝袋の中から伸びてきた拳がぎゅっと握られる。
「騎士は国と民を守る大事な仕事だ。だから弱い騎士はいらない。もっと強くならなきゃ弱い人を守れない」
「でしたら、戦う力の乏しい者がいることをもう少し理解してくだされば」
「だから反省してるんじゃないか。……身体を鍛える以外で戦いの役に立つ人だっているのかもって」
シルヴィアは迷った。
ラシェルの気持ちはわかる。彼女もまたクレールやエリザベート、イザベルと似たところがある。
同じ女として理解してあげたい気持ちもあるけれど、そうやってほいほい教えていたらいつか秘密が漏れてしまいかねない。
けれど、味方は多いに越したことはない。
百合ハーレムを作るかどうかはともかく、シルヴィアの能力的にも味方につけるのは女の子のほうがいい。
「こんなこと言うと偉そうだと思われるかもしれませんが、条件があります」
「条件か。なにかな?」
「来年と再来年の遠征訓練でもわたしたちを担当してください」
するとラシェルは瞬きをして「そんなことでいいのかい?」と言った。
「むしろ望むところさ。本当にキミたちに秘密があるのなら」
遠征訓練に同行する上級学校の生徒は希望者+学校が選抜した者で構成されているらしい。
上級学校の一年生が騎士学校四年生を、二年生が五年生を──という形なので、やろうと思えば三年間同じ先輩に担当してもらえる。
「では、わたくしからも一つ。我々、特にシルヴィアと敵対しないことを神に誓ってくださいませ」
「いいよ。神に誓って君たちにもシルヴィアにも敵対しない」
どうやら本気らしい。
シルヴィアは意を決して自らの秘密を打ち明けた。
「わたしに与えられた恩恵は神様の言葉を解読すること、なんです」
◇ ◇ ◇
それから、あっという間に時が過ぎて。
「シルヴィア。起きて、シルヴィア」
耳元で囁かれる優しい声にゆっくりと意識が浮上。
目を覚ませば、寝間着姿のクレールに手足でしっかり抱きしめられていた。
温かい。
冬が終わって暖かくなってきたので寝るのが心地良くなってきたけれど、やっぱり人肌は格別だ。
成長につれて女性らしさが増してきた身体。こっちの世界のスキンシップの多さは恥ずかしくもあり心地良くもある。
身体を反転、寝ぼけ眼で見つめれば、親友は目を細めて笑って、
「おはよう、シルヴィア」
「おはよう、クレール」
挨拶の後、シルヴィアは少女の頭上にある『94/100(恋愛感情)』の表示を見た。
するとすぐ、視線はクレールの顔に遮られて。
「どこ見てるの? もしかして寝ぼけてる?」
「わたしが朝弱いのクレールも知ってるでしょ?」
「うん、よく知ってる」
くすくす笑いながら顔や脇をつんつんされた。
身をよじって「くすぐったいよ」と文句を言う。でもおかげで少し目が覚めた。
魔道具を使って紅茶を淹れ、二人でふーふーする。
染みこんでくる温かさに幸せを感じる。
クレールと出会えたおかげ、だと思う反面。
これ、もう好感度下がらないよね。
どうやら好感度は上がるほど下がりづらくなるらしい。
ここまで来てしまったらほとんど上がる一方である。
「クレール、昨夜はよく眠れた?」
「もちろん。後はちゃんとご飯を食べて頑張るだけだよ」
笑ったクレールは「あ、でも」と付け加えて。
「シルヴィアが応援してくれないと力出ないかも」
「もう。わたしだって一回戦くらい勝ちたいんだからね?」
言いつつも、親友を早く応援してやりたいとも思う。
今日は六回目、騎士学校最後の剣術大会の日だ。
あれからあっという間に約一年半。
シルヴィアたちは六年生──騎士学校の最上級生になった。
「おはようございます、シルヴィア。それから一応クレールも」
「おはようございます、シルヴィアさん。クレールさん」
「おはよう、二人とも」
寮や食堂の使い方も勝手知ったるもの。
年上がいなくなったことで風通しもよくなり、慣れた生活が心地良くもある。
寮の廊下や食堂で二人と合流するのももはや恒例。
エリザベート・デュ・デュヴァリエ公爵令嬢とイザベル・イスト男爵令嬢ともすっかり親友だ。
好感度は『79/100(親友)』と『79/100(親友)』。
うん、恋愛感情一歩手前である。逆に狙っているんじゃないかと思うくらいギリギリ。
「今年こそわたくしが勝ちますわ。クレール、覚悟なさいませ」
「そうはいかないよ。あたしだって優勝狙ってるんだから」
エリザベートとクレールも相応に仲良くなっているはずなのだけれど、なにかにつけて張り合っているのは相変わらずだ。
さすがにお嬢様への対応にも慣れっこらしいイザベルが「いつものじゃれ合いですね」とばかりに微笑んでくるのに笑顔を返す。
「シルヴィアさんは調子、どうですか?」
「うん。今年こそは一回戦突破を目指すよ」
上級生の部は四年生~六年生までが参加する。さすがに二歳年下になら勝てるんじゃないかと告げると、男爵令嬢は首を傾げて。
「でも、一回戦は六年生同士の対戦ですよ?」
「……そうだった。これ、わたしが勝てないようになってるんじゃないかな」
「ふふっ。でも、怪我する危険が少なくていいと思います」
「イズまでそういうこと言うんだから」
ちなみに去年の戦績はというとクレールが準優勝。エリザベートはそのクレールに準決勝で敗れてベスト4。
二人とも五年生にして六年生相手に一度は勝利を収めており、男女問わず同学年内では最強格と目されている。
去年、準優勝賞品として贈られた剣はいま、きちんと手入れされてクレールの腰にある。
「どっちが勝っても恨み言はなしですわ。シルヴィア、わたくしの応援もしてくださるのでしょう?」
「もちろん。……でも、二人の対戦があると困っちゃうなあ」
「あら。わたくし、この子以外に負けるつもりはありませんわよ?」
わいわい話していると、隣のテーブルに見慣れた赤毛が座って、
「元気だな、お前達は」
「ダミアン。今年は賭けようって言わないの? あたしならぜんぜん構わないけど?」
「勝率の悪い勝負はしない主義なんでね。……ああ、エルミートとデュヴァリエのどちらかが優勝しなかったらシルヴィアが嫁に来るって言うのなら賭けてもいいな」
人に「元気だな」と言いつつ絶好調の少年にシルヴィアは「いいよ」と答えた。
「へ?」
「受けてもいいよ。二人ともすごく強いから」
「シルヴィア」
「望むところですわ」
幸い、ぴろん、とは音がしなかったものの、二人ともさらにやる気の顔に。
ダミアンは「言うんじゃなかった」という顔になりつつも前言撤回はプライドが許さないのか、ため息をつきつつ。
「いいだろう。なら、お前達が勝った時の見返りは貴族学校用の制服だ。シルヴィア用のな」
「……前々から思ってたけど、ダミアンってけっこういい人だよね?」
「そう思うなら少しは前向きに婚約を考えてくれないか」
貴族学校の制服はある程度の仕様が決まっているものの、その中で個人ごとにアレンジしそれぞれに仕立てるのが通例。
要するにその家の経済力が反映されるわけで。
最低限の見栄えがすれば後は安く済ませよう、と思っていたシルヴィアには渡りに船の提案だった。
もちろん、ダミアンには悪いけれど負ける気はない。
「毎度懲りませんわね、まったく」
「でも、これがあったほうがやる気が出るよね!」
横で聞いていたダミアンが「こいつら頭おかしいんじゃないのか」という顔をしていたけれどシルヴィアはなにも言わなかった。
「よかった、イズが対戦相手で」
「はい、私も嬉しいです。……でも、私たちのどちらかが負けてしまうなんて」
「気にしないで。むしろ、イズ相手なら不戦敗でもいいくらい」
さすがに十二歳になると模擬剣の重さもほぼ気にならない。
訓練着に身を包んだシルヴィアは訓練場の一角で、藍色の髪の令嬢と向かい合った。
引き続き弓を訓練しているイザベルも今日の得物は剣である。剣術大会なので他の武器は禁止だし広さ的に飛び道具は不利。
と言っても彼女もまた騎士適性者。
「始め!」
合図と共に剣を打ち合わせれば、その実力を感じさせられる。
「やっぱりイズは強いなあ」
「シルヴィアさんも、守勢にまわると手強いです」
「さんざんみんなにやられたから防御だけはそれなりにね」
相手をよく見てかわすか、剣で防ぐ。
防御だけに意識を向ければそこそこ凌げる程度にはシルヴィアも成長した。
問題は攻めないと勝てないということで。
何度かの剣の衝突を経て「ここかな?」と攻めに転じれば、
「ごめんなさい、シルヴィアさん」
軽く足払いをされて地面に転がされた。
申し訳なさそうに見下ろしてくるイザベルを見上げ「勝負あり!」の声を聞いたシルヴィアは微笑と共に立ち上がった。
優しく負かしてくれたおかげで怪我はない。
「二回戦も頑張ってね。なんならダミアン倒しちゃってくれても」
「私じゃ厳しいと思います。弓が使えれば良かったんですけど」
弓があれば勝てるというのか。
勝てるかもしれないな、と、握手を交わしながらシルヴィアは思った。