わたしの百合ハーレムは神様に望まれているらしい 作:緑茶わいん
ある日、突然現れた女は「あなたたちを雇いたい」と言いながら自分たちの都合を隠しもしなかった。
──人間の国で、獣人はいつも馬鹿にされる。
愚図なくせに乱暴で、人間よりも早く死ぬ。
笑われたり、見下されたり。そんなことが何回あったかわからない。それでもララたち姉妹はこの国で生きていかなければならなかった。
両親は冒険者だった。
人間の国のほうが稼げるから、とこの国にやってきて、この国でララたちを産んだ。下の下の妹、ルルがある程度大きくなると夫婦揃って現役に復帰して、しばらく家を空けてはお金を稼いで帰ってくるのを繰り返していた。
二人が帰ってこなくなったのは突然のこと。
何ヶ月待っても帰ってこない両親をララたちは待ち続けた。待って、待って、生活のためのお金が足りなくなり始めた頃にようやく「ああ、お父さんとお母さんは死んだんだ」と理解した。
それからは妹たちを食べさせるために必死で働いた。
ララたちは獣人の国を知らない。
姉妹だけでそこまで旅をする知識も、お金もなかった。だからこの国で生きていくしか道がない。
身体の丈夫さと体力なら人間の男にだって負けない。建築の人足はもってこいの仕事だった。もらえるお金は生活費でほとんど消えてしまって貯金なんかできないけれど、最低限のご飯が食べられるだけでも十分。
そう思っていたのに。
「本当に、ご飯が食べられるの?」
「リリ」
真ん中の妹の問いかけにその女──シルヴィア・トーは笑顔で答えた。
「うん。働いてもらうには体力も必要だからね。……ゼリエ」
「はい、シルヴィア様」
一緒に来ていたメイドがバスケットから焼き菓子を取り出して三人に手渡してくれる。くんくんと匂いを嗅いでも異常は感じられない。
……と、思っていたらルルがさっそく齧りついた。大丈夫かとはらはらしていると「美味しい!」という呑気な声。
「お姉ちゃんたちも食べなよ。美味しいよ」
妹にならうと小麦とバター、それから砂糖の味がした。こんなの平民じゃそうそう食べられない。貴族のお菓子だ。
思わずほう、と息を漏らして、
「た、食べ物なんかじゃ釣られないんだから」
「そう? じゃあ、お給料はどう?」
提示された金額は毎日朝から晩まで休みなく働いた場合よりも多かった。しかも週に一度はお休みをもらえるという。
「……なにをさせられるの? 見世物にされるとか?」
「そんなことしないよ。騎士団の拠点──建物と部屋の掃除。……あ、でも、広いから楽な仕事じゃないよ?」
それだって過酷な肉体労働よりはずっといい。
周りにいた男の人足が「なら俺を雇ってくれよ」と言ってきたくらいだ。
「そんな獣人雇うよりずっといいだろ?」
「申し訳ありません。『銀百合』は女性騎士団ですので、職員も可能な限り女性にしたいのです」
文句を言わず肉体労働をしてくれる女は確かになかなかいない。
「本当に、あたしたちを働かせてくれるの?」
学もない。親もいない。礼儀作法もできない。こんな自分たちにこんないい話があっていいのか。
「もちろん。……もし、信じられないなら神様に誓おうか? ちゃんとお給料も払うし、仕事内容に嘘もつかないって」
「こんなことで神様に誓うなんて聞いたことない……」
ララは少し悩んだ。
新しいことを始めるには勇気がいる。失敗する可能性を考えたら現状維持のほうがいいんじゃないか。
と、妹たちに服の袖を引かれて。
「やろうよ、お姉ちゃん」
「この人、あたしたちを助けてくれるんだよ」
助けてくれるにしては「いい人のふり」が下手すぎるのだけれど。
都合の良い人材を安く雇いたいと言うシルヴィアのことは、下手に自分をよく見せようとする人間よりよっぽど信用できた。
こいつはララたちの能力をわかった上で「使おう」としている。
「……わかった。でも、嘘をついていたら殺してやるから」
殺す、という言葉に後ろにいた騎士が動こうとする。
けれどシルヴィアはそれを制してただ微笑んだ。
「いいよ。わたし、嘘をつく気はないから」
◆ ◆ ◆
シルヴィアはララ、リリ、ルルの三姉妹を騎士団本拠へと連れ帰った。
薄汚れた服の獣人を見て入口の警備をしてくれている兵士たちはぎょっとした顔をする。
「男爵様。その汚い──いえ、身なりの整っていない獣人達は?」
「騎士団内の掃除を担当してくれる職員です」
「は、はあ」
本当にこんなのを雇うつもりなのか、という顔をされたけれど、気づかないふりをして中へララたちを案内した。
「種族がどうとかより、その人がどういう人かだと思うんだよね」
それに同意するようににゃあ、という鳴き声。
シルヴィアの肩に飛び乗ってララたちを観察し始めたのは他でもない、魔族のティーアだ。今はわけあって黒猫の姿をしている。
長年かけてオークの飼育をしていたくらいなので動物は好きらしく、獣人であるララたちにも興味津々。もう一人の魔族であるヴァッフェがシルヴィアとティーアにだけ聞こえる声でぼやいた。
『本当に変わっているわね』
なんだかついでにシルヴィアまで罵倒された気がする。
それはともかく。
「シルヴィア戦略家見習い。この子たちが話してた掃除婦?」
「早く身体を洗って着替えさせてあげなきゃ」
「痩せてるけど、獣人だしけっこういい身体してそう。格闘術も覚えればいいのに」
騎士たちにはララたちは意外と好評。
多くが貴族出身ではあるものの、自然とラフな生活になるので細かいことはあまり気にしない者が多い。獣人であることも身体を動かす者としてむしろ興味の対象になっている。
これにゼリエがぽつりと、
「私としては彼女たちの毛で掃除が増えないかと心配ですが」
「そこはまあ。ペットの毛は汚れのうちに入らなかったりするでしょ?」
これにはララが「あたしたちはペットじゃない」と抗議の声を上げた。
湯浴みと着替えをさせると三人は見違えるようになった。
魔道具で綺麗な水を出したり湯を沸かしたりできるのはこういう時に便利。水浴びをさせて風邪を引かせる心配もない。
「うん。狼獣人だからかな? 格好良さと可愛さが両方ある感じ」
「スカートは獣人用に調整したほうが良いですね」
お仕着せはゼリエやスリスに着せているものを参考にした。
パーツや装飾を減らして安く作れるようにしているけれど、ぱっと見で統一感があるのでわかりやすい。耳の邪魔になるのでヘッドドレスはなしだ。
着慣れない綺麗な服に戸惑っている様子も、それでいてちょっと嬉しそうに頬を緩めているのも、
「可愛い」
「やっぱりあんた変なことさせるつもりなんじゃ」
「そういうのじゃないってば」
これは純粋に、動物を愛でる系の喜びだ。
「お腹すいてない? 大したものはないけどとりあえずなにか食べよっか」
新品の服がさっそく食べこぼしで汚れそうになってゼリエがはらはらしながら手助けをする。横からやいやい言われたララは不満げだったけれど、リリとルルはそんなのお構いなしに笑顔で食べていた。
その後、試しに掃除をしてもらったところ、
「……及第点にはほど遠いですね」
掃き残し拭き残しが多々。
「なんで? 掃除なんてこれで十分でしょ?」
「……はあ。これはきちんと仕事を覚えてもらわなければ」
「しばらくスリスに指導してもらう?」
「いえ、彼女も手動での掃除は不慣れでしょう。しばらくは私がこちらに通います」
こうして、すぐに順調とはいかなかったものの、騎士団に新たなスタッフが加わったのだった。