わたしの百合ハーレムは神様に望まれているらしい 作:緑茶わいん
ララたち三姉妹の教育はすんなりと、とまではいかなかったものの着実に進んだ。
「どうやら獣人は『美化』への関心が人より薄いようですね」
「そうなんだ。毛づくろいとか好きそうなのに」
「ええ。自身の身だしなみにある程度うるさいのは確かです。体毛が濡れるのも嫌うようですね」
水の入ったバケツを引っくり返した時はぷるぷると身を震わせて嫌そうにしていたらしい。
「ただし『綺麗』『清潔』の基準そのものが緩いのです。毛づくろいにしても過度の汚れや虫の付着がなければ問題ないと考えるようで……」
ゼリエが遠い目をした。
彼女の育った神殿は質素ながらも清潔を尊ぶ。その経験から考えるとありえないだろう。
「そっか。汗臭い男の人の中で生活してたんだもんね……」
「ええ。ですので人間基準の清潔をあらためて教えました。水浴びや湯浴みを欠かさず、清潔な服を身につけていれば慣れるでしょう」
体力はあるので雑巾がけやモップがけには向いている。
建設現場に比べれば楽な仕事だと本人たちは喜んでいるそうだ。
食事も十分与えているので少しずつ栄養状態も向上中。こちらも時間をかければ良くなっていくはずだ。
「他のスタッフと問題は起こしてない?」
「ええ。盗みや悪戯の報告はありません。そういう意味では躾の行き届いた子たちですね。良い人材だったかと」
「下町で育ったんだし、悪さするたびに殴られたりしたんだろうね」
悪いことをしたら罰が下ると身体で学んだ。
今は衣食住が足りているので無理に悪事を働くことはないだろう。思考がシンプルだということは欲求に素直だということ。そういう意味では人よりも信用がおける。
「狼獣人は気性の荒いところがあるそうですが、他のスタッフとも上手くやっています。……これは主に年齢の影響でしょうね」
「三人とも可愛いもんね」
シルヴィアも会うたびに撫でたくなる。「あんまり撫でないでよ!」と怒られるのだけれどそこもまた可愛いのだ。
◇ ◇ ◇
広い本拠地内を三人だけで掃除するのはかなり大変である。
ララたちに他の家事は任せられない。シルヴィアは洗濯係や物資の搬入・管理、その他もろもろのスタッフについても集めることになった。
ここでも役立ったのは第六王女イリスだ。
ちょうど良さそうな人材を回してもらえないか、と依頼すると「もちろん構いません」と快諾してくれる。
「銀百合と我が商会は一蓮托生ですからね」
「イリス様もいち早く商売を始められたのですよね?」
「ええ。と言っても、真似事も真似事ですけれど」
とても商会と呼べる規模ではない。
今のところは都の平民街で屋台を開いただけらしい。その屋台のための仕入れも今は他の商会を経由している。
「どこに行っても新顔は良い顔をされません。幸い、我が商会に関しては私の名前が使えますが、それでも自分たちで仕入れを完結するに越したことはありません」
「仕入れ値が変わってきますものね」
「ええ。他と同じ値段で同じ物を売っても利益の差が出てしまう……それでは競争に勝てません」
だから売り物を他と変えて勝負する。
「スパイス風味の揚げ芋は良く売れています。シルヴィア様のお力添えのお陰ですね」
前に、クレールたちに食べ物のプレゼントをしようとポテチ用のブレンドスパイスを作ったことがあった。イリスや前騎士団長などにもおすそ分けしたのだけれど、そうしたらイリスが「これを販売したい」と言い出したのだ。
貴族向けにはスパイスそのものを。
平民街の屋台ではスパイスを使った揚げ芋(手間の関係でポテチではなくフライドポテトになった)を販売。割高だけれどおやつにも酒のつまみにもなると好評を博している。
売上の一部はシルヴィアやマリー、シルヴィアの両親にも入ってくる契約になっているので、確かにこれは共同経営に近い。
「イリス様のお役に立てたのならなによりです」
「とても心強い協力者ですわ。……ですが、おいおい真似をする店も出てくるでしょう。追撃をかわすためにも新商品の提案、ぜひよろしくお願いいたしますね?」
「あはは。はい、なにか考えてみますね」
◇ ◇ ◇
「どう、お父さん? お母さん? キッチンは問題なさそう?」
「問題ないもなにも、これだけの設備、僕達にはもったいないくらいだよ」
備品の納入の終わった騎士団の厨房へ両親を案内すると、二人は驚きつつも目を輝かせた。
広くぴかぴかのキッチン。
道具ももちろん全て新品だし、要所には魔道具も使われている。
「これならなんだって作れそうだわ。ありがとう、シル。あ、いえ、シルヴィア様」
「どういたしまして。……二人に様とかつけられるのもくすぐったいんだけどね」
「体面を考えるならなるべく取り繕っておいたほうがいいだろう。いくら目こぼししてもらえると言ってもね」
騎士団員には親子だと隠す必要もない。元平民なのもバレているのだから基本的にOKなのだけれど、外に漏れると威厳を損なう可能性もある。ある程度は気をつけていかないといけない。
「ちょっと窮屈だけど、その分は料理とお茶で発散してよ」
「ああ。女性ばかりとはいえ大食らいが揃っているんだろう? 腕が鳴るよ」
厨房スタッフの募集には案外多くの応募があった。
料理人の募集、しかも大口で、貴族に関われる案件は多くない。ここはむしろ騎士団というネームバリューが効果を発揮したらしい。
人選にはエリザベートやリゼットにも関わってもらい、後ろ暗いところのなさそうな者を選別。
「新しい料理も試すのでしょう? スパイに入られては困りますもの」
「過去の仕事歴など、可能な限り洗っておいたほうが良いでしょうね」
問題なさそうな者を選び抜いた上で、彼らには簡単な仕事から始めてもらう。その腕前と真摯さを見極めてから本格的な調理を任せる方針だ。
「周りから嫌味を言われたりしたらすぐに教えてね? できるだけ対処するから」
「ありがとう。だけど、そう心配はないと思うよ」
「ええ。みなさん快く迎えてくれているもの」
貴族の中には平民を下に見る者も多い。
特にシェフや給仕は日々必要なもの──それだけに「美味しくて当たり前」と思われがちだ。美味しくなければシェフを変えればいいと思っている貴族令嬢もいると聞く。
けれど、
「騎士のみんなはご飯の大事さが骨身に染みてるからね」
訓練や遠征で簡単な煮炊きをしたこともあるし、保存食でお腹を満たしたこともある。美味しい料理を作るのがどれだけ大変で、料理人がどれだけ偉大か多くの者がわかっている。
「美味しいご飯をお願いします。騎士団専属料理長殿」
「承知いたしました。騎士団専属戦略家殿」
なんだか戦略家というより人事部長になりつつあるような気がするけれど、シルヴィアが頑張ったおかげか、国王から指定された一ヶ月の期限内にはなんとか最低限のスタッフを集められた。
食堂が稼働できるようになると騎士団内の生活環境は一気に整い、騎士たちからは歓声が上がった。
そして。
「では、本日をもって──『銀百合』騎士団を正式に稼働いたしますわ」
本拠の建物が出来上がったのが一年生の学期末から約半年後。
国王たちの下見を招くまでに一ヶ月近くかかり、稼働準備にさらに一ヶ月。
『銀百合』騎士団が正式稼働を迎えたのは、年末を控えたある日のことになった。