わたしの百合ハーレムは神様に望まれているらしい 作:緑茶わいん
「ごめんなさい、シルヴィア。神殿長が私のいない間に」
「いいえ。ありがたいお話だったのも事実ですので」
限られた者しか入ることを許されない、聖女の部屋。
遠征から帰還したアンジェリカ、同席するアンジェを前にシルヴィアは微笑んで首を振った。
緑茶を一口含みんだ後、アンジェリカは「そうね」と頷いて。
「これであなたへ不用意に手を出す者はほぼいなくなったはずよ」
男爵にして月巫女、王国第二の騎士団で要職についており、王族とも面識・親交がある。
傷でもつけようものなら多方面を敵に回しかねない。つまり、それだけの覚悟を持った相手以外からはちょっかいを出されないということ。
「まあ、比較的穏便な手段でほっとしているわ。……妙な手を使ってきたら私も黙っていないけど」
「あの。アンジェリカ様は神殿長のことをどう思っていらっしゃるのですか?」
おずおずと尋ねれば、返ってきたのはきっぱりとした返答。
「政治力はともかく、男性としては対象外」
「……あはは。ちょっと安心しました」
「聖女になった時点で恋愛結婚は諦めているわ。……それにしたって少しは相手を選びたいところね」
持ちかけられた求婚の中から選ぶ程度の自由はある、ということだろう。
「アンジェリカ様も貴族基準で考えたら急がないといけない歳ですものね」
「そうね。……私も、どうせならこの手に子供を抱いてみたい、という気持ちはあるわ」
女なら一度は考えることかもしれない。
もし、彼女が望むなら。シルヴィアとアンジェで支え、後ろ髪引かれることなく結婚できるようにしてあげるべきか。
考えているとアンジェリカは目を細めて、
「安心して。結婚への憧れと同時に、聖女としてまだやりたいこともあるの。すぐに結婚なんてとても考えられない」
「私も、アンジェリカ様に教わりたいことがまだまだあります」
「そうね。アンジェならば今からでも十分、聖女の役割をこなせそうだけれど」
視線がシルヴィアへと向けられる。
「アンジェが
聖女見習いに補佐してもらえている今のアンジェリカのほうが恵まれている、とも言える。
その分をシルヴィアが補うのは──能力的にも時間的にも難しい。
「アンジェリカ様。神託の儀式についてやり方を詳しくお教えいただけませんか?」
「もちろん。これからあなたが行う機会も増えそうだしね」
「ええ。……実は、騎士学校の『恩恵』の儀もわたしがやったらどうか、なんて話も出ていまして」
「それはいい考えかもしれないわね。騎士団関係者の巫女なんてあなたたちしかいないのだし」
聖女じきじきに、というのがかなり贅沢だけれど──シルヴィアはアンジェリカから実演してもらい、儀式の内容を記憶するとともにカンペを作成した。
後は自分で何度か練習すれば本番でトチることはないだろう。たぶん。
「そうそう。それから、もうすぐ年明けでしょう?」
「はい。今年も思えばあっという間でした……」
「ふふっ。それで、今年はシルヴィアも新年を
「え」
たぶん、どこの世界でも年明けはめでたいことなのだろう。
この世界にも新年を聖職者が祝う風習があるのだけれど。
「神殿での儀式の他に城や貴族家への訪問もあるから手が足りていないの」
巫女の位を得たばかりなのにさっそくこき使われそうな予感。
騎士団の仕事もあるしなんとか断れないか、と少し考えて、
「そうすれば、儀式の前に姫殿下にお会いできそうでしょう?」
「……なるほど」
さっきまでの思考から一転、シルヴィアはありがたくこのお話を受けることにした。
◇ ◇ ◇
「新しい年に感謝を!」
この世界に正確な時計はない。
大晦日の「だいたいこのくらいの時間かな?」というタイミングで年が明けたことにするのが一般的。
シルヴィアはその時を騎士団の仲間たちと一緒にささやかな宴会を行いながら迎えた。
最年少──本来ならこの場にいない見習いたちが全員十五歳を迎えたのもあって、騎士たちは堂々と酒盛りである。
男でも女でも酒好きの行動にはそんなに違いがない。
「おめでとう、シルヴィア」
「おめでとう、クレール。今年もよろしくね」
新年だからお休み、というわけじゃない。
騎士たちもほどほどにしておいて欲しい、と思いつつ、シルヴィアは酒を一杯だけに留めた。
さすがにその程度ならまだまだ頭は回っているので、仲間たちと祝いの言葉を言い合った。
あけましておめでとう、と、口から出る前に止められるようになったのは異世界でしばらく生きてようやく得た成果である。
「みんなもおめでとう。これからも頑張ろうね」
「ええ。ようやくここまで来たのですから、気を抜いてはいられませんわ」
「今年は最終学年への進級もありますし、頑張らないといけませんね……」
「わたくしも微力ながらお手伝いさせていただきます」
「私も、ますます精進を重ねようと思います」
ひと通り挨拶が終わったところで部屋に戻って仮眠を取る。
なにせ初日からやることが多い。
初詣に行った経験は多々あれど、神社の巫女さん側に立つことになるとは思わなかった。
お正月といえばおせちとお雑煮を食べ、スマホゲーの特別ログインボーナスをもらいイベントをこなす日だったはずなのに。
「じゃあ、ゼリエ。夜が明けたら起こしてくれる?」
「かしこまりました。……スリス、あなたのことは夜明け前に起こしますので」
「はい。……うう、責任重大です」
新年のお祝いには不向き、ということで今日もシルヴィアに付き従うのはスリスだ。その分、細かい支度はゼリエに任せてそれぞれベッドに入った。
と思ったら数時間後に起こされて、
「湯浴みの後、まずは白のドレスにお着替えください」
「ええ」
清らかなイメージの強いドレス姿で馬車に乗って神殿へ。
そちらもまた夜明けと共に動き出していたようで、数人の巫女が出迎えてくれた。
「ようこそいらっしゃいました、シルヴィア様」
なんだか偉くなった気分──ではなく、授与された『月巫女』の位は実際偉い。
「禊の場へとご案内いたします。どうぞこちらへ」
「ええ、ありがとう」
自分より歳上の巫女にむずむずしながら応じつつアンジェリカ、アンジェと合流。清潔かつ冷たい水で身を引き締めたら巫女の衣を纏う。
「神殿の方々は本当に大変ですね」
「慣れれば大したことはないわ。シルヴィアにお願いしたいのは午前中の城へのご挨拶だけだしね」
そう言ってアンジェリカは微笑んだ。
そう言う本職の皆さまはどうするのかというと、聖女の城行きと平行して他の高位聖職者が貴族家を回り、午後からは神殿に戻って平民・下級貴族向けの儀式を執り行うらしい。
さらに例年、新年は飲みすぎて倒れる者や喧嘩をして怪我をする者なども増える。
ぶっちゃけ日が落ちるまで休んでいる暇がない。
「どうせ私は陛下や王妃殿下に捕まるだろうから、あなたやアンジェが後宮を担当してくれるとだいぶ楽になるの」
「精一杯、務めさせていただきます」
騎士団の運営もそうだけれど、何事も、みんなが楽しくやっている裏で頑張っている人たちがいるからこそなのだ。
初対面となる第十王女に会うためだけでなく、アンジェリカを少しでも手伝うためにもシルヴィアはあらためて気を引き締めた。