わたしの百合ハーレムは神様に望まれているらしい 作:緑茶わいん
聖職者が行う新年の挨拶まわりは難しいものではない。
訪問、形式的な挨拶、その後、神聖魔法による祝福を行う。
「《祝福の光を》」
節目の行事用の特別な魔法は限られた聖職者のみが習得しており、それ以外の者は通常の《聖なる光よ》を使う。
普通の聖光も使う時に念じれば人を傷つけずに放てるし、伝統行事的な意味合いが強いので具体的なご利益はあまり期待されない。
それでも、特別な魔法には加護──ちょっと運が良くなるとか、病気になりづらくなるとかがあるらしく有難がられるらしい。
「どうだ、シルヴィア。『銀百合騎士団』の運営は順調か?」
「皆と相談しつつ、一つ一つ前に進んでおります、陛下。若輩ばかりでわからないことだらけですが、とても充実した日々です」
「そうかそうか。これからも励むように」
国王からもすっかり顔を覚えられてしまったらしく声をかけられ、その後、アンジェリカは国王たちと話があるということでどこかへ連れられていった。
話といってもあれだ。親戚の家に行って「ちょっとゆっくりしていきなよ」的なやつである。
「では、アンジェ様。シルヴィア様。後宮へお連れいたします」
後宮は女の園だ。
第一王妃を主とし、使用人を含めて男子禁制。その中に入れる男は国王と、一定年齢以下の王子のみ。
一度城を出て、物々しい警備を抜けて中へ。
男くささのない独特の空気(『銀百合』騎士団も男くさくはないものの、ときどき汗くさい)を感じつつ、アンジェと共に王妃一人一人に挨拶していった。
『さすがにここは私も初めてくるわ。思った通り面倒くさそうなところね』
と、これはヴァッフェの呟き。
同じ男に仕える女が十人。確執が全くない、なんてことがあるはずがない。それはちょっと覗いただけでもよくわかった。
そうして。
「お初にお目にかかります、スザンナ第四王妃殿下。ステファニー王女殿下」
「ええ、わざわざ来てくれてありがとう。楽にしてちょうだい」
第四王妃スザンナは気品と聡明さを漂わせる美しい女性だった。ステファニー第十王女の他に王子と王女を一人ずつ産んでいるものの、彼らはもう城の中に部屋を持っているので後宮にはいない。
一緒に生活しているのはもう少しで五歳になるステファニー王女だけである。
シルヴィアは二人への挨拶をアンジェから任された。
『残りのご挨拶は私が。ですのでシルヴィア様はどうぞお話をなさってください』
『ありがとうございます、アンジェ様。とても助かります』
正直、神殿代表として王族にご挨拶とか考えただけでいっぱいいっぱいだったけれど、これまでの経験を活かしてなんとか噛まずにやり遂げる。
銀の祝福の光も無事に二人へと飛ばして、
「あなたがシルヴィア・トー男爵でしょう? 今度、ステファニーの神託を担当してくれるそうね?」
「はい。僭越ながら神殿長より大役を任されました」
「大役だなんて。神託に関して神は寛大だと聞いているわ」
せっかくだからとお茶と料理を勧められる。
おせち料理ではないけれど、新年の挨拶に来た客をしっかりもてなすのも作法の一つらしい。
出掛けに軽く胃に詰め込んだだけだったシルヴィアは遠慮しつつもそれらを口にし、趣向の凝らされた味に感嘆する。
「美味しいです」
「そう、良かった。……あなたは食の方面にも関心があるのでしょう? なにか参考になるかしら」
「揚げ芋用のスパイスのことでしょうか? あれは自分の食べたいものを形にしただけですので……。他になにか思いつかないのか、と言われては四苦八苦しております」
「あら、飾らないのね。そういったところが神に愛される秘訣なのかしら」
思ったよりも話しやすい。
そう思ったけれど、立場上、社交の機会も多いのだろう。スザンナは相手に話をさせる術に長けていた。
ひょっとして向こうもシルヴィアのことが気になっているのか。それはそうか。王女に有害な相手かどうかくらいは見極めたいに決まっている。
と。
「お母様。お芋のお話ですか?」
隣に座った金髪の愛らしい少女が母のドレスを引いた。
ステファニー第十王女はふわふわの金髪を持つ幼い少女だ。その容姿は両親どちらにも似ているし、どちらにも似ていないとも言える。
ただ、一つ間違いないのは将来間違いなく美人になるということ。
スザンナは「ええ、そうよ」と娘に微笑んで、
「シルヴィアは揚げた芋に振りかける粉を発明してみんなから喜ばれたそうなの」
「そうなの?」
「ええ。甘いものや辛いものなどいくつか作って、親しい方にお分けしました」
「私も旧知の方から自慢されたわ。……前騎士団長、と言えばわかりやすいかしら」
あの人か。多分に茶目っ気のある人だから「自慢した」という表現も案外正しいかもしれない。
「シルヴィアはお芋が好きなのですか?」
それにしても小さい子供は可愛い。
シルヴィアよりもずっと偉い人だとわかっていてもついつい表情が緩んでしまう。
女の子なので尚更だ。男の子はだいたいやんちゃなので付き合いづらい。
「お芋は好物の一つです。茹でても揚げても蒸しても美味しいですよね」
じゃがいももいいけどサツマイモはもっと好きだ。
この世界では魔法で芋羊羹を出した時くらいしか食べられないけれど──。
「あ」
「どうかしたのかしら、シルヴィア?」
「いえ、大したことではないのですが……。お二人はアンジェリカ様の『とっておきのお菓子』をお召し上がりになられましたか?」
「お菓子?」
スザンナの瞳が意外そうに丸くなって。
「おすそ分けしてもらったことがあるわ。あの堅い菓子は娘には早かったけれど、独特の甘みのある黒い菓子はステファニーも喜んでいたわね」
「でしたら、わたしからもおすそ分けをさせていただいてもよろしいでしょうか?」
越権行為だ、と言われる可能性もある。
それでもつい、小さい子に甘いものを与えたくなってそう尋ねた。
スザンナは少し考えてから、
「毒見をさせてもらうけれど、それでも良ければ」
「もちろんでございます。……それでは、《芋羊羹》」
生み出された菓子の姿にその場にいた全員が目を丸くする。……そういえばスリスには見せたことがなかったかもしれない。
毒見のために口にした王妃付きのメイドは「美味しいです」と目をきらきらさせ、それを見たステファニーが「早く食べたい」と願う。
「……仕方ないわね。本当はもう少し時間を置くべきなのだけれど、神聖魔法で出された物に毒がある、なんて聞いたことがないし」
「もし何か問題が起これば責任を持って対処させていただきます」
もちろん、毒なんて入っているわけがない。
唯一の懸念はステファニーが喉に詰まらせないか、ということくらいだったけれど、幸い王女は「美味しい!」と明るく声を上げてくれた。
「シルヴィアはすごい魔法が使えるんだ」
「はい。ですが、ステファニー様。できるだけ内緒にしてくださいね?」
「うん!」
本当にわかってくれたかどうか。うっかりで誰かに話してしまう可能性はあるけれど、もちろんここで神聖魔法の誓約は持ち出さない。
聖女がとっておきのお菓子を出せることは周知の事実で、聖女のお気に入りであるシルヴィアが同じことをしてもそれほど不思議じゃない。
芋羊羹を出した甲斐はあったようで、ステファニーはにこにこしながら。
「お母様。私もこのお菓子を出せるようになりたい」
「それは巫女にならないと難しいかしらね」
「じゃあ、私も巫女になりたい!」
シルヴィアは思わずスザンナと顔を見合わせてしまった。
「申し訳ありません。……わたしが差し出がましいことを言ったばかりに」
「いいのよ。人はなりたいものになれるわけじゃない。それを教育しきれていない私が悪いのだから」
苦笑するスザンナ。
五歳で『王妃』となる運命が決まった彼女が言うとその事実が重い。
そしてその娘であるステファニーもまたなりたいものにはなれない。
彼女の運命はまだ、定まっていないのだけれど。
泣いても笑っても、あと二週間もすれば彼女も「ただの王女」ではなくなるのだ。