わたしの百合ハーレムは神様に望まれているらしい 作:緑茶わいん
──その、歴史的な大事件を、シルヴィアはまったく予想できなかった。
◇ ◇ ◇
「いらっしゃい、シルヴィア!」
「ごきげんよう、ステファニー殿下。お誕生日おめでとうございます。お元気でいらっしゃいましたか?」
「うんっ」
冬季休暇中も忙しいまま貴族学校が再開、それからしばらくが経って。
シルヴィアは再び後宮を訪れ、スザンナ第四王妃とステファニー第十王女との面会を果たした。
メイドはスリス。
サポートという名目でアンジェにもついてきてもらっている。
幼い王女は芋羊羹のおかげかシルヴィアのことを気に入ってくれたようで、顔を見ると駆け寄ってきてくれた。スリスから王妃付きのメイドへ渡されたお土産(ポテチ用のスパイス)にも喜んでくれる。
「王妃殿下。後宮のお部屋での儀式をご希望と伺いましたが……」
「ええ。ここで構わないわ。堅苦しくしすぎると娘が疲れてしまうもの」
「そうですね。……わたしも自分の時はすごく疲れました」
神殿では月一で神託の儀式が行われている。
平民は五歳の誕生月にそこへ行っていっぺんに儀式を受けるのだけれど、けっこうな人数になるので騒がしく、待ち時間もけっこう長かった。
そのうえ『戦略家』なんて引いたものだから、
『直ちに城へ報告を。……シルと言ったね? 君はここでしばらく待っていなさい』
シルヴィアが普通の子供だったら泣き出していたかもしれない。
それに比べると城の大広間での儀式もまだ楽かもしれないけれど。
スザンナは慣れた自分たちの部屋での儀式を望んだ。立ち会うのはシルヴィアとアンジェ、専属メイドが一人ずつと、
「護衛として私も立ち会わせていただきます、王妃殿下」
「マルグリット様。どうぞよろしくお願いいたします」
「ええ。シルヴィアも、祝詞を間違わないように気をつけてね」
騎士として控える顔なじみが一人。
全員女性なのでステファニーも幾分か気楽そうだ。
「では、儀式を始めさせていただきます」
専用の絨毯を引いたりといった準備が少し大変だけれど、儀式自体はそこまで長いものではない。
前もって何度か練習しておいたのもあって間違わずに言い終えた。
ほっとしつつ、最後に特別気を引き締めて本命の呪文を──。
「《神よ、この者にその進むべき道を示したまえ》」
直後、シルヴィアとステファニーを中心として室内に光が溢れた。
王女は「?」といった感じだった表情を「!」に変えて口をぽかんと開く。
その間に幼い少女の眼前へと輝く文字が浮かび上がる。
このさき一生付き合うことになる人生の道しるべ。職業神託の内容が神の文字によって記されたのだ。
もちろん、その内容は操作できないし、事前に知ることもできない。
一人の王族の将来。
本人よりもむしろ周囲が固唾を飲んで見守り、そして、文字の形成が終わると同時にそれを注視した。
「────!?」
注視して、絶句した。
瞬き。
再びの凝視。
自らの目を擦ったり、手のひらをつねって痛みを確認する者もいた。そのくらい、結果が信じられなかったからだ。
もちろん、それはシルヴィアも同じ。
さっきも言ったように神託に作為は存在しない。あるのは神の意思だけだ。もちろん何もしていないし、しようとも思わなかった。
だから。
『女王』
ありえるはずのない二文字に何も反応できなかった。
一番早く驚愕から立ち直ったのはスザンナ第四王妃だった。
「全員、この場からの退出を禁じます」
きっぱりとした宣言に誰もがつられて頷く。
緊急事態だという認識が波紋のように伝わっていく。
「許可なく本件について外部へ漏らすことも禁止します。……シルヴィア、アンジェ様。あなたたちにもお願いします」
「もちろんです」
深く頷いて答えてから、シルヴィアは慌てて、
「スザンナ殿下。わたしたちは神に誓ってなにもしておりません。もちろん、アンジェリカ様にも悪意など──」
「わかっているわ。全ては神のご意思。そうでなければ私の人生さえも疑わないといけない」
「あの、お母様? いったいどうしたのですか?」
「大丈夫よ、ステフ。大丈夫だから」
悲痛な色を必死に押し殺して娘を抱きしめるスザンナ。
シルヴィアは気後れを感じつつも神聖魔法による誓約を提案し、自分たちを含めた全員にかけた。
「これで秘密を故意に漏らすことはできません」
「ありがとう。……儀式を行ったのがこの部屋で、そしてやってきたのがあなたたちで本当に良かった」
確かに。もっと大々的に行っていたら考える時間も取れなかっただろう。
「殿下。陛下も結果を心待ちにしておられると存じますが」
「誰かが結果を聞きに来たら『陛下に直接ご報告したい』と伝えてちょうだい。それで重要性は伝わるはずよ」
「かしこまりました」
恭しく答えるマルグリットだけれど、さすがにその手がかすかに震えていた。
「……まさか、こんなことになるなんて」
輝く文字をあらためて見つめる。
ステファニーはまだ文字を出したり消したりするのに慣れていないので表示は出っ放しの状態。
「見間違いじゃ、ないのよね」
「……はい。残念ながら」
『女王』。
簡単な漢字二文字をシルヴィアが見間違えるはずがない。
スザンナたちにしても似たようなものだ。
神文字の解読は長年かけてもなおほとんど進んでいないものの、神託の内容だけは別。これはほぼ完全に把握が済んでいる。
理由は単純で、長くて漢字四文字程度の単語だから。種類も限られるのでデータの蓄積があれば十分だった。
「王」は「国王」にも使われる。
過去に「王女」と神託を受けた娘はいた。「女」が女を表すのは推測できる。
王の娘ではなく女の王──答えは一つしかない。
深いため息。
「いつか、こんな日が来るとは思っていたわ」
スザンナの言葉には「それが自分の娘だとは思わなかった」という思いが含まれていただろう。
それはそうだ。
神は気まぐれ。その采配がたまたま自分たちに当たるなんて誰が考えるだろう。
けれど、当たってしまった。
国王適正者が代ごとに一人とは限らない。
国王適正者が男とは限らない。
過去、同じ国に「国王」適正者が二人以上出た例はあったらしい。その時は次期王の座を巡って骨肉の争いが起きた。
まして、二人目があろうことか
「……神託の結果を周りに隠すことはできませんか?」
「無理よ。喜ばしい行事だもの。見せてくれと言ってくる者は多いの」
「本当なら、ステファニー様の結果だって喜ばしいことのはずなのですけれど」
呟くように言うと、スザンナは目を細めた。
「変わっているのね、本当に。……みながみな、あなたのような思想を持っていたらどんなに楽だったか」
「陛下にはどのように説明なさるのですか?」
「人払いの上で正直に言うしかないでしょうね。……あなたにも一緒に来てもらっていいかしら?」
「はい。わたしにも責任がありますから」
幸い、スザンナはシルヴィアが潔白だと信じてくれた。
けれど全員が全員素直に信じてくれるだろうか?
こんな新参者に任せたから結果がおかしくなったのだ──そう言ってくる者がいたとしてもなにもおかしくはない。
最悪の場合、具体的な『罰』を受ける可能性さえある。
神殿長はこうなることを見越していたのだろうか。
ないだろう。ないはずだ。
これがすべて策略ならシルヴィアの月巫女就任を独断で進めるはずがない。むしろアンジェリカに進めさせたほうがこの件のとばっちりを受けずにすむ。
祈りで聖なる光を生み出せない男が神託の書き換え、あるいは先読みを行ったというのも無理がある。
「アンジェ様。ステファニー様のお相手をお願いできますか? スザンナ殿下と共に陛下のところへ行ってまいります」
「かしこまりました。……その、シルヴィア様。お気をつけて」
さすがにステファニーも場の空気を感じ取ったのだろう。不安そうに母やシルヴィアを見てくるものの、それには微笑みで応えた。
幸い国王はすぐに面会の場を整えてくれ、側近さえ排した特別な場が設けられた。
護衛はマルグリット一人。直前まで王の護衛についていた騎士団長が別室に待機させられたのは、マルグリットがすでに誓約で縛られていたからか、それとも。
ともあれ。
王はスザンナの話を最後まで聞き、ため息をついて、
「……であれば、ステファニーには消えてもらうしかあるまいな」
国家元首としての非情の決断を口にした。