Fate/Grand Order -Singularity of Blue Archives- 作:この世全ての癖
私は中々に特殊な生まれだ。
いわゆる貴い血筋というものを後生大事に守ってきた家で、親も近親婚にならないギリギリのラインの2人。だが聞いた話では母方の祖母や叔父は近親婚だったそうだ。元々私は『普通』を知っていたこともあって、それを聞いた時はハッキリ言って悍ましいと感じた。
だけどその時の私はまだ6歳。この歳では親を拒絶して放逐なり虐待なりされればあっさり死ぬだろう。兄弟も既に1人生まれていた為スペアはもういる。だからまだ面従の時だ。いずれ、1人で生きられるだけの年齢になるまで。
それが私にとって最も希望に溢れていた時。まだこの家の狂気を理解した気になっていた頃だ。
私が身一つで霊安室に放り出されてからはや1週間。他の女の子たちは持っている天使の輪っかみたいな物は私にはなく、更に身分証明さえできない私が生きるには裏社会に入るしかなかった。
幸い前世で何度も死線を潜り抜けた経験を活かしてなんとか傭兵として生活できている。この1週間で何回死にかけたか分からないがそう簡単には死ねない。
このキヴォトスという都市が秘匿されていたものなのか、昨今流行りのごとく異世界にでも転生したのかはわからない。一つ確かなのはこの身体は私の身体じゃないって事だけ。
何度も刻んだ腕も壊死しかけた足も今やぴかぴかの新品のようだ。人体に対しての表現では無い気もするが。更に顔も身長も何もかも違う。最初は足や腕の長さの違いにだいぶ戸惑ったが少しはまともに動けるようになった。まだ違和感は拭えないが。
土砂降りの雨の中、住処にしているオンボロアパートで銃を分解清掃する。仕事中に拾った物で名前すら知らないがサブマシンガン?っていう種類なのは分かった。
結構手に馴染んだのでそのまま使わせてもらってる。握るところにドクロの意匠が入っているのもお気に入りだ。
ちなみに分解と掃除の仕方はお店の人に教えてもらった。どの弾丸を使えば良いかわからなかったので、銃を扱ってるお店の人に聞いたらついでとばかりに教えてくれた。
この身体は記憶力がいいらしくその一回で及第点をいただけた。それ以来仕事前や仕事後は分解することにしてる。傭兵生活における唯一の娯楽だ。
それが終わったのは15時。昼間食べてないのでどうにもお腹が減る。今夜は徹夜なので夜ご飯は無い。つまり今を逃せば今日一日ご飯抜きだ。それはまずい。
なかなか着火しないコンロだが根気強くツマミを捻り続ける。すると、ボッと言う音とともにようやく火が着いた。フライパンを乗せそこに昨日叩き売りしていた合い挽き肉を投下。
しばらく火を通すと良い音と匂いになってくる。中までしっかり火を通しフライパンから皿によそおうとした時、油が落ちてしまったのか火が高く燃え上がった。
火は右手の甲を炙り、その痛みに顔をしかめる。しかし痛み全般に慣れていたおかげかフライパンは放り出さずに済んだ。燃え上がったのは一瞬だったようで既にコンロの小さい火に戻っている。
とりあえず肉を皿に盛り、粗末な救急キットで手当をする。今は痛みはないがきっと後から痛くなってくるはずなので今のうちに痛み止めも飲んでしまう。
焼いた肉に塩と胡椒で味付けしただけのもの。何で私はこんなものを食べているんだろう。何で私は戦っているんだろう。なんで、わたしは、いきようとしているんだろう。
少しずつじくじくと痛み出す手の甲が余計に感傷を加速させる。
ボロボロと涙を流しながら肉を口に運ぶ。塩気がかなり強くなった肉はとても美味しくはない。テレビやラジオすらない何の音もしない部屋がだんだん憎らしく思えてくる。未だに死を望む自分が憎らしい。未だに死なない自分が憎らしい。
でも、自傷すらできない。この身体は、きっと借り物だ。私には無かった癖がある。私が知らない知り合いがいる。なのに、私の勝手に付き合わせるなんてできない。
理性がこの身体ごと死んではいけないと言うがまた別の理性がどうでも良いから早く死んでしまいたいと叫ぶ。それを鎮めるために多少はきれいになった銃口を額にぴったり付ける。両手で持ち手を支え、親指を引き金に持っていく。
これを押すだけで私は死ぬ。確実に。人体の構造はよく知っているのでどこに当たるようにすれば死ねるかは分かっている。
死の恐怖であんなに熱を持っていた頭がスッと冷える。
まともな思考で死と生を天秤にかけ、僅差で生に傾く。やはり、私はこの子を巻き込まない。自分以外のエゴのせいで死ぬなんてごめんだろう。
引き金を引いた。
◇◆◇◆◇
『……キヴォ…ス………特異……は……………』
『………レイ…………喚……地で……』
『せん…い!』
うん、そうだね。今回も
今回も…?なんだろう。知らないのに知っている。分からないのに分かる。君は、そして『 』は。
起きた時、分かったのはとても懐かしい感じがして泣いてしまっていたことだけだった。
「うん、そういうことだから、よろしくね。リンちゃん」
トリニティからの帰り道。いつも通りトランク片手にいつも通りでは無い道を歩く。こんな夜遅くに出歩いている者はほとんど居らず、居ても大体がオートマタだ。それでも一応注意はしておく。もしかしたら誰か生徒がいるかもしれないから。
いつもしているその注意は、大抵悩んでいる生徒を見つけてあげることができた。それが今日に限って、仇となった。
通り道にある公園。昼間すらほとんど人がいることがないそこに、珍しく人影が見えた。3人…と言うより2対1で会話しているがヘイローは一つだけだ。何かトラブルだろうか。
悪魔のような羽、角。以前会ったゲヘナの風紀委員長である空崎ヒナと、キヴォトスに来てから初めて見た自分以外の男。少しだけ自分に似ている気がする。その2人の正面にいるのはこちらも初めて見たヘイローのない女性
少しだけ様子を見てみよう。
「あ…たもさ…んか………の」
近くの茂みに隠れたが少し聞こえにくいが、張り詰めた空気から見て穏便な話し合いではなさそうだ。二言三言とほど交わした後、やはりと言うべきか互いに銃口を向け合ってしまった。
しかし、始まったのは銃撃戦ではなかった。ヒナの隣にいた人物が銃口を向け合った瞬間相手に襲いかかる。それを見た時はツルギやネルのような近距離戦を得意とするのかと思ったがそれは間違い。
振られたソレが街灯のわずかな光を反射して一瞬だけ姿を現す。争いが頻繁に起こるキヴォトスでさえ扱われない、剣。しかも直剣ではなく刃が波打っているフランベルジュ。
対してヘイローのない少女は、いつのまにか隣にいた影の塊のようなものが迎撃していた。剣、鎌、槍、槌など様々な武器を出し、それを操っている。2人?の剣戟が激しくなる一方でヒナと少女2人は銃口を向けあったまま会話していた。
私はヒナたちの会話に首を突っ込むべきだった。たとえ余計なお世話と言われても、そうしなければならない。でも、私の視線は剣を持っている男に吸い付いていた。
男、と言うよりは青年の方が相応しいような外見。黒のインナーに白銀の鎧、内側が水色の白い外套。とても人間とは思えないような身体能力。確実にヒナやホシノよりも上だ。その身体能力で振られる剣は遠目で見ても致死と分かるもの。私に向かって振られれば避けることもできずに死ぬだろう。
だけど、彼から目が離れない理由はそれじゃない。私は彼を知っている。名前も知らない、顔を初めて見た。知らないけど知っている、確か前にもこんな感覚を覚えた気がする。
『どんなことがあっても、立ち上がることができる人間。前を向くことができる人間ってのは、もうそれだけでカッコいいんだぜ!』
ザザッ、と。記憶がながれる。知らない懐かしい部屋の中で笑いながらそう言う彼。そう、カッコいい。彼が大事にしていた事。彼の、名前は……。
「シー、トン…?」
そう呟いたとき一瞬激しい頭痛が遅い、たたらを踏んでしまう。そして更に不幸だったのはそのせいで茂みに足を突っ込んでしまい、かなり大きな音を立ててしまったことだ。そして手に持っていたトランクケースを落としてしまう。
そら、激闘を繰り広げていた2人?がこちらを見ている。影の塊には目がないがハッキリと意識を向けられていると分かる。
影の塊から発せられるソレが殺気というものだろうな、と現実逃避気味に考える。何故か男の方からはそれを感じないが、きっと感覚がバカになっているだけだろう。
いつの間にか、私はトランクケースを拾って走り出していた。脇目も降らず、恥も外聞も投げ捨てた逃走。立ち向かうことすらできない死を前に、私は逃げる事を選んだ。公園を抜ける。人気のない街灯が所々に立っているだけの狭い道を抜ける。住宅街を抜ける。
シャーレの部室がある建物まであと少しというところで、足の力が抜けて転んでしまう。
足の力が抜けたのは疲労からでは無い。何かにつまずいたというわけでも当然ない。いつのまにか背後に浮いていた簡素な剣が右肩から左脇腹にかけて浅く背を切り裂いていた。シッテムの箱はシャーレに置いてきてしまった。
「……あっ、ぐ、うぅぅぅ…」
倒れたことによる痛みを飲み込んですぐに痛みは襲ってきた。息が詰まり、のたうち回りそうになる身体を必死に意思で抑える。少しだけ痛みが弱まったが、手足を動かすだけで痛みは鋭く走る。それでも呻き声を漏らしながら力の入らない四肢を動かして這いずる。
こんな深夜だ、シャーレに誰かいるはずもない。もし建物に逃げ込めて、シッテムの箱の防護フィールドを使えたとしても追い詰められるだけだということはわかっている。それでも、それでもと一縷の望みをかけるしかなかった。
ザスッ、と言う音に顔を上げると目の前に剣が突き刺さっていた。力を振り絞って仰向けになり今まで走ってきた道を見る。そこにはまるでノイズが走っているような模様の緑のヘイローを浮かべた少女が1人立っていた。
「悪いけど、見られたからには生かしておけないの。たとえそれがキヴォトスに1人しかいない『先生』でも」
肩に掛からないくらいの濃いグレーの髪。異様に光る赤い眼。平均ほどに見える身長。黒い手袋に黒で揃えられたパンツスタイルのスリーピーススーツ。初対面のの少女は若干の申し訳なさを滲ませながら再度銃を向ける。
「さようなら」
"……まだ死ぬわけにはいかないんだ…!"
自分でも不思議なくらい力が湧いてくる。全身に力を入れてゆっくりと起き上がる姿に驚いたのか、少女は銃を向けたままこちらをじっと見ている。
"今まで踏み越えてきたものを無駄にしない為に…!"
そうだ、7つの過去、7つの現在を乗り越えて『俺』は今ここにいる。背を斬られた、銃を向けられた、近くにサーヴァントがいる。だからなんだ、それが諦める理由にはならない。
何より、まだ彼女を呼んでいない。細いが確かな繋がりを感じる。まだ令呪の繋がりは途切れてないなら、呼べる。
"令呪を持って命ずる!"
「ッ!」
"来てくれ!マシュ───!!"
少女が引き金を引いた。瞬間に放たれる何発もの銃弾がこの身体を蜂の巣にするまで1秒もかからない。それでもマシュなら絶対に守ってくれる確信がある。だから目を逸らさずにこちらに銃を向ける彼女を見つめる。
一陣の暴風が吹き荒れた後、そこには盾を構えたマシュが立っていた。
安心してしまったのか、限界以上に力を振り絞ってしまったせいなのか、意識が落ちかけてしまう。当然、それに抗えるはずもなく私はただ心地よい暗闇に身を委ねた。