「よしよし、泣き止んだね」
全裸男こと俺は、魔女のローブを手に入れた。
変態度がレベルアップだ。
「私の家に来なよ」
言葉が耳の中に滑り込んでくる。差し出された、手袋に包まれた手が輝いて見える。
ここにきてローブから強く立ち上った芳しい香りが頂天を思わせた。大地に立った。立ち上がった。熱を持った我が身、下半身を、そよかぜがにこやかに撫でる。体が思わず震える。
変態だ。俺は変態だ。差し出された手を取る。
「はい」
姿が慈母のように見える。後光が差して見える。目が潤んでいるせいだろうか。俺は泣き止んだんだ、泣いちゃいない。泣いてないもん。
命を助けてもらった。それとは別に発生した危機からも救ってもらえるなんて。
この人に尽くそう。口が弧を描いていく。深まっていく。高まっていく。
「ふふふ。真面目なんだぁ。そういうの好きだなぁ」
真っ直ぐこちらを見る顔の、口が開いている。動いて、止まって、小さく弧が描かれている。妖艶を絵に描いたような、むしろ描けるなら描いて手元に残したいくらいの、顔だった。
手指がするするさわさわと擦れる。くすぐったい。自分と魔女との間に道が建造されていくような感じがする。糸のようだったそれは道になって、橋になる。
橋よりも大きく、何かになろうとしたところで止まった。
すぐ横にもう一つ大きな橋が現れたような感覚。
「あ」
あ?
「ううん、なんでもない。忘れて。半分忘れてたから。君も忘れて」
ほな忘れるかぁ。頭がぼーっとする。俺も何かを忘れているような気がする。気のせいか。
「......さあ、行こう。私の家へ。立って」
「はい」
「ダンジョンを出たら気をつけてね。この状態で身を検められるのは嫌でしょ、もちろん私も助けられそうなら助けるけど、ほら、どうにもならない時もあるから」
もちろんだ。めちゃくちゃ早口なのが可愛いが、もちろんだ。この状態でおまわりさん沙汰はすごく困る。立つ。
「すぐに魔法で体を綺麗にしてあげたいんだけど、何というか」
理由は橋を通じて伝わってくる。手加減が出来ないから、みたいなニュアンスだ。
ん? 手加減が出来ないからなんなんだ。分からん。危ないのか?
「あ」
今度はなんだ。
「次善策だよ。手、触るね?」
また手指を弄ばれる。手袋の材質ゆえか、酷くくすぐったい。
「まあこれで大丈夫でしょ」
声を聴くのと同時に、急に眠くなってきた。ふらついて、魔女に寄りかかってしまう。
「すみません」
「ああ、休んでいいよ。君の体は私が動かせる。『動け』」
また体が動かなくなる。否、動く。意識していないのに動く。人形にでもなったようだ。自分が乗り心地の悪い乗り物になって、それに乗って揺られているような感覚。
目を閉じる。
魔女のブーツがダンジョンの床を叩く音が響いている。
「着いたら起こすよ。これから暇だし一方的に話をするから、我慢できなくなったタイミングで落ちるといい」
了解した。
「良い返事、良い感じに使いこなしているね。素質があるよ」
魔女が「さてどこから話そうか」と言いながら、例の、首を傾けてお団子をぽよんぽよんさせる格好をとった。ぽよんぽよんして欲しい別の箇所はぽよんぽよんしていなかった。
「うるさいよ! 君は今日ここに来たらしいから知らなくて当然だが、私は偉いんだよ? とっっても偉い魔女なんだ。夜と風に関する魔法を高度に操る、この街でも有数の魔法のスペシャリスト。探索者特別資格2級。有象無象の探索者や冒険者はおろか、ギルドのお偉いさんにも繋がりがあるのさ」
すごく心地良い子守歌だった。俺は今日この街に来たばかりなので言っている内容は半分も分からなかったが。
「ここは、『ダンジョンのある街』は、地獄だよ。悪人が落ちてきては、ゲームのように姿と能力が決められ、戦う。モンスターはここで戦うことを諦めた人間が、残りの負債を支払い終えるまで戦いを強制されている姿。死ねば記憶と姿と能力はリセットされ、次の役が決められる。逃げ場は無い。街の外はダンジョン、街の地下はダンジョン、街の上空をしばらく飛べばダンジョン。ダンジョンを踏破したとしても、職員としての雇用だとか特別資格だとか、新しい役割が待っている。まあ、ダンジョンを踏破できるような実力の持ち主だから苦労は少ないんだけど。ああ、今のは半分嘘だよ。色々あるのさ。ああ、そうだ、ここの呼び名、私は『ダンジョンの中にある街』と呼びたいんだけどね。偉い人に怒られちゃうから駄目なんだ。まあ。
ここは、そういう感じの、死んでも逃れられない罪業の坩堝」
むにゃむにゃ。
「これからよろしくね」