ダンジョンの
魔女はどうやら悩んでいるようだった。主に、俺をどのように家に連れていくか。
「あ。飛んで行こう」
そういうことになったらしい。
「失礼するよ」
ローブに魔女が入ってきた。入ってきた。服と肌が擦れてえげつなくくすぐったい。多分だがこの人はそういう生き物なのだろう。というか、くすぐったいと捉えていないと気持ちよさが勝って気が狂う。あ。俺、お姫様抱っこされてる。
急激に明るくなる。ゲートを潜ると俄かに騒がしくなった。衛兵だかギルド職員だかに囲まれているらしい。らしいと言うのは、ゲートの先が明るすぎて目が追いついておらず何も見えないためだ。
「おい、待てお前」
「止まれ!」
「私は特別2級の『夜の魔女』だ。要救護者を救助したので今晩家で世話する。事情は明日、ギルドに出頭の上説明する。さらばだ!! とうッ!!!」
魔女と俺は建物の天井を破って空に至った。すぐに方向転換し、どこかへと一直線に飛ぶ。
音が消えていた。風も感じない。魔女の香りだけを感じる。いい匂いだ。風も音も無いのは何かしらの防護によるものだろうか。いい匂いだ。堪らない。いつまでこの格好でいればいいのだろう。ローブの中に入ってから、ずっと魔女の腕に抱かれている。細いと思ったが意外とムキムキなのだろうか。あれ? いい匂いが、ああ、考えがまとまらない。心地いい。これはなんだ? 思考を妨げられている? 意思を感じる。そんなにムキムキなのかもと思われたのが嫌
いい匂いだ。
いい匂いだ。
いい匂いだ。
いい匂い
思想と身体の自由が許されたのは玄関に入った後だった。
「着いたよ。上がって」
言葉が聞こえたときにはすでに魔女はローブから抜け出していた。
防犯のためか電気?は点いていた。家の中は和洋折衷にほんの少しだけファンタジーを混ぜ込んだと言った具合で、奥には襖が見えた。魔女が玄関でブーツを脱ぎ上着を脱ぐのに合わせて自分も、と脱ごうとしたが、無念にも俺は裸ローブの変態だった。もう脱ぐものが無かった。
「こっち」
襖の奥、和室に通される。
入ると襖が閉じられる。
「座って。少しお話しよう、お話が終わったら寝る。ご飯は明日になるけどいいかな? ああ、寝る前に体を綺麗にするのもやろう。......風呂はまだ再現できてなくてね、というか薪で炊く風呂なら出来るし裏手にあるんだけど、面倒で性に合わないんだ、今日の所は勘弁させてくれよ」
俺は情報量の多さに立ち尽くしていた。捲し立てている内容から、確定的に、明らかに、多分、この人は。
果たして、本人の口から答えは発せられた。
「ただの勘だったが、当たりだったようだ。君を眷属に選んでよかった」
そして魔女はどっかりと畳に座り、「ぴゃー」と高い変な声を出した。かと思えば神妙な顔つきになって畳を指差した。
「座れ。遅くなったが、君の名前を聞こう」
「......ナオヤです。多分だけど」
座り、一息置いて名乗った瞬間、胸を縄で縛られたような感じがした。裸ローブから緊縛まで網羅しないといけないのか? 俺は。うっ。
「私は『夜の魔女』、ルイ。よろしく、ナオヤ。ああ、そうだね。私も前の名前となると、多分、と言いたくなるよ。ここにいるとはそういうことだ」
「ああ」
気もそぞろに適当な答えを返す。白目を剥きそうだった。
前を開けたブラウス。なぜか肘まである黒の長手袋。黒のホットパンツからすらりと伸びた白い足。目が隠れるか否かと言った長さの前髪。明るい所で見てみると頭に対してかなり大きなお団子。細い首。鎖骨、あばら、ブラウスの向こうに透けた小さな何か。
魔女、ルイは灯かりの下だと一層綺麗に見えた。綺麗であるだけでなく、尋常ではない色香を放っていた。二つは同根なのかもしれないが。とにかく、ダンジョンの中で接していたのと、今こうして和室で面と向かっているのとでは、危うさの方向性が違った。主に俺の体が危うい。
「まあ積もる話は明日でもいい。体を綺麗にしてさっさと寝ることにしようよ」
そう言って、ルイは服を脱いだ。
服を脱いだ。服を脱いだということは、服を脱いだということだ。
手袋を残して、上下すべてを、一瞬で。
「布団は君がくたばってから用意する。君は賢いから私がどんな生き物か察しているはずだ。覚悟は出来たか?」
出来てません。あわわ。
あっ! 襖が開かない!! ちくしょう!!!
「なに、命までは摂らん。いずれ慣れる」
イヤーー! あなた口調が変よ!
「『夜の魔女の名の元に、お前を綺麗にする』」
言葉を聴いただけで、俺はローブの中に意識を吐き出した。