『神野の動乱』、そう呼ばれる事件から数日が経った頃。世間は大体落ち着きを取り戻し、というよりもあの事件で一番の被害を受けたのはプロヒーロー側でも公安や協会でも、そして雄英高校側でもなく
「なんというか、神野の一件からメディアが恐ろしくお行儀良くなっちゃったわよね~」
「無理もないだろう。大規模な内部告発によって上層部から幹部まで軒並み入れ替わり、改革や変化をしてますとアピールしなければならないほどに信用もなくなっているのだから」
「しかも今回の唯一の被害者はマスコミを庇っての重傷、そりゃ大人しくもなるだろうよ」
パトロール中の『Mt.レディ』『シンリンカムイ』『デステゴロ』の三人が言うようにマスメディアが一番の被害を受けたとも言える。最もこれを被害と言っていいかと言われれば世間はNOと答えるだろう。
殆どが身から出た錆、もし自浄作用が働いていれば問題もなかった内容ばかりなのだから。プロヒーロー側も大凡その認識であり、寧ろ普段は五月蝿いくらいの連中が静かになっているので悪くないと思うものすら居る。
そんなパトロールの最中、ふとMt.レディが家電量販店のテレビを見てあぁと声を漏らす。彼女の視線の先には昨日、改めて行われた雄英高校の記者会見の光景が映し出されていた。
「それにしてもあの重傷でよく五体満足で復帰できましたよね、この娘」
「便利屋チェイテの所長のことか。俺も驚いたな、しかも受け答えもしっかりしてるところを見るに無理をしているという感じもしない」
二人が言うように記者会見には便利屋から所長と副所長の二人も参加しており記者からの質問に(彼女らしい煽りが混ぜられつつ)はっきりと受け答えをし、逆に相手を黙らせている。
記者も彼女を便利屋としてじゃなくヒーローとして見てしまっているのも彼女の独壇場を許している理由にもなっているがそこは置いておき、そんなレイミィを見てデステゴロはボソリと呟いた。
「にしても便利屋、か」
「急にどうしたんですか。あっ、あれですか? プロでもないのにって感情ですか?」
「……Mt.レディ、便利屋が何時から活動してるか知ってるか?」
「いえ、知りません。シンリンカムイは?」
「確か……10年前には既にとは聞いたことは」
10年前!? とMt.レディが驚きデステゴロはよく知ってたなと感心の声を上げ補足説明を始める。曰く、所長である少女が4か5歳の頃には活動を始めた組織であるということ、そしてそれらは公的機関からきちんと認められているということ、そして
「便利屋が活動を始め数年、この数年でその近辺で仕事のできてなかったプロヒーローは軒並み廃業に追い込まれたって話だ」
「ん? でも私達と便利屋って聞いたりホームページ見た限りじゃ活動内容は被ってないわよね?」
「自主的にやれる活動は、な。依頼されたとなれば話は変わるってわけだ」
便利屋は確かにヒーローのように自主的に
依頼されたので徹底的にやりましたが罷り通ってしまうのだ。そうして信頼と地区を担当しているヒーローよりも確かな実力を見せつければ噂は広がり依頼がまた来てと言うループが発生しデステゴロが入った廃業へと繋がる。
今も便利屋がある地区で活動できてるヒーローは真っ当でかつ実力があるものだけ、ある種の精鋭でしかないのだ。
「そう言えばチャートが急激に上昇したヒーローが複数人居たと思いましたがそういった理由が」
「うへぇ、じゃあ私もうかうかしてると蹴落とされちゃうじゃない」
「それどころか、下手すりゃプロヒーローってのが色々と危ぶまれるかもしれないがな」
デステゴロの言葉にえ? となる二人。確かに便利屋の存在は脅威とも言えるかもしれないがそれでもプロヒーローと言う制度になにか影響を与えるものではないんじゃないかと。
と考えたところでシンリンカムイが何かに気付いた。それはさっきのMt.レディが見ていた記者会見と神野の動乱直後の雄英高校の記者会見、あの場で雄英の校長はなんと言っていたか?
便利屋には自分たちから依頼を出し共同関係であり、今日までの
「……我々プロヒーローよりも便利屋の方が有能だと世間は認識してしまった?」
「気付いたようだな。勿論、雄英にはそのつもりはないんだろうが結果としてみりゃそうなっちまう」
「え、でもそれだけで印象と関わるもんです? 確かに一部はそう思うかもしれないですけど」
無論、Mt.レディが言うようにそれで急に手のひらを返してくるようなことはまだないだろう。けれど今後も便利屋が活躍すればするほど、事態は大きく変わっていくというのは間違いない。
デステゴロは語る。もしそれが便利屋の、あの所長少女の狙いだとすれば
「末恐ろしい奴だよ。かなり先まで見据えて行動してやがる」
「しかも彼女のその動きを周りが止められないということはその辺りの根回しも済んでいるということか」
「あれで高校生、高校生なんだよねぇ……」
正直、レイミィと同じことをMt.レディが出来るかと言われれば首を横に振るしかないことに彼女は若干凹む。いや、若干じゃないわかなり凹むやわよと思っていた彼女だが
「おっと、ここよここ」
彼女が指を指したのは商店街の一角に佇む良く言えば物静かな、悪く言えば目立たない喫茶店。時間も昼食の時間帯ということでMt.レディが来てみたかった場所らしい。
曰く、口コミなどでここのオムライスが非常に美味しいというとのこと。所謂隠れた名店という場所らしい、と言う説明を聞かされた二人はなんとも微妙な表情をしてから
「そんな理由で俺達を連れてきたのか、一人で行きゃいいだろうが」
「うむ、どうして我々を同行させる必要があったのか疑問に思うぞ」
「いや別に理由はないけど、偶々三人揃ってるしって思って」
思わずデステゴロは軽い頭痛を感じた、ついさっきまで真面目な話をしてたというのにと隣を見ればシンリンカムイも苦笑をしていたのでとりあえずは自分の感性はズレてないんだなと彼は思うことにした。
だが時間的にも空腹を感じたというのもまた事実、なので軽くため息を吐き出しながらも付き合ってやると伝えればMt.レディはそうこなくっちゃと嬉しそうに喫茶店の扉を開けて店内に入れば迎えたのは一人の従業員の少女。
それは真っ赤な髪を一本に纏め、真紅とも言える瞳をし、コウモリを思わせる大きな羽根を生やしたこの喫茶店のウェイトレスの服装をした従業員の少女は三人を見てから営業スマイルを浮かべてから
「いらっしゃいませ、3名様ですか?」
「えぇ、三人よ」
「では空いてるテーブル席かカウンター席、お好きな方へどうぞ」
「ありがとうってどうしたのよ二人共、鳩が豆鉄砲食らったような顔してるけど」
いや待て気付いてないのかお前となったのはデステゴロだったかシンリンカムイだったか。どちらにせよMt.レディが目の前の少女を見て何も反応しないことに驚愕しか無かったのは事実である。
寧ろどうして気づかないんだお前はとすらデステゴロは言いたかった、ここで喫茶店内でなかったら声に出してた。だがそれをMt.レディもその少女も気付くわけでもないので従業員の方は困惑した表情のまま。
「えっと、なにか? あと入り口で立ち尽くされても邪魔になりますので座って頂けると助かるのですが」
「あぁ、ごめんごめん。ほらデステゴロもシンリンカムイもとりあえず座っちゃいましょうよ」
色々と言いたいことはあるが向こうの言い分も確かなのでとテーブル席に座り三人、それを見計らってから茶髪の少女がお冷とおしぼりとメニューを配ってから入れ替わるように先程の少女が現れる。
どうやら驚いていた二人に気を利かせて休憩と題して近づいてきたらしい。彼女はお客が居ないからと近くのカウンター席に座ってから
「それで私を見て驚いてたようだけど、どうかしたのかしらデステゴロとシンリンカムイ?」
「驚かないほうが無理だろ。便利屋の所長が喫茶店でウェイトレスをしてるなんて知ったら」
「……便利屋? 所長? あっ」
「やっと気付いたのかMt.レディ」
ここでMt.レディも彼女の正体に気付き、従業員の少女ことレイミィ・バートリーを見つめる。見つめられた方はえ、気付いてなかったのという表情をしてから
「後ろの二人は驚いてるからてっきり表情に出してないか、知ってたとばかり思ってたんだけど」
「いやいや、知らないわよ!? え、なんでここに?」
「なんでって、そりゃ依頼されたからに決まってるじゃないの。今日のスタッフが当欠してヘルプを頼めるかって」
ね? とレイミィがマスターの老人の方を見れば彼は静かに頷く、更に彼女は言わないがこことは長い付き合いで色々と世話になっていた場所でもあるので月に一度はこうしてヘルプに入っていたりする。
という話は置いておき、つまりはそういうことだと伝えれば、これまた驚いた顔をする三人。それを見て便利屋がどういう存在だと思われているのかよく分かるとため息を吐き出してから
「やっぱりあの記者会見に出たのは失敗だと思うのよ私」
「でも出なかったらそれはそれで面倒になるって血染くんが言ってたじゃないですか、それに校長も」
「理屈は分かるけど、こうも露骨な反応をされると嫌になるわよ」
客も居ないしウェイトレスの仮面を被る必要ないなとばかりに態度を元に戻し応対するレイミィとやることはやったので暇になって側に来た被身子がそんな会話をし始める。
それにしてもとレイミィは思う、別に便利屋の業務内容は隠してないのだからなぜこうも勘違いをされるのだろうかと。
「そりゃ怪しくない集団だってのは口が裂けても言えないけど、別に犯罪をしてるわけでもないし警戒される理由はないと思うのよね」
「まぁ、私達が警戒してるっていうのも貴方達を知らないからっていうのがあると思うのよ。ね、この際だから色々と教えてくれちゃったりしない?」
「じゃあ、先ずは注文して頂戴。そうしたら話してあげてもいいわよ」
「随分と態度がデカいな……」
いいじゃないのそれを気にするような人じゃないでしょと悪びれないレイミィ、それを見て笑う被身子にヒーロー相手だとこれが普通の態度なのかもしれないと三人は思いつつそれぞれが注文をしていく。
もっとも全員、Mt.レディがここで一番美味しいと評判のオムライスと食後のコーヒーだったのだが、そうして注文が終わったタイミングでシンリンカムイから他の従業員は? と聞かれれば
「今日は全員でそれぞれ現場に出てるわ。迷子の猫探しとか引越の手伝い、あとは目の前の定食屋にヘルプだったり」
「あ、火伊那ちゃんが丁度休憩に出てきましたね。凄く疲れた顔してますけど」
「慣れてないから仕方ないでしょうね」
いや、サラッと言われたが火伊那ってレディナガンだよなとなるプロヒーロー三人。因みに火伊那の件についても記者会見でぶっちゃけており、同時に公的機関全部から許可されているし何かあった場合は自分の首を掛けていると言い放ち会場の人間を圧倒させている。
ともかくそのヒーローからすれば有名人でしかないレディナガンこと火伊那は喫茶店の向かいの定食屋から出てきたと思えばハァと息を吐き出し、直ぐに視線に気づき窓越しにレイミィと被身子を見る。
見られたレイミィと被身子が笑顔で手を振れば気怠そうに手を振り返してから近くの自販機に向かう姿を見てデステゴロが一言呟く。
「なんか凄い光景を見せられたような感覚だなおい、有名人がそこらでヘルプで従業員してるって言って誰が信じるって話だ」
「こうあれよね、一気に便利屋がかなり庶民的な組織なんだなってなったわ」
「何も知らなかったが故という訳か。考えても見れば雄英高校から依頼を受けられるという時点で信用があるということでもあったからな」
どうやら火伊那のお陰で誤解が解けたらしいわねと満足気に頷くレイミィ、なお彼女のイメージへの影響というものは考えないものとする。彼女一人のイメージの変化だけで便利屋が少しでもよく思われるのならば仕方ない被害、所謂コラテラルダメージというものなのだ。
なお、その後は軽い雑談をしつつ二人は業務に戻り、三人は運ばれてきたオムライスに舌鼓するだけの光景が流れ平和に終わるのであった。あったが三人の帰り際、デステゴロが問いかけた一つの質問で彼らは知ることになる……
「ところで最後に聞きたい、便利屋は何を目指してるんだ?」
「誰もがプロヒーローにことを押し付けないで手を差し伸べるように意識を改革してヒーローを職業から概念に戻す、それだけよ」
便利屋が、そして彼女がヒーローの味方であっても決して〝プロヒーロー〟に対しての絶対的味方というわけではないということを。
(思ったよりも話が広がらなかったなという顔)
(そも必要だったかなこれとも思う顔)