ナイトアイ事務所、レイミィ達はナイトアイから言われたように先にここに来て事情を説明後、会議室で彼が来るのを待っていた。
時間は既に到着してから数分は経過、思ったよりも長いなと彼女は思いながら椅子の背もたれに体を預け脳内で情報を整理していく中でふと未だに圧縮状態の壊理の事を考える。
(思ったよりもナイトアイが遅いし、先に解放してても良かったかもしれないわね)
「所長、一つ良いかい?」
「何かしら?」
「壊理ちゃん、解放しても良いんじゃないかなって」
どうやら圧紘も同じ事を思っていたらしくレイミィにそう問い掛ければ、それもそうだと仁も彼女を見る。正直なことを言えば彼女も忘れていたというわけでもなく、単純にタイミングを見失っていただけだったので
「じゃあ、お願い。あとはあの子が驚いたりしなきゃ良いけど」
「そりゃ無理じゃねぇか? 警戒だってするだろうし、下手しなくてもお嬢の側は離れないだろ」
そもそもここに居る俺と圧紘なんか、顔怖いし。割りと哀愁漂う言葉に圧紘も曖昧な笑みを浮かべるしか無かった、反論しようとも考えたが事実なのでしようがなかったとも言う。
なんてコント染みたことをしながら圧紘がケースから圧縮状態の壊理を取り出し、丁寧に地面に置いてから〝個性〟を解除、ポンッと言う軽い音と同時にその場に圧縮前のままの壊理が現れる。
「?」
突然解除された壊理は状況が全く飲み込めないという感じに周囲を見渡し、それからレイミィの姿を認識してから……泣き出した。
思わずレイミィ達は驚きそうになるが、彼女の今日までの境遇を考えてみればやっと地獄から解放されたという認識になればこうもなるかと直ぐに冷静になり、それから未だに声を上げずに泣いている彼女に近付いてから優しく抱擁し、もう大丈夫だと声を掛ける。
もしかしたら、こうやって優しくされるのも壊理には久し振りだったのかもしれない。それを思わせるように更に体を震わせ、抱き着いて泣き続ける少女を見てレイミィは死穢八斎會、もとい彼女にここまでの仕打ちをした治崎に殺意を募らせていく。
(覚悟なさい、外道には外道に相応しい最後を見せてあげるから……!)
「待たせてすまな……どういう状況だこれは」
「あ~、どうもナイトアイさん」
決意と殺意を新たにしていたレイミィだったがそのタイミングで帰ってきたナイトアイからすれば呼ばれて急いで事務所に戻ってきてみれば便利屋の所長が見覚えのない少女を宥めているという光景が目に映るのは中々に奇妙な体験だろう。
けれど、この場には彼以上にこの光景に驚くことになる人物が二人。彼らはナイトアイが何やら困惑していることに気付き、どうしたのかと部屋の中、正確に言えばレイミィが宥めている少女を見て一人がボソリと呟いた。
「壊理、ちゃん?」
「え、あ、本当だ、え?」
「え、だ、誰ですか?」
あまりに聞き慣れた声にレイミィが振り向けば、居たのは出久とミリオの二人を見て互いに互いに驚いていたりするし、突如知らない人間から名前を呼ばれた壊理に至っては不審者を見る目でレイミィの側から離れない。
そんな彼女に大丈夫だと言いつつレイミィの方はなんでこの二人がナイトアイの事務所に居るんだと本気で疑問に思い、出久とミリオはレイミィ達がここに居る理由もそうだが、つい先程、自分たちの無力で手を離さずを得なかった少女が事務所にいるという状況を飲み込めなかったりする。
「ふむ、見た感じその子供が、いや、子供? まさか二人が言ってた治崎の娘と言うのは」
「娘? この子は治崎の娘なんかじゃないわよ?」
「え?」
「ん?」
流れる沈黙、誰もが状況をちゃんと理解してないのか、或いは情報が間違っているのか、ともかく全員が知っている情報があまりに違うというのは確か。
なので珍しく仁が呟いた。とりあえず互いに情報を共有するべきじゃないっすかねとこれに異論を唱える者は誰一人居なかった。
「えっと、事情はだいたい理解した上で自分、思ったことを言っていいでしょうか、サー」
「構わん」
「便利屋の〝個性〟って凄まじい噛み合いして卑怯すぎません?」
「……」
情報共有した感想か? これが? 言わんとしていることだってレイミィは理解しているがだからといってこの場面で出てくる言葉かそれ、というか思っても口にする場面じゃないだろとすら思う。
仁と圧紘は素直過ぎる感想に苦笑という形で答え、壊理は状況がわからず困惑気味にレイミィを見つめる。なお、ナイトアイははぁとため息を吐き出し、出久は今朝からレイミィが休んでたということからそういうことだったのかと納得している。
「話を戻そう、便利屋は虐待されている子供が居るという通報のメールを元に捜索し彼女、壊理を保護した。其の上で死穢八斎會には彼女のコピーを引き渡すように動いたと」
「まさかコピーの方がインターンに来てた二人に接触することは想定しなかったけどね。ていうか、通形先輩はまだしも、緑谷はどうしてインターン先がナイトアイなのよ」
職場体験で彼が向かったのはグラントリノの筈だったわよねと聞けば、彼は今立て込んでるがゆえにインターンを受ける余裕はない、だからオールマイトを頼れといい、オールマイトはナイトアイだったらどうだろうかと提案したとか。
(グラントリノが立て込んでる状況に? ってあぁそう、多分だけどあの件よねこれ、じゃあなに私のせい?)
「あの、バートリーさん? 顔が怖いよ?」
「んあ? あぁ気にしないで、それにしてもナイトアイも急な話だってのによく引き受けたわね、割りと問題児ではあるわよこいつ」
「彼からの推薦ともなれば無碍には出来なかったと言うだけだ。それよりもその少女がこ……いや、件のことに関わっているというのは確かなのだな」
途中ナイトアイが言い淀んだのは流石に本人の、しかも少女の前で個性破壊弾の材料になってたとは言えないからである。ともかく、確認するように聞けばレイミィもえぇと断言して頷く。
無論、まだ彼女の記憶を読み取っただけなので物証と言えるそれではないが、その部分も既に病院と警察に検査を頼んでいるので今日中にははっきりとするだろう、ならばとレイミィは踏み込む。
「仁が作ったコピーは致命傷を受けない限り存在するけど、事を考えれば今日中には治崎にもバレるわ。ならば直ぐにでも死穢八斎會に踏み込みたい、出来る?」
「……難しいだろうな、最速でも明日だ。ヒーローの戦力と警察側の令状、両方が揃うのに必要な時間がある」
「けどそれじゃ、死穢八斎會の奴らがコピーに気付いて取り返しに来るんじゃ」
「心配ないよ、緑谷くん。今回のはさっきも所長が言ったけど致命傷を受けて初めて消滅する代物、ともすれば消えたぞなんて馬鹿正直に言い寄れば」
「それはつまり自分たちは子供に酷いことをしてますっていう証拠になる!」
〝個性〟ありきの作戦とは言えあまりにも酷い初見殺しのトラップだとナイトアイは思わずにはいられなかった。正直に言えば、これをまだ
「本音を言えば今日中だけど……でもそうよね、流石に万全じゃない状態で事を進めて赤霧とぶつかったら最悪だものね」
「それもあると言えばある。そいつの強さを考えればオールマイトとまでは言わないがトップヒーローは数名は欲しい」
そしてトップヒーローが今すぐ来れるかと言えばノーとなる、そのことは理解しているからこそ舌打ちしたいのも我慢してレイミィは出されていたお茶でその感情を飲み込む。
付け加える理由としては彼女が提出した密売組織及び死穢八斎會の違法なシノギの摘発にも同様の時間が掛かるという点もあると言われれば、駄々を捏ねることなんて出来るわけもなく分かったとしか返せなかった。
「さて、今日のところはこれ以上動きようがないとして、この後、その少女はどうするつもりだ?」
「この子、壊理に関しては病院で検査と血を抜いてもらってからウチで保護するわ」
「病院じゃ駄目、なのかい?」
「別に悪いってわけじゃないんだけど、死穢八斎會が赤霧を使ってでも取り返しに来たら最悪だし、だったら逃げやすい学園内の便利屋事務所のほうが良いのよ」
因みにその際に生徒が巻き込まれる危険性は考えてはいるがヤクザ程度だったら押し返せるだろうし、赤霧ならそもそも手は出さないから大丈夫だろうとのこと。
何一つとして大丈夫な理由には見えないし相澤が聞けば確実に頭痛薬を飲むことになりそうだがレイミィという少女は曲げるつもりはない、彼女は割りと頑固なのである、適当とも言う。
等と同じ事を今感じているのは便利屋のまとめ役である圧紘、彼はうーんと考えてからそうかもしれないけどと前置きをしてレイミィに言う。
「それで仮に生徒や職員、そうじゃなくても建物に被害が出たら洒落にならないんじゃない?」
「だからといって病院にっていうのも危険じゃないかしら。その場合は向こうはなりふり構わないって状況だと思うし」
「あ~、でもそうなったらいよいよ死穢八斎會は速攻で潰される理由を作るようなものだしやらないんじゃないかな。向こうだって今はまだ大事にしたくないだろうし」
「なら協力関係の赤霧と黒霧を使った闇討ちでしょうね。だとすれば病院よりも目の届く範囲の事務所の方が安全じゃなくて?」
おっとこれは一本取られたかもしれない。したり顔でそう突きつけてきた所長に対して圧紘は降参ですと言わんばかりに肩を竦める。納得してしまったがゆえにこれ以上は説得できない、誰か他に言いくるめられそうな人いる? と仁に視線を送るが。
「いやいやいや、俺にはお嬢を説得するのは無理だっての。今のやり取りで納得しちまったし」
「私としては反対の意を唱えたいが……反論するための材料がないのも事実だな、それに今の彼女を考えれば病院で一人にするよりも人が居るほうが安心するだろう」
「……わたしが居たら、みんな危ないの?」
ポツリと諦めたような表情で呟いた壊理を見てナイトアイは迂闊だったと思わざるを得なかった。レイミィもまたらしくもないミスをしてしまったと表情を曇らす、ナイトアイはまだしも自分は彼女の記憶からあの悪魔のような存在の近くで恐怖によって支配され、自分が勝手なことをすれば周りの誰かが死ぬ、自分さえ我慢すればいいという自罰的思考になってることを知っていたというのに。
ならばどうする? 考えるまでもないだろうとレイミィは壊理の視線に合わせるようにしゃがんでから顔を伏せてしまった彼女の頭を優しく撫でて告げる、そんな訳ないじゃないと。
「寧ろ側に居てくれたほうがお姉さんは助かるし嬉しいわ、それとこれから行く場所の奴らはどいつもこいつも無駄に強いから安心して頂戴な」
「おっと、なんか急におじさんに対するハードルが上がってないかなぁ?」
「よく言うぜ、並大抵の相手なら完封するくせによ。それを言うなら俺のほうじゃねぇか?」
「数の暴力の権化が言ったら駄目じゃないかな」
コントのようなやり取りにレイミィは何やってんだかと笑い、それから改めて壊理を見つめる。そんな光景に壊理はまだ不安そうな表情のまま、大丈夫なの? と聞いてくるので彼女は答える。
「えぇ、信頼してくれていいわよ」
「……うん」
更に言うならばそこで座ってるヒーロー共も強いからと告げれば、出久は力強く頷き、ミリオはマッスルポーズで答える。
最後にナイトアイははぁと何度目か分からないため息をついてから、分かったとばかりに眼鏡の位置を調整し直して
「なら彼女のことは便利屋、お前たちに任せよう」
「任せてちょうだい。代わりにそっちは任せたわよ、明日には片をつけたいんだから」
「無論だ。この好機を逃せばもう二度と死穢八斎會にメスは入れられないだろうからな」
〝明日〟その言葉が意味することはその場の全員が理解している。それは無論、出久とミリオの二人もだ、インターンというまだ仮免の身ではあるが確実に今回の現場には向かうことになるだろう。
つまりは本格的に
「……ふぅ」
「緊張してるね、デク。でも本番は明日だ、今はまだ肩の力を抜いておくべきだよ」
「あ、は、はい。はぁ、ふぅ」
緊張も確かにしている、でもそれ以上に……少年はレイミィの側から離れず居る少女に視線を向ける。あの時、離さないでと縋ってきたのに手を離してしまった少女、勿論あれがコピーなのは分かっている、分かっているが。
(僕は……どうしたいんだろう)
伸ばされた手を掴み救い出すヒーロー、それを目指して今日まで努力してきた少年の心に僅かに曇りが出てきた瞬間だった。