同日、夕方の学生寮の台所。そこは今、妙な緊張感に包まれていた、事の始まりは壊理の〝個性〟が落ち着きを取り戻し、便利屋の面々が帰ってきてからのこと。
死穢八斎會の件は後でデブリーフィングするということにし、とりあえず壊理の件を共有、それを聞いた血染はふむと頷いてから
「リカバリーガールがそう言っているのならば、被害はなしという事で纏めておくぞ」
「それでいいと思うわ。ただ、なしって言うよりは壊理がちょっとまた落ち込んじゃったのよね」
「そりゃまぁ、事故とは言えまた誰かを巻き戻しに巻き込んじゃったってなればそうなりますよね」
レイミィの言うように現在、壊理は落ち着いてから事を把握してしまい若干とは言えない程度には落ち込み塞ぎ込みそうになってしまっていたりする。
その辺りはまだ子供、流石に相手が大丈夫だと言ってるからと割り切れと言うのは酷というものだろう。故に便利屋の最優先事項はそれに関することになったというのは言うまでもない。
とは言え、やることは既に決まっているのでそこまで深刻に悩んでしまうということはない。元々、今日は壊理を労ろうというのは計画にあったことであり、そのための準備もとい買い物は被身子達が既に済ませているはずだと聞いてみれば。
「屋敷から戻ってくる時に必要なものは揃えてます。それと事情を話したらランチラッシュが食堂にあるものをある程度寮の冷蔵庫に回してくれたみたいですし」
「あら、ありがたい限りね」
「張り切ってるところ悪いんだが、嬢ちゃんに伝言がまだあるんだわ」
私に? 言葉にレイミィが聞き返す。話の流れからして塚内警部や他のプロヒーローというわけではなさそうだというのは分かるが、だとすると本気で誰からだとなったが出てきた名前に納得することになった。
言伝の主は死穢八斎會の組長。それを聴いた時、レイミィはあれ? という風に疑問を覚え火伊那に問いかける、そいつは確か治崎廻によって昏睡状態になってたんじゃないかと。
「だったらしいんだがな、どうやら赤霧が起こしてたらしい。ともかく、そいつから嬢ちゃんに伝言があるってんで聴いといたって話だ」
「ふぅん、まぁいいわ、それで内容は?」
「〝壊理をよろしく頼む、それとバカ息子が迷惑を掛けて済まなかった〟だとよ」
曰く土下座にも近い形で頭を下げ託してきたらしいと聞かされれば、レイミィは〝そう〟としか答えれらなくなる。同時に分かるのは死穢八斎會の暴挙はどうやら治崎廻による意志だけであり、組長である彼にはその意志がなかったということも分かった。
だからといって何か許したりとかはないのだが同情くらいはしてあげても良いかもねと思いつつ、それよりもと席を立って
「やるなら早く準備しちゃいましょうか、特に被身子のなんかは時間掛かるでしょあれ」
「下準備自体は砂藤くんに実は頼んでおいたのでそこまでじゃなかったりしますけどね」
「言っても焼く手間などもあるだろ、 まぁお前のことだからその辺りも考慮してるとは思っているが」
そんなやり取りをしつつ寮に向かい、そして冒頭の話に戻る。なお、緊張感に包まれているとは書いたが、実際に緊張していたのは被身子の手伝いを任された砂藤だけだったりする。
砂藤はすぐに分かった。被身子が持っている菓子作りのセンスの高さを、能力の高さを、下準備をお願いしますと頼まれてから作業に掛かってふと彼女のレシピを見た時に戦慄を感じたのを今でも覚えている。
(あれってどう見ても独学のレシピとかじゃねぇよな、明らかに力の入れ具合が違うんだが)
「ん、どうしました、砂藤くん」
「いや、あぁっと、もしかして渡我さんって洋菓子店とかで修行したとかあります?」
「あるわよ。その子確か、なんか有名な所で教わってたわよね」
「懐かしいですねぇ」
その時を思い出すような表情で出てきた店名に砂藤はマジかよとなる。出てきたそれは誰もが知っている有名店、一流とも言えるそこの技術を店主に筋が良いということで気に入られたからでマスターしたという会話に彼は驚くしかない。
ていうか、もう便利屋やるよりも洋菓子店を開いたほうが稼げるんじゃないんですかねと言いたくなったのを無理やり抑え込んだほどだ。それほどまでに出てきた店名のネームバリューはデカすぎる。
「勿体ねぇな、店開いたらもっと稼げたんじゃねぇの秘書さん」
「えー、だってレイミィちゃんに美味しいお菓子を作りたかっただけですもん」
「……いや、まぁ本人がいいってなら良いんだけど」
なお、上記の理由により被身子は依頼ならまだしも積極的に他人に披露するつもりはないので、その実力を知っているものは割りと限られていたりする。
燈矢も新人ゆえに今知ったが故の発言だったのだが被身子が本気でそう思っているという言葉に苦笑するしかない。因みにだが彼の言った発言を被身子は便利屋の全員から一度は言われていたりする。
その間も被身子は調理の手を止めておらず、少し離れた場所ではレイミィ達も調理を進めている、とは言えこちらはなにか特筆するようなものでもなく何時も通りにオムライスを作っていると言うだけなのだが。
「んで、なんだって圧紘も作ってるのよ」
「いやぁ、最近ちょっと作ってなかったから偶にはねと思って。それにオムライスよりも中華が良いって子も居るだろうし」
「私のオムライスの何が不満なのかしら」
「パンチだろ、中華料理の絶妙な辛さと旨さはそれにはないだろうからな」
火伊那からの言葉にむぅと黙りながら調理を進めるレイミィ。実際、辛さと旨さを含んだオムライスというものは流石の彼女もレパートリーには存在しないし、思いついて作ろうと研究したこともない。
と言うよりもオムライスを得意になった動機がそもそも味の再現だったという話なので必要がなかったというのが正しいのだが。これがもしイワシ料理となれば彼女は作れる、寧ろなんでそっちでは作れるんだよと火伊那を初めとした何人に言われたとかなんとか。
なんてやり取りが行われている中、彼女たちの料理を待っている壊理は顔合わせを済ませたA組の面々とそれなりに打ち解け会話をしていた。最もリカバリーガールの件をまだ引きずっている部分もあるのだが、そこはとりあえず下手に触れないでおこうということになっている。
「でもそっか、これからはレイミィちゃんの所でお世話になるんやな」
「う、うん、お姉ちゃんがそう言ってた」
「……ねぇ、その、あれだよ? 嫌なことは嫌だって言ってもバートリーは分かってくれると思うから遠慮しないでいいからね」
「?」
今の壊理の姿であり部屋着は全てをレイミィが用意したということで上から下まで変な生き物シリーズ、そして抱えられているのは例の鳥、それを見た響香はそう告げるも少女には意味が届くこともなく小首を傾げられるだけであった。
それを見たお茶子があぁもう駄目かも知れないと遠い目をし、あの現場で妙な反応をした理由を察した梅雨がなるほどねと曖昧な表情で彼女を見つめ、同じく事情を察した出久と鋭児郎はあぁやっぱりという表情でレイミィがいる台所に視線を向ける。正直に言えば、割りとリビング方面は混沌としていた。
「なぜかしらね、A組の面々からお前遂にやったかと言う感じの雰囲気を向けられているような気がするんだけど」
「嬢ちゃんの趣味に幼気な少女を巻き込んだからじゃねぇの」
「おかしいわね、所員からも同じものを感じるんだけど」
おかしいのは所長さんの趣味じゃねぇかなと口にしなかったのは燈矢の優しさか、或いは情けだろうか。いや、もしそうならばフォローが入るはずなので情けなのだろう。
なんてこともありつつ調理自体は滞り無く進み、夕食時には全員分が完成しテーブルに並べられる。無論、壊理の前にも並べられたのだがレイミィ作のオムライスを前に言葉を失っていた。
初めて見るわけではない、けれど死穢八斎會の屋敷で出されたそれを寄りも遥かに輝き、美味しそうに見えるオムライスに感動しているのだ。
「さ、召し上がれ壊理」
「え、あ、う、うん、い、いただきます」
「えらい緊張してますね、もっと気楽に食べて良いんですよ?」
「居た環境のせいだろうな。ん、相変わらず美味いなお嬢のオムライスは」
「でしょうね。壊理、大丈夫よ、貴女のペースで食べなさい」
本当に食べて良いのだろうかとなっていた壊理だったがレイミィの言葉と周りの様子からスプーンを持ち、ゆっくりとオムライスを一口。刹那、口の中いっぱいに広がった美味しさと暖かさのようなものに少女はどう言葉にして良いのかと悩む。
無理に言葉にしなくてもいいのかもしれない、けれどなにか言葉にしたい、そう考え、考えて壊理が出せた言葉は本当にシンプルな一言だった。
「美味しい」
「ふふっ、そうでしょ」
微笑むレイミィを見て壊理も笑おうとし、そこで気付いた。笑うってどうやるんだっけと、感情で言えば笑いたいと思っていても表情が動かない、何より笑うという表情の作り方がわからないと。
その様子をレイミィも気付き、ふむと考える素振りを見せる。この手の症状は何も初めて見たというわけではない、やはりと言うべきか虐待を長く受けてしまった子供には大体現れてしまう物であり、大体が笑えない環境に長く居たが故に脳が忘れてしまったというのが原因だったりする。
より細かく言えば、忘れたと言うよりも本能が封じ込んでしまったというのが正しいのだがまぁ似たりよったりだろう。ともかく、その場合は本人が封をしたその感情をなんとか呼び覚ますと言う他なく、だからといって焦らせてはいけないのでレイミィは壊理の頭を撫でつつ
「焦らないでいいわ、とりあえず今は環境に慣れてそれから思い出していきましょ?」
「う、うん……」
笑えない、その事実にまた落ち込み始める壊理。クラスメイト達もどうしたものかと悩んでしまうが案が浮かぶというわけではなく、それでも場が楽しくなれば笑えるかもと雰囲気を悪くしないようにオムライスと圧紘手製の中華料理を楽しむことに。
因みに中華料理も大盛況である。主に男子組にはやはり大ウケであり、辛いものが好きだという勝己も特製辣子鶏を一口食べてから目を見開き食べ進めるという光景に出久がかっちゃんが認めるほどなんだと驚いたとか。
それから暫くして料理が片付いた頃、被身子が時計を見てぐっと立ち上がり、本日のデザートの準備を初めましょうと宣言、それからついでとばかりにレイミィに向けて一言。
「ふふん、意外とトガのスイーツで壊理ちゃんの初スマイルは貰っちゃうかもしれませんよ~」
「渡我さん、焼き上がりました!」
砂藤の言葉に被身子は台所に消え、それから少ししてから現れた彼女たちが運んできたのは焼き上がったばかりのリンゴのお菓子、その名はアップルパイ。
事前に壊理がリンゴが好きだということを聴いてたので彼女が本気で作ったアップルパイは百をして、一流の仕事だと言わしめる完成度を誇っており、代表して葉隠が告げる、これってお金払わなくて大丈夫なやつ? と。
「なんでトガがお金取るみたいな話になるんです?」
「完成度がそれほどヤバいんですよ。え、なにこれ、テレビでしか見たことないようなレベルのものが出てきたんだけどレミィ!?」
「稀に見れるほどに本気で作ったわねアンタ……」
「ケロ、これはすごいわね」
レイミィが言うようにいつもの被身子であれば美味しいで済ませるようなレベルで抑えるのだが、今日の彼女はどうやら本気だったらしい。
切り分けられた断層は崩れることもなく、それでいて食べる前でもこれが美味しいものだと見たものを魅了する出来栄えに壊理は当然ながら言葉を失っていた。
「わ、わぁ」
「どうですか壊理ちゃん、見た目からこだわった最高のアップルパイは。勿論、食べても最高ですからね、ささ、どうぞ遠慮なくパクっと言って下さい!」
「なぁ砂藤、お前の目から見てこれどう?」
「どうも何も無いんだが? 次元が違いすぎる、勝ち目なんてものがまるで見えねぇ」
「正しく禁断の果実……くっ、抗えん」
「アラガウヒツヨウナンカ、ネェンジャネェノ」
おかしい、オムライスの時よりも場が盛り上がっているような気がするなんてことをレイミィは思う。見慣れていたかもしれないが被身子のアップルパイ一つでここまで騒然とされるのは釈然としないというのが彼女の本音である。
なお、それはただ単に彼女自身が被身子の手製の菓子を見慣れているからと言うだけである。そんな余談はおいておき、ともかくいつまでも眺めていては冷めてしまうと一人、また一人とアップルパイを食べ始め、そして壊理も齧りつく。
焼き上がったばかりということもありパイ生地はサクサクと小気味よい音を立て耳を楽しませ、それから中にぎっしりと詰められたリンゴが口の中いっぱいに甘酸っぱさを演出、元々リンゴが好きだということもあり壊理はこの味に感動したのは言うまでもないだろう。
「わ、あぁ、すごい」
「あれ、笑顔じゃなくて感動の表情になっちゃったんだですけど」
「いや、それは誰だってなるわ。んだこれ、美味すぎるだろ」
あれ~? と被身子の皆の反応が想定と違うんですけどという声が寮に響く、こうして壊理を迎えた初日の夜は平和に流れていく、もっとも……
「んで、話ってのは? まぁ大体分かるけど」
「先代が言ってたんだ、バートリーさんと赤霧にAFOの意志が眠っているって」
深夜の時間、その日最後の会話がまだ残っているのだが。
というわけで新年一発目です。まぁ今年も細々と頑張りつつ完結に向かいたいですね。
便利屋メモ
便利屋の面々の正月は毎年のように三が日は大体初詣の警備とかに駆り出される曰く稼ぎ時になっている。