朝六時、多少の前後はあるがおおよそ毎日その時間に少女、壊理は目が覚める。目覚め、彼女が見るのは寝る前と変わらない位置で何かをしているレイミィの姿。
なのだが今日は違った。目覚めて何時ものように視線を向けた先にレイミィの姿はなかった、思わず飛び起きそうになったしまったが彼女の耳が何かを捉え動きは止まることになる。
「……?」
音の位置は恐らく上から、微かに聴こえるそれはなんだか聴いたことあるような音であり壊理はゆっくりとベッドから降りてから部屋から出てその方向へと歩き出し、屋上へと続く階段近くに行けばそこには被身子と火伊那の姿があった。
「被身子お姉ちゃんと火伊那さん?」
「あや、おはようございます壊理ちゃん」
「よ、お嬢ちゃん。此処に来たってことは音に釣られてだろ?」
「う、うん。お姉ちゃんたちも?」
聞けば頷く二人、曰く同じように朝起きたら屋上から音が聴こえこうしてやってきたらしい。最も誰がという部分は既に解決している、と言うより一人しか居ないというのが正しいかもしれないが。
「間違いなくレイミィちゃんですよねこれ」
「だろうな、これで違ったら寧ろ驚く」
此処で考えてても意味がないという事で三人はゆっくりと階段を登り屋上に出る扉の前まで来た所で音の正体に気付く、確かにそれなら聴いた覚えがあるわけだと火伊那が代表して音を立てないように扉を開ければ
「こりゃ、随分と熱が入ってんじゃねぇか嬢ちゃん」
「ですねぇ、ここまで集中して練習してるなんて久し振りに見た気がしますもん」
「……綺麗」
屋上一杯に広がるヴァイオリンの音色に合わせ、踊るレイミィの姿。それだけで一つのライブとしてお金を取れそうな優雅さと力強さを兼ね揃えたそれに三人は魅入られることになる。
またあれだけ激しい動きだと言うのに体幹がブレることもなくヴァイオリンの演奏も止まっていないというマルチタスク能力の高さには火伊那は思わずスゲーなと素直な称賛を上げるしか出来なかった。
「伊達や酔狂で便利屋を今までやってないんだよな、あの嬢ちゃん」
「まぁ元々は血染くんと二人でどうにかする計画もあったって話す程なんで」
「その場合、間違いなくどっちかが過労死ルートだろ」
なお、過労死するのはレイミィの模様という話は置いておき三人は暫し彼女の特訓を見学することに。
約3分とちょっと経過しとりあえずの区切りがついたのだろう、ふぅと息を吐き出してからレイミィは扉の方に向いてから
「んで、見学してたんだから聞きたいんだけど感想は?」
「っと流石に気付いてたか」
「えへへ、でも凄かったですよ! このまま本番でもいいとトガは思います!」
被身子の言葉に壊理も同意するように頷く、実際そのくらいの完成度だったと火伊那も口にはしないが感想として思っているがレイミィは称賛には感謝しつつ
「これで全員と合わせたらどうなるか分からないから、今日はその辺りのすり合わせをしないといけないのよね」
「その言い方だと今までの演奏もそろだったってことか?」
「そうそう、集団演奏みたいなのはやったことないから勝手が分からないのよね」
「レイミィちゃん、学生時代もボッチでしたもんね」
事実だけど言い方ってのがあるでしょ貴方……と言いたくなるが堪える。とりあえず演奏とダンス自体は問題がないということは分かったので収穫はあったとヴァイオリンを軽く点検してからケースにしまう。
「さてとミーティングするから事務所行くわよ。壊理はどうする? 先に寮に行って朝ごはん食べててもいいけど」
「一緒に行く」
「そう、なら良いけど多分退屈だと思うわよ?」
「んな退屈になるほどミーティングも長くはねぇけどな」
「今日も様式美みたいなミーティングで終わるんですよ、トガにはわかります」
実際ミーティングは目新しいこともなく被身子の言う通りの様式美に近い形で終わることになる、これには自分で言った被身子も平和ですねと口にしてしまう。
もっとも平和であることが悪いわけではない、便利屋的にも平和のほうが仕事は意外と増えるのだから。ともかくこれで解散とし各々行動を開始、因みに朝食なので全員が寮に集まるという中々に奇妙な光景が完成してしまうのだが。
壊理にとってはそれだって今までになかった日常という時間、何も警戒しなくてもよく痛い目に遭うこともなく、楽しいと思える時間、思えている時間……
「壊理?」
「……お姉ちゃん、私、どうやって笑えたんだろう」
笑えない、楽しいと心から思えているはずなのに、だから笑顔になろうとしてもその瞬間になったら心が蓋されたかのように動かなくなってしまう。
今日まで何度も笑顔になりそうな瞬間はあったのにその全てでその現象が起きてしまう、心が笑うことを拒否しているんじゃないかと自分はもう笑えないのかもしれないと彼女なりに思ってしまうほどに。
「トラウマだろうね、恐らく私らが思ってる以上に根深い状況だ」
「だろうなぁ、聴いただけだがあんな扱いされりゃ笑えなくなるのも無理ねぇって」
これは想像以上にマズイかもしれないとそのうち笑えるようになるだろうと考えていたレイミィ達は直ぐにリカバリーガールに相談すれば上記の返答を貰う。
因みに保健室に居るのは壊理とリカバリーガールの他には燈矢だけである、レイミィ達もその場に居ようかと思ったがリカバリーガールに邪魔だし仕事あんだろで追い出された。
「笑顔そのものにどデカいトラウマが根付いてしまっている、だから笑おうとすると心が防衛反応を起こして蓋をしちまうのさ」
「なるほどな。でもどうすれば良いんだ?」
「時間が治してくれることを待つしかない、或いはトラウマを覆すほどの何かが起きればってところかね」
詰まる所、今この場で出来る処置は何も無いと言うことである。心の問題というのはそれほどまでに難しいとも言えるし、幾らリカバリーガールと言えど外傷じゃないそれを〝個性〟では治せない。
「……」
「あ~、ほらそう落ち込むなってのお嬢ちゃん。こういう時は焦るのは良くないって言うだろ? 少しずつ向き合ってこうぜ」
「うん……ありがとう、お兄ちゃん」
お礼こそ言っているが落ち込んでいるのは言うまでもなく、それを見て燈矢もどうしたものかと彼なりに悩む。恐らくは放課後の時間に行うレイミィとの〝個性〟訓練でも褒められたのに笑えなかったというのが多々あったのだろう。
好きなお姉ちゃんに褒められたのに答えられない、それが思っている以上に少女の心にダメージを与えているのかもしれない。
「こんにちわ~ってこれは思った以上の空気の重さですね」
「秘書さん? あぁ休憩か、あれ先輩は?」
「火伊那ちゃんは文化祭でやる曲芸の練習に向かいましたよ。さてさて、壊理ちゃん」
「……あまり刺激するんじゃないよ」
分かってますってとリカバリーガールの言葉にそう答えてから被身子は壊理と視線を合わせてから、徐に彼女の口角を自身の指でグイッと上げる。
唐突な行動に壊理は反応できずに呆けた顔で被身子を見つめ、見つめられた被身子はそのまま彼女に
「分かりますよ、壊理ちゃんが笑顔がトラウマだって気持ちは……トガも、私も昔はそうでしたから」
「え?」
「ほら、こうやってトガは笑うじゃないですか。でもそうするとあの二人に言われるんです、そんな笑みを浮かべるなって」
あぁ思い出しただけでも腹がムカムカしてきますと思いつつ表情にも声にも出さずに壊理へ言葉を続ける。
幼少期に両親に言われ続け抑圧され、もし浮かべてしまえばこっ酷く叱られる日々に気付けば彼らの言う普通の笑みしか出来なくなるくらいに自分の笑みがトラウマに近いものになりそうだった、けれど
「レイミィちゃんと出会って、私は私でいいんだって割り切れた。こうやって笑えるようになったんです、だから壊理ちゃんも笑えますよ」
「……できるかな」
「出来ます! このトガが保証します」
勝手なこと言ってますよあの秘書さんと燈矢がリカバリーガールに視線を送るが彼女は問題ないと言う視線を送り返す。
もしかしたらこれくらい強引な事も必要なのかもしれないと考えているとも言う。壊理は少々内向で自罰的な思考が今までの扱いで完成してしまっている、だからこそ引っ張り上げるには被身子のような存在が必要かもしれないと。
そして実際、今のやり取りは壊理には少し助けだった。自分だけにしかわからない苦しみだと思ってたけど目の前に同じ苦しみから抜け出せた人が居たという事実が、自分にできるか分からないけどやれるかもしれないと思えるくらいには。
「そして壊理ちゃんを笑わせるのは私たちのサーカスです」
「急にハードルを馬鹿みたいに上げるの止めてくれるか秘書さん」
「え、出来ないっていうんですか燈矢くん、まさか言わないですよね?」
秘書命令やぞと言わんばかりの言葉に横暴が過ぎるだろと言うかパワハラだろこれお前とタジタジになる燈矢の二人を見て壊理はグイッと自分で口角を上げてみるが
「むぅ……」
「笑おうと努力しても泥沼に嵌るもんだよ、そういうのは自然と無意識に出るものさ」
「そっか、うん、あ、課題出来てる」
「ふむ、やっぱり飲み込みは良いねアンタは」
一方その頃、レイミィはと言うとクラスメイトとライブの練習をしていたがそこで今朝やってたソロパートの演奏とダンスをしたところ耳郎からの一言は
「おぉすっご、ここまで仕上げてきてくれてるなら心配なさそうだね。当日は
「寧ろそれ想定の動きだから問題ないわ、それよりもソロパート以外での演奏はどうだった?」
「先走りすぎだコウモリ女、メインを無駄に食っちまってんだよ」
下手すれば耳郎ではなくレイミィがメインに見られてしまうからもう少し抑えやがれという爆豪からのアドバイスにレイミィは素直に感謝してから脳内でシミュレーションを始める。
なお、この時、耳郎達は知らなかった。本番時にレイミィが
最もそれが判明するのは本番なのでどうすることも出来ないのでその時まで置いておこう。こうして文化祭までA組、そして便利屋の特訓を重ね、開催数日前のある日。
「大きいお家、ここが燈矢お兄ちゃんのお家なの?」
「あぁ。ってそういや、こうして家に帰るの今日が初めてだわ」
「……そう言えばそうね」
「えぇ……」
「いや、いの一番に帰ってあげようよっておじさんたちも促してなかったね」
「てっきりもう一度は帰ってるとばかり思ってたんだがマジかよお前」
彼らは轟家の前に居た、そして燈矢の言葉に血染と火伊那の二人は割と本気で頭痛を感じ頭を抑えていた。
あと数話したら文化祭かな、多分、きっと、メイビー