声が響く、この現象は今に始まったわけではないが此処最近は特に酷いな……
《どうして抵抗するんだい? 君の目的と僕の目的は同じなのだから》
何が恐ろしいと言えばこの声が麻薬なんじゃないかと言う勢いで脳に浸透していくことだろうか。永く生きている私でも連日のように囁かれると辛いものがある。
神野で取り込んだ時点で〝個性〟因子内に精神があろうと殺せるだろうと高を括ってしまったが流石は悪の帝王やらと持て囃されていた男だと私は思わざるを得ない。まさか取り込みこうして押さえつけてなおも精神が死なないのは想定外だとしか言えないからな。
「黙って、ろ」
我ながら不甲斐ないと言うしか無い、慢心をしているつもりはなかったのだがどうやらたかが悪党の親玉だろうと見下してた部分があったのは認めるしか無い。
或いは今日まで計画が順調に進んでいたからこその油断だったかもしれない。などと言い訳を並べても仕方がない、出来るのはコレを押さえ付け時間を稼ぐことだけ。
(ま、その時間稼ぎも何処まで出来るか分からんがな……)
それらしい理由をつけて
AFOの意思も混ざっていると見るべきだろう、だろうと言うよりも確実だな。だが解せん、初めこそ手札を集めるという認識だったがそれにしても無作為すぎる……
(何が狙いだ? くそ、AFOについては私もまだ詳細が分かってないのがキツイな)
《赤霧、いや、エルジェーベト、君の願いは僕と同じだ。そしてAFOは僕の方が扱える、どうだい? 任せてもらえないだろうか》
出来るわけないだろ、今此処で渡せば貴様は間違いなく死柄木達すら殺すつもりだ、悪いがそこだけは許さない、こちらにも意地というものはあるんでな。
「ふぅ……ちっ」
「赤霧? 大丈夫かしら?」
「マグネか、問題ない気にするな」
言ってみるが誤魔化せるとは思えない、マグネは察しが良い女で私の些細な変化すら拾ってくる。ともすればこれもバレていると考えるべきだろう。
「……そう、でも無理したりしたら駄目よ? 貴女に何かあれば弔達も気にしちゃうんだから」
「肝に銘じておくが無理しなくてはならない場面ではあるがな」
「それはそうね、けどそれを加味してもよ」
やれやれ、本当に察しと気配りと言うべきか、ともかく良い女だ。世間的に見ればまぁ前科があまりにも多すぎて駄目なんだが、気にする必要もないだろう。
そもそも前科云々を気にしたら私のほうが悪いしな、ふと、そんな事を考えられるくらいには気付けば〝声〟が気にならなくなってた事に無意識に私は小さく笑っていた。
「珍しいわね、貴女がそんな風に笑うなんて」
「そうだな、あまり人前では笑わんと自負してる」
笑う、か。果たして最後に誰かと居ても笑ったのは何時だったか、思い出せないということはそういうことだろう。
だとしたらマグネには敵わんな。まさか笑わされるとは、いや、こればかりは今の環境のお陰と見るべきか。
(或いは私に時間が残されてないが故の心境の変化、か)
今日までの人生で命の危機かそれに近いものは無かったし病気すらもなく、今回の様な状況には初めて陥った。だからこそ、仲間と呼べる存在には甘くなっても良いのではと。
やれやれと息を吐き出したくなるのをぐっと堪える。吐き出せば最後、隣のマグネに間違いなく詰められる、流石にそれは面倒だ。
「ところで黒霧はどうした、この時間ならもう戻ってるはずだろ」
「まだ出かけてるみたいね。だけど、そろそろ心配ね、異能解放の奴らも私たちを全面的に信用してるってわけでもないんだし」
「寧ろ信用されても困るがな。向こうからしてみれば私らは体の良い駒程度の扱いで留めたいのが本音だろうしな」
それならそれで助かるというより、その方がこちらは動きやすいので是非ともそうであってほしい。という代わりとあからさまなんだよ向こうは、私たちのことは鉄砲玉扱いしようという魂胆が見え透いてやがる。
「でもそれは私らも同じ、でしょ?」
「言うまでもないだろ、だからこそあまり怪しまれるような動きは避けてほしいんだが」
「おや、どうやら気を揉ませてしまったようで」
噂をすれば影がさすと言うやつだろう、私とマグネの背後から黒霧が声を掛けつつ現れる。見た感じでは何かがあったというわけでもなく両手には買い物してきたであろう買い物袋が。
確か冷蔵庫の中身がもう無くなってきたなとは思ってたがこの時間に買い物に出てたのかお前とつい口にしてしまえば
「朝になって死柄木が何も無いぞと文句を言われるよりはマシかと」
「それはそうね、朝ごはんですら無かったものってもうこんな時間だったのね」
「随分と長話をしてしまったな、私はともかくマグネは一度寝るべきだ」
黒霧は……どうなんだお前、まぁ私と似たりよったりとすれば要らないだろう。だがマグネは人間であり、睡眠不足によるコストパフォーマンスの低下は避けなければならない。
ゆっくり寝ると言う事がいつまでも出来るわけでもないのもあるにはある。
「それもそうね。まぁでもまさか寝込みを襲ってくるなんでないでしょうけど」
「やってきたらそれはそれで見物だな、バカの首を引っ提げて話に行きたいほどだ」
「カチコミですねそれは」
カチコミだが? やられたらそれを大いに利用して異能解放軍を乗っ取る、なぁに殺しはしないさ、私の傀儡にはなってもらうだけだ。
「貴女の魅了は実質的に個の死と思うのだけれど……正直、あの話だけで私は貴女達と敵対しなくてよかったって思っちゃってもの」
「末恐ろしいのは視線を合わせて数秒も要らないという部分でしょう、恐らくは気付かぬ内に自我が上書きされてるのですから」
褒めちぎってくるが魅了を使うのもタダじゃないんだぞ。自我が上書きするレベルだと今の私じゃ時間を削る必要がある、ってまぁいい、どうせ闇討ちなどは起こらないんだマグネは寝ていいぞ。
「それじゃお言葉に甘えて。けど、赤霧と黒霧も無理しちゃ駄目よ」
「我々は無理も何も無いんですけどね」
黒霧の言う通り、私とコイツは睡眠を必要としない、何だったら飲食だって本来は必要ない。なので闇討ちを警戒する役割としては適任なのは言うまでもないだろうし、だからこそ有り得ないと断言しているわけだ。
さて、死柄木たちが起きるまでまだ時間がある、どう暇をつぶしたものか……って、なんだそれは黒霧。
「折角の暇な時間ですし、一杯どうかと」
「……マグネが後で文句を言いそうだな。それにしても意外だ、貴様はこういうのは嗜むような、でも無かったな」
「元々の拠点はBARでドリンクもお酒も提供してたのですがね」
忘れてただけだと自分でも酷い言い訳をしつつ差し出されたワイングラスを手に取れば、黒霧は表情こそ相変わらず見えないが明らかにそうですかという生易しい感じの笑い方をしつつボトルからワインを注ぐ。
ま、夜に暇だから晩酌でもというわけだ。こうして誰かとワインをと言うのは正直に言えば初めての経験なのだが、いや、そもそも酒を嗜むということすらしてなかったな。
「おや、では呑んだこと無いと?」
「無いわけではないが記憶に残ってないという話だ、未来をどうにか変えようと焦ってたからな」
思えばあの頃の私は青かったなどと言いながら飲む。ワイン特有の香りと味を感じれば記憶がなにか浮かぶかとも思ったがそんなこともなく、ただ思ったのはこれだけ。
「アルコールをあまり感じないな、ノンアルコールってやつか?」
「単純に貴方様が強いだけかと」
そういうものらしい、だとすれば記憶に残ってないのは酔うことすらなかったからだろうが寧ろ酔ってないなら残ってるはずなのだがな。
困ったことに展開がまるで頭の中に浮かばなくなってしまったという。