No.57『定休日一日目の便利屋の朝』
白熱し、大いに盛り上がった雄英体育祭の翌日の朝7時。雄英からは明日と明後日の2日間の休校を言い渡され、ついでだから便利屋も2日間の連休にしましょうと告げた所長ことレイミィ・バートリーは未だにベッドで眠っていた。
何か大切なことを忘れているような気がしないでもないが休みだし眠いしで起きる気配がない彼女であったがその安眠は扉を凄まじい勢いでノックされた音で妨害されることになる。
「うぅ……」
「レイミィちゃん! レイミィちゃーん!? あれ、嘘ですよね、まさかまだ起きてないとかじゃないですよね!!??」
声の主は被身子、何やら慌てている様子ではあるのだが当の本人は煩いなぁと掛け布団に潜り込むと同時にガチャン! と開けられる自室の扉とバタバタと走るように被身子が入ってきてレイミィの姿を見るや絶叫した。
「何でまだ寝てるんですか!!!??? ほら、起きて下さい、早く起きて下さい!!」
「うっさい、休みでしょ……」
「休みですけど、今日はお茶子ちゃんたちと朝から雄英体育祭の打ち上げしに行くって昨日言ってたじゃないですか!!!」
しかも自分で!!! 叫びとともに力任せに剥がされる掛け布団、その下に丸まるように寝ていたレイミィが顔だけを動かして何かを思い出すかのような表情を取ってから、あっと小さく声を上げた。
そう、声を上げたのだ。とどのつまり、彼女は今日の友人との予定を忘れていた他ならない、これには被身子も口元が引き攣るような感覚を覚えてから目を閉じて小さくプルプル震え、そして
「なんで忘れちゃうんですかレイミィちゃん!!!」
「いや、その、休みだし、眠かったし……」
「そんな草臥れた社会人みたいなこと言ってないで起きて下さい!!」
あ、凄い怒ってると悟ったレイミィはノソノソとベッドから抜け出し、洗面所にて顔を洗って意識を覚醒させた所で、あれ私すっごくヤバいことを口走ったのではとここでやっと思い至る。
どう考えても社会人としても学生としても最悪な類だろコレと。結果、物凄く申し訳ないという表情で洗面所から出ることになり、それを見た被身子はもう、と言う感じに息を吐きだすだけに留める。
「あ~、その、ありがと被身子。ちょっと、どうかしてたわ、私」
「それは良いんですけど、珍しいと言うか初めてですよね。約束を忘れちゃうなんて」
基本的にレイミィはその手のことをすっぽかしたりとかはしない。事前に言われたのならばしっかりと覚えてるし、昨日のことを忘れるほどの記憶力なわけでもない。
そんな彼女が忘れてたというのはあまりに異常が過ぎる。指摘されたレイミィも軽く頭を掻きながら、そうなんだけどねと自身のそれに疑問をそこで覚えているという姿に被身子も心配になり
「もしかして、病気とか、ですか?」
「そんなんじゃないと思うけど、ってほら、そんな顔しないで。もう大丈夫だと思うからさ」
だから何時ものようによろしくと椅子に座る彼女には何処かが悪いという感じは見えず、被身子も偶々だったのかもしれないとヘアセットとメイクを施されている合間、レイミィは今の現象の原因を考える。昨日の寝る前まではしっかりと覚えていたはずだ、だと言うのに朝に被身子に言われるまでスッポリと抜けるように忘れていた、考えられる原因としては……
(ヴァンパイアプリンセスの反動が脳にも現れ始めている?)
いや、まさかだとしたらもっと早く出ているはずだとその考えを切り捨て、被身子のメイクとヘアセットに協力するように集中することに。今回は雄英体育祭の打ち上げ、あれはテレビ放送もされていたので今や彼女たちは有名人のような存在になっており、少し外を歩くだけでも声を掛けられたりが多くなるだろうと考えた被身子はいつものナチュナルメイクに加えて、髪型を弄ることにすると伝えれば
「そこまでする必要あるかしら? 寧ろ便利屋の宣伝とかになるからいつも通りで……」
「駄目です、それに折角レイミィちゃんが初めてお友達とお出かけするっていうのならちょっとは気合を入れるべきなんですよ!」
「そういうものなの?」
「そういうものです」
なら頼むわと彼女が言うならそうなんだろうなとレイミィは納得しているが、被身子としては単純に毎日同じじゃ飽きてきたなという感情からの言葉である。無論、上記の言葉も本心ではあるが、ということで何時もはロングにしている髪を編み込みのポニテに整えることに。
折角なので今日は服装も力を入れましょうとそこでなり、レイミィが被身子に押し切られて買ったが当の本人は仕事着以外は入れた記憶のないクローゼットから、彼女自身の記憶にない服をいくつも取り出す。
「待ちなさい、それはいつ買ったのかしら? そして何故、私のクローゼットに入ってるのかしら?」
「私が自腹で買って入れてましたけど、もしかして知らなかったんですか?」
「いや、偶になんか増えてないかなとは思ったけど……」
無頓着が過ぎる。と感想を抱いてしまった彼女を責めることは出来ないだろう、寧ろ増えてるのに気付いたのならばその時点でなにコレと聞いてくるべきでは? とも思うがそこは便利屋の所員を信頼しているし、こういう事をするのは被身子しか居ないから聞くまでもないだろうという心なのかもしれない。
因みにじゃあ普段の私服とかはどうしてるのかと言われれば、本当に飾り気も一切ない私服としか言葉に出来ないと被身子は言う。え、これ年頃の女の子が着るような私服なんですかと初めて見た時の感想が全てと言えるほどにレイミィのプライベートのセンスは死んでいる。
言い訳を彼女がするとなると、基本的に学校がある日は制服で、あとは便利屋の仕事に合わせて違和感が出ないように幾つかのパターンを用意してるのを着るだけにしているので私服という概念があまりピンとこないというのがレイミィの言い分である。
「で、今日はそれを着ろってことかしら」
「はい!」
本日出されたのは腰から脚までスッポリと覆うほどの長さのスカートに羽根用に背中に穴が空いている白のブラウス、黒のジャケットを肩に掛ける形に整えて、更に靴も黒の上げ底レディースサンダルと言う感じの物を用意。なお、このサンダルもレイミィが預かり知らぬ所でしれっと自室の棚に入れられていた模様。
こうして出来上がったのはパット見た感じは女子大学生の私服という感じのレイミィ・バートリー。この出来栄えには被身子は満足だという感じに頷き、レイミィはあまり着慣れない服と今日初めて履くサンダルに感覚にちょっと慣れないけどと思いつつも
「まぁ、動きにくいってわけでもないし、良いんじゃない?」
「あとこの伊達メガネもお願いしますね。一応の変装ってやつです!」
「ん、どうかしら?」
完璧ですと返されたのでレイミィはそれ以上は何も言わずに部屋の中で軽く動き回り感覚を体に覚えさせてから二人は事務所に向かい、現れた彼女を見て男三人衆はそれぞれ口を開く。
「お嬢、気合入ってんな」
「うん、似合ってるよ。血染もそう思わないかな」
「ん? あぁ、まぁ良いんじゃねぇか」
血染の感想にもしかしなくてもレイミィの私服のセンスとかは彼の影響があるのではと被身子は思う。そう言えば、この人もその辺りには無頓着だったなと、そして彼と付き合いが長く保護者または親とも言える程の関係であるレイミィが影響を受けたとしても不思議ではないと。
なお、自身の姿を褒められたレイミィも特に反応があるというわけでもなく気合入ってんなと言う言葉には、気合い入れてきたのは被身子だけどねと答えつつ菓子パンを二つ取り出して食べ始める。
「そう言えば、今日は何処で集合なんだい?」
「えっと、確か木梛区ショッピングモールよ」
「あぁあそこか、色々あるし打ち上げには丁度良いんじゃねぇか?」
「だったらついででいい、このリストに書いてあるのを見繕ってもらえるか。昨日、思い付く限りで足りないと思ったものだ」
受け取れば書かれていたのは大体が雑貨、及び食器の類。一応見れなくはないと思うが期待はしないでと答えてからハンドバッグに仕舞う。もっとも血染も無理強いはするつもりはなく、打ち上げと言いつつ女子が集まるなら買い物とかするだろうし、そのついでに見てもらえればいいだろうという程度の考えである。
とは言っても、友人との初めての出掛けだというのにそういう事頼んじゃうんですかと被身子が抗議の目を飛ばしているのを圧紘がまぁまぁと苦笑して宥めながら
「そっか、所長にとっては同級生と出掛けるっていうのは初めてだったね。楽しんできてよ、気付けば出来なくなる体験だからね」
「それ言われると、レイミィちゃん以外は誰もそんな体験してないって話ありません? 圧紘くんはあるんですか?」
「……」
止めましょうこの話は誰も幸せにならないわ。咄嗟の判断でレイミィがそう言い切るほどには場の空気は冷たくなった、悲しいが便利屋チェイテは色々と逸れ組が集まっていると言わざるを得ない組織なのである。
それ故に学生時代の話をすれば全員に突き刺さってしまう、もうそろそろこの手の話題は禁止事項に加えるべきなのではなかろうかと誰もが思うくらいには。なので話題は便利屋の経の流れに、言ってしまえば軽い朝礼を開始することに。
「さてと、便利屋は今日明日と休みだとは張り紙も貼ったしホームページにも記載したけど、一応の応対は考えたほうが良いわよね」
「俺が対応しよう。今日も明日も何処かに出るという予定はないからな」
「私も今日は空き部屋の掃除とかありますし、遠出はしないですね」
「おじさんはちょっと本屋とかに行こうかなってくらいかな。それも短時間だとは思うけど」
「俺も特にはないな、被身子、掃除手伝うぞ」
自分が言える立場ではないが、誰かと出掛けるとかの選択肢が一切出てこない所員たちにレイミィは何か言おうかとも思ってしまうが、普段の、特にここ最近の忙しさを考えれば家で休んでいたいというのも理解できるし、結局は休日の過ごし方なんてものは個人の自由なのでとやかく言うものではないと口をつむぐ。
それに明日は休日にしてあるが火伊那の迎え、それ関連で忙しくなるだろうと考えれば休日と言えるのは今日だけとも見れるのでゆっくりしたいという彼らの気持ちは正しいだろう。そこまで考えてから2つ目の菓子パンを食べ終え、人工血液を飲み干し、時計を見る。
「あら、もう八時半か。木梛区ってここからだとそれなりに掛かるんだっけ?」
「一時間ちょいじゃなかったです? あれ、もうちょっと近いんでしたっけ」
「うん、だいたいそれくらいだよ。一応、早めに出たほうが良いとは思うけどね」
また
「じゃあ、そろそろ出た方が良いかしらね。よっと、まぁ大丈夫だとは思うけど、よほど緊急な依頼が来たら私に連絡をお願いするわ」
「分かった。俺達だけで難しかった場合は悪いが連絡するぞ」
なお、定休日の便利屋の電話は本日休みですというアナウンスが流れるようになっているので依頼が来るとしたら直接ここに訪ねてくるパターンであり、その場合は大体が緊急性の高いものだったり、レイミィじゃなければ難しいものが大半である。
が、そこもきちんと考えているのが彼らであり、仁と被身子のコンビがこういう時には大いに輝く。
「心配すんな、被身子がお嬢に変身できるし余程じゃないなら手を煩わせねぇからさ」
「そうですそうです。でも一応、コウモリは少し多めにお願いできますか?」
「本当に被身子ちゃんが、所長の個性ごとそのまま変身できるようになってくれて助かってるよ」
こうすることでレイミィじゃないと難しい依頼も、被身子が変身して対処、人数が必要の場合は変身した被身子を仁が【二倍】で増やすことで対応が可能になっている。
ただこの場合は、分身の処理が些か面倒というのがデメリットに挙げられてしまうが今の彼が作り出した分身はどれも従順であり、特にレイミィの指示には絶対服従とも言えるほどに従うので問題にはならない。
「んじゃ、お願いね。行ってきます」
頼りになる所員たちの言葉に微笑みを反してからレイミィは今日までの人生で初めての同級生の友人とのお出掛けに向かう。そして場面は10時、20分前の木梛区ショッピングモール前の集合場所、既に女子組が集まっており、あとはレイミィだけという場面。
「あら、もう皆集まってるじゃないの。ごめんなさい、遅れちゃったみたいね」
時間的にはまだ余裕があるが皆して早めに出たらしく、そんな感じの雑談をしている最中、彼女は現れた。どうやら遅刻したかもしれないと勘違いしたのか申し訳ないという表情で声を掛けてきたレイミィに初めに気づいたのは麗日、だったのだがその姿は普段の制服姿の彼女とはかけ離れており、反応に若干遅れた。
「……え、あ、れ、レイミィちゃん!?」
「うわ、めっちゃ大人っぽい!」
「ケロ、パッと見ただけじゃレイミィちゃんって気付けなかったわ」
「変装も兼ねてるんだろうけど、気合の入り方ヤバいでしょあれ」
「高校生って言うよりも大学生とかの風格だよあれ!」
「おはようございます、レイミィさん。とてもお似合いですわ」
そんなに凄い気合い入れてるように見える姿なのこれ。彼女たちの反応を見て、被身子のちょっと気合を入れるのですという言葉は若干の虚偽があったのではなかろうかと思うレイミィ・バートリーであった。
私服のイメージは便利屋68業務日誌の二巻で出てきたアル社長の私服です、あれすこ、実装して。
便利屋メモ
レイミィの自室のクローゼットの服は7割位が被身子が勝手に購入してしまってる服である。