雄英高校入試から一週間が経過したが『レイミィ・バートリー』は日中は学業に、終わってからは便利屋業務にと何時もと変わらない日常を過ごしていた。
当たり前だが便利屋と名乗っているので来る依頼の種類は千差万別とも言えるほどであり、五人で内容に合わせて個人で分担、もしくは二人以上で協力などでこなしている。今回の依頼は主にレイミィが得意とするものであり、この種類の依頼に関してならば達成率が大凡100%を誇っている。今日もまた、1日分の依頼をそれぞれが終え、各自が報告書を纏めている中、レイミィだけはその依頼の報告の電話をしていた。
「えぇ、はい。いえ、お力になれたのなら幸いだわ」
相手側も便利屋のことは人伝程度でしか聞いてなかったようだが、完璧な仕事に感謝しつつも相手に裏切られていたという事実に打ちひしがられているようにも感じに声に、レイミィは優しく、時には気に掛けるように会話を繋げていく、彼女にとってこれはもうお手の物であり、顔には余裕が見える。
そうして相手方に好印象を与えることで次の仕事へと繋がるようにしていく。元々の性格の良さもあり、そこに個性で得た知識なども使うことにより、ヒーロー界隈からは煙たがれる存在である便利屋チェイテではあるが民間からはそれなり以上の信頼を勝ち得ており、評価もアフターフォロー含めて信頼できる事務所だとも言われるほどになっている。
なっているのだが、ここでレイミィの得意とする分野での依頼達成率100%という部分が彼女自身のとある悩みに繋がっている。カチャンと依頼主への報告も終え受話器を置いたタイミングで本日の事務係である圧紘がコーヒーを提供、それを受け取るのだがその際に小さくため息を吐き出したのを目撃し、どうしたのかと聞いてみれば
「こうさ、男も女もだけど愛した相手を一途に想い続けるって出来ないものなのかしらね」
アンニュイな表情のまま呟かれた内容に対して圧紘が出来たのは曖昧な表情を浮かべることだけだった。レイミィ・バートリー、便利屋チェイテの所長である彼女が最も得意とする依頼の内容、それは【浮気調査】である。
確かにそうだろう、彼女の個性で依頼人の相手の記憶を読み取り、そこから浮気が事実なのかを確認出来る彼女が適任なのは言うまでもないだろう。因みに事実だった場合は更に浮気相手に会う日時などを依頼人に報告、その後は人によるのだが大体が浮気現場に待ち伏せして大喧嘩からの別れ話になるのをレイミィは万が一があった場合に止めれるようにと付き添うことが殆どなのだが、結果としてこの歳にして悲しい悟りが上記の言葉である。
15歳の少女、世間一般で言えば青春真っ盛りで、恋愛に対しても夢みたいなものを持つ筈だと言うのに彼女はすでに現実を実感してしまったということに圧紘はさて、どうしたものかと思考を巡らすも、それより先に動いたのは血染であり、彼は報告書を作成する手を止めずに。
「何を今更なことを。先月も先々月も10件以上やってただろう」
「だからこそ問題なのよ。ていうか何だって、毎月毎月10件以上がここに転がり込んでくるのよ」
「それはまぁ、探偵さんに頼むよりもレイミィちゃんに頼んだほうが短時間で確実だからだと思いますよ? アフターフォローも完璧ですし」
被身子の軽くも的を射っている指摘に返す言葉もないレイミィは軽く項垂れるしかできない。言い換えれば彼女はそれだけ、この手の依頼に関しては信頼されているということ、だからこそ依頼が毎月途切れることなく来ているのだから、仁もそう思っているから項垂れてしまったレイミィに励ます口調で。
「お嬢は誇っていいと俺は思う。まぁ、誇れる事かと言われたら、少し自信が無いが」
「……いえ、そうね。えぇ、信頼されてるというのなら誇るべきよね」
「と言うかですよ。トガだって今月でストーカーの相談依頼10件目ですし、もっと言えばレイミィちゃんが始めた事業じゃないですか浮気調査」
この事務所、年頃の少女にやらせるべきじゃない依頼多くないか。開業してそこそこ経った頃に浮かぶには今更な疑問に答える人間は誰も居なかった。もとい、答えたら今までの活動が無に返りそうな気がしたとも言う、止めようかこの話はと誰が言うわけでもなく自然とそうなったのは言うまでもないだろう。
因みにだが、レイミィの浮気調査は一件につき2万円固定、期間は即日か翌日には完了となっている。なので中々の稼ぎになっているのだがその大半は1ヶ月分の吸血衝動を抑えるための人工血液パック、それを保管する機械のレンタル料と電気代に消えている。
という余談は置いておき。結局のところ、ここ最近の依頼が代わり映えしてないという話だったのよとレイミィ、つまり何が言いたいかと思えば
「なんか、大きめの依頼とか来ないかしらね。公安とか警察とかからドンパチ系で」
「無茶言うな、その手の依頼は全部プロヒーロー行きだ。そこから来ても取り調べ関連だろ」
「そこらは仕方ないよ所長、おじさん達はヒーローからはあまり好まれてはないからさ。だから代わりってわけじゃないけど、民間からそういった依頼をこなしてるんだし」
「けどその御蔭で俺なんかは色んなことが出来るようになったからな」
大人組が仕事あるだけ良いじゃないというスタンスにレイミィはため息を吐き出し、被身子に視線を向ければ、今の状況でも楽しいですよ? と言葉にしないでも分かる笑顔を向けられ、そうじゃないのよと目だけで返してから、ぐっと体を伸ばしつつ。
「現実って本当にままならないって感じね……?」
ふと、彼女の耳がビルの扉が開いた音を拾って体勢を元に戻し事務所の扉に目を向ける。どうやら、血染達も気付いたようで、そこから階段を上ってくる男性の足音、間違いなくここに向かっているとなれば
「依頼人かしら。血染、応接室は大丈夫よね」
「何時でも使える。にしてもこの時間帯にか、珍しいな」
彼の言う通り、業務も終わり、事務所もそろそろ閉めようかという時間になりそうなタイミングでの来客は、無かったわけでもないが多いことではない。故に、レイミィはこの来客が普通の依頼人ではないと判断し。
「この時間帯だからこそってのもあり得るわね。被身子、切り替えなさい」
「分かりました、レイ……んんっ、所長」
パンパンッと頬を叩き、自身を秘書モードへと切り替えた被身子を確認してから、今度は仁と圧紘に視線を向け
「二人はとりあえず待機、電話応対をお願いするわ。多分もう来ないとは思うけどね」
「任せてよ。それにしてもこれはもしかすると大きい案件かもね」
「だとしたらお嬢は喜ぶな」
流石にそこまで上手くは行かないでしょうけどと微笑んだタイミングで扉がインターホンの音が事務所に響き、まず被見子がどうぞと声を掛け、入ってきたのは長い黒髪の無精髭のくたびれた感じという印象を与える男性。中々のインパクトになんか凄いのが来たわねと思いつつ、席から立ち上がり営業スマイルを浮かべてから。
「便利屋チェイテ、所長のレイミィ・バートリーよ。ご依頼かしら?」
「依頼もそうだが、君と話をしにきたのさ!」
声が響いたのだが間違いなく彼女たちの眼の前に居る男性のものではない、妙に甲高い声にレイミィと血染、依頼人だと思われる男性を除いた人物の表情が固まった。
対して正体が分かっている一人であるレイミィは、少し考えてから納得したとばかりに頷き。
「なるほど、雄英高校からね? ともすれば確かに貴方が来ててもおかしくないか、姿を見せたら【校長】?」
「HAHAHAHA、久し振りだね。所長と副所長」
「どうも」
男性のマフラーのような部分からひょこっと現れたのはスーツ姿の一匹のネズミのような外見の動物。右目周辺には傷が刻まれているがそれを感じさせないフランクな雰囲気なのだが、動物が流暢に言葉を話すという場面に思わず被見子が
「ね、ネズミ? が喋ってます」
「事実ネズミだけど彼、雄英高校の校長よ? とりあえず立ち話も何だし、奥の応接室に行きましょうか。圧紘、日本茶を頼むわ」
「あ、了解、直ぐに淹れて持っていくよ」
え、校長? 本当に? と仁と被身子が見合ってしまうがレイミィはさっさと応接室に向かってしまい、直ぐに秘書として来客の二人を案内し、被身子だけはレイミィと血染の後ろに立つ形になり、他四人がそれぞれ席に座ったタイミングで
「じゃあ改めて、私はここ便利屋チェイテの所長を務めてるレイミィ・バートリー。それでこっちが副所長の赤黒血染、秘書の渡我被身子よ」
「ではこちらも。僕は雄英高校の校長【根津】、彼は教師の【相澤消太】さ」
ペコリと頭を下げた男性、もとい相澤にレイミィ達も会釈を返す。返したタイミングで圧紘がお茶を届け、退室したところでまずレイミィから楽な体勢になって
「それで、態々ここまで出向いてくるとなると、只事じゃないと思うのだけど、話というのは?」
「幾つかあってね。まずはそうだな、入試の合否からにしようか」
入試、その言葉にあぁと忘れてたという感じの声を出したレイミィに便利屋二人の視線が突き刺さる。見れば、相澤の方からも鋭い視線が飛ばされているが彼女はお茶を一口飲んで気付かないふりで黙殺、根津も気にする様子もなくHAHAHAと笑ってから、相澤が持ってきていた鞄から書類を取り出し咳払いを一つ。
「まず筆記、こっちは文句なしの突破。そして実技の方は撃破ポイントが58P、救助ポイントが30Pの合計88Pの総合同着首席で合格だよ、おめでとう」
「おお!! やりましたねレイミィちゃん!! あっ……えっと、所長、なんで黙ってるんです?」
合格、校長からこの言葉が出れば誰だって喜ぶの表情なり声を上げるなりあるだろう。だがレイミィがまず見せた表情は疑問、寧ろ後ろの被身子のほうが喜んでいるという状況にほか三人がどうしたのかと首を傾げ、遅れ気味に被身子も同じように首を傾げた。
だが当の本人であるレイミィは疑問の表情を浮かべたまま、何かを思い出すかのように目を閉じていた。それから大体一分経ってから目を開き
「……もしかして、私ってそっちからハンデを付けられてたのかしら?」
疑問形で、だが確信しているという感じの声の言葉に反応を見せたのは相澤、ほんの僅かだが表情が動いたのを見たレイミィはやはりかと言う言葉を内心に留める。
「ふむ、そう思った理由を聞いてもいいかな?」
「撃破ポイントよ。確かに倒した数は【58体】だった、けれどその全てが1Pのロボットだった記憶はないってだけ」
「倒した数を覚えていたのか」
あ、喋るんだとレイミィは思いつつ、相澤からの質問に頷き、お茶をまた一口飲んで当たり前でしょという感じの表情で
「勿論、どこで何と戦い、倒したか。これを覚えてなきゃどうやって報告書を纏めるっていうのよ」
これは嘘でも出任せでもなく実際に彼女はそれが出来る。その日に何が起きて、どこで自分がどのような行動をしたのかという事を事細かに書いてくれと言われれば、時間さえくれれば可能である、とは言え数日前のことになると怪しい部分が出始めてしまうが。
それで答え合わせはどうなのよとレイミィは根津に視線を送り、向こうもそれを受け取ってか頷き
「あぁ、君の言う通り今回の実技試験では撃破Pには一律1ポイント、救助ポイントは30Pを上限と言うハンデをこちらで付けさせてもらったよ」
「でもしないとこいつが荒稼ぎして終わりになるからという事か」
「それでも首席ですよ? ってあ、確か同着でしたっけ? でも所長は驚いてないですよね」
被身子がそこまで言ったところでそう言えば、試験の日に帰ってきてから彼女がお気に入りを見つけたと、確かその人物は自身に喰らいついてきたと。
「もしかして……」
「そのもしかしてでしょうね。まぁいいわ、この答え合わせは入学当日に分かることだし」
脳裏に浮かぶのはヒーローとは到底思えない態度と言動でありながら、能力はその辺のプロヒーローならば捻れるであろう少年の姿。最後の最後まで喰らいついて来たのだから同着となるのは彼しかありえないだろうと、だからこそ聞かない。
向こうも守秘義務と言うものもあるだろうから、そもそも聞いても答えは返ってこないだろうと思ってる部分もある。見れば根津も困ったように笑っているので間違ってはないだろうとレイミィは判断してから、まぁでもと言葉を吐き出す。
「合格してて良かったわ。万が一があったら、私はともかく、所員が路頭に迷ってしまうのだから」
「僕はそこまで心配はしてなかったけどね。このハンデを付けても君なら受かるだろうって、とは言え首席を取ってくるのは流石の一言でしかないよ」
あら、甘く見てくれるわねと勝ち気な笑みを浮かべ告げるレイミィに根津もすまないねと笑う。一頻り笑い合い、唐突に空気を真面目なものに変える、あまりに突然なことに被身子は驚くが、誰かが気にすることもなく、先手を打ったのはレイミィ。
「さて、次に話に進めましょうか。まだあるのでしょ?」
「勿論あるとも、重要なことが2つ程。けれどその一つは僕じゃない、彼さ」
彼、根津がそう告げる相手はこの場には一人しか居ない。そうか、この人は単にタクシー代わりじゃなかったのねとレイミィは真剣な表情のままその人物を見る。
視線の先、【相澤消太】もまた真剣な眼差しをレイミィに向けてから、ゆっくりと彼がこの場に来た理由を言うために口を開いた。
「レイミィ・バートリー、なぜ【便利屋】をやっている。お前ほどであればヒーローでもやっていけるだろう」
このご時世を考えれば真っ当な質問に、レイミィ・バートリーは笑みを浮かべる。だがそれは此処まで見せてきたどの笑みにも該当しない、どこか諦めを含めていながらも覚悟を秘めている笑みで彼女は答えた。
「白と黒しか許さない今の社会に楔を打ち込むためよ」
便利屋メモ
便利屋チェイテでの各所員の立ち位置
レイミィ【所長】
血染【副所長】
被身子【所長秘書】
圧紘【部長】
仁【課長】
なお、割とふわふわなので変わったりもする。