曰く元々このビルはとある企業の社員寮だったらしく、複数人が一回に利用しても困らない程度には大きめの風呂場にて火伊那は一人で湯船にてボンヤリと天井を眺めていた。
監視もなく、時間も気にすることもなく一人で入れる。当然で普通のことではあるが
なお、被身子がレイミィと共に入ろうとしていたのだがレイミィが初日くらいは一人でのんびりさせてあげなさいと言うことで本日はお流れになっている。
(ふぅ……)
などという一幕を思い出しながらのんびりと、誰にも気にせずに湯船に体を預ける。
出来なくなって初めて大事だったんだなと思わされ、だが気付けばそんな事も考えなくなっていたそんな事を思いながら一昨日からの環境の激変を思い出して息を吐き出す。
死ぬまでタルタロスに居ると思っていたそれがたった一人の少女によって引っ張り上げられ、便利屋として新たな道を進み始めている。もっともまだ働いてすらいないので明日からが本番だというのは理解しているが。
(にしても、記憶を読み取ることが出来る、か。そりゃ、公安だろうと手玉にとれるわな)
聞かされたレイミィの個性の秘密。夕食の時にしれっと話されたそれにオムライスの味が分からなくなるかと思ったと思い出しながら、どこか納得している自分に苦笑することに。
それだけの力を持っていながら悪用するでもなく、グレーで留めている彼女の精神性に感動しているとも言えるかもしれない。
そこまで知れば少し疑問に思う。あれほどの力があるのならば便利屋なんて使わなくても社会を変えるなんて容易い筈なのにと。勿論、便利屋と言う手段を使ってる理由は資料にも書かれ、直接聞いてもいる。
(なんだっけか、それじゃ『つまらないし趣味じゃない』だったな)
壊しただけでおしまいなんて子供でもできることやって何が楽しいのよ。とはレイミィの言葉、変革した先でも自分達は活躍したいし、どうなるか見てみたいでしょと言われ火伊那はまぁ思わなくはないと答えたのはついさっきだ。
ただ単に法を犯す覚悟がないとかではない、あれは必要とあればやる人間だと言うのは経験から分かる。
(そもそも、便利屋自体が本来は違法だしな)
聞いた話では合法的に開業までに色々とやったらしいが相手が何も言ってこないから灰色とのことなので、真っ黒な事は既にしているのは分かる。
なのでしないというわけではないのだろう、言わせれば現状はもう必要ないからしていないだけに過ぎない。
(まぁ私がそこを気にしても仕方がないんだが。依頼は本当に犯罪は今まで受けてないみたいだし、なら今後も大丈夫だろうしなっと)
そろそろ上がるかと湯船から立ち上がる、体感では長風呂してたかなと感じる火伊那だが実際に一時間以上は経っており、若干だがのぼせたような感覚に久し振りだからとのんびりしすぎたなという感じに苦笑する。
上がり、脱衣所にて体を拭いたり髪を乾かしたりをしてから今日買ったスウェットパンツと彼女から大量に余ってるからと貰った大きめのサイズに前面に直立し胴が異様に長い猫のイラストが書かれたTシャツを着て水分補給でもするかとリビングに向かえば
「お、出てきたね」
「……お嬢、それ渡したのか」
「火伊那、バートリーから貰ったからって無理に着なくてもいいぞ、アイツのセンスはちょっとズレてるからな」
出迎えた、というよりもリビングの大テーブルに集まって雑談をしていた男三人衆こと圧紘、仁、血染の姿が。
レイミィと被身子が居ないのは現状で22時半を回っているので明日があるからと部屋に戻ったのだろう。
より正確に言えば、寝ろと血染に言われ渋々レイミィは帰り、それを被身子が見送るついでに戻ったということなのだがそこは置いておき。
火伊那はテーブルに並べられている代物と彼らが手に持っているそれを見て笑みを浮かべそれを指さしながら。
「これからは大人の時間ってことか」
「まぁ、そんな所かな。火伊那も呑めるならどう?」
「あ〜、とりあえず一本貰うわ」
冷蔵庫から取り出されたのは一本の缶ビール、そう彼らはあの二人が戻ったのを見計らってから圧紘がツマミを作りそれで晩酌をしていたのだ。
なお、勿論ながら全員は既にオフの服装であり、これを火伊那視点で見ると近所のおじさん連中が集まって呑んでるようにしか見えないと圧紘から缶ビールを受け取りながら伝えれば
「それは被身子にも言われたことあるな」
「年齢だけで言えばおっさん言われても仕方がねぇがな」
全員揃って三十路の集まり、火伊那が加わってもそれは変わらず、そんな大人が雁首揃えて十五の少女の下で働いてる事実に笑いそうになるのを久しく味わってなかったビール特有の苦みと共に飲み流す。
少なくとも十年振りとも言えるその味とアルコールを摂取し感じたのは記憶にあるよりも身体に広がる熱に顔を軽く歪め吐き出すように呟く。
「こりゃ、呑まなすぎて体が完璧に忘れてやがるな」
「大丈夫か? それなら一本で止めておいたほうが良いぞ」
「そうした方が良さそうだ。隣、座るぞ」
タルタロスに入る前までは強いと言うわけではなかったが、それでも普通に呑めていたはずだったが規則正しい生活を強いられ、アルコールの類など出てくるはずも無い場所で過ごせばこうもなるかと火伊那は諦めにも似た息を吐き出すしかできない。
が、そのことに彼女は悪い気はしない。どうせ元から強い訳でもなく、呑んでたのも現実逃避に過ぎなかったのだから、これを機に断酒してしまえばいいとすら考えている。
「酒はこれっきりだな私は。まぁつまみは食べるけど」
「ははは、ずっとそういうの無しの環境に居たんだから無理もないか。次からは麦茶とか出すことにするよ」
「別段、俺達も何缶も飲むわけじゃないけどな。全員、この一本でお開きになる」
しかも頻度も週に一度だけ、ただ今週もお疲れ様という労い程度でやってることであり明日に響くと良くないからと誰が言ったわけでもなく自然と一本で止めておこうかという流れができていたらしい。
それを聞かされれば火伊那もなんだよそれと笑いつつ焼き鳥を一口。こんなやり取りしながら食べるなんてことも新鮮だなと感じていれば仁から
「やっぱあれか、タルタロスから出てきてからのどれもこれもが久し振りってのは楽しいのか?」
「あ? あ~まぁそうだな、どれもこれも新鮮にしか感じないってのはあるし死ぬまであそこに居ると思ってたから尚の事、その感情が大きいな」
「だろうな、実質終身刑とも言える場所から出れたってだけでも奇跡に近い。にしても何時かはやるとは思ったが本当に刑務所にいるやつも引き抜いてくるとはな」
驚きと呆れが混ざった声でそう呟いてからビールを飲む血染、彼の中ではいずれはやるだろうという確信はあった。あったがそれがまさかタルタロスからというのは想定してなかった話であり、今回に限っては驚きしかない。
昔から、それこそ出会った頃から彼女には驚かされてばかりだったがまさか更新されるとはと続け、圧紘と仁も同意とばかりに飲みながら頷く、となれば少し蚊帳の外になってしまうのが一番の新参である火伊那であり、彼女は昔という単語にふぅんと一つ彼らに問うことに。
「昔からって言うけど、この場で一番初めに出会ったっていう血染でアイツが何歳の頃なんだ」
「言っては……無かったか。俺が出会ったのは奴がまだ二歳の頃だ」
は? と火伊那は思わず血染を冗談にしちゃ笑えないぞという表情で見てしまうが嘘ではなく事実であるとばかりに再度、二歳の時だと伝えられれば引き攣った笑みしか浮かべられず。
「じゃあなんだ、あの嬢ちゃんは二歳の頃からあんなんだったのか?」
「大凡はそうだな、それに加えて当時のアイツは割と小賢しかったってのもある。知能や精神は大人だが見てくれは子供だったからな、猫を被って色々と探るなんて日常的にやってたぞ」
「で、結果として公安や協会はめでたく弱みを握られましたと。情けないと言うべきか、嬢ちゃんが末恐ろしいと言うべきか悩むな」
因みにだがその頃の話をされるとレイミィは本気で人の黒歴史を掘り起こすの止めて本当にと懇願するほどに恥ずかしがる。
確かに便利屋開業などなどのために必要な行動だったと頭では割り切っているがそれはそれとして、既に成熟した精神で年相応の幼女を演じるのは来るものがあったらしい。
もっとも今回のように血染達は偶にその頃の話を酒の肴にすることがあるので、もし万が一に彼女のこの事がバレた日にはどうなるかは言うまでもないだろう。
とは言えここの大人たちは姑息なので先ずバレることがなく、こうして新たな新入りに話は紡がれてしまうのだが。
「可愛いところがあることで。いや、素の性格が割と恥ずかしがり屋ってのがあるのか?」
「どうだろ、あぁでも強ち間違いじゃないかな。何時だったか、フラッシュバックが酷くて学校まで送ろうかって言ったらその姿を他人に見られるくらいなら一人で行くって言ってたし」
「それって確か、雄英高校に入学してすぐだろ。俺が付き添うっていう話からのやつ」
そうだそうだと笑う圧紘、ここでフラッシュバックと新たな単語が出たことでしれはと火伊那が聞けば、アイツはこれも話してなかったのかと呆れつつ血染から詳しい説明が入る。
一応、彼女自身の親殺しの話はレイミィ自身からそれらしいことは聞いていたが思ったよりも重い内容にうへぇと言う感情をビールで押し流してから
「そりゃま、訳あり集団の頭だから何かしら抱えてるとは思ってたけどよ。子供が背負うには重すぎるだろ」
「けど、所長は背負った。背負ったうえで便利屋を開いて俺達を掬い上げたりしてる、強い娘だよ、本当に」
義賊としての誇りはあったくせに碌なことも出来ずに燻っていた自分よりもずっと。燻っていた、懐かしむように圧紘の口から出てきたその言葉は仁にも刺さることであり、彼はそこから更に彼女に救われた恩がある。
「あぁ強いってのは俺も思うな。何もかもを運が無かったの一言で諦めちまった俺なんかよりもずっと」
どん底に落ちて、運が無かったんだと諦めて、寂しさを紛らわすために個性で自分を作って、調子に乗ってたら作った大量の分身に殺されかけて気が狂いそうになってた時に血染と圧紘とともにやって来たレイミィに救ってもらった。
一口程度しか残っていない缶ビールを眺めながら、そんな過去話をする仁。分身も全て鎮圧もとい消滅させ、残った自分に近付き何があったのかと聞かれ、当時まだ幼かった彼女から溢れるカリスマのような物を感じた彼は全てを話し、その時にレイミィからは手を差し伸べられこう言われた。
『自分が本物か分からない? 私が見てる貴方が本物よ。理解者が誰も居ないって言うなら私達が理解者になるわ。そうね、行き場も何も無いって言うなら便利屋を開くから来なさい、私達とともに楽しく働こうじゃないの』
大袈裟な言い方をすれば天使か女神を見たと彼は言い切れてしまうほどにその言葉に救われ、以降は【お嬢】と呼び付き従う関係になったと話してから残りをぐいっと飲み干すのだが、聞かされた火伊那の感想は
「なんかこう、場面だけを切り取ると宗教の勧誘のそれだよな」
「ククッ、お嬢が聞いたら怒りそうだが言われると確かにそうかもな」
「んなこと言ったら、俺達全員の口説き文句が宗教のそれだろ」
「みんな、間違っても所長の前で言っちゃ駄目だからね。間違いなく拗ねるから」
レイミィは一度拗ねるとかなり面倒くさいとは血染の言葉。機嫌を取るのも楽ではなく、仕事はきちんとこなすが会話に棘がひたすらに含まれる事になるのだが自分が悪い手前、文句を言うことも出来ないのでひたすらに聞くしかないという。
なので可能な限り早々に謝り機嫌を取ることが、その日の最優先事項となってしまう。過去に拗ねられた時はかなりお高めの洋菓子で手を打ってもらったとのことだが、それを聞き洋菓子とかで機嫌を取れるんだと逆に驚いた火伊那、彼女的にはそういうのは効かないと思っていたらしい。
「いや、意外とそうでもないんだよ。その辺りはまだまだ年頃の女の子ってことだね」
「それは良いんだが、高いんだよあいつが好きな洋菓子は……」
「女ってのはそういうもんなんだよ、そもそも怒らせる方が悪いって話だろそれ」
「そりゃそうだな」
いい感じの盛り上がる大人たちの晩酌、無論明日に響く騒ぎ方はしないのであと数十分とすれば解散となるが彼らは知らない。
「……フフ、まぁ良いわ。今日の所は不問ってことにしておいてあげるから」
地の底から響く声とともに自室に消えていった一人の吸血姫が居たことを……
過去話かもねとか言いながらさして書いてないじゃんお前っていう。
あと私信ですが邪兎屋(ゼンゼロ)良いよね……レイミィたちといい感じに重なって好きになりました。
便利屋メモ
因みに便利屋女性陣がレイミィ、被身子、火伊那で並ぶと小、中、大となる。何がとは言わないが