便利屋チェイテと愉快な仲間たち   作:鮪薙

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レイミィちゃんの一人称視点。


No.72『吸血姫、職場体験へ』

 スマホから指定された時間だということを告げるアラームの音がけたたましく鳴り響き、意識が浮上する。何か、夢を見ていたような気がするのだけれど、その内容は全く思い出せない。

 

 血染が言うには五月蠅すぎて同じ部屋で寝たくないとも言われる音量らしいアラーム、だけどこれくらいじゃないと起きれないし被身子が決めてくれたものだから変えたくないという理由で愛用している。

 

(もう、時間か)

 

 だが何時までも鳴らしているわけもに行かないのでとぼんやりする思考のまま手を伸ばしてスマホを手に取りアラームを止める。身体も頭もまだ覚醒したくないと言わんばかりに重いのだが今日はこれに屈してはいけないとグッと力を込めてベッドから起きようとして、手を付ける場所を間違え、そのまま勢いよく落ち、身体を地面に叩きつけることになった。

 

「ったい……」

 

 思えば、最近はよくこの手のミスをやらかしているような気がする。だがお陰で意識が覚醒したのでまぁ良しとしておき、身体を起こしたタイミングで扉が勢いよくノックされ、続けて親友のお決まりの挨拶が部屋に響き渡る。

 

「レイミィちゃーん! おはよーございます!!」

 

「なぁ、寸前に落ちたような音聞こえたんだが」

 

 毎度思うのだけれど、私の部屋に響くような声量での挨拶って絶対に血染たちの自室にも響いてるわよね。まぁ、あの三人はそれ以上に早く起きてて部屋に居ないから苦情は来てないし、前に聞いた時なんかは6時を告げるチャイムみたいな扱いになってるって話で笑っちゃったけど。

 

 それと今日も火伊那も来てるのね。いや、どうせ被身子に巻き込まれただけだと思うけど、別に断ってくれてもいいのに付き合いが良いのかしら。などと思いながら意識は覚醒しても重いままの身体を引き摺るように動かし扉を開ければ。

 

「あ、今日はきちんと起きてきましたね、偉いですよレイミィちゃん!」

 

「所長に対する態度なのかそれは、まぁおはよう、嬢ちゃん」

 

「今更だし気にしなくてもいいわよ。おはよう、二人とも」

 

 出会ったあの日から変わらない可愛らしい笑顔の被身子とどういう訳か、私のオフの時の姿を見るたびに苦笑している火伊那の姿。一度その理由を聞いたのだがTシャツのデザインが独特だとのこと、そうかしら結構可愛いと思うのだけれど……*1

 

「さぁさぁ、今日もちゃちゃっと準備しちゃいますから顔を洗ってきて下さいね~」

 

「はいはい、と言うか火伊那も無理に付き合わなくてもいいのよ」

 

「ん? あぁまぁ、別に嫌じゃないからな、それに嬢ちゃんの間の抜けた姿を見るのは飽きねぇし」

 

 人の悪い狙撃手さんだこと。けど、彼女が楽しいと思ってくてるのならそれ以上は私からは言わないけど、なんて思いながらいつものように洗面所に向かい冷水をバシャバシャと顔に打ち付けて頭を起こす。

 

 起こしてから備え付けのタオルで顔を拭きつつ顔を前に向けるがそこにある筈の鏡は当然ない、この便利屋ビルに住み込み初日で自分で外したからだ。映らない物を飾っておく必要がないというのも有れば、何と言うか自分が映らない鏡を見るのが嫌だったというのもある。

 

 なんだか、自分が世界から拒絶されているように感じてしまうから、だからこの部屋には鏡というものは置いてない。なんて感傷的になってても仕方がないので顔を拭き終え戻れば、既に準備を済ませている被身子たちの姿に私はいつもの椅子に座ってから

 

「じゃ、頼むわ」

 

「はいはーい、確か今日から職場体験ですよね」

 

「一週間だっけか、大変だな学生も」

 

 そう、今日から一週間は職場体験という事でこの便利屋を離れてインゲニウムの事務所でお世話になる。一応、学園側としてはヒーロー活動云々を学ぶためということになっているが私としては事務運営を自身の便利屋の参考にしたいと言うだけ。

 

 特にインゲニウムはサイドキックなどを多数雇い、運営していると言うので今後の糧になることは多いだろうと思っての選択、まぁあとは個人的にファンだというのもあるのだけれど。

 

「それにしても一週間、一週間もレイミィちゃんが一人でと言うのはすごく不安があるのです」

 

「何が言いたいのかしら被身子」

 

「だって朝起きれるか分からないですし、ヘアセットだってきちんと出来るか不安ですし……」

 

 被身子の中で私がどういう立ち位置なのかがよく分かるコメントに思わず口元が引き攣ってしまいそうになるのをぐっと堪える。確かに朝も弱いし鏡に映らないのでヘアセットとかは面倒だなとは思うことが多いがこれでも被身子と知り合うまでは一人で身の回りは準備してた身であるので出来ないわけではない。

 

 その事はこの娘だって知ってるはずだと言うのに、いいえ、知ってる上でこの発言してるんでしょうね。特に被身子が来てからは朝の準備は一任しちゃってるからなおのこと心配だというのは理解できないわけでもないし。

 

「鏡に映らないんだよな、今まではどうやってたんだ?」

 

「ん? あぁそうか、火伊那は知らなくて当然よね。別に特別なことな方法じゃないけど、髪を感覚で整えてからこうやって目をコウモリに変えて寝癖とか残ってないかを確認するだけよ」

 

「でもこれだとメイクは出来ないんですよね。信じられますか、私が来るまでノーメイクだったんですよレイミィちゃん! こんなに素敵でカアイイ顔なのに全く飾ったりしなかったんですよ!!」

 

 ほらほら、急に興奮して力説しない火伊那が軽く引いてるじゃない。と言うか、寝癖を治すのも一苦労だって言うのにメイクなんて一人で出来るわけないじゃないの、そりゃ出来なくはないけど無駄に時間掛かるからやりたくないっていうのもあるけど。

 

 それにしても一週間も一人で遠征、思えば初めての経験ね。遠征自体は何度もあるし泊りがけっていうのもあったが多くても2日程度だったしその時は被身子が無理にでも付いてくるから一人っきりではなかった。

 

 勿論、少し前にも言ったようにインゲニウムの事務所には大勢のサイドキックやらスタッフやら事務員などが居るので本当の意味での一人ではないし恐らくは一人部屋でもないとは思うけど。

 

「一人部屋じゃないとしたら、このアラームって相当迷惑じゃないかしら」

 

「アラーム? 嬢ちゃんのアラームってなにか特別なんか?」

 

「特別というか、トガが見つけてダウンロードしたやつなんですよ。すっごい大音量で鳴り響きます」

 

 ふと一人部屋じゃないというところから思い至ったことだった。血染も出来れば同じ部屋で寝たくないと言うほどのこれだ、相部屋だった場合は迂闊に使えるものではない。

 

 ともすればバイブレーションだけでとなるが、それで起きれるのだろうか私は。自分で言うのもおかしな話ではあるが生半可な物では起きれない自信しかないわよ。

 

「もしかしてこれ私かなりやばい状況じゃない?」

 

「いや、そこは頑張って起きる方向に舵切ってくださいよ」

 

「本当に大丈夫なんだろうなこれ」

 

「はぁ、仕方がないから浅い眠りで一週間を乗り越える方針にしましょ」

 

 これでも捨てられて一ヶ月は路地裏で寝泊まりして生きてきた身である。だから周りを警戒しながら眠り、何か起きたら即座に起きるくらいは難なく出来るし翌日に響かせない程度に体を休めせる方法も熟知している。

 

 安全な拠点を手に入れてからは滅多にやってないが、出来なくなってるということはないだろう。それくらいには身体に無意識レベルで出来るように刷り込ませているのだからなんてことを伝えたら火伊那はそれはもう面白い表情で私を見つめてくる。

 

「どうしたのかしら火伊那」

 

「どうしたも何も、二歳の頃からそんな生き方してるお前に引いてんだよ。必要だったんだろうがその歳から暗部の人間みたいな技術会得してるのな」

 

「でもそれって一週間も連続でやって大丈夫なんですか? 負担だって全く無いことはないんですよね」

 

「大丈夫かどうかで言われたらあまり宜しくないけど、出先で寝坊するよりはマシでしょ」

 

 そう、出先で便利屋所長が寝坊しましたとか看板に泥を塗るくらいなら多少の無理を押し通してでもこの方法を取る方が良いに決まっている。私が困るだけならまだしも、所員を困らせるわけには行かないんだし、ここでしっかりとしているという印象を向こうに植え付けることが出来れば今後に繋がるかもしれないじゃないの。

 

 出来ればまぁやりたくないけど。でもこれは口にはしない、プライドってのもあれば、あまり弱音を吐くことを癖にしたくない、当たり前にしてはいけない、彼らの前では所長として……いや、なんかちょっと手遅れ感満載な気がするけど。

 

「はい、完了です! うーん、明日からはすっぴんで活動させるのが勿体ないです、どうにかなりませんかね、火伊那ちゃん」

 

「どうにもならんだろ、つかメイクいるのか? 別にしなくても大丈夫だろ」

 

「火伊那もそう思ってくれる? 私も被身子に何度も言ってるんだけど駄目だって言って聞かないのよ」

 

「当然です! もう、二人してその辺りは無頓着なんですか? だからTシャツのセンスも似たりよったりなんですよ!」

 

 待って頂戴、まるで私のTシャツのセンスが悪いみたいな言い方やめてくれない? え、悪いって言ってるつもりだって? どこがよ、可愛いじゃないの、特に黄色い嘴の丸い鳥なんか愛嬌の塊だと思うのだけれど。

 

「……猫のほうがまだいいと思うんだが」

 

「猫も! 鳥も! どっちもどっちです!!!」

 

 待ちなさい、それは聞き捨てならないわよと反論しようとも思ったがこれ以上は時間がもったいないのでぐっと堪える。私は彼女よりも大人、それに可愛いとかのセンスは人それぞれなので被身子には合わなかったと言うだけ、それなのに口論するなんてちょっと大人げないじゃないの。

 

 とりあえず、それから制服に着替え昨日の内に職場体験先にて必要なものを詰めた旅行用鞄を持って事務所へと向かえば、いつものように既に揃っている三人に挨拶しつつ、ジャムパンとクリームパンを袋から取り出して自身の席に座る。

 

「おはよう所長、はい、コーヒー」

 

「ありがと、ふぅ、これから一週間はコレが飲めないと思うとなんだか行きたくなくなるわね……」

 

 うわそうじゃん、一週間ここを離れるってことは圧紘の朝のコーヒーが飲めないってことじゃないの。それを思うとなんだか急に面倒だなと思い始める自分の感性に苦笑してしまっていると血染からどすの利いた声で

 

「笑えない冗談言ってるな。そもそも、それが嫌だったら日帰りで行ける事務所にすりゃ良かっただろ」

 

「うぐっ、いや、だって保須も気になってたし依頼来てたから丁度いいかなって思っちゃったし」

 

「お嬢ってあれだよな、割と後先考えてない部分あるよな」

 

 最近、慕ってくれてる仁も割と辛辣なところ見せてくれるわね。圧紘も笑ってないでなにかって、え、私らしい? そりゃどうも、抜けてるって言われてるのかしらこれって。

 

 あまりそういった自覚はないんだけど、でも言われるってことはそういうことなのよね。もしかして、気が緩んでるってことかしら、だとしたらちょっと引き締め直さないと。

 

「いや、そういうことじゃないから安心して良いと思うよ。ほら、オンとオフは所長、しっかり出来てるから」

 

「オンとオフが激しすぎるって事でもありますよね」

 

「まぁ私もこいつ実は二重人格なんじゃねと思わなくもないが」

 

「多重人格云々は俺も他人事じゃないんだよな」

 

「随分と好き勝手言ってくれるじゃないの、嬉しいわ私」

 

 全くもう、なんて言いつつ私自身この朝のやり取りは楽しいと思っている。気が楽というべきか、まぁその、家族とのやり取りみたいな感じがしてちょっとだけ私がここに居ても良いんだなって思えるから。

 

 けれど、何時までも浸っているわけには行かない。今日から一週間この場に居ないということは朝礼も暫くは副所長である血染に任せることになるのだから私から伝えることがあるのならば今のタイミングしかない。

 

「さて、朝礼を始めるわ。分かってると思うけど、今日から一週間、私は職場体験でここを離れてインゲニウムの事務所で寝泊まりすることになってるわ」

 

「朝起きれると良いな、お嬢」

 

「被身子、一週間の間はバートリーにモーニングコールしてやれ、その方が安心できる」

 

「了解です! てか、それは思いつきませんでした」

 

「んっん! 続き良いかしら?」

 

 モーニングコール、その手があったか。あの場に三人居て誰も思いつかない事をあっさりと思いつく辺り血染は頼りになるわね。

 

「それと同時に保須での警邏依頼も並行して遂行するけど、血染と火伊那、二人にも手伝ってもらうわ。被身子、圧紘、仁はいつも通りに便利屋で依頼を片付けて頂戴」

 

 本当なら私一人でとも思ったけど、ムーンフィッシュの動向も気になれば敵連合の件もあると考えれば万全を期しても損はしないだろう。

 

 私含めて三人が一つの依頼に付くことになるのでその分、便利屋の依頼の回転率は落ちてしまうけど必要経費として割り来ることにする。雄英高校とオールマイトの依頼報酬があって本当に良かったと思うわ。

 

「俺が地上、火伊那が建物の屋上からの監視か?」

 

「えぇ、火伊那は私が許可するまで個性による狙撃は禁止、ただよほど切羽詰まった状態だと判断したら撃っても構わないわ」

 

「さじ加減が私ってのがちょっと難しいな。けど良いのか? まだ光学迷彩も出来てないんだろ?」

 

「まぁ流石に2日とかで出来たりはしないですよね」

 

 そう、懸念点があるとそればそこだ。発目が言うにはあと少しで完成しますと連絡は来たがその少しがどのくらいかは素人である私には判断がつかない。なので光学迷彩なしの仮面だけとなってしまう。

 

 一応、彼女から手を出さずに監視に留めておけば存在が露呈する可能性は大きく抑えられるはず。出動させないも視野にはあったけど、やはり長距離を監視できる目はあって損はない、そのために迎えたのだから。

 

「背に腹は代えられないってやつよ。でも向こうからはあと少しって話だから期間中に届く可能性もあるわ、その時は便利屋から誰でも良いから火伊那に渡して」

 

「了解、とすると被身子ちゃんが適任かな」

 

「ひとっ飛びですね!」

 

「もし何か有れば、俺達も呼んでくれ。雄英高校に連絡を入れれば補償とか出るだろ」

 

 本当に頼りになる、ついでにもう雄英高校に本当に足を向けて眠れないわねこれはと思いながら人工血液を飲み干し、再度鞄の中に忘れ物がないかを確認。特に人工血液は一週間分と予備が少しを入れて置かなければ向こうで大惨事を引き起こしかねないので忘れることは許されない。

 

 よし、入ってるわね。血液を保存するための専用ケースで重量が嵩んでる鞄を肩に掛け、扉に手をかけてから一度振り向く、一週間だけとは言えこの事務所を暫く見ないとなるとなんだか寂しい気持ちが出てきてしまうわね。

 

「じゃ、行ってくるわ」

 

「いってらっしゃーい、レイミィちゃん!」

 

「気をつけてね、所長」

 

「お嬢、職場体験頑張ってな」

 

「向こうに迷惑をかけるんじゃねぇぞ、バートリー」

 

「朝ちゃんと起きろよ、嬢ちゃん」

 

 それぞれのらしい挨拶に私は答えてから便利屋を出る。この時の私は思いもしなかった、まさかこの職場体験から一つの大きな足掛かりが生まれるなんてことを……

*1
眼鏡を掛けた焦点があってない目をした丸い鳥のイラスト




 ちょっと暫くなんですが、今までの三人称から一人称に書き方を変えることにします。三人称が書きづらくなったのもありますが、こっちの方が個人的に書きやすく話数も圧縮できるんじゃないかなと。

 因みに基本的に一人称は便利屋の面々のみで、それ以外の場合は三人称に戻す形になるかと。

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