職場体験二日目、とは言ってもやることは一日目と変わらず前半はパトロール、後半は事務所にて事務作業とインゲニウムからこの規模の組織運営のいろはを教わるシンプルなもの。
その初日での後半部分も聞いてみれば、人数に合わせて専門家を雇い任せつつと言う内容だったので私としては活用することになるのはまだまだ先、もしくはないかもしれないという感想だったりする。
いや、別に為にならなかったとかじゃないのよ、そこまで大規模な組織にはするつもりがないから結局は各々がある程度、書類仕事が出来るようになってそのうえで圧紘と私が専門的なものを覚えちゃえば解決しちゃうなって気付いちゃっただけで。
「それにしても朝があそこまで弱いとは思わなかったよ」
「ぐっ、昔はそうでもなかったのよ。便利屋を始めてからはまぁ弱いけど」
思えば仕事が忙しくなり始めて【吸血姫】としての力を諜報活動だけじゃなく実戦で使うようになってから朝が弱くなり始めたと言うか、寝起きが悪くなってきたわね。昔ならすんなり起きれたし、存外疲れが溜まってたりするのかしら。
だからって休んだりなんだりはしたくないし出来ないんだけど、でも何時だったかの物忘れも被身子に心配されてたし一度はリカバリーガールに頼って検査とかしてもらったほうが良いのかしら。
「なにか悩み事かい?」
「え、あぁ、ごめんなさい。ちょっとだけ考え込んでしまったわ」
「今はパトロール中だからね。集中していこう」
流石に意識が別に行き過ぎて咎められてしまった。二日目でこれは印象が良くないわね、流石に一発でアウトってわけじゃないと思うけど気を引き締め直さないと。
そこからは暫くは特に何かというわけでもなく、途中で同じく保須市をパトロールしている他のプロヒーローとやり取りをしたりすることもあるのだがその中には【マニュアル】の姿もあり、それはつまり飯田ともばったり会うわけである。
とりあえず互いに挨拶をするが向こうはあまり変わりは無さそうね、なんてことを思っていると飯田からマニュアルに便利屋も依頼で来てるということを話してしまったという旨の話をされる。
恐らくは後で揉め事や誤解をされないようにと言う配慮だろう。元々、私も口止めをしていたわけではないので別に構わないと話すとマニュアルから。
「そうか、君が便利屋の。おっと、はじめましてマニュアルだ、話は天哉くんから聞いてる」
「えぇ、はじめましてマニュアル。便利屋チェイテの所長を務めているレイミィ・バートリーよ。どんな話しかは気になるけど、悪い内容じゃないなら気にしないことにするわ」
こうしてマニュアルを直で見るのは初めてだけど、なんかこう魚が食べたくなるような
ふと見れば飯田とインゲニウムが会話をしていたのが目に入った。とは言っても家族としてはほんの一瞬だけ、上手くやってるかという感じの言葉だけをインゲニウムが言い、飯田がそれに大丈夫だという感じに答えれば彼は満足げに頷き。
「そっか、なら無理しない程度にがんばれよ天哉」
「兄さんも、気をつけて、ムーンフィッシュのこともあるから」
「ムーンフィッシュ……その様子だとそっちも昨日のパトロールじゃ収穫はなかったようね」
ついでに言えば昨日は血染と火伊那も空振りだった。二人で保須市全体をカバーは出来ないが、それでも
ともすれば私の考えすぎだった? それならそれで良いことではあるのだけれど、なんだかねぇ。
(嫌な予感が拭いきれない。なんかこう、喉に小骨が引っかかるような感じ)
一旦思考を落ち着かせましょう、流石に焦りすぎてるわ。それに期間はまだ3日もあるし他にもプロヒーローは保須市に来てる、だから出てくれば間違いなく情報として上がるはずだもの。
「それじゃ俺達はそろそろ行こうか、天哉くん」
「俺達もパトロールを再開しようか、バートリーくん」
「はい! それじゃバートリーくんもまた」
「えぇ、互いに無事に再会しましょ?」
自分で言っておいてちょっと大げさが過ぎたかしらね。けれどヒーロー活動なんて常に危険と隣り合わせなわけだから、これくらいは言っても損はないでしょ。
マニュアルと飯田の二人と別れパトロールを再開、無言でということでもないので今度は怒られない程度に周囲にも気を配りながら適当な会話を挟んでいく、もっともこうでもしないとまた考え込んでしまいそうだからというのもあるんだけどね。
「それにしてもどれだけ保須市にヒーローが集まってるのよねこれ、右も左も少し見れば居るのが分かるって相当よ」
「具体的には聞いてないけど、近辺のヒーローは来てるらしい。住民からもムーンフィッシュが消息不明というので不安がってるらしくて依頼されたとかも多いって」
「あの時に取り逃がしたのが増々痛いわね。あぁ、いや、インゲニウムが悪いってわけじゃないわ、まさか仁の人海戦術を逃れるとは思わなかったし」
仁の個性を使った人海戦術は正直言って便利屋での一番の切り札に近い。やはり数を即興で揃えられるというのは強みだし、これを逃れる術はあるとしても足止めされることは間違いなく、その間に血染達で取り押さえることが今までの必勝パターンでもあった。
と言うのにそれを崩されたのだから悔しさというのもある。もし雄英体育祭のあの日に捕らえることが出来ていたのならば記憶を読み取って一気に敵連合に切り込める可能性だってあったのだから。
「あの時は俺も落ち度はある。子供を守りながらとは言え遅れを取ってしまったのだからね」
「むしろ子供を守りながらでも耐えたのは素直に誇るべきよ。死刑囚になるだけあってムーンフィッシュはそこらの
「だとしてもさ、それに君のところの副所長が来なかったら今俺はどうなっていたか……」
悔しさを滲ませた声で自身の足を擦るインゲニウム、どうやらムーンフィッシュは彼の脚を狙ったという事ね。個性を封じる、なんて行儀のいい考えじゃなくて一番断面が綺麗だからとかからの行動だとは思うけど、的確に相手の弱点を本能的に察すると考えたら強敵なのは言うまでもない、だからこそ早く見つけ出して捕らえなければならない。
ってまた思考が無駄に先行しちゃってるっての。ん? 子どもの泣き声、都市部だから周りの騒音で聞こえにくいが確かに子供が泣いているような声にインゲニウムに伝えれば、どうやら彼も気付いていたらしく
「向こうからだな、直ぐに向かおう」
「了解、てか周りのヒーローは何してんのよ」
なんて愚痴ったけど、現場に行ってみれば路地裏の入口近く、しかも人混みに絶妙に隠されてしまう位置という結構気付きにくい場所で一人の男の子が泣いていたのを見て、仕方がないかと思わなくはなかった。
無かっただけで、けれど気付きなさいよこれくらいと思いながら既に話しかけているインゲニウムの隣に向かい、男の子の視線に合わせるようにしゃがみ込み事情を聞けば
「どうやらご両親と逸れてしまったらしい、君、どこで逸れたかとか覚えてるかい?」
「ぐすっ、えっと、あっじ」
指を刺された方向を見るがあるのは人混み、そこから推測できるとすれば歩いてて逸れたってところか。うーん、これ以上は聞き出すことは出来ないけれど、そうね、ちょっと血を貰うわよ。
記憶関連はインゲニウムにも話していないから黙ってモスキートから男の子の血を接種、流れてくる映像的に手を繋いでたけど転けて逸れたのね、ともすればご両親だって気付いてるでしょうし、ふむ。
「少年、飛行機は好きかしら?」
「え、う、うん」
「バートリーくん、何か考えがあるのかい?」
「えぇ、ならちょっとお姉さんと空の旅してみない?」
提案にキョトンとした顔をしてる男の子にバサッと羽を動かして見せれば目を輝かせ何度も頷く、その姿を見てインゲニウムはなるほどと納得してから怪我だけはさせないようにと念押しをされた。まさかだと思うけど私が子供を落とすとでも思っているのだろうか、安心して頂戴、そんなヘマはしないから。
「これでよし、しっかり捕まってなさい少年」
「うん!!」
「上からご両親を見つけたら方角を教えてくれ、そしたら俺が向かうから」
フワッと彼に振動を与えないようにその場からゆっくりと上昇を開始、人を抱えながらは久し振りだけど感覚はしっかりと覚えてるようで、大丈夫かと男の子に声を掛ければなんとも可愛らしい笑顔で平気と返される。どうやら高所恐怖症とかではないらしい、とは言ってもあまり長々とは目立つので飛びたくない。
考えても見て欲しい、今の私の
「それでご両親は見える?」
「……あ、居た!! パパとママ!」
視線を向ければ方角は私達が居たところから前方へ1メートルあるか無いかの距離で必死に誰かを探している男女の姿、あ、いや、今向こうも気付いたわねこれ、しかも多分勘違いされてる気がする、早く降り、ここで降りたら勘違いが加速するのでは?
仕方がない、ここからインゲニウムに伝えて誤解を解いてもらいましょうか。それまでは私はフワフワとこの場でホバリングしつつ男の子を楽しませてるから。
「インゲニウム、そこから前方、この子のご両親が向かってきてるんだけど、多分私勘違いされてる!!」
「わかった、直ぐに迎えに行って話しておくよ」
本当に頼むわ、ヒーロー科の職場体験に来たのに
「めでたしめでたしっと。やっぱ勘違されてたかしら」
「いや、そうでもなかったよ。君が雄英体育祭の娘だってわかってたみたいだからね、逆に聞くがどうしてそう思ったんだい?」
「どうしてって、何処からどう見てもヒーローの
だって、ご両親にとって子供って大切な存在なんでしょ。ズキリと心が痛む、自分で何を言ってるんだかと他でもない自分が責め立てる、けど今は関係ないことだと痛みを抑え込んでインゲニウムに微笑むのだが、彼はそんな私を見てなにか思うところでもある感じの表情を一瞬だけするがすぐに引っ込め、お礼をしに来た男の子のご両親と向き合う。
あれは、なんだったのだろうか。疑問を覚えつつも私も彼らと向き合うのだが、ちょっと大げさすぎないかしら、ただ抱えて飛んだだけよ私は。とりあえずこれは伝えておきましょう。
「もう逸れちゃ駄目よ、少年」
「うん! ありがと、お姉ちゃん!」
「本当に、ありがとうございます」
「私からも感謝を、ありがとうございます」
いや、まぁうん、困ったわね、どう受け取れば良いのかしらこれ、思わずインゲニウムに視線を送るが向こうは優しい笑みを浮かべるだけである、なんだというのだろうか本当に!
男の子とご両親が去った後にさっきの反応の意味を聞いてみるのだが、彼はそうだなと少しだけ考え。
「君はもしかして負い目を背負いすぎているんじゃないかなって思った」
「……背負いすぎてなんか無いわよ。まだ足りないくらいだわ、知ってるんでしょ私が母親殺しだって」
「あぁ、知ってるよ。でもそれで君が悪人だとは思わないし、お礼を受け取っちゃ駄目だとも思わない」
誰も彼も、みんな口を揃えてそう言う。あれは個性の暴走で、私に罪はないと、誰も罰をくれない。裁かれるべきなのに、私が灰色に居るのも償いをしたいだけ、ってわけじゃないんだけど。
多分、今の私の表情は危ういものがあったのかもしれない。インゲニウムはそんな私を見て、今日のパトロールは少し早いけど切り上げようかと提案し、まだ大丈夫だと言う前に行動に移され、私はため息を吐きながら彼の指示に従うことに、或いはこれ以上は私が身に入らないと判断されたのかもしれない。
後は事務所にて昨日の焼き回しとも言える事務作業をし、軽くレクチャーをしてもらってから二日目も終わりを告げる。どうやら今日も二人は空振ったとのこと、それとは別に私の声が落ち込んでると指摘されてしまったが気にしないでと返しておいたが果たして納得してくれたかどうか。
そして職場体験三日目、昨日の夜のメンタルを考えればフラッシュバックに襲われても不思議じゃなかったけど、それはなかったことに安堵しつつインゲニウムに昨日のことで頭を下げるが
「あれくらいなら大丈夫だよ。それよりもバートリーくんは平気なのかい?」
「えぇ、それに何日もズルズル引き摺るような精神はしてないわ」
なら安心だと今日も保須市へとパトロールに出る。さて、今日は進展でも有ればいいけど……人に言わせたらこれをフラグって言うんでしょうね。
初日、二日目と同じパトロールで終わると思ってた三日目、だが違った。急に街が騒がしくなったと肌で感じたと同時にそいつは現れた。
「なんだ、こいつ」
「脳無、そう、やっぱり私の推測は外れてなかったってことね!」
脳みそをさらけ出した黒い巨体、死体を使った生物兵器【脳無】を見て私は笑っていた。
やっと、話が進むんやなって……ここからはまぁトントンと展開していければなぁとか思ってます。