時間は少し巻き戻り、レイミィが血染が戦っていた脳無を一撃で撃破するよりも少し前。もっと具体的に言えば被身子が大通りにてムーンフィッシュに襲撃された直後の場面となる。
場所は表通り、既に戦闘が始まって数分は経っているのを示すように周りには野次馬も逃げ遅れもおらず、至る所に戦闘の痕跡を表す傷跡と一人の男の周りを跳びはねるが如く動き回る少女の姿が。
「っ! あぁもう、なんですかこいつ!!」
苛立ちと驚愕、そこに少量の焦りを混ぜた声で叫びながら回避行動をしているのは便利屋チェイテの秘書にてレイミィの一番の親友である被身子。そんな彼女がなんですかこいつと悪態をついているのは脱獄した死刑囚のムーンフィッシュなのだが本来であれば彼女が苦戦するような相手ではない。
だと言うのに苦戦をしているのは黒霧を利用した転移によるワープでの奇襲も少なからず原因にはあるが、もっと根本を言うのならば情報よりも大幅に上昇している相手の戦闘力にあった。
「早く肉を見せてくれよぉ!!!」
「っ!」
子どものワガママのような声とセリフとともに彼の個性【歯刃】で伸ばされた彼自身の歯が被身子を襲うがそれを横っ跳びで回避、アスファルトのはずの地面が熱したバターを切るかのごとく刺さっている光景に冷や汗を流すががまだ気を緩めることは出来ない。
今度は伸びた歯の側面から更に歯が伸び刃となって彼女を追撃してくるのを一撃目を走ることで避ければ流石に限界があるらしく【歯】は収縮を開始、ならば攻めればとなり被身子が悪態を付いたのが初めのやりとり。
手札を知ってるからこそ、被身子は攻めに出れずに車を盾にする様にパルクールの要領でその場から即座に移動した直後、彼女が居た地面に4本の鋭利な刃物で入れたような切れ込みが走った。
二度目とはいえ背中に悪寒が走る光景に被身子は足を止めないようにしながら視線を切れ込みの先に向ければ、そこには異様に伸びた【爪】を歯と同じように収縮しているムーンフィッシュの姿。
(間違いない、ヤツは個性を『二つ』持ってます!)
一般常識で言えばあり得ない答え、だが出久と言う個性を授かったと言う例外を見たからこそ被身子はその考えに至ることができたし、2つあるということに驚きはそこまで感じることはなく動きを止めることもしなかった。
もっとも、そこから本来個性を複数は拒絶反応が出るはずじゃ? もしくは授けたとして授ける個性はどうやって用意したのかなどの疑問には行き当たらないあたりは被身子らしいと言えるだろう。
(それにしてもどうするべきですかねこれ。素のトガじゃ近寄れないですよ……レイミィちゃんに報告はしたので少ししたら来るとは思うんですけど)
だが相手の個性が2つあることが分かった所で、現状を打開できるというわけでもない事実に珍しく弱気になる被身子。確かにこのままなら負けはしない、けれど勝つことも出来ない。
勿論このままでもレイミィが援軍に来れば状況は一気にこちらに傾けることが出来るので時間稼ぎに徹していても良いかもしれないと考えるが、ムーンフィッシュの興味が急に他に向かってしまう可能性を考えたら攻めて、自分に目を向けなければならないとも考えてしまう。
(かと言って【変身】するにしても隙を見せてくれないんですよねこいつ)
個性が2つという本来であればあり得ない状況だと言うのにムーンフィッシュはその両方を斬撃や伸ばしを使った刺突で牽制をしつつ自身の隙を上手いように潰し、被身子が距離を無理に詰めようとしたり、少しでも隙を見せればで本命の一撃を叩き込もうとしてくると本能的に扱えている。
対して被身子は【変身】が出来なければ自慢の武器の数々は使用できないし、その【変身】も血を飲めば即座にというわけではなくほんの僅かに隙が生まれてしまうのを考えれば迂闊には使えない。けれど、このままじゃ埓もあかない、さてどうするか、被身子は考え、そして決断した。
「(やったことない、やり方ですけど女は度胸ってやつです!!)よいしょっと!」
数十回目の回避から、被身子は腰のポーチのベルトにぶら下がらせていたレイミィの血で作られたコウモリを口に含み飲み込むと同時にドクンと心臓が跳ね、体表が変わるような感覚を覚えながら一気にムーンフィッシュに距離を詰めるために駆け出す。
「にく、にく、肉を、キレイな断面を見せろよぉ!」
無論、それを見逃す相手ではなく、ムーンフィッシュは叫びとともに両手の爪全てを伸ばし被身子に襲いかかるが、彼女はそれらを紙一重で回避、途中で避けきれない物をかするが気にすることもなく、逆に焦ったムーンフィッシュが本命の歯刃を伸ばすが既にそこに被身子の姿がない事に驚愕することになる。
どこに行った。歯と爪を戻しながら周囲を警戒するがどこにも見当たらない、居なくなったかとすら思った彼の耳に届いたのはバサッと羽根が動く音、それは己の真上からだと顔を動かしたムーンフィッシュを迎えたのは一発の拳だった。
「があっ……?」
「頭上注意ってやつです」
何が起きたか理解が追いつかない表情のまま地面に倒れ伏すムーンフィッシュにレイミィの姿の被身子が着地しながらニタリと笑いそう告げる。何が起きたかを端的に説明すれば、ようは立ち止まっての変身ができないなら回避しながら変身すればいいやという初めから思い付いてやりなさいよそれとレイミィが言うこと間違い無しの案である。
なんだったら血染からは回避して詰めれるんだったら変身する必要ないだろとすら言われるが彼女はこれが最善手だと信じ込んでいるので無意味な指摘となるだろう。だが被身子も考え無しにレイミィに変身したわけではなく、このまま保須市を飛び回って便利屋の仲間たちや他のプロヒーローの援護に動けると言う考えがあってのことである。
とりあえず、ムーンフィッシュを縛り上げて適当なヒーローに放り投げておきましょうかねと動こうとしたとき、凄まじく派手な音が辺りに響き何事かと音の方を見ればそこに居たのは腹部から少量とは間違っても言えない血を流したレイミィの姿だった。
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レイミィSide
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「いったいわね、レディの扱いはもっと丁寧にしなさいよ……!」
赤霧からの奇襲と一撃、そこに加えて建物の壁をぶち抜き、最後には力任せに貫いた腕を振り抜いて表通りと思われる場所に投げ飛ばされた私は痛む身体を引き摺るように体を起こしながら思わず悪態をついた。
「レイミィちゃん!!??」
「被身子……? あぁ、なるほど、一つ向こうで戦ってたの」
正直、貫かれた腹部、より正確に言うのならば脇腹をギリギリ致命傷は避ける位置が物凄く痛すぎて被身子がすぐ隣のエリアで戦ってたことに驚きが薄い。痛いが寝ていられるわけではないからと立ち上がりながら、私を吹き飛ばした張本人である赤霧を睨む。
ゆっくりと現れたそいつを見つつ、状況を整理するが被身子と合流できたとは言え最悪、寧ろムーンフィッシュを先に倒してくれてたのでまだマシとも言えるかもしれない。数だけ見れば二対一で有利、あ、駄目ね全く勝てるビジョンが浮かばないわ、でも腹の傷は塞ぎたいからこれは使うしかないわよね。
「(ヴァンパイア・プリンセス起動)被身子、気を引き締めなさい今日の大一番よ」
「大一番ていうか、デスエンカの類じゃありませんかねこれ」
「これ以上邪魔をするな。そうすれば見逃してやる」
あ? いっちょ前に喋ったと思ったら降伏勧告なんて随分と冗談が上手くなってるじゃないの。なんて、軽口叩きたいけど、これはつまりUSJの時に死柄木が言ってた〝調整〟ってのが終わったって証拠よね。
推測するなら自我のある脳無、自我があるならもう脳無じゃないか。ともかく、さっきまでの脳無やそこで被身子に転がされたムーンフィッシュとは比べ物にならないのは言うまでもない、少しすれば血染も応援に来るだろうしここまで騒ぎになれば他のプロヒーローも黙ってるわけはないと思うけど。
集まった所で勝てるかどうか、なんてらしくもない。弱気になりかけていた思考をリセットするためにふぅと息を整え、意識を全て戦闘に、行くわよ。
「疾っ!!」
「援護しますよ、ブラッドチェーン!」
私の動きに合わせ、被身子が地上から鎖を飛ばす。たとえ速すぎて動きが見えないとしてもあの娘との連携は目を瞑っていても出来るくらいの練度はあるし、だからこそ被身子の狙いも理解できそれに合わせ、私も動きを変えることだって出来る。
今回のそれは牽制、しれっとその中に本命も混ぜている辺り彼女らしいと思いながらその本命に紛れるようにコウモリを展開、即座に射出、とにかく赤霧を動かさないことに徹底した連携だったのだがそいつは嘲笑うかのごとく一つ羽根を大きく動かしただけで生み出された突風に全てが瓦解、私も被身子も一瞬だけその暴風とも言える風に動きを止めてしまい、マズいと思ったときには奴は目の前だった。
「ガッ!?」
「遅く、弱い、それでよく立ち向かえたな」
「レイミィちゃ、あ、しまっ!?」
「貴様に至っては話にすらならん」
まるでUSJの時の焼き回しだと思わざるを得ない。一瞬、その僅かな時間に叩き込まれた複数発の攻撃に私も被身子も地面に叩きつけられる。叩きつけられ、追撃とばかりに煽りまがいの言葉を掛けられたことにギリッと歯を食いしばる。
言いたい放題しやがってと、言っておくけど私はそれなりに寛容な心の持ち主だと自負しているがこうも煽られたら流石にキレる。しかも親友を馬鹿にされたとなればキレない理由なんてないと即座に起き上がり、そこら中に散らばり付着している自分の血液に意識を向け、ブラッドチェーンを発動するが奴は隙間だらけだと言わんばかりに身体を捻るだけで回避される。
無論、それは予測していたのでその間に再度距離を詰め、地面すれすれから右足による蹴り上げを放つが、これも片手で止められグンッと放り投げるように持ち上げられた所で腕からのブラッドチェーンを赤霧の頭部に向けて撃ち出すも
「硬いわねそれ!?」
甲高い音とともに弾かれそのままビルの壁へと投げ付けられる。背骨がマズい音を立てた気がするがプリンセス中の私は【超再生】かと思うくらいの回復力があるので問題ない、痛いけど。
「私を忘れちゃいませんかねぇ!」
追撃に動こうとしていた赤霧にやっと起き上がった被身子が跳躍し半回転を加えた蹴りを繰り出すが、赤霧はそれを裏拳で思いっきり弾くことで被身子の体勢を無理やり崩し、無防備になってしまった身体へ反撃に回し蹴りを叩き込まれ悲鳴すら上げずに被身子は地面を何度も跳ねて動かなくなり、意識も失ったのだろう変身が解けるのを見せられる。
「被身子!(今の跳ね方はよろしくないわよ)」
受け身すら取れていないから身体全体に万遍無く衝撃波走ったでしょうし、頭部も守れていないとすればそこにダメージも無視できない。とは言え、赤霧相手に様子を見に行くってことも出来ないんだけどっ!!
「何度やっても同じだ、いい加減に寝てろ」
「るっさいわねあんたさっきから!!!」
まるで言うことを聞かない子供に言い聞かせるかのような言動に腹が立つ。荒ぶる感情そのままにプリンセス状態の速度に物を言わせた攻撃を浴びせようとするが、その一撃目を軽々と止められ、反撃にとパンチを何度も腹に打ち込まれ、トドメとばかりに鋭い一撃と同時に再度地面を転がることになる。
勝てない。えぇ、認めるしかないわ、私と被身子じゃ勝負にすらならない、地力があまりに違いすぎるもの。おそらく今の攻撃で内蔵がやられたのだろう、逆流し口に溜まった血を吐き捨てながらなんとか立ち上がれば、それを見た赤霧はヘルメットで表情は見えないがあからさまに呆れたという感じの雰囲気を醸し出たのは分かった。
「まだやるのか」
「……えぇ、こっちにもプライドってのがあるのよ」
「くだらないな。そんな物のために命を捨てるのか?」
思うんだけど、こいつは何で人を諭してる感じに言葉を掛けてくるんだろうか、いえ、それを考えるのは今じゃない。けどそうやって調整が完了したからか分からないけど自我を持って油断してくれて本当に助かったわ。
ボロボロ状態で立ち上がったというのにふと笑みを零した私に赤霧はなにか反応を示そうとしたとき、彼女の左肩を何かが貫通、直後に銃声が響いたことで赤霧は何をされたかの気付く。
「銃撃……!」
《ったく、まさか便利屋に来て早々に撃てって指示されるとは思わなかったぞ》
「ごめんなさいね、私だってここでこのカードを切るつもりはなかったんだけど、血染」
「あぁ、もう〝舐めた〟」
私と被身子だけじゃ話にならないってんなら、他を呼べばいいってだけよね? したり顔で立ち上がりながら血染の個性で動けなくなった赤霧へと近寄り、メカメカしい仮面を観察する。
観察してからそこでふと思った、どうせならその顔を拝ませてもらおうじゃないのと仮面に手を掛け外した先にあったのは
「うそ、でしょ」
私の記憶にある〝お母さん〟と瓜二つの顔だった。
今回試験的に場面転換を導入してみました。思ったよりも書けなくはないけど頭が混乱するなってなりました。
でもまぁ、今後もこういった書き方をするかもしれません、よろしくお願いいたします。