え、なに、え? 起きて早々の私の頭は混乱の渦に巻き込まれた。ただちょっと喉に違和感があって風邪かなと思いながら咳き込んだら吐血してたとか混乱するなって方が無理でしょ。
幸いなのは量はさほど多くないってところって言いたいけどシーツに付着したのはマズい、染みになるのは後々が面倒でしかない。
(とりあえず、シーツのは拭き取りだけでもしておいて、手に付いたのは洗い流さないと……)
急がないと被身子が起こしに来ちゃうしと体を起こしたタイミングで無情にもノックされる扉。よくよく考えなくてもあの子が遅れるなんてありえないんだからそりゃノックされるわよね。
あれ、本格的に詰んでないかしらこれ。いや、でもなんとかなるかもしれない、多分この時の私は割と冷静じゃ無かったんだと今にしてみれば思う。
誤魔化せるだろうと安易に考え、血が付着している右手を隠すように後ろに回し扉を開ければ被身子と火伊那の姿にいつものようにおはようと告げたのだが。
「嬢ちゃん、右手を出してみな」
「……何でかしら?」
「誤魔化せるなんて思っちゃいないんだろ? 血の匂いがするからな」
流石、公安から裏のお仕事を任されていただけはあるわね。いえ、被身子も心配そうな表情で見てるってことは彼女も気付いてるのでしょう、あの娘も血の匂いとかに敏感だし。
とどのつまり、もうどうしようもないとやっと冷静になり始めた頭で認識してから私はゆっくりと隠してた右手を二人の前に差し出せば
「っ!? れ、レイミィちゃん、どうしたんですかこれ!」
「えっと、その、今さっき吐血した」
「反応から見るに初めてか、お前、かなりやばい状態なんじゃねぇか?」
ヤバいかやばくないかで言えば、多分ヤバいわよねこれ。火伊那の言うように流石に戦闘中以外での吐血は今までにない経験だわ、あっ。
「やばっ、シーツ!!」
「シーツ? まさかベッドシーツにも吐血したんですか!?」
「したというか、手で抑えるのが間に合わなかったと言うか」
どうしてそれを早く言わないんですか!! 私の部屋にすっ飛んで入っていく被身子の背中にうん、ごめんと呟くしか出来なかったのは無理もないと思う。
ただもう少し私の心配をしてくれても良いんじゃないかなと思わなくはない、ここまで元気に叫んでおいて不調も何も無いんだけどさ。
「とりあえず、手と顔洗ってこいよ。血が乾くと面倒だからな」
「そうしてくるわ」
そんなドタバタな1日の始まり、登校準備を終えて事務所にて今朝のこのことを情報共有することになるのだがやはり反応は大丈夫なのかそれ一色、追加するとすれば血染が他に何か不調はと言う内容かしらね。
「正直に言えば、昨日から心臓に地味な痛みがまだ続いてる、これも今までになかった症状よ」
「心臓って、どう考えてもマズいだろお嬢」
「本格的によろしくないかもね。こうなるなら所長には病院で定期的に健康診断でも受けてもらうべきだったかな」
「行けたら苦労はしなかったがな」
血染の言うように私達、と言うよりも私は今日までそのへんの病院は診療所などには殆ど行ったことはない。理由としては私自身の特異性というのもあるし、下手なところに行って情報が出回るのも避けたかったというのがあるのよね。
ただまぁ、どうしても風邪や所員たちの怪我は避けられないのでその場合はホークスから公安に掛け合ってもらい、機密性の高い病院を紹介してもらってなんとかしていた、ただアレも割高なので出来れば利用したくないのが本音。
「医療機関が割高って、向こうもセコいことしてくんな。いや、それで資金面で攻めてるって感じか」
「人工血液の類もお陰で出費がキツかったのよ。雄英高校の依頼がなかったら貴方をここに誘うことすら出来ない程度には」
「もう雄英高校に頭上がりませんよねってじゃなくて、レイミィちゃんは今日は学校に行ったら直ぐにリカバリーガールのところに行ってくださいね!」
「……圧紘、今日はバートリーを学校に送ってくれ。流石に心臓に異常に抱えて、今朝に吐血してるとなれば下手に歩かせるのもいいとは思えん」
確かにそうよね。大丈夫だとは思うのだけれど、万が一はあり得るし、送ってもらえるのなら助かるわ。それにしても私の身体はどうなっちゃてるんでしょうね、診察されるのが怖いわ、本当に。
感覚的にすぐにどうこうなるって感じじゃないのは分かるんだけど、いえ、結局は学校に行ってリカバリーガールに診てもらわないと分からないか。
「了解、確か今日はインゲニウムの所には行かないんだっけ?」
「そのつもりよ、向こうでどの程度話があるか分からないし、今回の診察も時間が掛かるでしょうから向こうにそう伝えてはあるわ」
「診察結果次第じゃ、嬢ちゃんの職場体験そのものが流れそうだけどな」
うっ、それはちょっと嫌ね。なんだかんだで楽しいと思ってるし、全く糧にならないわけじゃないと言うか、事務運営のイロハ以外にも日常的な依頼で活用できそうな話も聞けるし。
そうそう、結構プロヒーローもやってることは便利屋と変わらないのよね。まぁ、浮気調査とか信用調査とかは無いけど、似たりよったりだから職場体験が終わったら資料に纏めて皆にも目を通してもらおうと考えてるのよ。
「ほぉ、やっぱり参考になる部分はあるにはあるんだな」
「彼、思ったよりも良いプロヒーローよ。さて、じゃあそろそろ行ってくるわ、今日は帰ってきたら今後の話、殻木捕縛の件を話すからそのつもりで」
そもそも今日、インゲニウムの所を休んでまで学校に行くのはそれが理由だ。と言うのも今回の作戦でどうしても協力を頼みたい人物が居て、彼からの許可を前に学校に話を通さなくちゃいけないからだ。
いや、通さなくても大丈夫かもしれないけど露呈した場合が怖い、割と本気で相澤先生から除籍処分を食らっても文句は言えないレベルでヤバいのできちんと話しておくべきだと判断したとも言う。
ここまでが今朝のやり取り、その後は圧紘運転の車で雄英高校まで向かい彼にお礼を言って降りたのだけれど、その様子を一部生徒に見られあらぬ噂が立ったらしいがそれを知るのは未来なので置いておこう。
(2日ちょいだってのに妙に懐かしさを感じるのは不思議なものね。とりあえず、職員室で良いのかしら?)
そう言えば来るようには言われたけどどこで合流とかは聞いてなかったなと思いながら生徒用玄関で上履きに履き替えたタイミングで相澤先生が現れた。
「来たかバートリー、話は聞いてる。保健室に校長も居るから行くぞ」
「へ、保健室? 校長室じゃなくていいの?」
「あそこも機密性の高い部屋の一つだ。それに今朝、お前の保護者から電話が来て、事情を聞いたリカバリーガールがご立腹だからな」
余計なお世話をしてくれたじゃないの血染と口にしたい気持ちをぐっと抑え込み、そうねと絞り出すように声に出し答えておく。
と言うかご立腹なの、そうなの……思わず本当に? なんて表情で相澤先生を見つめてしまえば向こうは意図を感じ取ったようで溜息を一つ挟んでから
「あぁ、今朝の吐血に継続してる心臓の痛みを聞いてからこう言ってたぞ『どうして直ぐに来ないんだいあの娘は』ってな」
「来なかったと言うか、行く余裕がなかったと言うか。いや、プリンセスを使ったら検査を都度行うって約束は勿論覚えてたわよ?」
「言い訳はリカバリーガールにしてくれ」
取り付く島が全く無いわねもう! 悪いのは私なんだけど、こう、もっとこう、手心ってのがあっても良いんじゃないかしら?
嫌だなぁ、行きたくないなぁなんて思っていようが足は無抵抗に保健室へと向かう相澤先生の後をついて行き部屋の前に到着したのだけれど、私にはこれが魔王の間の扉前にしか見えない。
開けたら即刻開戦で敗戦でしょこんなの。チラッとどうにか上手いこと怒られない方法はないだろうかと相澤先生に視線を送るが無事に黙殺、仕方がないと私は意を決して部屋に入れば。
「やぁバートリーくん! 話は聞いてる、直ぐにリカバリーガールに診てもらってくれ」
「やっと来たかい、色々と言いたいけど校長の言う通り先ずは診察だよ。悪いけど校長と相澤は部屋を出て待っててもらえるかい?」
「はーい」
「伸ばすな。ではよろしくお願いします、リカバリーガール」
貴方は私の親かみたいな言葉を告げてから出ていった相澤先生、気づけばその方に乗って校長も退室し私はリカバリーガールからの診察を受けることに。
まぁやることは普通の病院で行うものと変わらないから割愛するけど。にしても流石は雄英高校、保健室だってのにそんじょそこらの病院と変わらない設備があるんだもの。
大体一時間、もしかしたらもうちょっと経ってから診察は終わり相澤先生と校長も戻ってきたタイミングでカルテをボードに張りながらリカバリーガールから結果が話される。
まっ、リカバリーガールが診察を一つ終えるたびに難しい顔になってたのを見る限り、結果は私の予想通りと言ったところかしら。
「結論から言えば〝悪化〟してるよ。そこに付け加えれば昨日の戦闘のダメージも回復しきれてない、今朝の吐血はコレが原因だろうね」
見せられたカルテの数字は、確かにどれも前回のよりも悪くなっているのがよく分かる。もっとも大きく悪化とかじゃないのは嬉しい誤算かもしれない。
なんて言ったら後方と前方から拳骨と小言を貰いそうだから黙っておき、リカバリーガールの話の続きをって、校長なにやってるのかしら?
「ふむ、見た感じだと全体的に見れば多少の悪化程度と言えるかもしれない。けれど心臓が気になるね」
「正直言って、本来ならドクターストップどころの騒ぎじゃないよ。今すぐにでも普通科に編入させて大人しく入院させるべきだと断言すら出来る」
「それは困るわね。留年とかになったら便利屋がどうなるか分かったものじゃないし」
なんて軽口を叩いてみたけど、確かに心臓周りの数字はちょっと誤魔化しきれないほどに酷くなってるのは否定できない。けどそれ自体に私自身は驚きは殆ど無いんだけれど、だって知ってるし。
USJ襲撃事件の時にリカバリーガール達の前で話した寿命云々の話。あれは何も概念的な話なんて一言も言っていない、私がそれを推測したのは心臓のことが分かっていたからに過ぎない。
「なるほどね、寿命ってのは心臓の限界を指してたって訳かい。確かに本来出せない出力を無理やり出してるんだ、寿命を削るってニュアンスにはなるのは分からんでもない」
「だがリカバリーガール、いくらなんでも個性が本人に牙を剥きすぎているのでは?」
「はっきりとした事は断言できないけど、個性が強すぎるのが故にってやつだろ」
個性の成長に身体が追いついていない、だからこういった結果を招いていると。その通りだわリカバリーガール、そしてここまで気付いたってことはもう一つのことにも気付いてるんでしょうね。
「バートリー、あんた日常生活だけでも個性によって負荷が必要以上に掛かってるんじゃないかい?」
「日常生活だけでも?」
「その通りよリカバリーガール。恐らくは貴方の言う通り、個性の強さに体の成長が追いついていないから日常程度の出力でも心臓には負担が掛かってるわ」
本来であれば身体の成長に合わせて個性を強くするべきだったのだろう。けれど、私は幼い頃から生きるためにこの個性を使い続け、身体に見合わない出力なんてしょっちゅうだった。
更に【ヴァンパイア・プリンセス】を編み出してからはそれが更に加速、いえ、この場合は悪化というべきでしょうね。ともかく、あれは個性の壁を無理やり突破してしまったようなものだから、心臓に掛かる負荷は更に強くなり、今に至る。
「しかもここに入学してからは敵連合関連で戦闘も増えちゃったから、その分が更にって感じね」
「……」
「バートリーくん、君の考えや想いは分かっているつもりだ。けれど、大人として言わせてくれ、もう無茶は止すんだ」
校長からの今まで聞いたことのないような声で出てきた言葉に私は軽く微笑った。良い大人だと、いや、ネズミなんだけど、ともかく大人として、校長として子供である私を心配しているのがよく分かったから。
それは相澤先生もリカバリーガールも同じだと思う。けれど、ごめんなさい、私は止まるわけには行かないの、それにここまで来て辞めますなんてツマラナイじゃないの。
「気持ち、受け取ってはおくわ。でもそれだけよ」
「あんたねぇ、このまま今の生き方をすれば、寿命が更に短くなるんだよ?」
「百も承知ってやつよ」
知っててなおも止まらないってのは医者からすれば物凄く迷惑な患者かもしれないわね。因みに私のこの言葉に校長も彼にしては珍しい難しい表情になり、相澤先生も厳し目の表情をしている。
まぁうん、そうよねとしか思えないままリカバリーガールによる診察は終了し話はそのまま今回の保須市襲撃の件に移ることになった。
前回の終わりに赤霧の言葉がヒントなのですが、一応はどうにか出来る手段は存在してます。レイミィちゃんがそれをやってないだけです。