【蛇腔総合病院】、創設者殻木が理事長を努め、個性に根ざした地域医療と言うスローガンで運営されている地域でも有名な大きな病院。
殻木自身の表向きの信用が高いからだろう、常に患者は多くこの病院でお世話になり、それが巡り巡って遠方からもここでならと治療あるいは診察を受けに来る患者が後を絶たない。
その病院の入口に一組の男女が居た。片方は目が隠れる程度に前髪を伸ばした黒髪でこの近所の学校の制服を身に纏い顔には丸メガネを装着している、どこか気弱な印象を持たせる男子。
もう片方は腰まで掛かりそうなそれを一本のポニーテールにした男子と同じく黒髪にこれまた同じ制服を着用し、溌剌とした雰囲気には似合わない知的な眼鏡を掛けた女子のコンビだ。
「んじゃ、取材に行こうか助手くん」
「あ、あぁ、はい」
「しっかりしなっての、緊張するのは分かるけど大丈夫だって」
バンバンと踏ん切りがつかないという感じの男子の背中を励ますように叩いてから二人は病院の入口をくぐり受付へ向かい、先ず少女のほうが受付の職員に。
「あの~、すみません。今日、ここの理事長さんに取材を申し込んでた者なのですが」
「え、取材ですか? すみません、お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
取材の連絡なんて聞いてないのですが、言外にそんな事を伝える感じに困惑していた職員に少女、あやや? と目を閉じて何かを思い出す仕草をしてから開いて、職員の方を見てただ一言
「えっと【烏魔 アヤ】ですが、先週確かに電話で伝えたはずなのですが」
「……あ、し、失礼しました。直ぐに理事長に確認をしますので少々待ちください」
すっかり忘れていた。そんな感じに慌てながら職員は内線を繋げ、その姿を見ながら烏魔と名乗った少女は慌てなくてもいいですよ~とのんびりとした声で伝える。
市内でも有数の大病院、ともすればどうしたって漏れというものは出てきてしまう。今回、偶々それが自分たちの時に浮き出てしまっただけなのだと口にする少女に助手くんと呼ばれた男子はオロオロしながら彼女を見つめる。
「あ、あの、本当に大丈夫、なんだ、うう、なんですよね?」
「ヘーキヘーキ、理事長さんはすっごく優しい人だって口コミでも近所の取材でも聴いてるでしょ?」
だから、職員のポカだろうとも私達の取材は受けてくれるって。笑顔でそう告げるが男子が言いたいのはそうではない。
そうではないのだが指摘したところで何も変わらないのは分かっているので結局、彼は頷き黙っていることになる。
もっとも指摘しようが彼女の意思は曲がらないし気にしないので意味がないとも言う、烏魔と言う少女はとてもとても我が強いのだ。
(やれやれ、良い所だったというのに)
受付の職員が内線で通話を終え数分後、廊下の奥からゆっくりと歩いてきたのは一人の老人とも言える男性、彼こそがこの病院の創設者であり理事長でもある殻木球大なのだが、表面上は分かりづらいが内心では若干機嫌が良くなかったりする。
というのも突然の呼び出しに彼が個人的に進め、良いところまで進めていた〝研究〟を中断せざるを得なかったからだ。
だが呼び出された理由が高校の新聞部からの取材であり、今日の受付担当もつい先日入ったばかりの新人、ならば表向きは善人として通っている彼は怒るわけにも断るわけにも行かずにこうして現れたのだ。
「君たちが私に取材したいとの事だったね、すまないね、手違いで手間を取らせてしまったようで(ふむ、この制服は近所の高校の物だったな)」
「初めまして、私は烏魔アヤ、こっちは助手の【犬走 ジミ】です。こちらこそ、お忙しい中でも取材を受けてもらえることに感謝してます」
「ど、どうも」
殻木から見た二人はどこにでも居そうな新聞部の部長とその後輩という感じだろう。特に後輩の方は日常的に部長の少女に振り回されているのだなと彼から見ても分かるほどである。
もっとも殻木からしてみればそんな事はどうでもよく、さっさと取材を受け帰ってもらいたいものだと思いながら、好々爺のような笑みを浮かべながら
「立ちっぱなしというのもあれじゃ、理事長室に案内しよう」
「ありがとうございます。あ、お時間は大体30分程度で抑えるつもりですので」
「うむ、もしそれでも気になることがあり伸びても大丈夫だから安心してくれ」
本当は大丈夫ではないが、こう言っておけば向こうも遠慮して時間内に終わらせることが大半だ。そんな経験からの言葉であり事実、烏魔もそんなそんなという感じに答え、自身の後ろを助手とともに付いてくる。
早々に終わらせたいが故に背を向けてしまった殻木、だからこそ彼は気付けなかった。受付担当の顔がこれ以上なく歪んだ笑みを浮かべたことに。
場面は進み、理事長室に案内された二人は殻木に続き対面のソファに座ってから、早速とばかりに取材を開始。内容も殻木からしてみればよくある内容であり、何か目新しいというものはなく、滞りなく答えていく。
「ふむふむ、しかしこれだけの数の病院運営と慈善活動、しかも近場ではなく全国各地となれば相当な苦労もあるのではないでしょうか?」
「確かに大変じゃの。だがそれ以上に子供たちや、人々の笑顔が見れると考えれば苦でも無いものだよ」
呵々と笑う殻木に烏魔も感嘆の声を上げメモ帳に取材内容を記し、そこから更にアレはこれはと聴いていく事を繰り返す。が、ここで助手から彼女の制服の裾を引っ張られ、何かと聞けば
「ぶ、部長、そろそろ時間」
「む? あっ!? うわぁ、もうそんなに経ってたんですか……」
「その様子だとまだ取材が足りないという感じかね? もう三十分なら大丈夫だが、どうかな」
どうやら彼女の反応の良さや取材の真髄な心構えに気を良くした彼からの提案にむむむ、と悩む表情を見せるのだがゆっくりと首を横に振って立ち上がり深々と頭を下げてから。
「いいえ、始めに三十分と私が言ったのですからこれ以上は自分のポリシーが許しません。なので本日の取材はここで切り上げることにします」
「そうかい。だがその心構えはワシは嫌いではないぞ」
「えへへ、あ、ほら助手くんもお礼を言う!」
トントンと隣で立ち上がった彼の足を二度ほど蹴れば、助手は慌てて頭を下げ、そして彼に対して一言〝告げた〟
【取材を聴いて、改めて思いました。理事長さんは本当に凄い人、ですねって】
「凄くはないさ、ワシの出来ることをしてるだけじゃよ……?」
男子からの称賛の言葉に答えた刹那、彼はフッと意識が飛ぶような、まるで高熱に犯されている時のような感覚を覚えた。まるでなにか思考に靄でも掛かったような、けれど不思議と意識ははっきりしている感覚、今日までで生きてて初めてとも言える感覚に何が起きたと思うも口が動かない。
間違いなく原因は男子だというのは分かる。だが分かったところで何も抵抗は出来ず、これから何が起きるんだと思うよりも先に彼の視線に烏魔と名乗った少女の顔が映る。
だが纏う気配が先程までのものとはまるで違う。眼鏡の奥の目は妖しく紅く光り、彼女の身体には赤い靄が纏わりついているのを見て殻木の頭脳は一つの推測に行き当たった。
(この小娘、まさか!? いや、だとすればなぜコイツがここに! 違う、それよりもあの目を見てはならん!)
思考は抵抗するように動かすが身体は全く動かず、無常にも少女の両目は殻木を、もっと正確に言えば彼の目を捉え、そこから思考が、精神が書き換えられていく感覚がはっきりと殻木を襲う。
声に出したいほどに耐え難い感覚、だが口は未だに開かず、段々と己が、違う己になっていく感覚に殻木は焦り始める、焦った所で既にどうしようもないというのに。
(やめろ、くそ、どうしてだ、ワシが何をしたというのだ!!!)
「強固な意思ね。まぁ良いわ、最後の最後まで無様で無意味に足掻いて、その傲慢な意思ごと深々と溶けていきなさい」
感情がまるで乗っていない声と共に少女の目の光は更に強くなり、そして最後の最後まで、彼は自分が理不尽な仕打ちを受けたとばかりな言葉を脳内に浮かべながらAFOに心酔していた殻木はそれが最期に見る光景となった。
まるで糸の切れた人形のようにソファに座り込んだ殻木、明らかにヤバいだろこれと思いながら男子は烏魔に質問する。
「……〝バートリー〟これ、成功か? なんかやばい座り込み方してるんだが」
「えぇ、大成功よ。よくやったわ、〝心操〟それと生きてるから問題ないわ」
そろそろネタバラシとしよう。この二人はそれぞれ変装したレイミィとコピー体の心操であり、態々この病院に一番近い高校の制服を公安に用意してもらい、新聞部だと事前に周りには実際に活動しているように見せかけ、殻木に取材と題して接触、そこからは今の流れである。
理事長室と言う目撃者が他に居ない場所に来てから騎馬戦の時のように心操が洗脳し、レイミィが魅了を掛けるだけ。違うとすれば今回はヴァンパイア・プリンセス状態で本気の魅了を使ったという部分だろう。
これにより殻木は完璧に彼女の下僕となった。今の彼にAFOの事は欠片も感情はなく、寧ろ最悪なことに手を貸してしまったという罪悪感しか残っていない。そんな事はどうでもいいとばかりにレイミィは殻木がまだ起きないのを確認してから耳元の通信機のスイッチを入れる。
「こちらバートリー、第1フェイズは成功したわ」
《こちらホークス、流石だね。これで殻木は無力化、それどころかこっちの内通者兼手駒になったってことか。何と言うか、敵ながら哀れなことになっちゃったねぇ》
「憐れむ必要なんて無いわよ、こいつはそれだけの事をしたってだけでしょ。圧紘、来れる?」
《今すぐに、被身子ちゃん案内よろしくね》
《畏まりました。ではこちらへ》
因みに病院内にも便利屋から被身子と圧紘が潜伏しているのだが被身子の方はあの受付担当である。数日前に変身状態でここにアルバイトとして入り、この日に受付担当になるように調整していたのだ。
なので言ってしまえば、この日に取材がなんて話は本当に存在しない。あたかもあったかのように殻木に演技をしてただけ、彼が事細かにスケジュールを覚えていて、新人特有のミスだと偽ることで騙し切ることに成功した。
「む……?」
圧紘と被身子が来るまで時間があるなとレイミィが思ったタイミングで意識を飛ばしていた殻木が目覚める。目覚めてから周囲を見渡し、それからレイミィと心操に気付いてから、彼は何かを思い出したようですぐに立ち上がって。
「すまんすまん、君が来ているというのに少し寝てしまったようだ」
「しっかりなさい、まぁいいわ。それよりも貴方の研究を見たいのだけれど、大丈夫かしら?」
「おぉ、勿論だとも……やれやれ、ワシとしたことがAFOの口車に乗せられあんなものを作り出してしまうとは」
もし殻木球大と言う男を裏も表も知ってる人間が居たらこのセリフに仰天して腰を抜かすかもしれない。彼はAFOに心酔しており、彼の意思に基づいて活動していた、そんな人物が〝AFOの口車に乗せられた〟と言うのだから、誰がどう見ても異変だと分かるだろう。
しかも研究で脳無を生み出すことに喜びすら感じていたはずだと言うのに〝あんなもの〟呼ばわりも付け加えたらあまりの変化に受け入れるのに時間がかかっても不思議ではない。
などと言う余談はおいておき、そんな会話をしている途中で未だに変身中の被身子と彼女に案内される形で圧紘が到着。続けて、彼の個性で圧縮される形で同行していた仁も、圧縮状態から解除される形で登場、直ぐに殻木の身体の測定を始める。
「さて、仁、測定が終わったら私と殻木のコピーを一体ずつ出して、心操はそのコピーの二人と同行、私のコピー体と共にそのまま病院を出て頂戴、殻木の方は理事長としての仕事をしてるように、詳細は後日連絡するから」
「うむ」
「分かった。出てからは、確か公安の人が来るんだよな」
「えぇ、指定の地点に着いたらホークスが来て、そこで貴方の役割は終わりよ。本当に協力してくれて感謝するわ」
「良いって。それにそれを言うなら本体に言ってやってくれ」
照れくさそうに頬を掻きながら返してきたコピー体の心操を見て、仁は俺の分身もこれくらい素直だったらなぁと思ってたり思わなかったり。なんて言ってるうちに殻木、レイミィのコピーを作り出す作業は終わり、彼らはそのまま理事長室を出ていく。
それを見送ってから、レイミィは改めて殻木の方を向いてから感情が乗ってない顔のまま冷たい声で
「こちらバートリー、血染、火伊那、これから私達は殻木の研究室へと向かうから地上の監視を頼むわ。被身子も受付に戻って監視をお願い」
「はーい、あ、気をつけてくださいね」
《こちら血染、了解した、何かあったら直ぐにそっちに通信を入れる》
《こちら火伊那。あいよ、屋上からの監視を継続する》
ついでにホークスにもコピー体が出ていくから作戦通り消去をお願いと頼んでおき、それから殻木に改めて研究室への案内を頼めば、二つ返事で歩き出し彼女たちもまた後ろをついていく。
「さて、何が出てくるやら」
「絶対にロクナモンじゃないと思うがな」
ロクナモンじゃない、彼の言葉は入口の時点で再度つぶやかれることになる。病院のどこに研究室への入口があるのかと思えば、そこは霊安室の奥、確かにここなら滅多に人が来ずに、来たとしてもここまで奥に入ることはほぼ無く、更には死体も手に入りやすい、その事実にレイミィが思わず呟いた。
「なるほど、素晴らしいほどに好立地ってことね。貴方、病院から出たら一生塀から出られると思わないことね」
「分かっておる……そのためにもここにある情報は全て抜き出さねばなるまい」
開いた扉を潜り、彼女たちは研究室へと足を踏み入れ、広がった光景に三人は絶句することになるのだが。
因みにレイミィちゃんと心操くんの変装時の名前はどこぞの烏天狗の文屋と白狼天狗です