【タクティカル肝試し】旧八咫ノ川禁域実況配信!   作:はまっち

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【タクティカル肝試し】旧八咫ノ川禁域実況配信! #2

「――つまり、“今はまだ殺すつもりはないから死ぬまで戦え”……ってコト!?」

「端的に言えばそうだ」

 

 日本兵たちに拘束された供花は、彼らが根城とする一つの廃高校に連れてこられていた。

 「荒益北高等学校」と記された古い表札と砕け散った校門の残骸。運動場だったはずの校庭にはいまだに残る砲弾の痕と、ぐるりと外周を囲む簡易的な塹壕やらタコツボやらが見える。

 一時的な指令所となっているのであろう体育倉庫の中に引き立てられた少女に、古びたパイプ椅子に座った男――“嘉数(かかず)曹長”と呼ばれていた初老の軍人が頷いた。

 

「ここ荒益地区は現在、半分以上が複数の界異の縄張りとなっている。浪人だの辻斬りだのを謳う民間土人や時折迷い込む銃後の若者などは問題にはならないとはいえ、多数の界異によって我が隊の後方補給路が脅かされているのは大きな問題だ」

 幾つも並べられた学校の机と、目の前に広げられた市街地の地図。狭い倉庫の中に立ち並ぶ日本兵たちはどれも狂気的な瞳を浮かべておらず、少なくとも理性的な――或いは“人間”の群れである事がわかるだろう。

 目ざとく視線を向けた供花は、小さく意趣返しのように問いかける。

「……それ、私に言っていいことなの? 私がなんとか逃げ出して、境対にタレコミ入れちゃうかもしれないよ?」

「構わん。そもそも我が隊は祓機一〇五師団――我らの“陛下”と軍紀より離反した叛乱分子への補助的攻勢を行うために派遣されたものだ。烏有陸軍大尉の指示された作戦目的は達成され、祓機一〇五師の有する機甲戦力への打撃は与えた。奴らの勢力を漸減することでアカや露助(ロスケ)どもとぶつけ合わせる作戦は概ね成功裏に終わり、あとは順次退却するのみとなっている」

「ふーん……」

 興味なさげに鼻を鳴らす。

「つまり、その撤退路の露払いのために私を使うわけね」

「そうだ。中でも肆號級界異――“一口狼”の群れが、荒益地区南側の国道■■号線沿い商業地域に縄張りを保持している。貴様と交戦したアレは所詮先遣かはぐれ狼のようなもの……アレよりも強大で、力強い群れの親玉が、数多の兵を従えてそこに座す」

「…………なるほどね。ほんとに、どうやっても必死の作戦なわけだ」

 十死零生がお好きだねと皮肉めいて呟かれた言葉を無視し、嘉数曹長はふうと疲れきったような言葉を零す。

「或いは“決死”だ。億が一にでも生き延びられれば、貴様も撤退を図りやすくなる」

「珍しい。呪詛犯罪者が私みたいな子の事を気にかけるなんて」

「……捕虜というのは、概して面倒なものだ。特になんの情報も持たない下士卒など、糧食に医薬品を使うばかりで行軍の邪魔にしかならん」

 詳しくはそこのヘンダーソン兵長に聞けとだけ言って、顎をしゃくる。ヘンダーソンと呼ばれたどう見ても日本人そのものな兵士が姿勢を正す。

「嘉数曹長殿。自分は歴史の先生ではありませんよ?」

「だが俺達は歴史の生き証人だ」

「死にぞこない証人の間違いですがね」

 鼻を啜る様にせせら笑うヘンダーソン兵長は、やれやれと笑ってもう一度鼻を啜る。

「ですが曹長殿。“それ”はあまりに苦労が多すぎるのでは」

 ああ。嘉数曹長は疲れたように眉間を抑え、宵闇のように曇った瞳で供花を見つめた。

 

 

 

「――――そも貴様のような小娘を、大人しく虜囚の辱めと縛り付けることは不可能だ。……あのころの帝都東京の女と貴様は、似て非なるが同じ目をしている」

「……その譬えはわかんないけど、褒めてるの?」

 まさか。70年前の価値観のまま皮肉めいた笑みを浮かべる嘉数曹長は、小さく首を振る。

「烏有大尉といい、賊徒阿賀野少佐といい、金蓮の娘といい……お(かみ)は才能あるものであれば内密裏に女性軍士の動員を行っていたらしいからな。……今の腑抜けどもはそれを大っぴらに募兵しているが、使えるものならひめゆりだろうが白梅だろうが同じ隊伍の朋輩(ともがら)だということには同意する」

「私をそこまで強く見積もってくれてるんだね。それならもう少し高く売り込んじゃおうかな?」

 へへと軽く笑って、供花は大胆不敵にも居並ぶ軍人たちへと吐き捨てる。

 その途端しん、と引き金でも引くように静まり返った体育倉庫の暗がりの中で、嘉数曹長はまず溜息一つ。

 

「……小娘。自分が仮にも捕虜だという事を忘れるなよ」

 牽制。ぎろりと落ち窪んだ目が語る。

「おっと、軍人さん。この狭い部屋が私の間合いだって事も忘れないでよ」

 応射。ニヤケ混じりに細まった目で、軽く拳を握り込んだ。

 

「貴様!」

 じゃかりと槓桿を鳴らし、居並ぶ兵士たちが咄嗟に銃を向ける。

 長いものから短いものまで、小銃から拳銃の類まで、大小さまざまな銃口がまっすぐ射抜くかのように供花を睨みつける。

 そのすべてが旧日本軍の時代から残る、歴史的な異物。博物館に行かない彼女にとってはゲームの中でしか見たことがない――しかし人を殺すには十全すぎるそれらを睥睨しつつ、静かに左足の踵を上げて戦闘態勢を取った。

 ピリと張り詰めた剣呑そのものの空気を裂くように、はあと座り込んだままの嘉数曹長があくまで穏やかに溜息をつく。

 

「焦るなコヒマ軍曹。焦る乞食は貰いが少ないと聞く」

「ですが曹長殿! コイツはビルマの土人と同じであります! いつ後ろから撃つかもわからん敵兵を最前線で動員する意味などないでしょう!」

「撃つ銃なんてないけどねー」

 無抵抗を装うかのように両手を上に挙げてひらひらと掌を見せ、おちょくる。その胆力に呆れたようかのに溜息を吐きつつ、嘉数曹長は「銃をおろせ」と呟いた。

「有楽飯少尉殿から聞いているだろう。我々と異なり、境対の祓魔師はほんの七度しか死ねんのだ。……残りは三回、ここで使い果たす勇気も道理もない。そのくらい、女子師範学校の女学生でも理解できる」

 ――有楽飯(うらめし)少尉。供花が草薙という同僚から聞いたことのある、ミワシ部隊の部隊長格の一人。

 自らの身体を呪榴壇として起爆させる人倫を無視した特攻隊長の名を口に出す初老の軍人を見つめつつ、供花は「バレてら」と小さく呟いた。

 

 いつから、どれだけ見られて数えられていたのかもわからない。しかし今夜この街に忍び込んだばかりの供花の形代の枚数すら数えるようなこの軍人であれば、自分の足運びから呼吸まで見通していることなのだろう。

 真っ向から全員を殴り倒して逃げる算段が崩れたことでちっと舌打ちしたくなる心を抑えながら、軽く左足の踵を降ろす。トンと小さく、中国拳法にもある足踏みの音がする。

「前田上等兵。何かあるか」

「はっ。なんくる隠そうとしてます(くゎっくゎさんでぃそーいびーし)が、こいつの(くぬひゃーぬ)足運べ(んかし)ん比嘉おじぃぬ歩法んそっくり(すっくり)やいびん。少なくとぅむ、身体ん染み付ちょる程ん熟達さる武人でしょうよ(やるはじ)

 話を振られた兵士の一人が、コテコテの沖縄弁ですらすらと答えた。それを皮切りに、一人の兵士が次々と「殺しゃええんじゃ」と口を開いた。

 頭にハテナを浮かべたままの供花を置いて、兵士たちは思い思いの方言で供花を非難する。

「曹長殿。疑わしきは殺すべきです。フィリッピンの山で、俺は。俺たちは」

「だとしてもだ、マニラ兵長。我らは非道を尽す鬼畜米兵でも道理もわからんシナチクでもない。一度虜囚にした女子供を無抵抗に屠るほど、俺たちは飢えても狂ってもいないはずだ……そうだろう」

 諭すように、穏やかに。嘉数曹長は自ら噛み締めるように言葉を吐いた。

 

「……了解しました」

 不承不承と言った顔をしつつ銃を下げた南方帰りの日本兵から眼を離し、続けて供花を見る。

「貴様もだ。並ぶ銃列の引き金と拳の一つ、どちらが早いか試してみる気にはならんだろう」

「……私、一応鵠別(くぐいべつ)供花(きょうか)って名前があるんだけど」

 むすっとした顔で手を降ろした少女を見つつ、初老の軍人は徐に胸ポケットの灰緑色の箱からタバコを取りだしマッチでもって火をつける。

 軽いと小さくぼやきながら紫煙を燻らせる嘉数曹長に怪訝な目を向けつつ、供花が何かを言おうとしたタイミングで、男はぽつりとこぼした。

「大方偽名だろうに。敢えて供花(くげ)と名づけるなど、親の顔を疑うな」

「酷い言い草。私のママさんとパパさんは結構な神絵師神モデラーなんだよ?」

「そうか。親不孝者にはならないように」

 それきり、口を噤む。ちりと真新しいタバコの葉が燃える。

 さしたる興味もなく、タバコの一服の合間の戯言であるかのように。

 

 ふっともう一つ煙を吐いた直後、メガネを掛けた年若い兵士が体育倉庫に入ってくる。

「嘉数曹長殿。学徒兵どもが北東側哨戒線に接触しました。速やかに移動を開始しましょう」

 穴の開いたヘルメットで陸軍式の綺麗な敬礼を行った彼に、嘉数曹長は「わかった」と一言呟いてタバコから口を離した。

「浪人はどうだ、動きそうか」

「既に。支払っただけの軍票で満額回答を得ています。……カネで動く分、気の違ったアカや労組どもよりマシといったところですね」

 そう言って金貨の入った袋を置く若い兵士を前で、揺れるタバコの煙をそのままにしながら男はもう片方の手で金貨袋を自らの側へと引き寄せる。

 じゃらりと鳴る金貨を一枚取り出し、埃だらけの薄汚れた電灯に照らす。

 丸い地金に桜の意匠が彫り込まれただけの硬貨は怪しく煌めき、何かの甲虫の殻とみられる羽のようなものが裏面に垣間見える。

穢金(けがれがね)は偉大だな。……第七隊長、楓呀中尉殿が安定供給に導いてくれたお陰だ」

「ここまでカネがあると、お大尽どもが威張り散らかすのもわかりますね」

 嘉数曹長は、軽口を叩く若い兵士にふんと鼻を鳴らして口元を緩ませた。

「……どうせおおかた、露助やアメ公ひいては”中田屋”の軟弱者どもに絆されているのだろうがな。カネさえ払えば動く軍属などシナチクやチョンコロの輓夫と同じ扱いでいい」

 くつくつとせせら笑う兵士たちの異様な雰囲気の中、男はふうと小さく息を吐いてから空気をピリとひりつかせるように声色を低めた。

「点呼を」

 

 居並ぶ兵士たちを代表するように、メガネをかけた若い兵士が声を張り上げる。

「はっ。コヒマ軍曹他第一小隊28名、安里五二軍曹以下第二小隊39名、砲兵19名および輜重車20両分。総員揃っております」

「弾薬は」

「各自規定数保持しております。今作戦において奪取した物資に関しては、装弾筒付徹甲黒不浄弾(APDS)を除き既に白虹少尉殿以下第十部隊へ連絡済みであります」

「準備が良いな。見越していたのか?」

「嘉数曹長殿とはかれこれ50年の付き合いでありますから」

 ふっと笑みをこぼしつつ、煙の漂うままのタバコを手元の地図と作戦書類と思しき紙に押し付ける。恰も焼印のように音を鳴らして焦げる地図の端を、更に擦ったマッチで黒く炭に変えていく。

 そうしてぽつりと一つ、「第二小隊は後方を警戒。荒益北集会所交差点にてコヒマ軍曹以下第一小隊と交代し躍進」と呟いて、コヒマ軍曹の了解の声を聞いた。

「“英霊”の封印措置を()号から()号へ。以後帰隊まで()号封印を維持し、()号以上の封印解除はコヒマ軍曹に委ねる」

「了解。曹長殿はいつも通り」

「ああ。砲兵隊を指揮する。歩兵の運用は貴様らが行え」

「了解しました。虜囚は第一小隊にて運用する方針で」

 頼む。小さく零すや否や、居並ぶ兵士たちは各々敬礼して体育倉庫の外側へと出ていく。

 最後まで残った供花に、嘉数曹長は頑として言い放った。

 

「貴様もだ。安里五二軍曹ら第二小隊が殿を担う間、俺とコヒマ軍曹についてこい」

「うへー……拒否権とかって…………」

 

 気の抜けた供花の言葉を無視し、煙と火の充満する体育倉庫に背を向ける。

 次ここに来るであろう何者かに一切の情報を残さないためだろう。軍隊特有の規律を感じさせる焔を前にしながら、供花は諦めたように呟いた。

 

「……そこに無ければない、かぁ…………」

 

 

――――

 

 

 月下の明かりに照らされて、十数両からなる車列が進む。

 大きく丸いヘッドライトに呑気な顔の正面。軍用の装甲車でしか見ない六輪の貨車に、大量の穢晶と缶詰が積み込まれてガタガタと揺れる。

 車列の中ほど、若干前側に配された四人乗りの小型の軍用乗用車に、供花と嘉数曹長は乗り込んでいた。

 

「……思うんだけどさ、ここの人たち大半界異じゃない?」

 

 供花はちらりと、運転席に座る人型の靄を見た。

 日本兵の軍服を着ているからこそ辛うじて人型に見えるだけの黒い靄。軍帽の下の顔のような部分は夜の闇と同化していて見る事すらも能わない。

 

「……では、界異とは一体何のことだと思う」

 厳めしい顔をしたままの嘉数曹長は、ちらりとバックミラーの奥で拳を握り締める助手席のコヒマ軍曹の顔を一瞥してから供花に尋ねた。

「えっ、そりゃ当然、幽世からやってくる怪物のことじゃないの」

「俺たちは日本生まれ日本育ちだ。村田一等兵だって、戸籍も軍籍簿もある」

 四人乗りのくろがね四機。後部座席の供花と嘉数曹長、助手席のコヒマ軍曹。残る一人は当然、黒い靄だけの彼だろう。

 感情どころか表情も読み取れない運転手をまじまじと見つめつつ、次の言葉を。

「人間じゃない、ちょっと違った要素……とか」

「確かにな。……だが、死なない程度の異能は境対にもいる」

 両者の頭に、同じ人物が思い浮かぶ。勾津と言う名の第四班長。

 どんな黒不浄でもどんなペグ銃でも死なないと評判の彼女のことを何故呪詛犯罪者が知っているのか、という疑問こそあれ、穢れによって発現する身体的な変異の中にはそういう形の障骸があるらしいという事も常識だ。

「……なら。人間に仇なす悪いやつら」

「確かに正しい。ミワシ部隊にとってみれば境対やアカどもこそがそれに当たるがな」

 

 そも。

「そういうものをこそ、呪詛犯罪者と呼ぶのだろう」

「いや……まあ。そうだけどさ。それ以外になくない?」

 考えを放棄した供花を横目に見つつ、溜息一つ。境対課の祓魔師であれば誰であっても答えることが出来る、界異と人間の違いについてを一つ。

「穢装を持ち、生まれながらに穢れを撒くという点は言わないのか」

「あ」

「……もしや座学を寝て過ごしたな。齢十四の南郷少尉殿でも答えられるぞ」

「仕方ないじゃん。だって君たち穢装無さそうだし」

 

 そう見えるか。小さく呟き、くつくつと嗤う。

 小馬鹿にされたようなーーというより正しく小馬鹿にしているのだろう。そういう息遣いを耳にした供花は、不機嫌さを隠そうともせず切り返す。

 

「じゃあなんだっていうのさ。私アキネーターじゃないんだよ」

 

「そうだな」

 ふっと吐息一つ。答えの出せない若人を見守るような優し気な音。

 被さるように、車列の前方から爆音が響き渡る。

 

 供花たちの乗るくろがね四機の目の前で、古めかしい六輪のトラックが成すすべもなく吹き飛んだのは、まさにそのタイミングであった。

 

《敵襲! 車列正面十二時方向肆號級界異“一口狼”三体!》

 

 ざりというノイズとともに、無線機が鳴く。黒い靄の運転手が急ブレーキと共に車両を停止させる。ぐえっと声を出した供花に構う事はなく足元の古めかしい無線機からすぐにヘッドセットと咽頭マイクを取ったコヒマ軍曹は、後部座席の嘉数曹長へ向けて状況を復唱しつつ指揮を出していく。

 

「側面からも一体! 第四・五号車と座乗の二分隊が被弾…………サラワケット伍長ら一分隊ならびに二分隊は降車し応戦せよ! 三分隊は”英霊”を連れて一号車へ急げ!」

 了解。ヘッドセット越しに薄らと耳に入る男の声を聞く供花を尻目に、コヒマ軍曹はダイヤルを回す。

 旧日本軍の歩兵用小型無線機――映画はおろか、ゲームでもほとんど登場しないマイナーなソレを慣れた様子で使いこなす彼らの様子を伺いつつ、近づく戦いに向けて少女はぎゅっと小さく拳を握った。

「第二小隊安里五二軍曹へ。こちら第一小隊コヒマ軍曹。第一小隊および砲隊は現在荒益北集会所交差点北800mから南400m地点にて一口狼群と接敵。本隊は現在地を維持し応戦する。敵群は縄張りの拡大がみられる」

《了解。側方北東側より国道■■号線沿い沼津邸方面へかけて前進、警戒を行う》

「了解」

 交信を終えたコヒマ軍曹は、助手席に備え付けられた軽機関銃の槓桿を引きつつ後ろを……嘉数曹長と供花の方を振り返った。

「曹長殿。自分は二分隊の救援に。つきましてはくろがね四機と捕虜を借ります」

「わかった。砲隊は一号車正面に榴弾支援を行う。散布界は一号車現在位置より60m半径、各砲10発を目途とし、1・3・7発射撃後逐次弾着を確認とする」

「了解しました」

 淡々と指令を交わす軍人二人。停車した軍用乗用車のドアを開けて飛び降りた嘉数曹長は、静かに供花へ語りかけた。

 

「お前は爾後コヒマ軍曹と共に行動し、直近の“一口狼”を撃破しろ。襲撃を受けた二分隊が立て直すまでの間の時間稼ぎだ」

「別に倒してしまっても構わんのだろう? ……ってちょいちょい待って。“一口狼”って四号級界異だよね!?」

 ふとした拍子にネットミームを漏らした口から、あまりにも絶望的な戦況の確認。何も問題がないかのように指揮を下した嘉数曹長へ、驚愕混じりの悲鳴を浴びせる。

「なんかさっきしれっと4体いるって言ってなかった!?」

「ああ、いるな。ここからだいたい400m程度先に3体、100mもない位置に1体」

「よ、四号級って一応……班長が頑張って食い止めるか祓魔班で頑張らないといけない、一個の災害くらいの規模なんだけど……?」

「らしいな。裁乃芽少尉殿からそう聞いたことがある」

 一拍。それきりの静寂を捨てるかのごとく、出来の悪い新兵に説明する時のような声色を紡ぐ。追加とばかりにもう一つ言葉を零し、理解しろと暗に示す。

「敵の戦力は払底しつつあるという事だ。予備兵力は既に無いか、僅少。……この位置で決戦を挑んできたのが証拠になる」

「えっと……?」

 理解の及ばない少女を目の前に、綽綽とした余裕を崩す事もない。

 車の外を吹き抜けるぬるま湯のような風を身体で感じつつ、手にした古いライフルに銃弾を籠める。

 

 供花はただ、疑問符を浮かべるのみ。一般的な常識における、一口狼の恐ろしさは流石の供花でも知っている。少なくとも――たったの一体ですらも、一個の祓魔班だけで対処するべきものでもないはずだ。況や、連携を取ってくるその群れなどは。

 日本兵たちの戦闘能力がいかほどかは疑念の余地があるとはいえ、少なくとも第六班長や第八班長のような武芸者ばかりではないのは足運びの一つだけでわかる。

 ここまでの余裕を保ち、剰え勝利を語るようなものは、類まれな愚か者か。或いは。

 

「狼の群れは多くて4から8体程度……だ、そうだ。マタギのじいさんとヒ七一伍長の受け売りだがな。我々が先日交戦した際に2体。先ほど撃退した個体が1体。群れの主を合わせれば丁度そのくらいの数字になる。無論この中にいれば既に予備は枯渇し存在しない」

 これに対し。嘉数曹長は呟くように告げて、自軍の勝利を語る。

「対して我が隊は1個小隊に砲3門。更に側方より第二小隊が回り込む手筈。戦い方さえ考えれば、敵戦力の漸減ないし突破は可能だ」

「えっ、それってアテになるの」

「知らん。だが、俺たち人間という奴は奴らにはないものを持っている。それこそが界異との一番大きな違いだろう」

 

 ごくり。唾を飲む。閉めろと助手席の兵士から冷たく言い放たれた供花は、不快感を露にしながら「ちょっとくらいいいでしょ」と舌打ち。

 

「……いや、帰ってきたら話そう」

「ちょちょちょ、ここでフラグやめて!?」

「馬鹿言え、旗は立てねば士気も上がらん」

 

 ほら行け。それだけ言って、嘉数曹長はつぎはぎだらけの軍服の肘で鋼鉄のドアを押す。痩せて角ばった骨の叩く音が響く。

 言葉を喉の奥に押し込んだように唾を飲み込む、がつんと硬い革のぶつかる音とともにアルミの車体が揺れる。

 再始動した二気筒のエンジンが軽く原付のような振動を合わせたかと思うと、トコトコと今にも壊れそうな排気を吹き出した。

 

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