加州清光は京都・椿寺の合戦場に降り立った。
三日月宗近の気配を探して山野の道をたどりはじめると、急に空間がねじれたように感じた。あたりは霧の海になってしまった。
「どこだよ……」
それでも立ち止まっているわけにはいかない。加州清光は慎重に、しかしできる限り急いで道を進んだ。
霧の海のどこからか、声が響いてきた。
『時が来た』
三日月宗近の諦めたような声が、かすかに反響する。
「この声、どこから……」
加州清光はきょろきょろとあたりを見回した。
しかし、それ以上の変化はない。加州清光はまた道をたどりはじめた。
『記憶では、一度、活路を見出したのだ……』
三日月宗近の声がまた響いた。霧の海の上からなのか、横からなのかも分からない。
加州清光は霧の海の奥へと進んだ。
『そのうち、数えるのを止めた』
三日月宗近の声は無念をにじませている。
『これ以外、方法が……』
加州清光は霧の海の奥へと進んでいる。それなのに、なぜか元の場所に向かっているような気がする。
『ともに、駆けた日々を思い出す』
切ない声。
一度通った覚えのある場所に出たとき、三日月宗近の声は強めに
『来るな』
と言った。
加州清光は言い返した。
「はい分かりました、って帰るわけがねーだろ」
当然、三日月からの返事はなかった。
加州清光はさらに奥へ進んだ。
『何を守る』
と三日月宗近の声は問いかけてきた。
加州清光は返事をしなかった。おそらく三日月宗近は「お前は本丸と主を守るべきだ」と言いたいのだろう。
『……さて、手遊びは終わりだ』
三日月宗近の声は覚悟を決めたように聞こえた。どうやら敵の軍勢と対峙しようとしている雰囲気だ。
『たくさん、折ってきた』
その声はなぜか、後悔と愛情とが入り混じったように聞こえる。
加州清光は最初に降り立った場所に戻ってしまった。
「ああ、もうっ……」
加州清光が再び霧の海の奥へ向かおうとしたとき、また三日月宗近の声がした。
『折れるには……、良い日だ』
それを聞いて加州清光は焦った。
「三日月宗近! くそっ……ほんと、馬鹿じゃないの。こうゆう世話の焼かせ方は、気に食わない……」
急がなければ三日月宗近が敵の軍勢に折られてしまう。必死に神経を研ぎ澄ませた。
すると、霧の海のはるか遠くに、わずかに三日月宗近の気配がした。
「あそこだ!」
加州清光はこんのすけから預かった空間を跳躍する装置を作動させ、その場所へ向かった。
その場所は、色んな季節の花が一度に咲き乱れる不思議な庭園だった。淡い青空の下、満開の椿とつつじ、梅と桜と枝垂桜。手入れの行き届いた松や緑の楓、玉砂利の小道、澄んだ池。
桜の花びらがまるで雪片のように、虚空からひっきりなしに舞い落ちてくる。
姿は見えないが、たしかに三日月宗近の気配がする。
「おい、何やってんだよ! 勝手に出て行ってさ……その上、折れてもいいだって!? こんなことして、誰が喜ぶと思ったわけ?」
加州清光は文句を言いながら幻想的な庭園の中を探し回った。
ここも空間がねじれているようだ。どの道を行っても、すぐに庭園の同じ場所に戻ってしまう。霧の海よりも厄介だ。
「……ああ。まだ分からないってんなら、分からせてやるよ」
加州清光は刀を抜いた。
「ただ守りたいだけって思いは同じって言ったよな。だったら……だったら、俺にとってそれは……あんたごとなんだよ!」
そう叫ぶと加州清光はねじれた空間ごと、風景を斜めにぶった斬った。
すると、四季の花が咲く不思議な風景に、不自然に青白い切り込みがまっすぐに入った。
「大人しく言うこと聞くような可愛げは、あいにく……持ち合わせていない!」
加州清光は反対側からも斜めに斬った。
「それが、俺の守りたい景色。俺の物語だ」
斜め十字の青白い切り込みが光を放った。かと思うと、風景は霧散した。
「来い、三日月宗近」
幻想的な庭園はあとかたもなく消え、代わりに、鞘に収まった三日月宗近の太刀が現れた。
加州清光はその太刀を手に取った。
三日月宗近の太刀は観念したのか、しおらしく加州清光の手に身をゆだねて黙っている。
加州清光は三日月宗近がかなり消耗してしまっていて刀剣男士の姿を取れないのだと察した。
「……っとに、もう」
加州清光は三日月宗近の太刀をいたわるように胸に抱き、本丸に帰城した。