その夜から加州清光と審神者は何度も二人だけで話し合った。
次の大侵寇がいつ起きるか分からない。それに乗じて政府に潜入するためには、話し合っておくべきことはいくらでもあった。
防人作戦の終了から二カ月ほどのち、青野原の記憶に分類される合戦場として、美濃が解放された。かつて調査地として一時期解放され、混が初めて目撃された地である。
合戦場として改めて戦闘部隊が訪れたそこには、あの大量殺戮と破壊の痕跡はまったく見られなかった。行動範囲はかなり広くなった。
それを受けて話し合いをもった夜、審神者は言った。
「時の政府からは特に発表はないけど、あの調査地はおそらく守るべき歴史から切り離されて、放棄されたんだと思う。なぜか、何も解決しようとしないまま……」
「修復が不可能なくらい破壊されたから、かなぁ」
と加州清光が言うと、審神者はしばらく考え込んでから言った。
「特命調査のように、一時期だけ解放される可能性もあるけど……この、隔離放棄っていうのも、よく分からないんだ。なぜ都合よく、その地点からその時空だけ切り離せる? 歴史は連綿とつながってる。過去はなかったことにはできない」
「でも実際、俺たちも時間遡行軍も、時空を跳躍して過去に介入してるじゃん」
「うん。そもそもが、時間を跳躍するせいで流れが乱れて、整理が必要って理屈になってるのかもね」
加州清光は腕組みをして考えた。
「主、それって……もし時空転移装置がなかったら、この戦い自体、最初から必要ないってことにならない?」
「なる。時空転移装置がなければ誰も過去に介入できない。時間遡行軍も検非違使も、こちらと同じ六編成までで出現する。催し物としての訓練では、その限りではないけど。……たぶん、敵も私たちと同じ時空転移システムを使っている」
「もし主の推測通り、この戦い自体が政府の仕組んだ茶番なんだとしたら、政府がそのシステムをコントロールしてるってこと?」
審神者はうなずいた。
「加州の言う通り、時空転移システムを中央で制御してるのは政府だろうね。だから『時の政府』なんだと思う」
「円環が時の政府の茶番なら、歴史修正主義者って? 本当はいないのかな」
「検非違使を使っているという第三勢力もね。私たちを騙して戦わせるための、架空の存在……」
「でも、俺たちが守ってる歴史は架空じゃなくて、本物なわけだ」
審神者は首を横に振った。
「分からない」
「え?! 分からない?!」
加州清光は驚いて審神者の言葉を繰り返した。
審神者は淡々と話を続けた。
「時の政府は合戦場を『記憶』と称して分類している。歴史イコール記憶ではない。私たちが時間遡行軍から守っているのは、どこかの誰かの記憶。政府は歴史を守るって主張してるけど、それが客観的に見て正しい歴史かどうかは、分からない」
加州清光は口をぱくぱくさせた。
「そんな……」
「研究者たちが出土したものや記録を色んな角度から調べて、考察して、中立的で信ぴょう性が高いとされたものが歴史として公的に記され、後世に伝えられるんだよ。思想がかたよっていて主観的だったり、信ぴょう性が薄いものや、創作の要素が濃いと見なされたものは『諸説』や『逸話』と呼ばれて、歴史とはまた区別される。記憶という分類は、客観的というよりは主観の……逸話に近いと思う」
「逸話……」
加州清光はなかば脱力し、茫然としながら言葉を繰り返した。
「逸話……俺たち刀剣男士は……逸話から顕現されてる……」
「なのに、歴史を守るのが本能って、不思議だよね。逸話の成立を守るのが本能なら、まだ分かるけど……歴史を守るのはもともと持っている本能じゃなくて、時の政府にそう刷り込まれてると考える方が自然かもしれない。政府の言う正しい歴史が、客観的なものではないなら」
「じゃあ俺たちが今までずっと、正しい歴史と信じて戦って守ってきたもの、って………?」
加州清光はうろたえて視線を泳がせた。頭がぐらぐらする。
審神者は加州清光の背にそっと手を添えた。
「加州、しっかりして。まだ推測の段階だから。政府のやろうとしてることを突き止めるまでは、真実が何かは分からないよ」
「それはそうだけど……そうだけど……時の政府の誰が、なんのために、誰の記憶を?」
「……他の審神者たちから、時の政府は実はAIなんじゃないかって疑惑が出てる。そのAIが、何らかの目的で、私たちに歴史を守れと命じて、誰かの記憶に出陣させて、わざと検非違使を招いている。……あくまで推測だけど」
加州清光はハッとして息をのんだ。
「検非違使……もし、たくさんの本丸が、合戦場をウロボロスの蛇だらけにしてしまったら……」
「もしかすると次の大侵寇では、検非違使が来るのかもね。この世界丸ごと、私たちの非違をあたらめるために。それがもうひとつの円環になる。……あくまでも、推測が合っていればの話ね」
審神者は推測でしかないことを強調したが、加州清光はほぼ審神者の言う通りのことが起きるような気がした。
加州清光はショックでぼんやりする頭を無理やり働かせた。
「もうひとつの円環……ふたつの円環……その記憶を、持っているのは……」
加州清光の頭の中で、ピンと鍵がはまった音がした。円環の記憶を持っているのはなぜか三日月宗近、ただ一人だけだ。
「俺たちが出陣しているのは……まさか三日月宗近の記憶? だから三日月にだけ、円環の記憶がある?」
「……なるほど、そうかもしれないね。三日月がいない本丸も、検非違使とまだ遭遇してない本丸も、防人作戦が終わってから開設された本丸も、私たちと同じ世界にある。だから同じ円環に巻き込まれていると思う」
加州清光はぐらぐらする頭を押さえた。
「そんな………」
審神者は激しく動揺している加州清光のようすを心配して、この夜の話し合いを切り上げた。