審神者と何度も話し合いを重ねるうちに、加州清光はだんだんと肝がすわってきた。もしも推測が当たっているなら、うろたえている場合ではなかった。今後いったい何が起きるか、円環に抗うにはどうすればいいのか。時の政府に潜入する前に、できる限り考えておく必要があった。
あるとき、審神者は言った。
「七星剣が負傷して帰ってきたとき、『折れるまではここにいる契約だ』と言ってた。七星剣が『始まりは終わり、終わりは始まり』と言うのも、ウロボロスの蛇の意味するものと同じように感じる。刀剣男士として折れて終われば時間遡行軍として始まる、という意味かもしれない。時の政府はあの巨大な敵を混と名づけた。たくさんの時間遡行軍が七星剣を核にして混ざっていたのだと思う。混を終えた七星剣は刀剣男士として始まった、と言える」
加州清光は腕組みをしてうなずきながら聞いていた。
審神者は話を続けた。
「おそらく混以外の時間遡行軍にも、かつて仲間だった者たちが混ざっているんだと思う。あるいは、時間遡行軍そのものが刀剣男士の成れの果てなのかも。普段の合戦場で、新たに刀剣男士を拾うことがあるよね。刀剣男士との戦闘で浄化に成功すれば、刀剣男士に戻る。そういうカラクリになってる。おそらく検非違使も同じだと思う」
「混だけではなく、時間遡行軍も検非違使も、もとは俺たち、か……」
「たぶんね。本丸を開いたときには八億四〇〇〇万だった敵が、大侵寇では十億を超した。数多の本丸が数年かけて倒してきたのに、かえって増えた。大侵寇以前に、すでに襲撃を受けて壊滅し、時間遡行軍に取り込まれた本丸がいくつもあるのかも。あるいは寝返ったか。証拠はないけれど、時間遡行軍が破壊された刀剣男士の成れの果てとすれば、つじつまは合う」
加州清光はふと、嫌なことを思いついた。
「ねぇ、もしかして、本丸が増えるほど、戦うほど敵が増えてる? 他の本丸が襲撃されて壊滅するだけじゃなくて、合戦場で折れてしまった刀剣男士もいるわけだよね」
審神者はうなずいて同意を示した。
「その可能性はすごくあるね。時間遡行軍に破壊されたら時間遡行軍に、検非違使に破壊されたら検非違使に取り込まれるんだと思う。そして円環をめぐればめぐるほど、どんどん増える」
加州清光は口元を片手で覆った。敵が刀剣男士の成れの果てとすれば、思い当たることがあった。敵の動きや構えの型は、いつもどこか見覚えがあった。それと、合戦場で拾う新しい仲間は、一体いつどこで誰に鍛刀されたのか。
「逆に俺たちが敵を破壊すれば、こちら側に取り込めるってことか……」
「そうだね。刀剣男士は錬結で他の刀をたくさん取り込んでいる。敵に破壊されれば、それがばらばらに解けて取り込まれて、敵の数が増える。合戦場での戦闘でまれに浄化に成功すれば、まっさらな刀剣男士として顕現し直せる。敵に成り果てるのは簡単でも、浄化が成功するケースは少ない。そういうことなら、大侵寇で敵が大幅に増えて十億を超えていたのもうなずける」
「うん……理屈は合ってると思う」
「ずっと気になってたことがある。これまでの任務を見てきて、歴史修正主義者が歴史を変えようとしている、というよりは、日本の刀が自らを必要とされる戦いを求めているようだと感じてた。歴史を本当に変えようとするなら、日本の中だけをいじってもどうにもならない。異国との交易が重要だ。複数の異国の動向や制海権が、銃や大砲や弾薬の輸入にすごく影響してる。でも、奴らが異国からの影響を変えたがっているようには、まったく見えない」
「日本の刀が、自らを必要とされる戦いを求めている……」
加州清光は幕末の時代を思い出していた。幕末、薩摩と長州は異国との交易で新式の銃や弾薬を大量に輸入することに成功した。徳川幕府が用意したのは、旧式の銃と銃撃戦には向いていない鎧兜と、刀。幕府には新式の銃や弾薬を大量に輸入できるほどの財力も、武器商人とのつながりもなかった。それが物理的に時代の動きを、歴史の流れを決めた。
審神者は肩を落としてうなだれた。
「きっとこの戦い自体が、日本刀を、お前たち刀剣男士をいつまでも戦わせ続けるために仕組まれたカラクリなんだろうね。………私は、この本丸が好きだ。いつか私が死んでいなくなっても、この本丸はずっと終わらないでほしいと思ってた。でも、お前たちを犠牲にして成立する永遠なら、そんなもの、無い方がいい」
うなだれる審神者を見ながら加州清光はしばらく考え込んだ。
「……円環を終わらせるには、三日月の協力が必要だ。三日月は俺たちの知らないことを知ってる」
加州清光がそう言うと、審神者は表情をこわばらせた。
「三日月が協力するとは思えない。あいつはいつも中途半端に謎めいたことしか言わない。解決する気があるように見えない」
「言ったでしょ。俺は三日月を信じてるって」
加州清光はまっすぐに審神者を見つめた。
審神者は不安そうに視線を泳がせた。
「でも、もし三日月が協力しなかったら?」
「………」
加州清光には、混と対峙し三日月宗近と目を共有したときに胸に流れ込んできたあの思いは、真実だという確信があった。だが、加州清光がそれを話したとき、審神者はまったく受け入れなかった。今もう一度同じことを言っても同じだろう。
だから、加州清光はあえて
「じゃあ、そのときは、俺と一緒に滅びて。地獄まで俺とつき合ってよ。この円環の地獄に」
と言った。
審神者は驚いて加州清光の目を見つめた。
加州清光はいたずらっぽく微笑んで見つめ返した。
審神者はしばらく加州清光と見つめ合ったあと、微笑んだ。地獄まで一緒にという気概が嬉しく、心強かった。
「分かった」
と審神者が応えると、加州清光はこっくりとうなずいた。
「三日月は円環を抜け出したがってる。本当は苦しいから、俺たちに謎めいた断片だけをぽろぽろと漏らすんだと思う、きっと」
加州清光の推測を聞いた審神者はとても嫌そうに顔をしかめた。
「そんなの、事情を素直に話せばよくない?」
「まぁ、そうだよね。……もしかしたら、事情を話すことをあきらめてしまったのかも。円環の地獄をめぐりすぎて、疲れて。椿寺の霧の海で聞いた三日月の声は、疲れ果てているように感じた」
「………」
審神者は口を引き結んで疑わしそうな表情で聞いていたが、反論はしなかった。