藍硯と小話 第一幕
今日も俺は元気に璃月の街をぶらぶらと歩いていた。
海風が心地よくて、空は雲ひとつない快晴。──そんなときだった。
突然、視界が真っ暗になる。
「だ〜れだ?」
背後から聞き慣れた声。思わず振り返ると、そこには藍硯がいた。
「やっほ、玄鳥! 今日もいい天気だね!」
「なんだ、藍硯か……って、何やってんのさ。」
「ん〜? 玄鳥に会いに来たの!」
「ははっ、なんだよそれ〜。」
思わず笑って返したら──
「本音だよ…?」
……そう言って、彼女は上目遣いで俺を見つめてきた。
「っ……あ、あぁ、そう……」
「うん!」
俺は思わず顔を背けた。なんか、変に意識してしまう。
「……?どうしたの、玄鳥?」
「い、いや、なんでもないって。」
そっけなく返しつつも、内心は少しだけ落ち着かない。
そんなやりとりをしながら、俺たちは肩を並べて璃月の通りを歩いた。
「そういえば今日は一人なのか?嘉明は最近どうしてる?」
「嘉明?元気だよー。最近フォンテーヌにお土産を買いに行くって言ってた!」
「そっか。また会えるといいな……」
「うん、大丈夫。すぐにまた会えるよ!」
そう言いながら、藍硯は急に俺の腕を掴んできた。
「それよりっ! お昼まだでしょ? ご飯行こっ!」
強引に手を引かれて、そのまま万民堂まで連れて行かれる。
「いらっしゃ──あ、玄鳥に藍硯! いらっしゃい!」
香菱が気さくに迎えてくれたので、俺たちも自然と笑顔になる。
「今日は二人なの? 胡桃と旅人は?」
「今日は二人だけだよ。」
「うんっ! 二人だけ〜♪」
俺は普通に答えたつもりだったけど、隣の藍硯は明らかに嬉しそうだった。なんでだろう?
「そ、そう。じゃあ、好きな席に座ってね!」
香菱に案内され、俺たちは窓際の席に腰を下ろす。
しばらくして、香菱が注文を取りにやってきた。
「玄鳥〜、注文は〜?」
「じゃあ……『黒背スズキの激辛唐辛子煮込み』で。」
俺がそう言うと、香菱は少し意外そうに俺の顔を覗き込んできた。
「……あれぇ? 今日は辛いのを頼むんだ?
「たまには、香菱の激辛メニューもいいかなって。」
そう返すと、香菱はぱっと表情を明るくして頷いた。
「そっか! じゃあちょっと待っててね!」
香菱は嬉しそうに厨房へと駆けていく。
「……玄鳥って、甘党じゃなかったっけ?」
藍硯が不思議そうに尋ねてくる。
「甘口だからって、辛いの食べられないわけじゃねぇし。」
「ふぅん……そうなんだ。」
藍硯は、ほんの少し不満げにむくれていた。
それからしばらくして、香菱が湯気の立つ料理を運んできた。
「はい!『黒背スズキの激辛唐辛子煮込み』だよ! 召し上がれ!」
「お、ありがと。」
俺は箸を手に取って、早速一口。舌にビリビリとした刺激が走るが、旨味も濃くて美味い。これ、アリだな。
ふと横を見ると、藍硯は漁師トーストを頼んでいたらしく、そっちをもぐもぐと食べていた。
「……うん! 美味しいなこれ。
「そんなに美味しいの? 食べてみたい!」
目を輝かせて藍硯が覗き込んでくる。
「じゃあ、これ食べてみる?」
「えっ? いいの?」
「ああ、辛いけどな。」
そう言って、俺は自分のスプーンを彼女に差し出した。藍硯は一瞬戸惑ったが、すぐに笑顔になって受け取り、一口。
──そして、次の瞬間。
「……かっ……か、からい〜っ!!」
藍硯の顔が一気に真っ赤になる。慌てて水を取って、ぐびぐびと飲み干す。
「だ、大丈夫か〜?」
「っつぅ……舌が……燃えてる気がする……」
藍硯はへたり込み、テーブルに顔を伏せた。
「つ、玄鳥って……いつもこんなの食べてるの……?」
「いやいや、今日は気分で頼んだだけ。いつもは甘口だよ。」
「そ、そっかぁ……なら良かった……」
藍硯は水のグラスを握りしめたまま、ようやく体勢を立て直す。
そこへ、香菱が様子を見に戻ってきた。
「どう? 『黒背スズキの激辛唐辛子煮込み』、美味しかった?
「……からいよ……」
藍硯がうめくように答えると、香菱は満面の笑みを浮かべて胸を張った。
「うんっ! 当たり前でしょ! 激辛なんだから!」
「……ううっ…もう立てない……」
そうぼやきながら、藍硯は再び水を飲み干したのだった。
万民堂を出る頃には、空はすっかり夕暮れ色に染まっていた。
街灯がぽつぽつと灯り始め、人通りも落ち着いてきている。
「ふぅ〜…まだ舌がヒリヒリする〜…」
藍硯は口を押さえながら、どこか嬉しそうに笑っていた。
「だから言っただろ、辛いって。」
「うん、でも……一緒に食べると美味しく感じるんだよね。不思議〜。」
「それ、褒めてるのか? なんか辛さが引き立っただけじゃね?」
「ん〜…どうかなぁ〜?」
藍硯はにこっと笑って、俺の肩に少しだけもたれかかった。
俺はちょっとだけドキッとしたけど、何でもないふりをして前を向いた。
「……ねえ、玄鳥。」
「ん?」
「今日、楽しかった?」
「そりゃあ……まぁ、うん。楽しかったよ。」
「……よかった。」
藍硯の声が、ちょっとだけ柔らかくなる。
「じゃあ、また一緒にどっか行こうね。」
「ん、わかった。今度は……フルーツ店な。」
「えへへ、うん。それがいい。」
ゆっくりと歩きながら、璃月の灯りの下を並んで進む。
風が少しだけ吹いて、藍硯の髪が揺れた。どこか、心地いい沈黙が流れていた。
次の小話は蛍か燕。
その次は刻晴か甘雨、アンケートをやります。
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