〜三人称視点.
昼下がりの執務室。机の上には書類が山積み、しかし伏龍はその山を前にして落ち着きなく引き出しを開けたり閉めたりしていた。
「ない!ない!なーい!」
「伏龍さん。どうしたんですか?」
甘雨が怪訝そうに書類を置き、そっと近づく。
「…俺の3000モラがなぁーーーい!」
「……は?」
「だから!財布に入れてた3000モラが消えたんだよ!」
「え、3000モラしか入ってなかったんですか?」
「当たり前だろ。」
「貯金は?」
「そんなもん、すぐ使っちまうから無いに決まってるだろ。」
「………」甘雨は額に手を当て、小さくため息をついた。
「伏龍さん。お金は命の次に大事なんですよ。貯金する癖は絶対あった方が良いです。」
「チェッ、わかってますよ〜反省してまーす。」
「その言い方、絶対反省してませんよね。」
伏龍はへらへらと薄笑いを浮かべながら、机の引き出しを乱暴に開け閉めしていた。
「……あー……やっぱりねぇな。」
甘雨は眉間に皺を寄せ、腕を組む。
「今更ですが、3000モラ程度なら働いて稼げばいいのでは?」
「それは嫌だ。今すぐ欲しい。」
「……」
深く長い溜息が部屋に響く。
「……分かりました。今日は休めと凝光様に言われていますので、一緒に探します。」
「サンキュ〜。やっぱ持つべきものは優しい同僚だな。」
甘雨はその軽口に反応せず、くるりと背を向ける。
「早く行きますよ。」
そうして二人は、伏龍の財布を探すべく璃月港へと飛び出した。
………………………………
人混みのざわめきと潮の匂いが入り混じる港。
「うーん……どこでしょうか……」
甘雨は周囲を見渡しながら首を傾げる。
「黒くて、ちょっと赤い線が走ってるやつなんだけどなぁ……」
伏龍はふらりと近くの千岩軍兵士に声をかけた。
「よ、千岩軍の兄ちゃん。ここらで落とし物拾わなかったか?黒地に赤い線の入った財布なんだけど。」
伏龍の声に、兵士は首をかしげながら答えた。
「うーん……ここらでは見かけませんでしたね。もしかしたら不卜廬のあたりで聞いてみたらどうです?」
伏龍は苦笑いしながら、
「なるほど、不卜廬か。あそこは白朮の奴がやってる薬屋だよな。」
甘雨がすぐに頷いた。
「そうです。では、早速行ってみましょうか。」
二人は千岩軍の兵士に礼を言って、その場を離れ、不卜廬の方向へと足を進めた。
「……おーい、白朮ー。」
不卜廬の入り口で伏龍が声を張った。
「おや、こんにちは、伏龍さん。今日はどういったご用件です?」
白朮がにこやかに迎える。だが、伏龍の視線は彼の姿に釘付けだった。
(…あれ、白朮ってこんなに女性っぽかったか?)
伏龍は小声で呟く。
「どうしたんですか、そんな顔して?」と白朮。
「あ、いや…ちょっと見た目が女性みたいで驚いただけだ。」
白朮は苦笑しながら答えた。
「実はフォンテーヌの研究者からもらった薬剤の実験をしていたら、こんな風になってしまいまして…声も変わってしまったんですよ。」
伏龍は納得したように肩をすくめる。
「なるほど。だから体も声も女みたいだったのか。」
「ですが、この体になって助かることもあるんですよ?売り上げが伸びるんです。」
白朮はにっこり笑った。
「そりゃ良かったな。」
伏龍も軽く笑い返す。
そんなやり取りを、甘雨はじっと伏龍の様子を観察していた。
その視線に気づいた伏龍は、慌てて話題を切り替える。
「…あ、白朮。俺の財布、見なかったか?黒くて赤い線が入ってるやつなんだけど…」
白朮は眉をひそめて思い出す。
「…ああ、そういえば七七が宝盗団が持っているのを見たと言っていましたね。」
「……サンキュー。何かあったらまた来るわ。」
そう言って伏龍たちは不卜廬を後にした。
そのまま近くの森へと足を踏み入れながら、伏龍は拳を握り締めた。
「…宝盗団め、捕まえてとっちめてやる。」
そんな伏龍の後ろから、甘雨が声をかけた。
「……伏龍さん。」
伏龍は足を止め、振り返る。
「…伏龍さんは…友人が多いんですね。」
甘雨は少しだけ微笑みながら言った。
「そうか?よく話しかけられるからかなぁ…」
伏龍は肩をすくめて軽く笑った。
「……私たちは半人半仙です。いずれは、周りの人たちが私たちを置いていなくなってしまいます。」
甘雨の声には、どこか儚さが混じっていた。
「……私はそれが怖いんです。仲良くなっても、いつかは離れてしまうことが…」
「ふーん。」
伏龍はふと考え込むように目を細めた。
「確かに、そういうのは怖いな。」
そして、甘雨の方へゆっくりと振り返り、柔らかな声で続けた。
「でもな、甘雨。そんなことばかり考えてたら、いずれは独りぼっちだ。」
「どうせ居なくなるから関わりを持ちたくないって‥悲しいしな。」
「俺は、短い命で懸命に生きていける人間が大好きだぜ。」
甘雨は目を瞬かせ、伏龍の言葉を静かに噛み締めた。
「……短い命、ですか。」
「そうだ。限りがあるからこそ、今日を笑って、明日を夢見て、全力で生きる。だから惹かれるんだよ。」
伏龍は少し照れくさそうに笑い、手を後ろで組む。
「甘雨、お前もそうやって付き合えばいい。終わりが来るのは仕方ない。でも、その終わりまでを最高にすりゃ、別れも悪くねぇ。」
「……最高に、ですか。」
「そう。どうせなら“会えて良かった”って思えるほうが得だろ?」
甘雨はその言葉に小さく笑みをこぼした。
「……はい。ありがとうございます、伏龍さん。」
「おう。じゃ、財布探しに行くか。宝盗団、見つけたらお前も容赦すんなよ。」
「ふふっ……わかりました。」
二人は並んで森の奥へと足を踏み入れた。
どこか甘雨の背筋は、さっきよりも軽やかになっていた。
………………………………
「…………取られたぁぁぁあぁぁ!!!」
伏龍は宝盗団が盗んでいた財布を取り戻すものの、既に使われていて空っぽだった。
「ちくしょー!」
地団駄を踏んでムカついていた伏龍は、一旦深呼吸をして落ち着いた。
「…コイツら刻晴達に頼んで連行してもらうか…」
「…は、はい…。」
そうして数時間後、宝盗団は千岩軍によって連行されて行った。
「はあ……折角のお金…」
「…そういえば聞き忘れてたんですが、3000モラは何に使う予定だったんですか?」
「ん…折角だし万年筆買おうかなって。」
「そろそろ真面目に仕事しないとクビになっちまうからな…」
それを見た甘雨は少し微笑みを浮かべた。
「……伏龍さんらしいですね。大金じゃなくても、自分のために大切に使う。」
「いや、万年筆くらいは長く使えるし、仕事のやる気も出るだろ?」
「ふふ……そうですね。きっと良い相棒になりますよ。」
伏龍は肩をすくめつつ、空の財布をポケットにしまった。
「ま、今回は空振りだったけど……こういうのも経験ってことで。」
「はい。……それに、今日は少しだけ学びました。」
「ん?」
「短い命でも……一緒に過ごす時間があれば、思い出は残るってことです。」
伏龍は少し驚いた顔をした後、にやりと笑った。
「おー、言うじゃねぇか。じゃあ今度、万年筆買うときも一緒に来いよ。」
「……ええ、ぜひ。」
二人は並んで港へと歩き出す。
夕日が海面に反射し、二人の影を長く伸ばしていた。
…………………………
「待って!俺の出番は!?」
玄鳥が起き上がってそう叫ぶ。藍硯が笑顔で…
「無いよー♪」
「そんなぁー!!」
玄鳥は地面に崩れ落ちた。
おちゃらけた雰囲気の男性と生真面目な女性のカップリングが好きです。
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