【本編完結】仄かな焔は璃月を舞う   作:サツキタロオ

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第31幕:しんわのはじまり

 

~胡桃視点.

 

「……んん……」

重たい瞼を開けると、そこは薄暗く、見知らぬ場所だった。湿った空気と焦げた匂いが漂っている。

 

「起きたか?」

低い声が耳に届く。顔を向けると、マルクたちが心配そうに私を覗き込んでいた。

 

辺りを見渡すと、そこに玄鳥の姿はなかった。胸の奥がざわつく。

「……玄鳥は……?」

 

一瞬、誰も答えなかった。代わりに重苦しい沈黙が落ちる。やがてマルクが口を開いた。

「どうやら、イグニスの攻撃を受けて……生死は、まだ分からない。」

 

「そんな……」声が震えた。頭の中が真っ白になる。

 

「まずいな。アイツ、本当に強すぎだぜ!」

伏龍さんが堪えきれず、拳で壁を叩きつける。鈍い音が響き、場の空気がさらに重くなる。

 

「……怖いよ……」

ニィロウが小さく呟き、震える肩を抱きしめた。その姿に、私も胸が締め付けられる。

 

「……とにかく、玄鳥の様子を見に行こう。」

ファングの声に全員が頷き、私たちは玄鳥が寝かされている場所へと足を運んだ。

 

…………………………

 

「………」

布に覆われた玄鳥の身体が横たわっていた。

 

「……本当に寝てるだけ、なのか?」

玲瓏の声がかすれる。

 

「脈はある。……けどな。」

マルクが手首を押さえ、苦しげに首を振った。

 

玄鳥の全身は包帯と血に覆われ、皮膚の下に黒い痣が広がっている。呼吸は浅く、今にも止まりそうだ。目を逸らしたくなるほど酷い状態だった。

 

私は思わず、ぎゅっと拳を握った。

――どうか、生きていて。お願いだから。

 

……………………………

 

「……相当、深刻のようだな。」

沈黙を破るように低い声が響き、医療室の扉が重く開いた。

 

現れたのは、赤い長い髪を揺らし、燃えるようなオレンジの瞳を持つ女性だった。しなやかな体を包むのは黒革のライダースーツ。背後に漂う熱気が、ただ者ではないことを物語っていた。

 

「アンタは……?」伏龍さんが思わず警戒を込めて声を発する。

 

「私はマーヴィカ。」

女は軽く顎を上げて名乗った。その声は炎が弾けるように強く、それでいて不思議な威厳を含んでいる。

「ここ、ナタを治める炎神だ。……よろしく頼む。」

 

「え、ええっ!? 炎神さま!?」

ニィロウが両手で口を押さえ、目を丸くした。

 

「な、なんちゅうこっちゃ……!」

宵宮は腰を抜かさんばかりに驚き、慌てて立ち上がった。

ざわめく仲間たちを見て、十夜さんがすぐに制した。

「落ち着け!神が直々に出てきてくれたんだ。話を聞こう。」

皆が息を呑んで静まると、マーヴィカはゆっくりと玄鳥の寝かされたベッドへと歩み寄った。彼女の瞳が、苦しげに眠る少年を鋭く、しかしどこか憐れむように見つめる。

「……話は聞いている。助けに駆けつけられず、済まなかった。」

甘雨さんがかすかに首を振り、押し殺した声で答えた。

「……気持ちだけで、十分です。」

マーヴィカは静かに息を吐き、玄鳥の胸にそっと手をかざす。

次の瞬間、部屋の空気が一変した。炎の神気が彼の身体を走査するように広がっていく。

「……やはりな。」

神は目を細め、仲間たちに向き直った。

「この少年の体から、尋常ではない膨大な元素エネルギーが検出されている。それも――刻一刻と強まっている。」

「強まってる……?」誰かが息を呑む。

「じゃ、じゃあ……それって!」

藍硯ちゃんが前に飛び出し、期待を込めて声を張り上げた。

 

「つまり! まだ生きてるってこと!?」

マーヴィカはしばし沈黙し、やがて重く頷いた。

「……おそらく、な。」

 

「どうすれば……玄鳥は目を覚ますんだ?」

十夜さんが低く問う。

マーヴィカは短く考え、炎の瞳を細めて答えた。

「……エネルギーは十分に満ちている。あとは――何かの“きっかけ”だ。」

 

「きっかけ……?」

宵宮が腕を組み、皆の視線が沈思に沈む。

誰も答えを出せぬまま、重苦しい沈黙が流れたその時――。

 

医療室の扉が勢いよく開かれ、鎧に身を包んだ兵士が駆け込んできた。

「報告! サイバースペースの兵とアビスの軍勢が、連合してこちらに侵攻中!」

「なっ……!」甘雨さんが息を呑み、ニィロウの顔が青ざめる。

「こんな時にまでか……!」

伏龍さんは拳を握りしめ、瞳に怒気を宿した。

「へっ……ちょうどいい。溜まってる鬱憤をぶつけてやる!」

彼は笑いながら立ち上がり、その背を見て玲瓏さんが無言で刀を抜いた。

「――ぶち殺す。」短く吐き捨て、玲瓏さんも続く。

「俺も行く!」

十夜さんが武器を担ぎ、ニィロウや宵宮、フリーナまでもが次々と走り出した。

その時、燕さんが私の肩を押さえて言った。

「胡桃。アンタは残ってて。」

「え……?」

 

「アンタは玄鳥のそばに居て。玄鳥が目を覚ますまで、見守れるのはアンタしか居ないわ。」

燕さんの声は真剣そのもので、逆らう余地はなかった。

そして、胸を張ったフリーナがにかっと笑う。

「戦いは僕たちに任せて! ちゃんと帰ってくるから!」

私は唇を噛んで、それでも頷いた。

「……ありがとう。みんな、気をつけて。」

仲間たちの背中が次々と扉の向こうへ消えていく。

残された部屋には、静寂と――眠り続ける玄鳥の荒い息遣いだけが残った。

 

………………

 

〜三人称視点.

「おいおい…さっきより多過ぎじゃねえか……?」

砂塵が舞う戦場で、玲瓏は辺りを見回しながら呟いた。空は鉛色に霞み、遠方の風景が薄く揺れている。目の前にはサイバースペースの兵隊に加え、アビスの黒い影が折り重なるように出現していた。数の不利は視覚だけで明らかだった。

 

「サイバースペースだけじゃない。アビスの連中まで来てるんだ。そりゃ増えて当然だろう!」

ファングの声が地鳴りのように響き、戦意が緊張感を帯びる。玲瓏たちは一斉に武器を構え、短く息を詰めて前へ飛び出した。刃が風を切り、矢が鋭く舞う。敵の波を切り裂き、次々と薙ぎ倒していく――だがその先に、想像を超える“異形”が横たわっていた。

奥のワープゲートの縁で、イグニスとともに姿を見せたのは、まるで重機を思わせるダトマスだった。全身は金属フレームで覆われ、黒光りする外装に鎧いくつもの肉厚な装甲が重なっている。右腕には長大なガトリングが据え付けられ、左腕は巨大なシールドクローに変形していた。両肩にはミサイルポッドが睨みを利かせ、全体からは非人間的な“改造”の匂いが漂ってくる。

 

「あれって……ダトマスだよね?」藍硯の声が震え、瞳が一気に見開かれた。知る者にとって、ダトマスとはかつての汎用装甲兵器の名だが、目の前のそれは“魔改造”と言うほかない代物になっていた。燕は無言で銃を構え、その狙いは増強機体の要点を捉えようとする。

「とんでもない魔改造ね……」燕は冷静に状況を分析しながらも、指先が僅かに震えた。弾丸が鋼を打ち、火花が散る。だが改造機は微動だにせず、重装の一撃が地面を抉り、衝撃波が仲間たちを押し返した。

 

イグニスは軽く笑い、ステップを踏みながら十夜たちに近づくと、鋭い足蹴りを叩き込んだ。十夜の腹に直撃が走り、彼はうめき声を漏らして後退する。空気が一瞬止まり、周囲の動きが鈍る。宵宮は咄嗟に駆け寄り、十夜を支えようと手を伸ばしたが、その顔には血の気が引いている。

 

「へっ、お前らに用はねえよ。あのガキを仕留め損なったからな。さっさと片付けてやらねえとな。」

イグニスの声は平然としているが、その言葉には冷徹な殺意が混じっていた。強化ダトマスの両肩が回転し、ミサイルランチャーが火を噴く気配を見せる。玲瓏たちの前に、次なる試練が静かに、しかし確実に立ちはだかった。

 

「そうはさせねぇよ!」

「アイツを守ってやらないとな。」

玲瓏とマルクが並び、刃を構えてイグニスへと突進した。風を切る金属音と、燃えた空気の匂いが混じり合う。二人の顔には覚悟が刻まれていた――ここで引けば、玄鳥は一人で死地に立たされる。

 

「へっ、いいぜ。雑魚から来いよ!」

イグニスは短く嘲ると、腰からショートブレードを引き抜いた。その刃先は薄く光を帯び、まるで獲物を挑発するかのように揺れた。

 

交戦が始まる。柄と柄がぶつかる音、刃が弾かれる金属音、互いの息遣いが近接戦の空間を満たす。玲瓏の体捌きは素早いが、イグニスの一手一手は冷静に計算され、隙がない。

 

「くそっ、コイツ!強えぞ!」

「お前らのデータは既に取ってるとは言ってただろう!?」

イグニスは淡々と、しかし確実に二人の動きを解析していく。読み切られ、弄ばれ、コンビネーションを崩されるたびに玲瓏とマルクの疲労が深まる。

 

「だから!負けねぇんだよ!」

マルクが叫びながら一閃する。しかしイグニスは巧みに二人をはじき合わせ、衝突の勢いで両者を地に叩きつけた。砂と砂利が舞い上がり、二人は呻きながら這いずる。

 

「さーて。じゃあ、あのガキを殺しに行きますかね。」

イグニスは肩越しに一瞥をくれ、無機質な笑みを浮かべると、そのまま足取り軽く、聖火競技場へと歩を進めた。彼の背中には、冷たく断罪するような余裕があった。

 

 

聖火競技場――かつては人々の歓声と熱気で満ちていた場所だが、今は鉄と煙が支配する戦場と化している。イグニスはそこへ乱入し、見境なく人々をなぎ倒しながら医療施設へと進軍していった。悲鳴が、断末魔が、砂塵の中で断続的に続く。

 

「はい、みっけ!」

ドアが激しく蹴り飛ばされ、勢いよく開いた瞬間、鋭い影が部屋に滑り込む。静まり返った医療室の中で、突然の侵入に胡桃は反射的に身体を固くした。目の前の光景に、血の気が引く。

イグニスが部屋の中央に立ち、冷たい瞳で周囲を見渡す。彼の足元には、先ほどまで戦場だった痕跡が漂っている。床には破片と薬瓶、散らばる包帯が混ざり合い、重苦しい沈黙が一瞬流れた。

 

胡桃は息を飲み、次の瞬間には心臓が大きく跳ね上がった。部屋にいる仲間たちの顔――包帯越しの表情、蒼白な唇、手の震え――すべてが一斉に現実を突きつけた。イグニスの視線が玄鳥の寝台へ向けられたその刹那、胡桃の体は冷たい恐怖で硬直していた。

 

〜胡桃視点.

「イ、イグニス……」

声が震えるのを必死に抑えながら、私は床にへたりこんだまま、彼を睨みつけた。胸の鼓動が耳元で跳ね、目の前の冷たい銃口がすべてを凍らせる。

「おっと。ガールフレンドも一緒か。用はねぇから、さっさと消えろよ。」

イグニスの声は嘲りに満ちていた。皮肉な微笑いが端正な顔にかかるたび、吐き捨てられた言葉が鋭く刺さる。

「つ、玄鳥をどうするつもり!?」

咄嗟に声が上ずる。必死さを隠せずに、言葉は震えていた。だが、口をついて出たのは正直な質問だった――どうか、どうかこの手で彼を守らせてほしいという願い。

「どうするか……理由はねぇけど、仕留め損なったから殺すでいいか?」

冷酷な提案が、部屋に重く落ちる。彼はそれをためらいもなく口にする。

 

銃が私に向けられる。金属の冷たさが視線よりも先に私の肌に触れているような錯覚に襲われた。だが、退くつもりはない。後ろには玄鳥――目覚めぬままに荒い息をするあの人がいる。私が背を向けて去るという選択肢は存在しなかった。

 

「別にいいだろ。いずれこのテイワットは俺たちが支配する。その為には脅威となるその餓鬼は邪魔なんだよ。」

彼の言葉は淡々としているが、底にあるのは非情な確信だった。世界を奪うという意思は、そこに何の倫理も残さない。

 

「やらせない!」

短く、しかし震えることのない声を出した。言葉が出た瞬間、自分でも驚くほどに冷静だった。恐怖は消えない。だが、恐怖と同時に、護ろうとする意志が身体を満たした。

 

「……ふーん。守ってるつもりかよ。」

イグニスは少しだけ顔をしかめ、苛立ちと好奇が混じった様子を見せた。その瞬間、彼の指が引き金に掛かるかに見えた。

 

私は周囲を見渡した。医療室は散らかったまま、机の上には小さな器具や注射器、金属トレー、軟らかな包帯の束がある。戦闘は終わっていない。援軍はまだ戻らない。だが、この場所には、私にも使えるものがある。

 

思考は素早く回った。退くことはできない。正面から撃ち合うほど勇ましくも、強くもない。ならば、相手の注意を逸らし、時間を稼ぐしかない――玄鳥が生き延びるための「きっかけ」を、私は待たせることしかできないのだ。

 

わずかな瞬間を見つけ、私は身体を翻した。机の上の金属トレーをつかみ、わざと大きく床に叩きつける。金属音が甲高く鳴り、部屋の静寂が粉々になる。イグニスの視線が一瞬、私から外れた。

 

「――っ!」

私はその隙に前へと跳んだ。銃口に手を伸ばす。なるべく素早く、なるべく無謀に。冷たい銃身に触れた瞬間、指先を弾かれるような反動が来る。鋼の感触が掌を刺すように痛んだ。

銃が暴発した。閃光と共に衝撃が走り、熱と音が私の鼓膜を裂いた。身体が吹き飛ばされ、後方の棚に激しくぶつかる。鋭い痛みが肩に走り、温かい感触が指先から伝わる。服が破れて使い物にならなくなってしまった。私は倒れこみながらも、意識を失わないように必死に目を開いた。

 

部屋の空気が滲んで見える。イグニスの姿が一瞬ブレて、やがて彼の冷たい笑みが浮かぶ。言葉は届かない。ただ、私の耳には遠く、玄鳥の浅い呼吸だけがかすかに聞こえた。

 

「やらせない……これ以上は!」

声が震え、肺が焼けるように痛む。けれど私は、もう一度力を振り絞って玄鳥の前に飛び出した。

 

――玄鳥……!

 

次の瞬間、彼の身体から眩い光が溢れ出した。

 

「!?」

「なんの光!?」

イグニスが思わず後ずさる。光は瞬時に膨れあがり、刃のような衝撃波となって彼を吹き飛ばした。壁に叩きつけられたイグニスの姿が、煙と閃光の中に消えていく。

 

………………………………

 

「んんっ……」

重い瞼を開くと、全身の痛みで息が詰まる。だが、何か柔らかいものに包まれていた。手を伸ばすと、それは玄鳥がいつも着ていたジャケットだった。

 

「あっ……」

微かに息を呑んだ瞬間、誰かが私を強く抱きしめていた。横を見ると、そこに玄鳥がいた。

 

「つ……ばめ……」

かすれた声が、まるで夢の中から響いてくるようだった。

 

「……暗闇に包まれてた時、胡桃の声が聞こえてきた。……嬉しかった……」

 

玄鳥の腕が、さらに強く私を抱きしめる。胸の奥がじん、と熱くなる。

 

「ちょっと、玄鳥……苦しい……」

「ご、ごめん……!」

 

彼は慌てて私から離れ、ゆっくりと立ち上がった。その姿に、私は思わず息を呑んだ。

 

――いつもの玄鳥じゃない。

 

肌の奥から淡い光がこぼれ、背には赤金に輝く炎の羽がひらひらと舞っている。髪先まで風に揺れるように煌めき、眼差しはまるで神話から抜け出した存在のようだった。

 

「待っててくれ。必ず、戻ってくるから。」

 

低く、しかし確かな声。少年の響きが、大人びた決意に変わっていた。

 

「……うん!」

 

私の返事に、玄鳥は微かに笑ってから踵を返す。

歩き出すその背中は、もう“守られる側”ではなく、“誰かを守る側”のものだった。炎の羽が後光のように揺らめき、外の戦場へとその姿を消していった。





やはり胡桃は可愛い。

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