弱かったから強くした。
「……まずいな。」
ヴェインが低く呟く。
その声には、戦場帰りの疲れよりも、別の種類の重さがあった。
「何がまずいの……? ごはん?」
ヴァレサが不安そうに首を傾げる。
ヴェインは苦く笑い、首を横に振った。
「違う。敵のことだ。」
部屋の空気が、一瞬で引き締まった。
今、彼らが集まっているのは拠点の一室。窓の外では、昨日の戦いの煙がまだ遠くに立ちのぼっている。
ウラノスが無言で分厚い資料束を机に置いた。
「……ここ数日で、敵勢力が急増している。サイバースペースからも、アビスからも、同時にだ。」
「うちらの戦力でも、けっこう厳しめだよね。」
シロネンが椅子の背にもたれ、ため息をついた。
その言葉に、誰も反論できなかった。
「……大丈夫なの?」
ムアラニの声がか細く響く。
ヴェインは少しの間、黙っていた。
ホルスがその沈黙を埋めるように、口を開いた。
「まあ……奴らの武器を逆に使って戦ってる連中もいる。完全に押されてるわけじゃない。意外と、どうにかなるかもな。」
だがその言葉に、誰も笑わなかった。
部屋の中に、妙な空気が漂っている。
張り詰めているのに、どこか緩んでいる。まるで、次の嵐の前触れのように。
ヴェインは静かに天井を見上げ、低く呟いた。
「……“次”は、もうすぐ来る。」
………………
「鍾離先生。」
「玄鳥殿……それに、伏龍、玲瓏も。」
璃月港。
穏やかな海風の吹く港の高台で、三人は鍾離と再会した。
「鍾離先生に、聞きたいことがあって来たんです。」
玄鳥が口を開く。
「聞きたいこと、とは?」
「この、俺たちの姿のことです。」
三人の姿を目にした鍾離は、ゆっくりと眉をひそめた。
その姿は、かつての人間の枠を明らかに越えていた。
「鍾離先生は知らないんですか? この力のことを!」
玄鳥の声には焦りが滲む。
「……教えてください、岩王帝君──岩神モラクス!」
その名を呼ばれた瞬間、鍾離は静かに立ち上がった。
その動作だけで、空気が張り詰める。
「……知っていたのか。」
「伏龍から聞きました。」
「悪りぃな言っちまって。」
「気にするな。」
鍾離は一つ息を吐き、港の向こうに沈みかける陽を見つめた。
その黄金の光が、彼の瞳に映り込む。
「分かった。話そう。ただし、俺も全てを知るわけではない。──分かっていることだけを、だ。」
三人が頷くと、鍾離はゆっくりと語り始めた。
「数千年前、この世界に“律者(りっしゃ)”と呼ばれる存在が現れた。
律者とは、天地の理を外れ、存在するだけで世界の均衡を崩す者。
その力は、神すらも凌駕すると言われていた。」
「だが……律者のすべてが破壊を望んだわけではない。」
鍾離の声が、どこか懐かしげに揺れる。
「ある少女たちは、律者でありながらも己を保ち、理を護るために戦った。世界を滅ぼす力を、逆に“守るための力”として使ったのだ。」
「律者……」玄鳥が呟く。
「俺も律者という存在を完全に理解しているわけではない。だが──お前たちからは、その律者と“同じ波”を感じる。」
「俺たちにも……?」玄鳥は自分の胸に手を当てた。
そこに確かに、何かが“脈打つ”のを感じた。
熱く、しかし冷たい何かが。
鍾離は静かに頷いた。
「それはおそらく、“世界が選んだ力”だ。だがその代償もまた、世界規模になるだろう。」
伏龍が腕を組んで問い返す。
「代償って、どういう意味だ?」
「律者は力を得る代わりに、“自我”を削られる。己を見失えば──律者はただの滅びの核と化す。」
「自我を削られる……」玲瓏が呟く。
「そうだ。力を制御できるか否かは、魂の強さ次第だ。玄鳥殿、伏龍、玲瓏、お前たちは既にそれを分かっているようだな。」
……………………………
〜玄鳥視点.
そしてナタへ帰る途中、俺たちは鍾離先生の言葉を思い出していた。
『じゃあ、他のみんなも?』
『おそらく、律者に覚醒するだろうな。』
『その理由は?』
『わからん。』
『だが――“関わりが深い者”に触れると、すぐに覚醒するかもしれんな。』
「関わりの深い人物、か。」
伏龍が腕を組む。
「俺の場合だったら……甘雨かな。」
玲瓏も少し考えてから言う。
「俺は刻晴だと思う。」
視線が俺に集まる。
「玄鳥は?」
「俺?えーと……」
俺と関わりの深い人、か。
胡桃、蛍、燕に……藍硯。
あいつらの顔が次々に浮かぶ。
――笑ってるやつも、泣いてたやつも。
「……あー!いっぱい居すぎて分からない!」
自分で言いながら頭をかく。
玲瓏が少し笑った。
「玄鳥らしいな。」
「そういうことは一人に絞れない性格なんだよ。」
伏龍が苦笑する。
「いやいや、違うって!」
「羨ましい限りだぜ。」
そうして俺たちはナタに戻って行った。
ナタに戻るや否や、空が裂けた。
黒い渦がひゅうと飛んできて、地面の砂を吸い上げる。次の瞬間、渦の中心から一人の男が姿を現した。イグニスだ――だが、その姿は見たこともない異様さを帯びていた。
白を基調にした鎧が彼を覆い、胸や肩、腕の各所には降着円盤のような黒い輪が白で縁取られて埋め込まれている。まるで宇宙の暈を切り取って体に貼り付けたかのような不気味なデザインだ。光の当たり方で、輪郭は波打つ異界のように揺れる。
「よう、玄鳥。どうだ、これが俺の――PHASE-IVだ!」
イグニスは笑う。声に含まれる余裕と狂気が混ざり、背後の空間まで震わせる。
「PHASE-Iの搦手、PHASE-IIの攻撃力、PHASE-IIIの機動力……全てを兼ね備えた最強の力だ!」
彼の宣言に合わせて、白黒の円盤が小刻みに脈打ち、周囲の空気を引き裂いた。
「散々俺をコケにした恨み、死んで償いやがれぇ!!」
叫びと同時に、イグニスは手の平から無数の小さな暗い渦――ブラックホール――を投げつけてきた。渦は軌道を描きながら落下し、着弾するたびに地面を抉り、周囲の景色を瞬間的に歪める。
「うわっ!?」
伏龍が驚声を上げる。目の前で空間がねじれる光景に、誰もが一瞬言葉を失った。
「なんかいつもと性格が違くねぇか!?」確かに、イグニスの振る舞いは以前よりも饒舌で、同時に残虐さが増している。
「それが本性ってやつだろ。厄介な奴だ。」玲瓏は淡々と答え、すぐに視線を前に戻した。
「玄鳥、ここは任せる!俺たちは先に戻る!」と玲瓏と伏龍が言う。二人は空へ舞い上がり、速やかに離脱していった。
俺は地上に降り立つ。胸の奥で何かが静かに熱を持ち、剣が微かに震えるのが分かる。周囲の仲間たちの視線が一斉にこちらに向く。負うべき役目は分かっている。
「来たかよ。」イグニスが軽く身を揺らす。円盤が蠢き、次の渦を掌中に形成する。笑みが口元を歪める。
「イグニス、ここでお前を止める。ここで、お前を倒す!」
俺の声は風に乗り、乾いた決意となって相手に届いた。目の前に渦巻く破壊の海を見据え、俺は一歩、そしてもう一歩と踏み込む。
「はあっ!」
俺は腰の翼を再び展開した。金属と炎が混じった機構が滑らかに動き、空気を裂いて羽ばたく。右足の脛に収められた剣を抜き、掌の熱を集中させると、刃が炎を纏って妖しく赤く光った。
「行くぞ!」
翼を大きく羽ばたかせ、俺は一直線にイグニスへと突進した。
「やってみろよ、凡骨がぁ!」
イグニスは小気味よく笑い、ドリル状の剣と小剣を取り出して斬りかかってきた。細かな金属音が耳を刺す。だが俺の刃撃が先に届き、相殺するようにぶつかり合った衝撃でイグニスは弾き飛び、崖に叩きつけられる。
「チッ、厄介な!」
地面を蹴って立ち上がるイグニスに対し、俺は武器を地に投げ捨て、形を変える。炎の鞭が腕から溢れ出し、鞭先が空を引き裂くようにイグニスめがけて何度も叩きつけられた。鞭が擦れるたびに金属が赤く焼け、蒸気が立ち上る。
「隙を見せたな!」
イグニスが投げつけたブラックホールを、ぎりぎりで回避する。その瞬間、投げ捨てた剣がブラックホールに触れ、刀身がゆっくりと──吸い込まれるように消えていった。
「やっぱり、ブラックホールか……厄介だな。」
息を切らしながら、俺は一歩後退る。腕に残る熱が冷めない。黒い渦がそこかしこで空間を歪め、視界の端が歪んで見える。
「へっ……これはまだ序の口だ。すぐに分かるよ。」
イグニスは不敵に笑い、拳を掲げる。瞳の奥に、以前よりも深い冷たさが宿っている。
「お前らは、もうすぐ終わる! それまで精々、泣き叫んでいろ!」
虚勢の叫びが辺りに反響する。
「そうはさせるかよ!」
俺は背部の鞘に手を伸ばし、小刀をつかむと、それを鋭く投擲した。刃は夜風を切り、イグニスの胸元をかすめる――はずだった。が、次の瞬間、イグニスはブラックホールを起動させ、その場ごと姿を消した。小刀はその軌道を外れ、崖の割れ目に深々と突き刺さった。
崖の縁に残る小刀の柄を見つめながら、俺は刃を引き抜く。冷たい鋼の感触が掌に響いた。
「……イグニス。俺たちが居る限り、お前が勝つことはない。」
俺は刃を握りしめてそう呟いた。
オンパロス編もうすぐ終わるってマジ!???
信じられない…早過ぎる…
次の連載
-
続編
-
リメイク