【本編完結】仄かな焔は璃月を舞う   作:サツキタロオ

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やっぱり蛍は可愛いな。


第38幕:極光の光

 

蛍が外で自身の腕を見て力を感じていた。空気は焼け焦げた金属の匂いをまだ少し残していたが、青空は穏やかに広がっていた。

その中央で、蛍は静かに立っていた。風が金色の髪を揺らす。

彼女は自身の腕を見つめ、手のひらをゆっくりと開く。淡い光が指先に集まり、波紋のように広がった。

 

「……力が、殆ど戻ってきた。」

 

その声は確信と、ほんの少しの驚きが混じっていた。

テイワットに来てから、彼女の中で眠っていた何かが少しずつ目を覚ましている。

感じる——水、風、岩、雷、氷、草。

どれかひとつではなく、炎以外の元素が呼応しているような感覚。

 

「……あの時よりもずっと。」

 

蛍は青空に手を伸ばした。

あの旅の頃、兄と並んで歩いた時間。

あの頃の自分を、もう追い越してしまったのかもしれない。

 

「蛍。」

 

背後から声がした。振り向くと、玄鳥が立っていた。

焦げ跡の残る競技場に吹く風が二人の間を抜ける。

 

「玄鳥!」

蛍の表情が少し緩む。

彼女は小走りで駆け寄ると、少し照れくさそうに笑った。

「どうしたの? 元気そうだけど。」

「ううん。ちょっとね。」蛍は首を傾げながら、自分の胸のあたりを押さえた。

「このテイワットに来る前より……強くなってる気がするんだ。」

 

「そうなんだ。」玄鳥は少し目を細める。

「確かに……蛍から、色んな元素の気配を感じるよ。」

 

そう言って玄鳥は元素視覚を展開した。

視界に映る蛍の輪郭が淡く光を帯びる。

その体の奥で、七つの色が重なり合い、揺らめいていた。

それはまるで、テイワットそのものの縮図のようだった。

 

「……七元素が、同時に循環してる。普通じゃ考えられない。」

 

「やっぱり、変だよね。」蛍は少しだけ笑う。

けれどその笑顔の奥に、何か覚悟のようなものが宿っていた。

 

「でも、不思議と怖くはないの。むしろ——導かれてる気がするの。」

 

玄鳥はしばらく黙って蛍を見つめた。

風に揺れる髪、瞳に映る空、そしてその中にある力。

「……蛍。もしかしたらお前も“律者”に近づいてるのかもしれない。」

 

蛍は静かに頷いた。

「そうなの?」

「鍾離先生は、関わりが深い人物がなり得るって言ってたから。」

 

その言葉は穏やかだったが、確かな芯を感じた。

玄鳥は微笑み、空を見上げる。

 

その姿に、蛍は思わず見惚れていた。

戦いの中でも変わらずまっすぐで、どこか太陽のように眩しい。

玄鳥の立ち姿には、不思議と安心感があった。

 

「……やっぱり、玄鳥ってお兄ちゃんに似てるな。」

 

「え、そう?」

玄鳥はきょとんとした顔をする。

 

「うん。少しだけね。雰囲気とか……話す時の優しさとか。」

蛍は微笑んだ。

その笑顔はどこか懐かしさを帯びていて、玄鳥は思わず視線を逸らす。

照れ臭いのか、それとも胸の奥が熱くなったのか、自分でも分からなかった。

 

二人は聖火競技場の外を並んで歩く。

風が吹き抜け、瓦礫の隙間で草花が揺れていた。

 

「蛍は、お兄さんを見つけたらどうするの?」

玄鳥がふと尋ねる。

「……あっ、それ……考えてなかった。」

 

蛍は少し困ったように笑う。

「そういえば、お兄ちゃんを探す間にいろんなことがあったから……ずっと、“探す”ことしか頭になかったんだ。」

「まだ決まってないんだな。」

「うん。見つけたらどうするかなんて、考える余裕なかった。」

玄鳥は少しの間だけ黙ってから、穏やかに笑った。

「それなら、今はそれでいいじゃないか。」

 

「え?」

「焦らなくていいってことさ。」

玄鳥は蛍の両肩に手を置き、軽くポンと叩く。

「この戦いを終わらせてから、ゆっくり考えればいい。――だから、まずは勝とうぜ。蛍!」

 

蛍はその言葉に目を見開き、やがて小さく頷いた。

「……うん。」

 

玄鳥の笑顔につられて、蛍も笑みを返す。

その瞬間、二人の間の空気が少しだけ温かくなったような気がした。

 

マーヴィカ達が急ぎ足で近づいてくる。

その表情に、ただならぬ気配が宿っていた。

 

「玄鳥、旅人――聞いてくれ。アビスの軍勢が、夜神の国に侵入した。」

「えっ!?」蛍の顔が一瞬で強張る。

マーヴィカは続けた。「しかも、先鋒にはエイリアン兵と……イグニスがいたそうだ。」

 

場の空気が一気に重くなる。

玄鳥は息を呑み、それでもすぐに前を向いた。

「玄鳥、君には旅人と共に夜神の国へ向かってもらう。玲瓏と伏龍には、ゲートの監視を任せる。」

「了解。行こう、蛍。」

そう言うやいなや、玄鳥は駆け出した。

蛍もその背を追おうとした時、マーヴィカがそっと腕を掴む。

 

「旅人。……シロネンやシトラリから聞いた。“古名”ができたらしいな。」

「うん。イグニスを止めたら、ゆっくり話すよ。」

「――ああ、楽しみにしておこう。」

 

蛍は力強くうなずき、闇へと走り出す。

その背を、マーヴィカは見送った。

 

……………………………

 

二人は夜神の国に辿り着いた。

そこは常夜の霧に覆われ、空すら黒紫に沈む静寂の世界だった。

蛍は吐く息の白さに気づき、身を震わせる。

(……冷たい。以前来た時より、空気が重い。それに――身体が妙に鈍い……)

深呼吸をしても、肺の奥にまで湿った闇が入り込むようだった。

 

「大丈夫か?」

玄鳥の声が、低く響く。

蛍は小さく頷いた。「うん……行こう。」

 

二人は足音を潜めて進む。

しかし、すぐに空気がざらつき始めた。

瘴気のような気配が地面を這い、闇の奥から金属音が響く。

 

――アビスの軍勢と、サイバースペースのエイリアン兵達。

異形の兵達が黒い陣形を組み、中央にひときわ強い光を纏う男が立っていた。

 

「イグニス!」

蛍の叫びに、男はゆっくりと振り返る。

その瞳は、かつての彼とは違う、紅く歪んだ光を放っていた。

 

「おっと……もう来たのか。早いな。」

イグニスは唇の端を上げ、手にしたブレードを構える。

「くっ……この雰囲気……まさか、アビスか……!」

玄鳥の声が低く唸る。

 

「大正解だよ、玄鳥。どうやら“アビス”は俺達に力をくれたらしい。」

その瞬間、イグニスの周囲に黒い霧が渦を巻き、兵達が一斉に動き出す。

 

エイリアン兵達の鋼の脚音が響き、無数の光弾が夜を裂いた。

「くっ……囲まれた!」

「蛍、連携するぞ!」

「分かった!」

 

二人は同時に剣を構え、光と影が交錯する戦場へと飛び込んだ。

閃光が走り、エイリアン兵の装甲を断ち割るたび、火花が闇を照らす。

「へっ! 守ってるつもりか!? 舐めんなよッ!!」

イグニスの怒号が響いた瞬間、重力が歪むほどの勢いで突撃してくる。

玄鳥は咄嗟にイグニスの首根っこを掴み、衝突の勢いを殺した――が、その瞬間、イグニスの右腕の銃口が蛍を捉えていた。

 

「蛍、危な――!」

引き金の音が空気を裂く。

 

 

「かはっ……!」

蛍の身体が揺らぎ、光の粒子が散る。胸元に黒く禍々しい棘が突き刺さっていた。

その場に倒れ込む蛍の姿を見て、玄鳥の表情が凍りつく。

 

「蛍ッ!!!」

怒りのままに拳を握りしめ、イグニスの顔面に叩き込む。

鈍い衝撃音と共にイグニスの身体が数メートル吹き飛んだ。

 

玄鳥はすぐに蛍のもとへ駆け寄る。

「蛍、大丈夫か!? しっかりしろ!」

震える手で胸元の棘を抜き取る。触れた指先が、微かに焼けるように熱い。

「……これは……アビスの瘴気……? おかしい。蛍はアビスの影響を受けないはず……!」

玄鳥が呻くように呟くと、イグニスが血を吐きながら笑った。

 

「馬鹿が……ソイツは“アビスの力を誰にでも通す弾丸”だよ。

どんな清浄な存在でも、アビスの呪いからは逃れられねぇ。

これで……その女も終わりだなぁ……!!」

玄鳥の中で、何かが切れた。

怒りとも焦りともつかぬ熱が胸の奥から燃え上がる。

 

(クソッ……! このままじゃ蛍が……!)

(……いや……俺にはまだ、“炎”がある……!)

 

蛍の身体から微かに光が漏れる。

それは赤と金の間に揺らめく炎元素――だが、以前よりも強く、荒々しい。

まるで蛍自身が、玄鳥の炎に共鳴しているかのように。

 

(蛍……お前の中の炎が……呼んでるのか……?)

 

玄鳥の瞳に紅い焔が宿る。

玄鳥は右手に炎を集めると、その焔を球状に圧縮し――まるで“命”のように両手で包み込んだ。

「蛍! 目を覚ませ!」

炎の粒子が宙に散り、周囲の闇を押し返す。

 

「お前には、まだ――やるべきことがあるだろ!」

「こんなところで、俺たちは負けられないんだ!!」

 

玄鳥はその火球を蛍の胸元へと押し当てた。

炎が淡く鼓動するように脈動し、蛍の体内に吸い込まれていく。

 

次の瞬間――蛍の胸元がまばゆく輝いた。

「……あっ……玄鳥……」

彼女の瞳に光が戻ると同時に、胸元のアビスの毒が蒸発するように消え去っていった。

そして、蛍の体がふわりと浮かぶように立ち上がる。

 

空から、一筋の光が降り注ぐ。

その光は蛍を包み、彼女の全身を“新たな姿”へと書き換えていった。

「クソッ……!まだ力を隠してたようだな……!」

イグニスが後退しながら唸る。だが、口元には歪んだ笑み。

「だがな! こっちにも“切り札”があるんだよ!!」

 

イグニスは腕の装置にアビスのコアを押し込み、空中の球体へとエネルギーを注入した。

轟音と共に黒い渦が裂け、そこから龍のような巨影が現れる。

「……あれは……グーシィ・トースに化けたアビス、"蝕まれし源焔の主”か。」

 

玄鳥は空を見上げ、そして蛍の方へ視線を戻す。

光が収まると、蛍はゆっくりと深呼吸をし、玄鳥を見据えた。

 

「玄鳥……ありがと。」

「蛍、無事だったんだな!」

玄鳥の声に蛍が微笑み、杖を召喚する。

 

杖の先端部が変形し、宙に散ったビットが集束。

「行くよ!」

ビットが閃光を放ちながら、周囲のエイリアン兵を一掃した。

 

イグニスは舌打ちしながら後退する。

「チッ……このままじゃ持たねぇ。いいぜ、せいぜい足掻いてみな!」

その言葉を残して、イグニスの姿は闇に溶けた。

 

蛍と玄鳥は、空に舞う巨龍――"蝕まれし源焔の主”を見上げる。

 

「蛍、ペースを合わせていこう。」

「うん。……面白そうな力もあるしね。」

 

蛍は指を鳴らした。

パチン、と乾いた音と共に、炎が描かれたカードとチェーンソーのカードが宙に舞う。

それを杖の側面部――スラッシュリーダーにスライドさせると、杖全体に赤い光が走った。

 

同時に蛍の服装とタトゥーの色が紅蓮へと変わり、左腕と胸部に赤鋼の鎧が形成される。

「そのチェーンソー……!」

玄鳥が驚きの声を上げる。

 

蛍は軽く笑みを浮かべた。

「どうやら、この“カード”の力を使えるみたい。」

(……七星召喚のカードよりもずっと小さいな……)玄鳥はそう心の中で呟いた。

 

空気が熱を帯び、二人の前に“源焔の主”が咆哮する。

「玄鳥、合わせて!」

蛍の声が戦場に響く。

 

左腕の鉤爪が大地に突き刺さり、瞬間――紫黒の毒が地面を走った。

大地が腐蝕し、気泡を吐きながらどろどろと沼を形成していく。

 

「毒沼か……面白ぇ!」

玄鳥は掌をかざし、周囲の炎を纏わせながら毒沼を吸い上げる。

毒と炎が混じり、紫炎の奔流となって渦を巻いた。

 

「毒沼は利用させてもらうぜッ!」

玄鳥はそれを一気に圧縮し、グーシィ・トースに向かって投げつける。

黒紫の爆炎が炸裂し、巨体の鱗が焼け爛れる。

 

「次は――こっち!」

蛍はカードデッキを展開し、指を弾いた。

銃が描かれたカードが光を放ちながらスラッシュリーダーへスライドされる。

 

瞬間、蛍の両腕と胸部アーマーが再構成され、滑らかな金属音と共に砲撃モードへと変化した。

両腕に展開された双銃が赤熱し、銃口が火花を散らす。

 

「――撃ち抜けぇ!!」

蛍が叫び、連射が空気を裂く。

弾丸は直線の火線を描きながらグーシィ・トースを穿ち、炸裂。

 

「まだ終わってないぞ!」

蛍は銃を投げ捨て、両腕の短銃を再展開。

火炎の羽根を散らしながら宙を舞い、回転しつつ連射を叩き込む。

 

「蛍!」

玄鳥はその隙を逃さず、手の炎を槍の形に変え、次々と投擲した。

炎槍が連続して爆ぜ、爆風と光が交錯する。

咆哮とともにグーシィ・トースがのたうち回り、腐食した鱗が剥がれ落ちていく。

だが次の瞬間、巨体が暴れ、左腕の大剣を振り下ろした。

 

「避けろッ!!」

玄鳥が叫ぶ。

衝撃波が地面を裂き、周囲の瓦礫を吹き飛ばした。

蛍は宙返りして衝撃波を避け、玄鳥は地を蹴って滑りながら間合いを詰める。

 

「一気に終わらせるぞ!」

「うん!」

蛍はエンジンが描かれたカードをスラッシュし、再び装甲が轟音と共に変化する。

腰部のツインブレードが唸りを上げ、全身の紋様が燃えるように輝いた。

一方、玄鳥は全身に光を集め、刀に転写するようにエネルギーを凝縮させる。

二人の気配が重なり、空間が一瞬、息を止めた。

 

「——トドメだッ!」

同時に踏み込み、クロス状の光が閃いた。

グーシィ・トースの巨体が断裂し、咆哮も残さず炎に呑まれていく。

黒い灰が舞い上がり、空を焦がすように消えた。

 

「……やった……」

蛍が息を吐き、杖を握る手をゆるめる。

「よし!」玄鳥が笑い、背を叩く。

 

だが、燃え尽きた戦場に静寂が訪れると、ふたりは同時に顔を見合わせた。

「倒したはいいけど……どうやって戻る?」

「こういう時は——あれを使うよ。」

 

玄鳥が口笛を吹く。

すると遠方の崩壊した岩山の向こうから、黒いエンジン音が響き始めた。

次の瞬間、漆黒のバイクが炎を噴きながら空を切り、ふたりの前に滑り込む。

 

「乗って!」

玄鳥が手を差し伸べ、蛍がその手を掴む。

バイクが唸りを上げ、アビスの燃え残りを跳ね飛ばすようにして加速した。

 

赤と白の残光が、焼け落ちた夜神の国の空を駆け抜けていった………

 

……………………………

 

玄鳥の背をしっかり掴み、夜の風を切って走る。

焦げた空気の匂いが次第に薄れ、やがて見慣れた光が目の前に広がった。

聖火競技場——私たちが出発した場所だ。

 

「旅人ーーーっ!」

 

駆け寄ってきたパイモンが勢いよく抱きついてきた。

小さな体の温かさに、戦いの緊張がふっとほどける。

思わず笑って、私も抱き返した。

 

「蛍、気分は大丈夫か?」

玄鳥の声は、いつもより柔らかかった。

その瞳には、確かな安堵の色があった。

 

「うん、平気。むしろ——ありがとう。」

そう言うと、胸の奥がじんわりと熱くなった。

あの時、玄鳥が託してくれた炎。

それがまだ私の中で、静かに燃えているのを感じる。

 

——この力を託してくれた彼に、応えるために。

私は、もう立ち止まらない。

 

……お兄ちゃん。

もう少しだけ、会うのが遅くなるかもしれないけど——

必ず、行くから。

その時は、笑って迎えてね。

 

夜空を見上げると、

灰色の雲の隙間から、一筋の星が流れていった。





やっぱり蛍は可愛いな。神。

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