〜胡桃視点.
「はあ……」
朝の空気は澄んでいるのに、胸の奥は少しモヤモヤしていた。
そんな私の前に、燕さんが紙コップのジュースを二つ持って現れた。
「どうしたの、胡桃? 珍しく元気ないじゃない。」
「……ちょっとね。」
「玄鳥のこと、でしょ?」
図星を突かれて、私は視線を逸らした。
「うん……最近、なんか構ってくれないんだもん。」
燕さんは苦笑して、ジュースを差し出す。
冷たい感触が、少しだけ気持ちを落ち着かせた。
「確かにね。最近は旅人と一緒に動いてるみたいだし。」
「でしょ!? あんなに仲良くしてるの見たら、さすがにヤキモチ焼くって!」
「ふふ、胡桃も分かりやすいなあ。」
「分かりやすくてごめんね!」
私がぷいっと顔を背けると、燕さんが優しく笑った。
「でも、玄鳥が誰かと一緒にいるのが心地いいのって、やっぱり玄鳥の事が好きだからかな。」
「……それは、分かってるんだけどね。」
ジュースを一口飲む。
冷たさが喉を通っていくのに、胸の奥の熱だけは消えない。
「旅人のこと、嫌いじゃないけど……玄鳥の“隣”にいるのは、やっぱり私がいいなって思っちゃうの。」
燕さんは黙って頷いた。
それ以上、茶化したりはしない。ただ、その静けさが心地よかった。
『玄鳥!! 俺の残したピーマンを食え!』
『はあぁ!? それはお前が食えってぇぇ!』
下の階から怒号と笑い声が聞こえてきた。
覗いてみると、伏龍さんが皿を片手に玄鳥を全力で追いかけている。
『玄鳥! 俺にピーマン食わせようとすんな! 俺、野菜苦手なんだよ!』
『野菜ぐらい食べなよ、半仙でしょ!?』
そう言い合いながら、二人は廊下を全力疾走。
皿の上のピーマンが宙を舞い、まるで戦場のような騒がしさだった。
『伏龍さ〜ん! また残して!』
今度は甘雨さんが慌てて追いかけていく。
あの様子じゃ、皿ごと逃げても意味なさそう。
「元気ね……」
燕さんが呆れたように言うと、私もジュースを飲みながら笑った。
「元気だねー。あの二人、ほんといつでも全力だもん。」
「うん……あの元気、ちょっと羨ましいわ。」
「私は同じぐらい元気だけどね!」
私が胸を張って言うものだから、燕さんが思わず笑ってしまった。
――こういう時間が、やっぱり好きだ。
…………………………
〜三人称視点.
「平和だな。」
「そうね。」
玲瓏がぼんやりと呟くと、隣で書類を整理していた刻晴が顔を上げた。
彼女の視線の先――玲瓏はサンベッドに寝そべり、上半身の服を脱いでサングラスをかけ、
まるで南国のリゾート客のように太陽を浴びていた。
「……何してるのよ。」
「太陽を浴びて電気を溜めてるんだ。太陽光発電。」
刻晴は眉をひそめた。
書類を手にしたまま、一瞬だけ口を開いて、そして閉じた。
「……効果はあるの?」
玲瓏はサングラスの奥で目を細め、わずかに口角を上げる。
「ない。」
間髪入れず、即答。
刻晴は一瞬だけ沈黙した後、ふっと息を吐いた。
「ほんと、貴方って時々わからないわ。」
「褒め言葉として受け取っておく。」
玲瓏は涼しい声でそう言って、再び日差しに身を委ねた。
その姿はどこか幸せそうで、刻晴も思わず小さく笑ってしまうのだった。
「そっちは何してるんだ?」
「仕事よ。最近ずっと溜めてばっかりだったもの。」
刻晴はペンを走らせながら、淡々と答える。
紙をめくる音と、海鳥の鳴き声だけが響く。
「そう言えば璃月を離れて何ヶ月だっけ。」
「もう五ヶ月よ。」
「そんなにか……」
玲瓏は空を仰ぐ。眩しさに目を細めながら、ぽつりと呟いた。
しばらく沈黙が流れる。
遠くで潮の香りが漂い、刻晴のペン先の音だけが規則的に響いていた。
「帰ったら……何する。」
玲瓏の問いに、刻晴は迷わず答えた。
「仕事よ。」
「えー……」
玲瓏が不機嫌そうに顔をしかめる。
刻晴は小さく笑って、書類から目を離さずに言った。
「別に書類じゃなくていいわよ。宝盗団の制圧とかどう?」
「じゃあいいぞ。」
玲瓏は微笑み、刻晴を見た。
刻晴が呆れたようにため息をつく。
「……やっぱり戦いが好きね。」
「戦わないのは退屈だろ。」
玲瓏は立ち上がり、軽く伸びをした。
その仕草には、太陽の下でしか見せない柔らかな笑みが浮かんでいた。
…………………………
「……そろそろか。」
イグニスが呟くように言い、腰のホルダーからケミカルボルトを抜き取った。
金属の匂いと微かなオゾンの臭気が、夜風に混じって漂う。
「もうすぐで──ナタの連中も、終わりを迎えるだろうな。」
彼は唇の端を吊り上げ、遠くに浮かぶ超大型戦艦を見上げた。
その船体は黒雲を切り裂くように光を放ち、静かに動いている。
「さて、じゃあ行くとしますか。」
そう言ってイグニス達はゲートに向かって歩き出した。
息抜きの次は多分シリアスです。
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