第四部です。
第41幕:再会は苦い
イグニスたちとの長い戦いが終わり、玄鳥たちはそれぞれの故郷へと帰っていった。
スメールから共に行動し、ナタまで旅を続けた日々は、振り返ればあっという間だった。別れ際には名残惜しさもあったが、それでもようやく訪れた平穏な日常が、今はただ心地よい。
「……平和だなぁ……」
「そうだな……」
穏やかな陽射しの下、玄鳥と玲瓏は草原に寝転がり、のんびりと日向ぼっこをしていた。
頬を撫でる風は暖かく、遠くで鳥の鳴く声が微かに聞こえる。
「玲瓏。仕事はいいの?」
「サボった。」
「また怒られるよ?」
「気にするな。俺は気にしないから。」
玄鳥は呆れたようにため息をつき、それ以上は何も言わなかった。
その沈黙さえ、どこか心地よく感じられた。
そんな時、玄鳥が欠伸をひとつして伸びをした瞬間、視界がふっと暗くなった。
「だ〜れだ?」
耳元で聞き慣れた声。
「胡桃でしょ?」
「せーかい!」
玄鳥が後ろを振り返ると、そこには満面の笑みを浮かべた胡桃がいた。彼女はいたずらっぽく玄鳥の腕を引っ張り、勢いよく起こす。
「どうしたの? なんかいいことでもあった?」
「ん〜、玄鳥と一緒ならどんなこともいいことだよ!」
「……照れるなぁ……」
玄鳥が頬をかくと、胡桃はさらに楽しそうに笑った。
その様子を少し離れた場所から眺めていた玲瓏は、苦笑を浮かべて立ち上がる。
「ふっ……男玲瓏、静かに去るぜ……」「あらそう。なら、仕事してくれるわよね?」
どこからともなく響く刻晴の声。
「げっ!? 今の無し!」
玲瓏は慌てて駆け出し、その後を刻晴が追いかけていく。
残された玄鳥と胡桃は、呆れ半分、笑い半分の表情で空を見上げた。
「「……平和だなぁ。」」
…………………………………………
その頃、蛍は近くの秘境を探索していた。
(この辺りにアビスの気配があるって――確か、ダインスレイヴが言ってたっけ。)
「……何もないな。」
蛍は小さく呟き、周囲を見回した。岩壁の間を抜ける風の音だけが耳に残り、アビスの気配は感じられない。
(もう少し奥、なのかな。)
そう思い、蛍は足を進めた。途中、崩れ落ちた道が行く手を阻んでいたが、今の彼女にとっては障害ではない。
――律者として覚醒した今なら、こんなものは容易く飛び越えられる。
軽やかに宙を舞い、蛍は最奥と思しき場所へと降り立った。
その時、視界の先に一人の人影が立っているのを見つける。
金色の髪。見慣れた後ろ姿。
「……お兄ちゃん。」
呼びかけに、少年はゆっくりと振り向いた。
同じ金の髪を長く伸ばし、三つ編みに束ねた少年――蛍の兄、空だった。
「……? 本当に……お兄ちゃんだよね?」
「何を言ってるんだ。俺は正真正銘、お前の兄の空だぞ?」
穏やかな声。しかし、蛍の胸に小さな違和感が走る。
――確かに姿は空そのもの。
けれど、纏う空気が、どこか冷たい。
蛍は無意識に一歩、後ずさった。
「……ナタのアビスを倒したと聞いた。」
静かに告げる空の声に、蛍は頷いた。
「みんながいたから、なんとか勝てたんだよ。」
蛍の声には安堵と疲労が混じっていた。
「お兄ちゃん。やっぱりアビスは危険だよ。このままじゃ……お兄ちゃんとも戦うことになってしまう。」
「…………それはできない。」
空の表情が、ほんの一瞬だけ陰った。
「ようやく掴んだチャンスなんだ。無駄にはできない。」
「チャンス……?」
蛍は眉を寄せる。
「それに蛍、言ったはずだ。――旅の終点で、この世界の淀みを見届けられると。」
「……何言ってるのかわかんないよ。」
蛍の胸にざらりとした不安が広がる。
(この感じ……以前、会った時と同じ。でも、今回はそれだけじゃない。もうひとつ――別の気配が混じってる……)
彼女は反射的に剣に手を添えた。
その瞬間、空が背後に手を伸ばし、空間を裂くようにして亀裂を生み出す。
「!?」
眩い光と共に、黒い渦が現れた。
「蛍……まだ俺たちは、会うべきじゃない。」
「待って、お兄ちゃん!」
蛍が駆け寄るが、空は振り返らず、片手で制するように言葉を残した。
「蛍。――お前は、ここに来て変わったんじゃないか?」
次の瞬間、彼の姿は渦の中へと消えた。
裂け目も、まるで最初から存在しなかったかのように静かに閉じていく。
蛍はただその場に立ち尽くした。
伸ばした手は空を掴めず、残ったのは、胸の奥で疼く言葉にならない痛みだけだった。
時系列的に
第三部 完→5.7→今
を想定してます。
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