召喚
男――――宮本伊織は、生命の危機に瀕していた。
何時もの様に同心の手伝いをして日銭を稼ぎ、眠りについた後……多数の刺客、そして謎の黒き武者に襲撃されたのだ。
どうにか火の粉を払いながら逃れようとするも追い詰められ――武者と切り結ぶも力及ばず――こうして地に膝をついている現状であった。
「宮本伊織殿、この度は誠に申し訳ないが…………故あって、お命を頂く」
そして暗黒武者の背後から現れた、その武者の
「俺はまだ……死ぬわけには……」
男は願う。
彼にはまだ、
「いかない!!」
果たして、その願いは聞き届けられる。
男の手の甲に何時の間にやら生じていた、不可思議な文様――――それが、眩い赤光を発し、その場にいる者の視界を奪った。
「この光、やはり――――」
「…………!」
異常な事態を察したのか、白い剣士に"ライダー"と呼ばれた暗黒武者は、いち早く男の命を刈らんと駆ける。
だがそれは、さらに勢いを増した赤光に阻まれた。
「――――ほう」
光の中。先ほどまで、その場にいなかった者の声がする。
それは、しわがれた老人の声。
されどもその声だけで、その声の主が只者ではないと察することの出来るような、力ある声であった。
「察するに、お主が儂を喚びし者か」
光が晴れ、声の主の姿が明らかになる。
それは、声が示す通りに老人だ。
簡素な白い着物を身に纏った、上背こそあるが痩せさらばえた老木――そのような風体である。
容貌の特徴だけを挙げてみれば、その老人が男の願った通りにその命を救うことのできる強者とは云えないだろう。
――――だが。
その姿を見て、彼を弱者と云う者が何処に居ようか。
地にへたり込む男に向けて語り掛ける老人の姿は、其れほどの力を纏っていた。
「貴殿は――――」
「うむ、済まんがどうやら話している暇は無い様じゃ」
老人は会話を切り上げ、背後に向き直る。
そこには、先程赤光に退がらされた暗黒武者の姿があった。
「…………」
武者は、特段何を語るでもなくその手に闇を纏った大太刀を翳し、老人へと斬りかかる。
その刃が、老人を捉えんとした直後――老人の立ち姿が、僅かにずれた。
「…………!?」
「フンッ!」
そう――――老人は、初見の筈である攻撃を、僅かに半歩ほど反れるのみで回避してのけたのだ。
そのまま、老人は
だがそれは、武者を捉えることはない――武者の甲冑、その両肩にある大袖が自立して動き、盾となって老人の刃を受け止めたのだ。
刃と装甲がせめぎ合い、両者は睨み合う。
「面を被って正体を偽るか……はてさて、その内に何を抱えているのやら、のう!」
「……一体何のことやら、分かりませんね……」
「カカッ、あくまではぐらかすか……まあ、故あって正体を隠すのはままあることよ!」
言葉と共に老人は刀を引き、今度はそれを淀みなく大上段に構えた。
まさしく、何ら奇を衒うことのない真向唐竹割の
対する暗黒武者は――――その闇を纏う刃を下段に構える。
敵が上段で来るのならば、その一撃を自立する大袖にて凌ぎ、その隙にこちらの刃を徹す。後の先を制す構えであった。
「ハァッ!!」
「…………!」
振り下ろされる刃を、大袖が受け止める。
すかさず、暗黒武者の刃が下から掬い上げるように躍り――――
「初太刀を、凌ぐか……じゃが」
その前に、老人の刃が武者を上から叩き潰した。
理由は、大したものではない――そう、それは渾身の
――――葦名流、一文字・二連。
一の刃を凌いだ大袖の守りが僅かに緩んだ瞬間、間髪入れずに二の刃が武者を襲った。言ってしまえば、それだけの話である。
だがその速度、そして威力たるや――――
「くっ……」
武者の兜、その見るからに重厚な装甲に罅が入る。
完全に破壊された訳ではないが、その隙間からは僅かに艶やかな髪が覗いていた。
「ライダー!」
「問題……ありません」
「…………」
ライダー……そう呼ばれた武者は、言動とは裏腹に、妙に兜の損傷を気にしている――そう老人が感じると同時に、武者は大きく距離を取る。
「ここは……!」
それと同時。一頭の黒き馬が、どこからともなく武者の許に出現した。
素早くその背に跨った武者は、すかさず手に持った大太刀を天高く掲げる。
「……神鳴りか」
瞬間、天より無数に降り来たるは――――紫電。
老人の周囲を埋め尽くすように、無数の雷が飛来したのだ。
逃げ場のないその攻撃に対し老人は――――
「何を……!」
「生憎と、見慣れておるのでなぁ!」
――――かつて葦名に、あやかし来たり。
あやかしの雷は、
即ち――――
――――地に足つけぬ、雷返しなり。
「ハァァッ!!」
そのまま、降ってきた雷を刀で受け止めた老人は――――刀に帯びたその紫電を、真っ直ぐ武者へと撃ち放った。
「ぐ……っ!」
自ら放った雷に打たれ、僅かの間ながら動きを止める武者。
そしてその僅かな隙を、この老人が見逃す筈もない。
「まずは……その面、拝むとしようかのぉ!!」
だが――彼我の距離は、刀で斬るには幾ばくか遠い。
武者の許に足で辿り着いて斬るには、僅かに時が足りなかった。
なればどうするか。老人は――その場で、腰の鞘に刀を納めた。
そのまま、居合の構えを取る。
奥義――――葦名十文字。
次の瞬間には、老人は武者の目の前まで迫っていた。
その勢いのまま抜き放たれた刀が描くのは、斯くも美しき十字の軌跡。
その斬撃が、黒馬に跨る武者の兜を砕かんと襲う。
だが。
「ほう――――見上げた馬よの」
その斬撃は、武者に触れることなく――――前足を大きく上げて上体を起こした黒馬のみを切り裂いたのだ。
「……極」
十字の傷を深々と刻まれ、倒れ伏す黒馬。
その行動が武者の命じたものか、それとも黒馬自身の意志であるかは、定かではない。
「……ライダー」
「ええ……申し訳ありませんが、この場は不利……退きましょう」
白い
だがその白い
「ふむ、ここで分けとするか――まあ良い、いずれまた死合おうぞ」
その場を去る二人を、老人は特段追うでもなく見守る。
――――さて。
凄絶なる剣を振るう老人と黒き武者の戦いを見ていた者は、当の本人を除けば合計で
まず、黒き武者――ライダーの
そして、横槍を入れる隙を窺っていたものの、想定より早い戦闘終了にその契機を失った二人――黒き双槍を持つ聖女と、その
最後に――――
「………………」
本人は未だ何の事情も聞かされていないものの、戦いの渦中に在った老人の
彼は――ただ、老人の振るう剣を見ていた。
自立する大袖に、剣に纏わせた闇の波動――そして、空より呼び出した雷。黒き武者の剣技もまた凄絶なれど、その中には術の色が濃く見える。
それに対して――老人はどうだ。
何ら奇怪な術を発することなく、己の剣一つのみで暗黒武者を圧倒せしめたではないか。
そう。その剣はまるで、あの月の下で目にした――――
(――――ねば)
だから、見ていた。
老人の振るう剣を少しでも
「さて、積もる話もあるが、先ずは――――」
(――――破らねば、立ち行かぬ)
振り向く老人を前にして、男は腹の内で一つの結論を出す。
破らねばならない。越えねばならない。斬らねばならない。
総ては、
だがそれは、今ではない。
今のままでは、まるで足りない。
もっと、己の剣を磨かねば。
もっと、己の余分を捨て去らねば。
何より――――もっと、この老人について理解せねば。
我が身は未だ未熟なれば、このままでは――届かない。
だから男は、黙って老人が紡ぐであろう次の句に耳を傾けることにした。
相手に共感するため。共感して、理解するため。理解して――斬るために。
そんな男の内心をよそに、老人はその眼を幾ばくか細め――――こう言い放った。
「酒じゃあっ!!!」
これが――――ある剣聖と、剣鬼あるいは修羅となる者。その出会いであった。
一心様の属性は
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混沌・善
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中立・善
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秩序・善
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混沌・中庸
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中立・中庸
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秩序・中庸
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混沌・悪
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中立・悪
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秩序・悪