CクラスでもDクラスでもEクラスでも少年少女たちは頑張ります!! 作:酒匂馬酔木
今日も綾小路清隆はグランドピアノの前に座る。
十指と両手首、そして腕、肩、肩甲骨の順にストレッチングをする。それら全てが温かくなり可動域が広がったのを確かめ、目を閉じる。
縦30メートル、横20メートルほどの小規模な体育館。
フロアから1.1メートル上の高さにステージがあり、その端に、決してメジャーではない工房で作られた安価な国産ピアノがある。
清隆の為にプロが調律をした古いピアノを、日々休まず弾き続けて約一年。
幼年の子供から初老の男女まで、多くて十数人ほどが清隆の演奏に聴き入ることもあるが、今はまだ朝食前。
清隆の横には誰もいない。
朝らしく長調の静かな曲を幾つか続けて弾く。
ショパンの前奏曲第7番Op.28-7イ長調。
そこへひとつ年下の少女、七瀬翼が粥と漬物を盆に載せて持ってくる。
「朝ごはんの前に胃薬の曲とは。お腹の具合が悪いんですか? だとしても、お粥ですから、食べられるでしょう?」
「いや、別に腹具合は。それよりも、だ。これは胃薬の曲なのか?」
「清隆さんはテレビのコマーシャルとか観たことないですから、知らないのも当然ですね。まぁ日本人にとっては胃薬ってイメージの曲ではありますけど、間違っても胃薬の歴史とか調べてそれを楽曲の解釈に加えようなんてしないでくださいね。無駄です。」
「解った。」
柔らかな微笑みを湛えながら冗句を交えて話す七瀬に、清隆は淡々とひたすら真面目に受け答えする。
無表情で感情の起伏は乏しく見える。声や話し方に減り張りや抑揚はない。
いつもの七瀬であれば、そんな清隆へ何かしら意見するところだ。
面白みに大きく欠ける清隆の精神性は、音楽を演奏する者としてどうにも宜しくない──そう七瀬は思うからだ。
しかし、今日から三日間、清隆にとって将来を左右する大事が待っている。
その大事への専心に少しでも差し障りがあるといけないので、諫言や戒めと捉えられかねない行為は控える。
「さぁ、朝ごはん食べて、身支度してください。もう彼ら、来てますよ。」
「彼ら? 何人来てるんだ?」
「三人です。車の運転手を加えると四人。」
「オレひとりに、仰々しいな。」
「綾小路清隆ですもん。尤もなんじゃないですか?」七瀬は満面の笑みと共に清隆へ檄を飛ばす。
「さぁ、ガツンとイっちゃって、本気の綾小路清隆を彼らに見せつけちゃってください!」
が、清隆は「ガツンか…。」ボソッとひとこと。変わらず無表情。
それでも七瀬は失望したり不安に思ったりはしない。「ガツンですよ!」
その理由はただひとつ。
「綾小路清隆ですもん!」