CクラスでもDクラスでもEクラスでも少年少女たちは頑張ります!!   作:酒匂馬酔木

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小学2年生 坂柳有栖

自己免疫疾患であるギランバレー症候群の小児発症年齢ピークは5歳から6歳だ。

坂柳有栖は6歳でその難病に罹った。

40度を超える高熱と激しい嘔吐に苦しみ入院。

一週間後、熱は平熱に下がり、ベッドから起き上がれる様になったが、脚の感覚がどうにも覚束ないと気付いた。

病気の進行はそれほど酷くはなかった。3週間で止まった。

症状は、両脚の麻痺だけに留まった。

4週間の治療、その後、厳しいリハビリ。有栖は歯を食い縛り必死に頑張った。

結果、左脚は動く様になった。が、右脚に軽度の障害が残った。

 

杖を使えば椅子から立ち上がれるが、歩くのは遅い。走れば転んでしまう。

人並みに運動が出来なくなり、元気に駆け回る同級生たちを妬ましく思う。

右脚の不快感は小さなものではあるが、常に消えることがない。

ストレスと戦う、そんな日々。

父は変わらず有栖を愛し、優しくしてくれる。

同級生や教師は有栖を労り、様々な手助けをしてくれる。

だが、深い喪失感が有栖を苛む。

 

母は、有栖の脚が元通りにならないのを冷たい目で見て、演奏旅行があるから、とだけ言い残し渡欧した。

見捨てられたと思った。

右脚が動かなければ、繊細なピアノのペダリングが出来ない。ダンパーペダルは踏み具合に応じて大まかに言って4種類の効果がある。右足の感覚が乏しければダンパーペダルを思いのままに操れない。

左足で全てのペダルを踏むとしても、動かない右足では踏ん張ってしっかりと身体を支えることが出来ず、ピアノが上手く弾けない。

それでは有名なコンクールで優勝するなど無理だ。

ピアノは指、手首、腕だけで弾くものではない。全身を使って弾かねばならないのだ。

独り、涙に暮れる日々。

母の様に高名なピアニストになる夢は潰えたのだ。

 

そして半年が経った或日、すっかり萎れた花の様になってしまった有栖を見兼ねた父が、気分転換に、と遠出に誘う。

青梅市の山の中に、苦しみながらも過酷な状況下で自己研鑽に励む、2歳から10歳の子供たちが大勢居る施設があると言う。

その子らと有栖、苦しみの度合いを較べてみたい、と思い承諾する。

その施設の名は、ホワイトルーム。

 

幾つかの薄暗い部屋。

マジックミラーやカメラのモニターを通して、明るく真っ白な部屋の中に居る子供たちの様子を見て回る。

白い簡素な服を着た百人ほどの子供たちは皆、暗い表情で、大人たちから与えられた学習課題や運動課題に取り組んでいる。

必死に歯を食い縛っている子が多数居る。

リハビリ中の自分と重なる。

苦しみの度合いに彼我の差があるかは判らない……が、苦しんでるのは私だけではないのだ! と気付く。

 

そんな中、有栖の目に留まる──淡々として無表情で全てを易易熟すひとりの少年。

「彼は?」「綾小路清隆くん、だね。」父が答える。「有栖と同じ7歳。天才だよ。」

秀でた能力を持つだろう周囲の子らを、そして打ち拉がれ何の意欲も湧かなくなった現在の惨めな私などを、遥かに超えた高みに居る存在……そう見える。

尊敬と憧憬の念を抱いてしまう。……私も彼の様になれるだろうか?

大人相手にチェスで完勝してみせる彼。

チェスは嗜む程度にしかやったことがない有栖だが、彼が最新のタクティクスを幾つか駆使したのは何となく解る。

彼は強者だ……それも正真正銘の。

彼の様になりたい!

 

彼が大部屋を出て行く。彼を見続けようと、別の薄暗い部屋へ移動。

すると、彼が辿り着いたのは、スタインウェイB-211が据えられた音楽室。

ピアノ……!

トラウマがまた有栖に甦る。有栖の心を蝕む。

鬱々としながら大きなマジックミラー越しに、彼がバッハの難曲を弾くのを見る。半音階的幻想曲とフーガBWV903。

7歳とは思えない精緻な指の動きとペダリング。

もしかしたらほんの少しだけ、楽曲の解釈が足りてないのかも知れない、機械的で平坦な演奏かも知れない。

だが、右脚が健在だったとしても、あれは私には真似出来ない、私などでは到底及ばない……そう判じざるを得ないほどの力量が彼にはある。

有栖は嫉妬する。

尊敬と憧憬の中に憎悪が僅かに交じる。

そして、強い想念に囚われていく有栖。

悲しみに沈んでばかりはいられない……彼に勝ちたい!

彼と伍するにはどうすべきか?

先ずはチェスを本格的に学んでみようか、と思い立つ。

「お父さま、チェスの教師を御紹介願えますか?」

久々に熱のこもった眼をする有栖を見て、父は、ここへ連れて来て良かった、と思う。

「ああ、良いとも。」

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