CクラスでもDクラスでもEクラスでも少年少女たちは頑張ります!! 作:酒匂馬酔木
龍園翔の家は西新宿下町に在る。
父が祖父から相続した築40年の木造一戸建。
どっかの馬鹿が火を付けたガソリン入りペットボトルを投げ込んで来て家が全焼しても良い様に、翔が偶に可愛がってやっている保険外交員の女を家に呼んで知り合いの姉だと嘘を吐いて紹介して父を説得させ、火災保険に入っている。
保険契約者は翔。被保険者は父。保険会社は、身元のしっかりした被保険者の家主が同意するならば、火災保険の契約者が中学生だろうと気にしない。
父は保険が年8千円だと思い込んでそれを翔に渡しているが、実際は既に5年分の30万円を長期一括払いしてある。と言っても、それを払ったのは保険外交員の女なのだが。
ノルマの為、翔さんの為、と女は喜んで身銭を切った。その後、褒美として、歌舞伎町の安ラブホで、いつもの様に口汚く罵りながら抱いてやった。休憩2千6百円、缶ビール4百円。その金も女が出した。
性的な意味で言えば、保険屋の女は翔にとって数多居る肉便器牝のひとりに過ぎない、そんな価値しかない。愛情などこれっぽっちも無い。それでも、偶に、の話だが、罵られて悦ぶ淫乱マゾ婆ぁを抱くのはそりゃそれで味があって良いとは思っている。
ところが、最近女は結婚願望を匂わす戯言を抜かす様になった。友達が結婚するらしいだの、親から見合いを勧められただの、夜ひとり寂しいから犬を飼おうと思ってるだの。拗ねた感じでそう言って、翔を見る女。
アタマ湧いてんのか? マジうぜぇ! 俺ぁ未だ15だぜ! お前ぇみてぇな三十路間近でド変態の腐れアマと結婚なんかする訳ねぇだろ! と思いながらも、ビジネス面で利用価値があるうちならと、ゴミみたいには捨てないでおいてやっている。
いつかは捨てるとしても、ちゃんと言い含めた上で、払い下げ先の誰かが管理する形で、女には保険屋の仕事を続けさせる様にしよう、と考えている。
翔は、女を玩具にして悦に浸る性に飢えたナンパ師では断じてない。女を喰い物にするヒモでも女衒でもない、たかり屋でもない。まぁ男たち相手のゆすり屋ではあるわけだが。
ビジネスマン、それが翔の本質だ。
女が仕事した結果こっちに結構な大金が入れば、偶にではあるが、その中からそれなりの額をボーナスとして女に渡してやっている。
保険はビジネスに有用で何かと便利だ。その内、何とかして保険調査員も手駒にする予定だ。
両親は、母方の大叔母の葬儀で長野へ行っている。通夜の後は、生前親しくして何かにつけて世話になったので実家へ帰らず葬儀会館の夜伽に付き合い、葬式と火葬、お斎。そして実家で一泊。明後日の夜まで帰って来ない。その間、翔は留守番だ。
二階の私室、六畳間、濃い緑茶を注いだ湯呑茶碗が置かれた木の卓袱台の側に横臥し、鶯餅を食う翔。
「美味ぇ。やっぱ茶請けは和菓子に限るな。」と独り言つ。翔は和菓子が大好きだ。悪企をして脳が疲れた時は必ず和菓子だ。食事も和食一辺倒だ。翔は和を愛する男なのだ。
すると、カップ蕎麦を啜りながら窓から外を見ていた金髪男、
「何か、変な野郎がひとり来ましたよ。」
夜8時、龍園家をひとりの男が訪ったらしい。
「誰だぁ? 牧ぃ。」「ちょっと判んないですね。セールスか何かっぽいスけど。」曖昧な返事をする今晩の龍園家護衛役、牧。
ピンポ~ンとドアチャイムが鳴る。
通常この時刻に龍園家へ来るのは翔の配下のいかつい体躯をした輩くらいのものなのだが──翔が階下へ下りドアスコープを覗くと、三十代に見える七三分けの眼鏡男が居る。スーツ姿でビジネスバッグを手に持っている。
ドアを開けずに翔が問う。「何だ? こんな時間に押し売りか?」
男が笑顔で答える。「いえ、売りに来たのではなく、買いに来たのです。」
「押し買いかよ。ウチにゃ要らねぇ貴金属の類は無ぇぞ。帰りやがれ。」と少々荒っぽい言葉を聞かせてやるが、帰る様子は男にない。
翔の背後で牧が爪先パットを入れた安全靴を履きながら低い声で言う。「俺が追っ払いましょうか? 龍園さん。」
牧はアマチュアだが都内ではMMAの強豪高校生としてその筋に知られている。十中八九、七三眼鏡野郎なんぞ楽勝で瞬殺出来る。
そこへもうひとりドアの前に男がやって来る。近在の交番に勤務する巡査、
浪野が「龍園さ~ん、いらっしゃいますぅ~?」と声を上げる。
「おぅ、浪野、そいつぁ押し買いだ。交番へ連れてって締め上げろよ。」と、閉じたままのドア越しに命令する翔。
だが、浪野が返す言葉は豈図らんや──。
「龍園さ~ん、この方のお話を聞いてやっちゃもらえませんかぁ?」
片頬だけで笑う翔。吐き捨てる様に言う。
「はっ! 浪野がこんなこと言うなんてな。こりゃちょいと興味が湧いて来たぜ。」
浪野と七三眼鏡へ告げる。「ちょっと待て。今出てく。外で話そうぜ。」
普段は少し外へ出る程度なら背に龍が刺繍された刺子半纏を羽織るのが好きな翔だが、万が一荒事になっても良い様にと、大事を取ってカラダを護れる分厚い革ジャンを着る。
「おい、牧、付いて来い。スカルズへ行くぞ。」
浪野が絡んで来たが、七三眼鏡に四課の刑事らしさは全く見受けられない。二課の刑事にも見えない。麻取らしさも皆無。ならば、連れて行く先はスカルズあたりが良い。
見るからにおっかなそうなワルといった顔立ちと風体の少年ふたり。
ひとりは、髑髏のペイントが施された黒い革ジャンを着たパープルブラウンのロン毛。
もうひとりは、虎の刺繍が縫われたスカジャンを着た金髪ツーブロック。
そしてそのすぐ後ろに、平凡そうなビジネスマン、ニヤついた制服警官。珍妙な四人組が夜の下町を連れ立って歩いて行く。
が、擦れ違う人々は、そんな彼らを横目でちらっと見ても大して気にしない。ここは、東京の中でも治安の悪さではトップクラスの区、新宿なのだから。しょっちゅう見掛ける様な光景ではないとしても、まぁこれくらいなら何でもアリだ。
二百メートルほど歩いて、ペンシルビル地下のバー、スカルズに着く。
店内には、スキンヘッド、髭の角刈り、刺青だらけ、舌ピアス、日焼けで真っ黒、様々な男たちが居る。皆、翔より年長だ。
「あ、龍園さん、こんばんわっス。」「どうもっス、龍園さん。」「おっ? 浪野じゃねぇか、お前、元気してっか? 仕事してくれたらまたJC抱かせてやんよ。」口々に挨拶が始まる。
電子タバコを喫って目をとろんとさせてる男も居るが、浪野巡査は何も言わない。
ただひたすら七三眼鏡男に黙々と付き従うばかりだ。
「で、そちらのスーツの方はどなたさんで? まさか厚生労働省の国家公務員さんとかじゃないでしょうね?」と髭の角刈り。
「そいつぁ俺も知りてぇところでな。」
「何なら俺が訊いちゃいましょうか?」鋲が付いた肉厚の半指革手袋を着けた拳と掌を重々し気にパンパン撃ち合わせながらスキンヘッドが言う。
「いや、未だ早ぇ。おい、七三眼鏡、そこへ座れ。」
「はい。」男は言われた通りひとり掛けソファーに座り背筋を伸ばす。その後ろに顰めっ面で牧が立つ。いつでも無慈悲に人体の急所である後頭部を殴りつけられる体勢だ。
翔はコーナーソファーにひとり座り男と対面する。背もたれの上に両肘を置き、脚を組む。
何も言わずとも店員が率先して、栓を抜いたロクサンサンの瓶ビールとふたつのグラスを持って来る。翔の前に置いたグラスにだけビールを注ぐ。
あらためて翔は目の前の男を無遠慮にじろりと睨む。時間をかけて観察する。
遠目だと、極普通のビジネスマン。
だが、近くで見ると、身に付けているものの質がどれも普通ではない。少なくとも、飛び込みで訪問して何かしらを売買する様な下層のビジネスマンには似付かわしくない。
黒のビジネスバッグは、何の革か判らないが手縫い。
眼鏡はシルバーカラー、横長スクエアの国産であろうチタンフレーム。
同じくシルバーカラーの時計は、とんでもなく高価だと翔でもひと目で判るポルトギーゼ。
黒に近い濃紺のネクタイは高級シルク、手縫いによる美しい幾何学模様総柄。
そして、ワイシャツ、ヴィンテージ生地に見えるダークスーツとスラックス、鏡面磨きをされた派手な意匠の黒いウィングチップ──どれもオーダーメイドだろう。
ハッタリを利かそうと無理をしている感じは微塵もない。
温厚そうな笑顔と柔らかい物腰。
しかし、異様なまでに眼光は鋭く冷たい。
店の胡乱で剣呑な輩どもにも翔の言葉にも全く動じない。
翔は夜の街で散々こういう男たちを見て来た。
透明なガラステーブルの上に名刺が置かれ、翔へと差し出される。
それを手に取らず、一瞥する。記された肩書きは、高校教諭。
「数学を主に教えています、坂上数馬です。」
鼻で笑う翔。「教師? ヤクザだろ。」
そんな煽りなど余裕を持って無視する坂上。無駄口は叩かない。話すのは必要なことだけ。言質を取られて後で不利にならない様にする、そんな癖が身に染み付いている男なのだろう、と翔は思う。
そして満面の笑顔で言って来る。「スカウトに来ました。春からウチの高校へ入学しませんか?」
その言葉に驚嘆する店内の面々。浪野巡査は微笑を浮かべている。
「俺ぁもう先月、推薦で十善に受かってるんだがな。また受験しろ、と?」
翔は、中学のハゲ校長を厳しい言葉で脅し付けて、新宿駅前の私立十善高等学校へ翔を推薦させた。家から遠くない上に、入試が作文と面接だけで楽だということもあったが、一番の理由は十善の校風がそこそこ自分に合っている様に思えたからだ。
十善高校。世間では十高、口さがない連中からは獣行をする獣の様な人間たちが集う『獣高』と呼ばれる不良の巣窟。十善という言葉とはおよそ程遠い。
校長は、獣高なら龍園にふさわしい、これでとんでもない問題児の龍園と縁が切れる、円満に永遠のおさらばだ、そう思い、喜んで脅しに易易と屈した。
そんなこんなで折角脅しなどという手間をかけて合格したんだし、中卒じゃ世間体が悪い上に翔の将来が心配だと親が悲しむかも知れないし、三年間、飽き飽きするだろうが十善へ通っておこうか。そして、大した満足は得られないだろうが、狭い箱庭の中で小物どもを統べる十善の王にでもなろうか。と考えていた翔。
だが、ここへ来ていきなり、別の道と景色が見えて来た。
「そうです。またもう一度、受験してください。」
「で、何故俺、なんだ?」
「裏社会では有名人ですからね。15歳にして幾つもの半グレグループを纏め上げた逸材。東京
「俺を色々調べたかよ? で、お前のことは何でも知ってるんだぜ、って自称教師のヤクザがマウンティングしようとして来るとか、とんでもなく気持ち悪ぃ状況だな。つーか、教師だっつーのがマジってんなら、俺のことを知った上でスカウトするたぁ、一体全体どういう高校だよ? 狂ってんのか?」
「狂ってるかどうかはさて置き、どんな高校か? と言えば、将来有望な逸材を世に送り出そうとしているだけの高校ですよ。そんな高校は日本中どこでもあるでしょう? ですが、ウチは日本で唯一の普通教育を主とする国立高校です。ウチを卒業すれば、誰もが認める汎用性の高いエリートとして世間へ出て行くのも可能です。龍園くんなら、その意味が解るでしょう?」
その国立高校とやらで優等生連中を支配して手駒にすりゃ、そいつらが卒業した後、こっちゃあ色々と美味しい……ってことか。
十善なんていう小物の集まりをどうこうするよりゃよっぽど面白そうだ。
ベンチャー企業の社長、有能な弁護士、各省庁のキャリア組……それくらいは当然として、いずれは、大手企業取締役やら事務次官やら、もしかしたら都知事やら与党執行部の役員やら銀行頭取やらになるかも知れねぇエリートども。
先々、そんなヤツらを裏から使役出来りゃ……まぁ使役とまでは行かなくても裏で繋がれりゃ、今の俺らのビジネスを遥かに超えた凄ぇ実入りが期待出来る。
完全に捕らぬ狸の皮算用だがな、と自戒しながらも、そう考え夢を広げる翔。
「さて、どうでしょう?」と坂上。翔は頬杖を突き、押し黙ったまま長考。
そして、「暫く……、一週間ほど考えさせろ。」と返す。
こっちもこいつのことを、そしてこいつが居る狂った高校のことを調べ上げてやる、と翔は決意する。答えはそれから、だ。
その言葉を受けて、「一週間は少々長いですね。では、この方に御登場いただきましょうか。」坂上がスマートフォンで電話をかける。「お願いします。」
数秒後、店の扉が開く。ドアベルが涼やかに鳴る。誰だよ? てか、態々ドアの向こうでずっと出て来るタイミングを待ってたのかよ? 御苦労なこった、と思いそちらを見遣る翔。
──そして驚く。この女は前に見た!
生涯忘れられないであろう記憶が一瞬にして全てまざまざと甦る。
「こんばんわ、龍園くん、十年振りですね。」