CクラスでもDクラスでもEクラスでも少年少女たちは頑張ります!!   作:酒匂馬酔木

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10年前 箱根の旅初日 夜 龍園翔

ライトアップされた夕暮れ時の紅葉を眺めながら、借り切った小さめの露天風呂に皆で浸かって疲れを癒やす。その後は、待ちに待った夕食だ。

部屋で九頭龍餅をひとつ食べたきり。お腹が空いてしょうがない。

 

石焼きにした箱根西麓三島の黒毛和牛と有機野菜、相模湾で獲れた海老や鯛や平目、黒鯥、そしてオプションで別料金となる虎河豚と珍しく真鶴で獲れた天然本鮪の刺身をメインにした料理の数々が卓上に並ぶ。虎河豚の白子は天麩羅で、鮪の希少部位は主に塩焼きで、これも別料金。最高の食材と超一流の料理人による熟練の技。贅の極みがここにある。一泊12万円だけでなく更に地物の虎河豚と天然本鮪でどんどん懐から金が出て行くが、父は気にしない。

「いただきます!」先ず鮪のカマトロの刺身から食べてみる翔。何だこれ? 美味しい……! そして鮪の脳天と頬肉の塩焼き、虎河豚の刺身と天麩羅。とんでもなく美味しいぞ、あれもこれも、みんなすんごい美味しい!

次々と夢中で料理を平らげていく翔。身の内に棲む狐が喜んでいるのが何となくわかる。ひたすら箸を口に運ぶ。

これ程の御馳走を前にしては、もう座敷童子の少女のことは放念するしかない。第二次性徴などまだまだ無縁な5歳の男児にとっては、花より団子、恋より飯、しかも激ウマの極上飯だ。もう卓上の料理を喰い尽くすことしかあたまにない。

 

「翔、美味しいかい?」「うん!」明るく元気に答える翔。可愛い、可愛過ぎる! と母が心の中で叫ぶ。翔の笑顔に両親はもうメロメロだ。

翔は5歳にしてかなりの健啖家だ。和食であれば何でももりもり食べる。翔は和食を愛する子供なのだ。

両親は常々、この先太るんじゃないか? と翔を少しだけ心配しているが、食が細いよりは遥かにマシだし、翔が喜んでいてくれるなら、超絶可愛い笑顔でいてくれるなら、全てOKだ。

「それは良かった。」「翔、いっぱい食べてね。」これが幸せというものだろう、と父はしみじみ想う。

翔は天使だ。翔の為なら僕は何でもする……! 妻と目が合う。微笑む妻。ふたりとも同じ想いだ、と確信する。

嗚呼、僕は、僕らは、今、幸せだ! と心の底から想う。

 

旅館の主人の手で6月に仕込んだ梅酒が呑み頃になったと聞いて、食前酒として頼んでみたが、父は酒に弱い。梅酒の一杯だけであっという間に顔が赤くなる。

対して、母は酒に強い。梅酒をくいっと呑み干したあとは、手酌でビールと日本酒のちゃんぽんだ。

黒毛和牛を食べてはビールを呑み、魚介を食べては箱根のミネラル豊富な硬水を汲み上げて仕込んだ濃厚辛口で野趣溢れる風味の日本酒を呑む、それを繰り返し続ける母。

「あとでまたお風呂に入るんだから、あんまり呑み過ぎないでよ。」

「酔う為に呑んでるわけじゃないの。お料理を美味しくいただく為のお酒なの。こんな贅訳で美味しい御馳走に合わせるなら、そりゃお酒も進んじゃうわよ。」

梅酒を一杯、ロクサンサンの瓶ビールを三本、日本酒をお銚子五本。どれだけ呑んでも平素と変わらない母。酔った様子は全くない。

「そういうもんなのかな。僕はあんまり呑めないから気が知れないけど。」

とろりとした鮪の大目玉の煮付けを食べ、また日本酒を呑む母。

そう言えば、ひいおじいちゃんもおおおばちゃんも、お酒すんごい呑んでたなぁ、と思う翔。

ぼくも活華の家の血を引いて大酒呑みになるんだろうか? 狐が呑めって言って来ないのは、まだ小狐だからなのかな? 将来どうなるかはわかんないけど。

出来れば、なるべく早く長野へ行ってひいおじいちゃんとおおおばちゃんに会いたいなぁ。狐とか色々訊きたいことだらけだし。

 

松茸の吸い物を飲み干して、ふぅ~っと一息吐いたあとは、無花果の砂糖煮を添えた豆乳アイス、でこぽんの寒天寄せ、早生みかん大福、柿羊羹、様々な神奈川産の旬の果物を使った和菓子を堪能する。お腹いっぱいの筈なのに全部食べてしまえる。甘いものは別腹だなぁ、と男の子らしからぬことを考える翔。翔は和菓子を愛する子供なのだ。

「ごちそうさまでした! 全部美味しかった! お父さん、お母さん、箱根へ連れて来てくれてありがとう。」

翔の言葉に思わず泣きそうになる父と母。幸せだなぁ!「食休みしたらまたお風呂へ行こうね。」「うん!」明るく元気に応える翔。可愛い、可愛過ぎる! と母が心の中で叫ぶ。翔の笑顔に両親はもうメロメロだ。

 

親子三人で夕方に入った貸し切り露天風呂は疲労回復の効果がある塩化物泉だったが、夜は母とふたり、屋内の女湯は美人の湯と謳われるぬるぬるな炭酸水素塩泉だ。

そのお湯は肝臓に良いらしいと知り、飲泉処でコップ二杯飲み干したあと、「翔、お母さん、美人になっちゃうわよぉ~!」と燥ぐ母。酔ってはいないのだが、いつもより少しばかり陽気になっている。

総檜造りの大浴場。瀟洒な、と言うよりは鄙びた風情が翔の琴線に触れる。翔は渋い和の趣きを愛する子供なのだ。

大きな湯船が四つ。38度くらいの人肌の湯を選んでゆっくり浸かる。

 

すると、母より10歳くらい年上に見えるおばさんが、翔と同い年くらいに見える可愛らしい顔立ちの女の子を連れて同じ湯船に入って来る。

「坊や、お母さん、こんばんわ。」とおばさん。「こんばんわ。」とにこやかに応える翔と母。

秋の箱根の風景の美しさや温泉の湯の素晴らしさなどの話に興じ始める大人ふたり。

ならば、ぼくも、女の子と子供同士仲良くお話でもしよう。

翔が言葉を発しようとすると、それに先んじて女の子が「これ、どうぞ。」と温泉で温めた紙パックの牛乳を出して手渡してくる。「お風呂に入ってる時はあったかいものを飲むのがからだに良いみたいだよ。」

「え? 良いの? お母さん、女の子からこれ貰っちゃった。」「まぁ、すいませんね、気を遣っていただいて。翔、よくお礼を言って。」

「ありがとう。ぼく、翔。龍園翔。きみの名前は?」「(のん)だよ、獺祭暖(だっさいのん)。」

「のんちゃんだね、よろしく。」「克子おばさん、あたし翔くんによろしくって言われちゃった、えへへ。」と顔を赤らめて嬉しそうに笑う暖。

 

それを聞いて「それは良かったわね。」と言い、獺祭克子は口元に三日月の様な笑みを浮かべる。

その笑顔に、一瞬翔の中の小狐が身を震わせる。しかし、帰するところ、それに翔が気付くことはないまま夜は更けていった。

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