CクラスでもDクラスでもEクラスでも少年少女たちは頑張ります!! 作:酒匂馬酔木
女湯ですっかり意気投合した翔たち四人。
楽しく世間話や軽い身の上話をしながら共に朝食を摂ったあとは、獺祭克子に誘われて、レンタカーの四駆に乗り宿からそう遠くないことろにある滝を見に行くことに。運転者は克子。助手席に
翔の父はペーパードライバーなので、山道をスムーズに走る運転技術が人並みにあるというだけで尊敬の眼差しを向け、克子を褒めそやす。
「全然大したことないですよ。加速と減速の基本さえ守れば、これくらいは誰でも、ね。」と克子。
そこへ暖が異を挟む。「またまたそんなこと言って。おばさん、走り屋でいっつもドラテク自慢してんじゃん。コロGとかいうクルマに乗ってさ。」
「コロジーですか。」と父。「5速仕様の1600GTですね。まぁ走り屋ではないですけどね。安全運転第一です。」と克子。
乗用車というものに縁がない龍園親子にはドラテクだのコロGだのと言われても全くピンと来ないのだが。
「よくわかんないですけど、きっとカッコ良くて速いクルマなんでしょうね。」と言ってみる翔。
「あら、翔くん、ありがとう。お世辞がお上手ね。暖も見倣いなさい。」「はぁ~い。」と気怠げに応える暖。
「とても古いクルマだけどね、乗り味とエンジン音と排気音は素晴らしいのよ。今度、機会があったら乗せてあげましょうか? 翔くん。」「はい、お願いします。」
「ありゃりゃ。」暖が、仰々しいまでに深刻そうな表情をつくって言う。
「もう会わないでしょとか思ってテキトー言ってると大変だよ。ホントにまた会うってことになるからね。克子おばさんはしつこいんだから。」
駐車場に車を停め、徒歩で滝へ。
苔や羊歯が見どころの景勝地の様で、紅葉と滝が合わさった美への期待は微妙に裏切られる。ここなら春か夏に来た方が緑のみが強烈に映えて良いかもなぁ、と思う翔。
暖はすぐ見飽きたのか、「翔くん、この先に古い祠があるんだって。行ってみない?」と誘ってくる。「良いよ、のんちゃん、行ってみようか。」
整備された遊歩道から逸れて、暖の手招きに応えて山の細い林道へ入る。
急に薄暗くなって、滝の音も観光客たちの声も聞こえなくなる。
暫く登って行く。すると、前方に大きな木が見えてくる。樹齢千年を超えてそうな杉、その樹下に、定期的に手入れがされているのだろうか、小綺麗な祠がある。
こんな如何にもご利益いっぱいのパワースポットといった感じの巨樹があれば有名になりそうなものだけどなぁ、と思うが、翔は聞いたことがない。翔と暖以外他に誰も居ない。
この感じ、昨日もあったなぁ……。
延々続く八畳の部屋という妙な空間に入り込んだ時と同じ様な感覚。
「のんちゃん、戻ろう。」と言い、振り返ってみると、登って来た林道がなくなっている。雑木林があるだけだ。
嗚呼、これ、来ちゃいけなかったってヤツだ。でも、って言うことは……。
「小童、またこの様な場所へ誘い込まれよってからに。この
でも昨日よりずっと怒ってるなぁ……。
「まぁ悪いのは翔ではなく、ここへ翔を誘い込んだ者共ぢゃろうがな。」あ、これ、何かぼくちょっと許されてる感じ? でも一応ひとこと謝っとこう。
「ごめんなさい。で、ですね。お姉さん、ここから連れてってもらえませんか?」
暖が丸い目を更に丸くする。「え? おねぇさんってあたしのこと? 急におねぇさん呼びだなんてどうしたの? ってか、もしかしてあたしの他に誰かいるの?」
あ、のんちゃんにはお姉さんが見えてないな。声も聞こえていないんだろう。お姉さんが人間じゃないのは、これ、完全に確定だな、何を今更って感じだけど。
「宿から出てここへ来るだけでも我には大儀なんぢゃぞ。更に、おぬしを連れてここを出るとかマジ
何をしろっていうの? と困惑する翔。
「あの祠ん中に木彫りの蛇があるぢゃろ? あれを喰らへ。」
喰らう? またそれかぁ……。って言うか、木彫りって木じゃん。それを喰えとか何言ってんの? とローテンションになる翔。
狐が囃し立てる。応、喰らへ、喰らへ! 狐、何言ってんの? 木じゃん。と思う翔だが、狐は喰らへと繰り返して言うばかり。
しょうがないなぁ……と、近づいて見ると、胡粉を塗られた木の白蛇が戸愚呂を巻いている。鬱蒼とした森林の暗がりの中でその白だけが浮き上がって翔へ迫って来る、そんな気がする。
いや、気がするだけじゃない──いきなり木の蛇が実体を伴って鎌首を伸ばす! 本当に迫って来る! 襲って来る!
秀でた動体視力を用い、宙を舞う様に疾走する白蛇の胴体を掴む翔。
しかし、右手首を噛まれてしまう。大して痛くはないのだが──。
「そいつは
白蛇が右腕にぎりりと巻き付く。更に深く噛み付き毒を送り込んでくるのがわかる。「毒とかヤバいじゃないですか!」叫ぶ翔。
「山楝蛇は毒蛇ですが、その全身真っ白な山楝蛇に限って言えば、毒と言っても生物毒じゃありません、概念上の毒です。噛まれても翔くんは大丈夫ですよ。」どこから出て来たのか。克子が突然現れてそう告げる。
「ほれ、翔、これを受け取れ。」少女が放ってきた鶏卵ほどの大きさの石。深く考えることなくそれを左手でキャッチし、夢中で白蛇の頭に何度も叩き付ける。手首にも石が当たり痛みが走るが気にしない。そうしてるうち、白蛇は力をなくし口を開けピクリとも動かなくなる。
やった……! 翔のこころが愉悦に震える。
「お見事ですね、翔くん。」と克子。克子も暖も満面の笑顔だ。
それを見て、「尚、
「ハハキ?」訊ねる翔へ少女が答える。「ハハ、若しくはハは蛇。ハハキは大蛇を想起させる大木。その者共は蛇を祀る母木森羅教の信徒ぞ。昭和初期以降、世間からは新興宗教扱いされておる様ぢゃが、実相は、いにしへから続くアニミズムの一形態ぢゃな。巨樹があるところ、蛇を絡めた伝説が継承されるのはアニミズムあるあるぢゃ。ちなみに日本各地に箒ってワードが付いた巨樹が幾つかあるがのぅ、箒はハハキが変じたもんぢゃ。蛇への畏れは日本人のDNAに深く刻まれておるのよ。」
「その通り。ですが私たちは蛇が殺されても、翔くんのことを怒ったりも叱ったりもしませんよ。ついでに言えば、部屋での私たちの話が盗み聞きされてたことも、ね。」
のんちゃんにはお姉さんが見えてないし声も聞こえてないけども、会話の流れ的に、どうやら克子おばさんは違うみたいだ。
「その小童を使ふて、何を希ふ?
「もし小童が蛇に勝てなんだらどうするつもりでおったんぢゃ?」「それはそれでまたもうひとつ別の目的が達成されたでしょうね。私たちとしては勝負の行方がどう転ぼうと構わなかったのですよ。」
曖昧な返答が続く。渋面を浮かべる少女。
「まぁ翔くんの中の狐は、毒を受けて弱りながらも白蛇を取り込めて喜んでいる様子。良かったじゃないですか。」と言う克子。
ほくそ笑みながら「勿論、翔くんも狐も、その身を白蛇に支配される未来だってあり得ますけどね。」と付け加えて言う。
支配される……? 狐が毒を受けた……? 何だか怖いこと聞かされた! でも肝心なことはぼかしてばかりだ。おばさんたちは一体何の為にぼくへこんなことをしたのか?
ひいおじいちゃんたちがぼくへ狐を降ろしたのは、神社を継いで欲しいからじゃないか? とお姉さんが言ってて、それはそれで納得できるけども、これは……。
「うむ……。」昨日はぼくの質問をはぐらかして笑ってたお姉さんが、逆の立場になったら何だかいらいらしてるみたいだ、と翔は思う。
「問ふ甲斐無し、ぢゃのぅ。
「なら私たちはこれで失礼します。翔くんはお父さんお母さんと乗り合いバスで駅まで行ってくださいね。では、また。」と暖を伴い千年杉の向こう、林道の奥へ進んで行く克子。
あ、ぼくらを置いて行くんだ、結構薄情だな、仲良くなったと思ったのに、好い人だと思ったのに、みんなお芝居だったのか、悲しいなぁ……。
って言うか、クルマん中のウチの荷物どうすんの? 返してくんないと困るんですけど。
「う~む……人の身でありながら、
「あの人たちは確かに酷いですけど、お姉さんも酷いですよ。祠へ近付くなって言ってくれたら何もなく済んだ筈なのに、それどころか喰えって……。」
「まぁ狐といふものは元来、蛇を襲って喰らふのが大好きぢゃからな。我が喰ふなと言ふても狐は聞かんぢゃろ。」
「だとしてもです。」
「まぁそう責めるな。勝ちは見えておったし、おぬしも蛇を身に宿して強る。話としては悪ぅない。と雖も、
「蛇に支配されるとか毒を受けたとか、物騒なこと言われたんですが、それでも悪くない話なんですかね?」
「支配云々はのぅ、おぬしと狐がタッグを組んで、必要なら巌と詠子がサポートして、蛇を抑える。然らば何とでもなろう。」
「お姉さんはサポートしてくれないんですか?」
「すまんのぅ。我、基本的にあの宿から遠くへ出られんからのぅ。その代わりと言ふわけではないが、毒は我が今この場で癒やしてやるわぃ。」
少女が翔へ手を伸ばす。そっと翔を抱き寄せる──頬を寄せ、抱きしめる。
一瞬心臓が激しく拍動する。が、直ぐさま安堵と歓喜に包まれる。目を閉じ、穏やかで柔らかな寧静に浸る。
嗚呼、ぼくは、今、幸せだ! と心の底から想う。
毒以外の不安要素は何ひとつ具体的に解決していないのだが、翔の楽観は天元突破だ。
お姉さんが何とでもなるって言ったんだ。ぼくはそれを信じるだけだ。それで良い。