CクラスでもDクラスでもEクラスでも少年少女たちは頑張ります!!   作:酒匂馬酔木

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2月10日 夜9時 カラオケ屋 龍園翔

スカルズの店内へ坂上数馬が呼び入れた女は──!

 

獺祭克子(だっさいかつこ)!」狐と蛇が騒ぎ出す。

「憶えてくださってる様で嬉しいですね。」微笑む克子。

「こっちゃ嬉しくも何ともねぇんだよ。おい、七三眼鏡。この婆ぁが出て来りゃ俺が手前ぇの提案を呑むとでも思ったかよ?」と翔。

「それはこれからの話次第でしょうが、私としては彼女の登場が逆効果とならないことを願うばかりです。」と坂上。

話だぁ? こんなところで狐だの蛇だの母木森羅教だのの話をされちゃあ堪らねぇ。

半グレどもの間で、俺がアタマのオカしいオカルト系の残念な男だと思われっちまう。沽券に関わる。

「近くにカラオケ屋がある。そこで話すぞ。牧ぃ付いて来い。」「はい、龍園さん。」と答え、すかさずカラオケ屋へ電話する牧。

「何か大変そうね。あたしも行きましょうか?」と髭の角刈りが心配そうに訊いてくる。

浪野が完全に離反した場合に備えて暴力要員は牧以外に何人か居た方が良い。

腐っても警官。アルミ合金の特殊警棒だけじゃなくニューナンブM60を装備している。

婆ぁの思惑が解らない以上、浪野への警戒は怠っちゃあいけねぇ。

店内の暴力に長けた輩を牧以外に三人選んで命じる。

「お前ら、カラオケ屋の前で浪野を抑えとけ。怪しい動きをしたら容赦すんな。俺らの後に誰かが店に入ろうとしたら追い返せ。」

 

朝5時まで営業するカラオケ屋。中学生が深夜に来店しようが喫煙しようが飲酒しようが余程のことがない限り放置する、そんなイリーガル上等のカラオケ屋だ。流石に大麻を喫ってたら嗜めたりはするが。

牧がルームを全て見て回り、ビジネスの末端として使い潰しても良い様なバカ丸出しの不良然とした中学生を6人ピックアップする。全員店の表に立たせる。

浪野を指差して言う。「こいつが店ん中に入ろうとしたら止めろ。警棒や拳銃に手を掛けようとしたら迷わず一斉に襲い掛かれ。二、三人で、こいつの脚と腰へタックルかましてぶっ倒して、残りの連中は顔面と首を踏み付けろ。良いな?」

「うっす。」「はぁ~い。」「了解でぇ~す。」「何か面白そうっスね。」「ボコしたあと拳銃貰っちゃって良いスかぁ?」「じゃ、俺、制服と手帳な。」不良中学生どもがへらへら笑いながら言う。

「好きにしろ。」と牧。それを聞いても浪野は相変わらずにやにやしたままだ。

「あんたたち、気合入れなさいよ。」と髭の角刈り、滑川亀之助(なめかわかめのすけ)

「あんま嘗めてっと死ぬぞ。そいつ、一応剣道三段だからな。」とスキンヘッド、蔓葉源太郎(つるはげんたろう)

「お前ぇらが警棒でアタマぁカチ割られたり銃で撃たれたりでおっ()んでも骨ぇ拾ってやっから安心しろ。」と刺青だらけ、黒木一二三(くろきひふみ)

「ぎゃはは! 怖ぇ~!」爆笑する不良中学生ども。「待つのもメンドいし、もう()っちゃって良いっスよね?」「ぶひゃひゃ! 殺る気満々!」「ヒャッハー! こいつもう死んでんじゃね?」「ポリ公、今日がお前ぇの命日だぜぇ!」「草葉の陰から俺らがニセ警官やんの見てろや。」

それを聞いて牧は思う。流石、俺。バカを見る目は確かだな。こんくらいアタマのネジがぶっ飛んだクソバカじゃねぇと警官は抑え切れねぇ。て言うか、剣道三倍段だ、抑え切れる筈もねぇんだが。一瞬だけでも肉の壁になってくれりゃそれで良い。あとは三人が何とかするだろ。

「じゃ、亀之助さん、源太郎さん、一二三さん、あと宜しく。俺はルームの前に居ますんで。」

 

防音のしっかりした小さめのルーム。丸いガラス窓が付いたドアを閉めれば、翔たちの会話は外に漏れない。

その窓越しに、翔たちが独自に作った手話で『準備OK』と翔へ伝える牧。小さく頷く翔。

 

押し黙ったまま、顰めっ面で克子と坂上を睨みつける翔。大人ふたりは静かに微笑む。翔の威圧を受け流す。

店員が飲み物と料理を持って来る。スカルズ同様、相手の全身が見える透明なガラステーブル。翔の前にバーニャカウダが置かれる。

和食をこよなく愛する翔にはイタリア料理を喰う趣味などない。

相手が妙な動きを見せた時に、カラオケ屋特製の超絶熱々バーニャカウダソースを顔へぶっかける為だけに頼んだものだ。

オリーブ油が多めの煮え滾ったソースは殺傷力がとんでもなく高い。顔面に酷い火傷を負えば、相手はほぼ戦闘不能になる。

 

麦焼酎の緑茶割りをひと口呑む翔。舌と喉を湿らせる。店員が出て行ったあと「で、婆ぁと七三眼鏡と浪野はどういう関係だ?」と訊く。それに克子が答える。

「ふたりは母木森羅教の信徒ですけど、坂上くんの信仰心は浅いでしょうね。もしかしたら皆無かも。それをわかった上で、私が坂上くんへ、龍園くんをスカウトする様進言しました。」

七三眼鏡は教義に基いて俺や教団に絡んでるわけじゃねぇのか。動機の源泉は金か権力か、そんなとこなら婆ぁよりゃずっと御し易いだろうな。

「七三眼鏡と浪野は、俺をどこまで知ってんだ?」

「ビジネスマンであり、東京兇戮穢蝕(クルエル)のリーダーにして、八つの半グレグループの連合会ヤマタノオロチのチェアマン。それ以上のことは知りませんよ。浪野さんも同様でしょう。」と坂上。首肯する克子。

ヤマタノオロチまで知ってんのかよ。だが、狐と蛇を知らねぇんなら今は用無しだ。

「なら、ここから出てけ。俺ぁ婆ぁとだけ話す。」「わかりました。」素直にルームを出て行く坂上。

 

牧に命じられ、ウィングチップを脱がされる坂上。額を壁にくっつける形で正座させられる。手は後ろに回され、親指と親指を結束バンドで縛られる。

店員がやって来る。牧が坂上を顎で指す。それを見て、店員が坂上のスーツの懐を探り、ビジネスバッグを漁る。財布の中の現金は十万円ほど。クレジットカードはなく、ゆうちょのデビットカード。運転免許証とバッグの中の書類をスマホで撮る。

坂上のスマホを奪い、指紋認証と顔認証で画面ロックを解除。PINコードを再設定。更に指紋認証と顔認証でクラウド上にあるパスワードマネージャーのセキュリティーも突破。全データを店員が持って来たノートPCに保存する。

スマホの履歴や保存されたファイルの数は著しく乏しい。SNSをやってる形跡も無い。他に何台かスマホを持っていて使い分けているのだろう。ゆうちょの口座にログインする。ショボい額がショボく動いてるだけだ。

「財布だけじゃねぇ、どうやらスマホも表の顔用みてぇだな。安月給の教師がゆうちょで開設してる口座の情報なんて高が知れる。俺が知りてぇのはお前ぇが裏社会のどこと繋がってどんだけ金が動いてるか、なんだよ。お前ぇヤクザだろぅがッ、あぁん! そんな金の掛かったカッコした教師なんざぁこの世にゃ居ねぇんだよッ!」

涼しい顔で無言を貫く坂上。

「まぁ龍園さんがお前ぇの高校へ行くってんなら、お前ぇが龍園さんの世話をすることになるかも知んねぇ。だから情けを掛けて、お前ぇのゆうちょの口座はイジらねぇでおいてやんよ。迷惑料として百万ほど貰いてぇとこだがなぁ。」

「それはどうも。感謝します。ところで……。」「何だ? 坂上ぃ。」

「龍園くんだけじゃなく、あなたのお世話もさせていただけませんか?」

その言葉に驚く牧。何言ってんだ、こいつぁ……?

「もし龍園くんがウチへ入学すると心に決めてくれるなら、あなたもスカウトしますよ、牧午朗くん。」

 

「俺ぁ4月から青高の2年生だぜ? そこそこ以上に良いとこなんだがな。なのにお前ぇが居る狂った学校へ転校しろってか?」

「いえ、転校ではなく編入です、また1年生からやり直すことになります。」

「はぁ?」こいつ、マジ何言ってんだ?

「龍園くんはウチのCクラスへ入ることが決まってます。龍園くんが承諾すれば、の話ですが。私はCクラス担任の立場を利用して、龍園くんの兵士になれそうな人材を十数人スカウトしています……が、将校の候補が少しばかり不足気味で困ってるのですよ。偏差値70台の高校に通い喧嘩は負け知らず。関東真喧嘩道衆の牧くんなら、龍園くんの右腕に相応しいと思いますよ。」

関東真喧嘩道衆……。こいつ、龍園さんだけじゃなく俺のことまで調べてやがったのか? それで俺らふたりをスカウトとか、龍園さんが言った様にマジ狂った高校だな。

だが、相手がどんだけ狂ってようが、正さなきゃいけねぇとこは正しとこうか。「買い被り過ぎだぜ……。俺ぁ負け知らずってわけじゃねぇ。」

「龍園くんに喧嘩で負けたのですね?」

「あぁ、俺だけじゃなく道衆の全員、龍園さんにゃ敵わねぇ。百戦しても百敗するだけだろうな。」と笑顔で言う牧。

 

「龍園くんがストリートファイトで頭角を現し始めたのは5年前、僅か10歳だったそうですね。その後、新宿ファイティングボーイズのリーダーになり、小学6年生で、関東真喧嘩道衆のメンバーたちから一目も二目も置かれる様になった。徒手空拳の喧嘩に長けているだけではなく武器を使うことにも躊躇しない大人たち相手に、小学生が傷ひとつ負わずに完勝。とんでもない逸材ですよ、龍園くんは。いやはや、現実とは思えない様な話ですがね。」

翔を称賛されて嬉しくなった牧の口が軽くなる。

「喧嘩じゃ後ろに目が付いてるみてぇな凄ぇ動きをするしな、龍園さんは。出る杭は打たれるで、ボウガンとかスリングショットとかの飛び道具だのマチェットだのカランビットだの警棒型スタンガンだの毒針だの毒霧だので闇討ちして龍園さんを再起不能にしてやろうと試みた連中も大勢居たけどな。全員返り討ちだよ。マジ笑っちまう。」

喧嘩に強ぇだけじゃねぇ。他にも、クルマで轢こうとしたら龍園さんがパルクールで躱してクルマは電柱に激突して大破、前席のふたりは両脚切断の憂き目に遭ったとか……郵便爆弾やテグスで足を引っ掛けて階段から落とす物理的なトラップも、巨乳で顔の良いヤリマン女を充てがって淋病と梅毒で弱らせてから襲うハニートラップも……まぁそういうのをハニートラップと言って良いのかは知んねぇけども、何もかも龍園さんに見抜かれたとか……危ねぇ状況を回避する能力が凄ぇ。

そういう系の龍園さん伝説にゃマジ枚挙に暇が無ぇ。

何だかはわかんねぇけど、超常的な第六感みてぇなのが備わってるって言われても納得しちまう。龍園さんはそんな人だ。

 

「龍園くんを尊敬……崇拝してるのですね。」「ああ。そうだな。」

後ろ手に縛られているというのに優雅な所作で(にじ)り、牧と正対する坂上。両者の目が合う。

「ならば、尚更です。先程バーで、ウチは普通教育を主とする高校だと言いましたが、その内実は全く以て普通じゃありません。特に、喧嘩屋というよりはビジネスマンである龍園くんには相応しい環境であると言えます。龍園くんの為に働いてください。三年間、退屈はしませんよ。いえ、それどころか忙しさに目が回る様な毎日になるでしょうね。」

笑顔を消して言葉を継ぐ坂上。

「それに、普通じゃないどころかとんでもない実力を持っている少年少女たちが全国から毎年集って来るのですよ。そんな、相対すだけでも容易ではない生徒たちを、龍園くんと牧くんで屈服させて、卒業後もずっと喰い物にしてみたい、と……そう思いませんか?」

こいつ、こっちの琴線に触れるワードで畳み掛けて来やがる。話せば話すほど段々こいつのペースにハマッてくカンジがするぜ。

ヤクザの言葉は聞くなってぇのがこの世界の常識だし、オカルト的なフィクションだと悪魔の言葉は聞くなってぇのも良く言われる台詞だな。だが、ここで話を切り上げるのも勿体無ぇ気がする。さて、どうしたもんか……。

と、自分が周囲から悪魔と言われてることは棚に上げる牧。

狂った高校で龍園さんの軍団の一員として暴れたり陰で動いたりすんのはかなり面白そうだが……。

「どうも良くわからねぇなぁ。もしその通りになったとして、お前ぇにどんな旨味があんだよ?」「そこらへんは親睦を深めながら知っていってください。」

やっぱヤクザだな、必要なこと以外、一切はっきりとは話さねぇ、と思う牧。

親睦がどうとかタリぃこたぁ抜きだ。こっちで直ぐ調べて明日にでもお前ぇの全てを知ってやんよ。

先ずは調査だ、と翔の右腕候補らしく翔と同じ結論に至る牧。

チームのメンバーを誰にして、どの方面からどう調べさせるかを考える。

「おぅおぅ、そうかい、親睦ね。まぁそりゃそれで良いや。じゃあよ、お前ぇんとこの普通科高校がどんな風に普通じゃねぇのか、それを聞かせろや。」

「良いでしょう。ウチは実力至上主義を謳っていましてね……。」

 

「龍園くん、10年会わずにいたら随分と変わってしまいましたねぇ。5歳の時は素直で可愛い良い子だったのに。」笑みを深める克子。

ふたりになったらいきなり煽って来やがったか、婆ぁ。

「おい、婆ぁ! 笑ってんじゃねぇ! 俺が変わったのは手前ぇが蛇を嗾けたからだろうがッ! あれから蛇が俺ん中に棲みついて、事ある毎に口ぃ開けて舌ぁ出してシャーシャー言って来て煩くて敵わねぇんだよ! 騒音被害だ。俺の日常生活とビジネスへの邪魔立てをしてるだけじゃねぇ、俺の心身両面の健康を損なってんだよ! 迷惑料と慰謝料を払いやがれッ! 十年分で一千万だ、(ビタ)一文負からねぇぞッ!」と、取り敢えず凄んで脅してみる翔。

溜息をひとつ吐いて克子が言う。「一千万とか論外ですね。貴方の表層心理は大きく変わってしまいましたけれど、今の貴方のそれは、元からあった貴方のペルソナのひとつです。狐も蛇もただの切っ掛けに過ぎませんよ。貴方が貴方自身の選択で貴方らしさを獲得した、それだけの話です。」

「はぁ? クソ婆ぁ、狐は兎も角、蛇に関して責任転嫁しやがるとか、脳に蛆でも湧いてんのかよ?」「私は罪を犯したわけでも失敗したわけでもなく、負うべき責任などありませんから責任転嫁とは言えませんね。それに……。」「何だ? 腐れ婆ぁ。」

「私と(のん)は貴方をあそこへ誘っただけです。蛇を嗾けてなどいません。祠へ近付いて蛇を喰らえと言ったのは座敷童子の少女と狐。それを承諾して喰らったのは貴方。嫌なら断れば良かったんですよ。」

それを言われると少々弱い。少女の責任が皆無というわけではないと解ってはいる。だが、事の顛末をあまり少女の所為にはしたくない──未だにそんな心情であることは否めない。

だが、やはりここはこのまま克子を詰ってゴネた方が良い、と判断する翔。相手の弱点がわからない内は、無言──か、脅す、若しくはゴネる。ゴネるとアタマが悪いと見られて侮られるが、その侮りが相手の失策に繋がるかも知れないし、ゴネればゴネるほどゴネ得で金になるのは裏社会では常識だ。巷間思われているほどゴネるのは下策というわけではない。

「その、誘ったってぇのが発端だろぅがッ! 手前ぇらが悪ぃのは明白だ。性悪婆ぁ、迷惑料と慰謝料を払え。今直ぐ払うってんなら消費税分削って910万に大幅値下げしてやっても良いぜ。」婆ぁの本音か弱点が見えて来るまでこの調子でゴネ続けてやる。

「ですがね、誘った結果、喰われた蛇が嬉々として貴方に尽くし懸命に働き続けて、それで今の貴方のその地位があるわけで。蛇はかなり役に立ったでしょう? ウィンウィンですね、良かったじゃないですか。騒音被害なんて実際は無いに等しいでしょうし、私が貴方にお金を払う謂れはないですね。」

蛇が俺に尽くして働いた、役に立った……か。まぁ、今まで幾多の危機を乗り越えられたのは、蛇が特殊な認知機能と能力を有してたからってこともあるっちゃある。だが、蛇は暴力への欲求が凄ぇ。気を緩めてると蛇の欲求に引っ張られて意図せず暴力沙汰になっちまう。マジで蛇は厄介だ。俺がこんなんなっちまったのは蛇の所為だな……うん、まぁ、主に、だが。

「蛇が居なくても俺と狐で今の地位は築けたぜ。いや、そもそも蛇が居なかったら半グレなんぞにゃならずに、優等生の健康優良児として剣豪宮司になるべく真っ当な道を一直線に歩んでたかも知れねぇ。俺ぁそんな可能性を手前ぇらと蛇に喰われちまった、とも言えるぜ。」

「可能性、ですか……。それを言うなら……。」「何だ? 奸悪婆ぁ。」

 

「蛇にも可能性があったのですよ。あのまま祠で祀られ霊威ある大蛇として川を下り大海へ出て、空に昇り天(かけ)る龍と成る。そんな可能性が、ね。貴方は蛇の魂だけでなく、蛇が本来持っていた筈の可能性も()んだのです。」

可能性って言葉が鉤になったみてぇだな。そこから婆ぁの思惑が見えて来る予感がするぜ。もうちょいと突っ突いてみるか。

「山に千年海に千年ってヤツか。絵空事だろ。そんな夢想が母木森羅教の悲願だったりすんのかよ? 目出度(めでて)ぇアタマしてんな、手前ぇら。」

十年前、婆ぁは、俺が蛇に負けるのは最善じゃあねぇが次善みてぇなことを言ってたな。そこから婆ぁの思考を推察するに……。

「まぁ二千年掛けて蛇が龍に成るのを確かめるわけにもいきませんから、絵空事に等しいでしょうね。ですが……。」

克子が三日月の様な笑みを浮かべる。

 

「蛇が貴方の中に居るなら話は別です。」

別……か。まぁそう来るだろうな。話の流れがどうなるか、大体読めて来たな。勝ち筋が見えて来たぜ。さて、どこまでどうボケてゴネてやるかな。と思案する翔。ボケまくってゴネまくって焦らしに焦らしてから、最後にどんと俺の価値を爆上げさせてやる。

「蛇が貴方と一緒に人の世でこの上なく刺激的な経験を日々積んで行けば、二千年と言わず数十年で、もしかしたらあと十年と掛からずに龍と成れるかも知れません。龍園くん、貴方、その身に龍を宿してみたいと思いませんか?」

まぁ確かに、蛇が大きくなってきたのは感じる。大蛇と言うにはまだまだだが。それが、あとたった十年ほどで……か。俺の厨二心を的確にくすぐって来やがって。マジでムカつく婆ぁだぜ。

「とは言え、経験を積むだけでは足りません。大勢の霊格が高い人々から龍園くんが畏れられ敬われなければいけません。人の意こそが彼らを彼らたらしめるのですから。」

彼らってぇのは狐だの蛇だの座敷童子の少女……そこらへんを総じて言ってるのは解る。

「その為の絶好の場が坂上くんの高校です。龍園くん、そこへ入学してください。それを承諾してもらえる様に貴方を説得するのが今夜の私の目的です。」

「霊格と来たかよ、大仰な上に益々オカルトだな。」

「では、ハードルを下げて言い換えましょうか。生命力が強く泰然自若として志が高邁な人たち、とでも。ちょっと冗長な表現ですけど。」そんな連中が集まるガッコ……か。そいつらぁただの優等生ってわけじゃねぇってことか。確かに刺激的だぜ。

まぁ兎にも角にも、一千万を払えだの払わないだのと益体の無ぇ話で態々遠回りして、やっと初めて婆ぁの本音……か、それに近いものを聞けた、そんな気がするぜ。

完全に狂った思考だし、婆ぁの言うことが正しいって確証なんぞ何も無ぇが、それを知れただけでも今夜の会談は意義があった。婆ぁの顔にバーニャカウダソースをぶち撒けなかった俺を褒めてやりてぇぜ。

だが、まだまだだ。もっと踏み込んで訊いてやる。

 

「で、その先に何がある?」

「今後、龍園くんが生きている間は、今よりもっともっと高いレベルで、龍園くんの好き勝手に生きて好き勝手に周囲を蹂躙して、人の意を一身に受けてください。龍園くんが死んだ後は、荒ぶる神だの祟り神だの恐ろしい龍神だのと、人々から手厚く祀り上げられてください。」

成程、それが狂った教団の、狂った婆ぁの狂った目標か。好き勝手に生きろってぇのは吝かじゃねぇが、最後の方はダメ過ぎるだろ。

「15歳を相手に、死んだ後の話かよ? しかし、俺ん中の蛇が龍に成るだとか……。蛇に望んでることがあるとしたら、毒蛇だってんなら毒蛇らしく、喧嘩相手をぺちぺち引っ叩くだけで毒で弱らせっちまえる様にしろと。あとシャーシャー喚くなと。そんくらいのもんだぜ。」

「毒手とか漫画の死刑囚じゃないんだから無理ですね。」と、きっぱり言う克子。「ですが、龍園くんが蛇を……。」

 

そこへ、翔のスマホが着信を知らせて来る。画面を見る。長野の曽祖父、活華巌(かっけいわお)からだ。

通夜振る舞いで酒ぇかっ喰らってる頃合いの筈だがな。流石の豪胆な爺ぃも娘が逝っちまった寂しさに曾孫の声が聞きたくなったか。まぁ何にせよ悪くねぇタイミングだぜ。爺ぃはずっと前から獺祭克子と話がしてぇと言ってたしな。

克子の話を掌で遮り電話に出る──いきなり「おぅ、翔、スマホをスピーカーモードにしろぃ。」と命じられ、何も訊かず手拍子でその通りにする。「婆ぁ、モノホンの剣豪宮司が出て来たぜ。」獰猛な笑みを浮かべる翔。

克子が表情を曇らせる。

「うぇ~い、どうも獺祭克子さん、お初でぇ~す。」齢百にもなろうという老人とは思えない物言い。更に克子の表情が曇る。

「話は聞かせて貰ったぜ。お前さん、俺の大事な曾孫を道真か将門みてぇなもんにしようってんかよ?」

その言葉に、慌ててソファーから立ち上がる克子。険しい表情で周囲を見回す。はっとした様に克子の体が硬直する。

翔が克子の視線を追うと──スピーカーの上に緑色の物体──雨蛙だ。

「詠子さん、生きてたんですか?」と雨蛙に向かって問う克子。ケロッとひと声鳴く雨蛙。

はぁ? おおおばちゃんは今棺桶ん中だろうがよ?

「すっかり騙されましたね。私がこんな単純な手に引っ掛かるとは……。」溜息を吐く克子。

スマホから死んだ筈の大叔母の声が聞こえて来る。「久し振りだね、克子。五十年振りくらいかい?」

克子は唇を噛み、無言。

「翔を守護するあたしが死んで、翔がひとり家で留守番。活華の家も渭伊(いい)の家も長野であたしの葬儀。あんたは蛇の成長を気に掛けてる。ヌルい獣高なんぞへ行くことにした翔を翻意させる為、この機会がベストと踏んであんたなら動く。そう思ってたら案の定だ。」

葬儀は俺を餌に婆ぁを引き摺り出す為の偽装だったのかよ? 道理で俺ぁ長野へ行かなくても良いって言われるわけだ。

詠子が言葉を継ぐ。「あんたと話がしたくてねぇ、十年掛けて蛙をあちこち忍ばせたりして、あんたが引き籠ってる里をやっとのこと見付けた時ぁ、直ぐ様あたしらふたりで直接出向こうかとも考えたんだけどねぇ。あんたの周りにゃ害獣駆除って名目で麻酔銃や散弾銃やライフルを持った兵隊が大勢居るだろ? まぁそんな連中とやり合ってもこっちゃあ敗ける訳ぁないんだけどね。それに、翔抜きで話をするんじゃ翔もカッコがつかないだろ。そんなこんなで、子供騙しだけどもこういう罠を仕掛けさせてもらったのさ。」

「詠子さん、貴女、今どこに?」その問いに巌が答える。「カラオケ屋の前に俺と居るぜ。お前さん子飼いのお巡りは可哀想だが病院送りだな。全治3ヶ月から半年ってとこだろ。あと、何か知んねぇけど一緒に居た小僧どもも何だかわけわかんねぇから全員寝っ転がしといた。」

「浪野くんは剣道三段なのですがねぇ。翔くんとの交渉は平和裡に終わらせる積りだったので、私の護衛は彼ひとり、形ばかりでじゅうぶんだと思ってたんですが……。まぁ、突如として現れた剣豪相手に大した心構えも出来てないままでは敵う筈もありませんね。」「おぅよ、たりめぇだろ。俺の登場を予想してようと、だ。剣道三段如きと俺とじゃ雲泥万里、天と地ほどの差があるわ!」

 

「おいおい、爺ぃ、やり過ぎだろ。俺の手駒の半グレ三人分、治療費は爺ぃが出せよ。あと、店ん中の金髪スカジャンにゃ手ぇ出すな。」

「坂上くんにも手を出さない様に言ってください。」「しょうがねぇな、爺ぃ、七三眼鏡は二、三発ぶん殴る程度に留めとけ。」そう言ってククク……と笑う翔。

「そうか、七三眼鏡とやらも寝っ転がしときゃ良いんだな、任しとけ。あぁそれからよぅ、獺祭克子、お前さん、逃げようとしたら問答無用でぶった斬るぜ。あと、これから俺がそっちへ行って幾つか質問するがよぅ、言い淀んだらぶった斬る。嘘を吐きやがったと俺が判断すりゃぶった斬る。わかったか?」

苦虫を噛み潰した様な表情になる克子。

やっぱメンド臭ぇ交渉術なんざぁ、モノホンの暴力の権化って不条理を前にしちゃあ土崩瓦解しちまうだけだな。俺がどう話を運ぶか考えてたのも殆ど意味が無くなっちまったが、それよりもこの婆ぁの表情だ。

婆ぁお得意の小理屈を捏ね繰り回した言葉の駆け引きが通用しねぇ、それを知った婆ぁのこの絶望的な表情……プライスレスだぜ!

かと言って、『振り切れた暴力』はダメだ。チカラも金もコネも知恵も気概も無ぇ弱者相手なら通用するがオーバーキル過ぎて意味が無ぇし、そうじゃねぇ相手にそんなもん使ったら戦争になっちまう。双方人死(ひとじに)が出る。そりゃ馬鹿のやることだ。暴力なんてもんは、相手が治癒不能な外傷を負わねぇ程度に済ますだけで良い。それで向こうをビビらせて(ナシ)を付けるのが理想。戦争になる可能性をチラつかせるのは最終手段だ。暴力が介在することになっても、結局のところ肝心要なのは『交渉』だ。

「爺ぃ、ぶった斬るのはナシだ。」爺ぃも判ってるたぁ思うが、一応釘を刺しておく。

 

激しい音を立ててルームのドアが開く。坂上が蹴り飛ばされて転がって来る。

ドアの向こうで牧が口をだらしなく開けて呆然としてるのが一瞬見えたが、戦闘モードで(いき)り立つバケモンみてぇな謎の老人ふたりに遭遇してその鬼気に触れたら、まぁ大概そうなるわな。無傷みてぇだが、あとでメンタルケアが必要かも知んねぇな。

坂上は脂汗を垂らして呻きながら悶絶している。肝臓でも殴られたみてぇだな。インテリヤクザめいたクールネスを気取っていた慇懃無礼野郎の澄まし顔が完全崩壊だぜ、ざまぁ。「腎臓はやっちゃいねぇから安心しろぃ。」と草野球チームのユニフォームを着た巌が言う。野球用品メーカーのロゴがでっかく入ったバットケースを持っている。職質を避ける為の扮装だ。そのケースの中に刃渡り70センチ弱の直刀が収まっているのを翔は知っている。

詠子はチアリーダーの格好をしている。おおおばちゃんのノースリーブミニスカ姿とか見たくなかったぜ、と嘆く翔。

坂上の肩を蹴り仰向けにし、鼻先に全体重をかけて跨る詠子。あぁ、こりゃ地獄絵図が繰り広げられる予感しかしねぇ。

「ふん、ふん。ふん!」腰を動かす詠子。薄布越しに老女の(ほと)菊坐(きくざ)を顔中へ(なす)り付ける。坂上は後ろ手に縛られていて抗えない。眼鏡のパッドが顔に食い込む。何とか弱々しい膝蹴りを詠子の背中に繰り出そうとするが、その膝を巌に踏み砕かれる。「ぐぎゃあぁあッ!」と叫ぶ坂上。

「うりゃ、あたしのくっさいくっさいお股の臭いを嗅ぎな! うけけけ……うけろけろ。」奇っ怪な笑い声を上げる詠子。全力で目と口を閉じながら吐き気を堪え、むぶうぅぐげぇ、うごぼぉおうぅ……と喚き続ける坂上。肩は詠子の両手で押さえられている。頑張って首を左右に振ろうとするが、詠子の両足で頭を挟まれて逃げられない。口を強く閉じているから鼻を潰されている間は思う様に息が出来ない。顔が真っ赤になり額の血管が浮き上がる。びくんびくんと半身が跳ねる。「ほれ、ほれほれほぉーれ。」窒息死しない絶妙な塩梅で腰を動かし鬼畜の所業を続ける詠子。

ありゃりゃ、こりゃ一生もんのトラウマになるなぁ、七三眼鏡、ご愁傷さん。って言うか、俺は何を見せられてんだよ。神職に就く(もん)がやるこっちゃねぇだろ、これ。拷問のエグさがある意味ヤクザ並みだな。しかも、何かしら訊き出そうとしてるカンジでもねぇ。何の為の拷問か解らねぇとか、責め苦を負わされる側としちゃ怖過ぎる。もし俺が同じことをされたら……精神の平衡を保ってられる自信が無ぇ。

婆ぁもドン引きしてんじゃねぇか。「あぁ……もうヤメたげてくださいな、詠子さん……。」

「イヤだね。あんたに与する奴ぁこんくらいされんのが相応しいってもんだよ。さて、次は顔面に放尿だ。たっぷり小便を飲ませてやっから覚悟しろや、七三眼鏡。おりゃ、口を開けな。」坂上の頭をガシガシ両拳で小突く詠子。「俺の娘と黄金水プレイかよ。とんでもねぇ御褒美だな、七三眼鏡ぇ。」

嗚呼……常識を遥かに超えた狂いっぷりじゃあ、母木森羅教の婆ぁより俺の身内の方が上じゃねぇか……。哀しくなるぜ。

「俺ぁ二、三発ぶん殴る程度っつったんだけどな、っつーか、おおおばちゃんのそんなプレイなんて見たかぁねぇんだが。」

「そうかい、じゃこのへんにしとこうかねぇ。おいこら七三眼鏡、翔に感謝しな。」坂上の髪はぼさぼさに乱れ、眼鏡はフレームが歪んで顔から外れかけていて用を成していない。もう七三眼鏡と言えなくなっている。

立ち上がり、坂上の鳩尾を踵で踏み付ける。げぇえッと大きく口を開け舌を出しげほげほ咳き込む坂上。顔面は蒼白。更に体重を乗せて胃を踏み付け、坂上を蹴り転がす。げっげろげろ。スタイリッシュなオーダーメイドの高級スーツがゲロまみれになる。それを見て「うけけけ……うけろけろ。けろけろ。」と、また詠子が奇っ怪な蛙めいた笑い声を上げる。

笑い方が怖ぇ。人間性が滲み出る。まぁウチの老人ふたりはもう人間じゃねぇから今更人間性とかどう見られようが構わねぇんだろうが、俺は変な笑い方をして周りから変に思われねぇ様に気を付けよう。自分でも気持ち悪ぃもんな、ククク……とか。せめて、クッ、程度にしとこう。

 

「よし、婆ぁ、一段落付いたとこで話の続きと行こうか。」「何が『よし』なのかわかりませんけどね。」

「おぅおぅ、話の主導権を翔が握るのは当然としてよぅ、その前に、こっちゃあ訊きてぇことがあるんだぜぇ。」そう言やぁ、幾つか質問するっつってたな。「何だよ? 爺ぃ。」

「俺たちゃこの十年、お前さんを散々探しまくったんだよ、獺祭克子。いや、他にも幾つか名前があるな。お前さんの足跡を辿ったら、獺祭(よね)、獺祭志乃(しの)。旧姓なんかは知んねぇが、偶手(ぐうで)克子。偶手藍子なんて名乗ってたこともあったみてぇだな。ところが、母木森羅教の宗教法人役員名簿を覗いてみてもどの名前も無ぇしよぅ。本名がわかんねぇからこっちゃお前さんを探すのに苦労したぜ。お前さん、ホントの名前は何てぇんだ? 聞かせてくれや。」

「五十年前あたしとツルんでた時期は偶手克子だったねぇ。あんたぁあん頃ぁ、素直で可愛い良い子だったのに。」と鼻で笑う詠子。翔への煽りが詠子経由で返って来て、苦々し気に顔を顰める克子。

「……今は獺祭克子でお願いします。」「そうかい。そこはまぁ良いや。お前さん、色んな名前で色々と悪辣なことをやってたみてぇだが、獺祭克子を名乗って以降複数のフリースクールで校長になってんのをちょいと前に俺たちゃやっと突き止めたわけよ。で、フリースクールやってんのは、アレか? そこの子らに蛇を宿らせるのが目的か? 一応言っとくが、嘘吐きやがったと俺が思った時点で残酷な拷問開始だぜ。」

「拷問は勘弁してください、降参です……。こうなったら訊かれたことは何でも話しますよ。」両手を上げて嘆息する克子。

「フリースクールの主目的は仰る通りです。フリースクールという環境にはスペシャルな能力を持った子たちが集まり易いので期待したのですが、完全に成功と言えるのはフリースクールとは関係のない翔くんだけでした。(のん)にも試みましたがね。」「思いの外、随分と素直に喋るじゃねぇか、婆ぁ。」苦笑する克子。「坂上くんみたいな目に遭いたくないですからね。」坂上は浅く息をしながらゲロまみれのままぐったりとして動かない。

「そいつぁ結構。その調子で頼むわ。ま、後で裏取りはちゃんとするけどな。で、だな、一年くれぇ前からお前さんとこに天才児がひとり世話になってるみてぇだが、そいつなら蛇を受け容れて手懐けるだけの器量があったんじゃねぇか? 何故そいつの身に蛇を棲まわせなかったんだ?」

何だぁ? その質問は。爺ぃはその天才児とやらに関心があんのかよ?

「坂上くんの高校で翔くんが彼と相対することで翔くんも蛇も成長する、そうなって欲しくて彼の世話をしてましたが、ただでさえ人を超えた存在の彼が身に蛇を宿したら余りにもチート過ぎる、そう判断しました。彼が幼年ではない、というのも理由でしたけど。」

「蛇ナシでそいつぁ俺と渡り合えんのか?」つーか、チート過ぎるってこたぁ、もしそいつが蛇とタッグを組んだら俺より強ぇのか。マジか。そりゃ爺ぃも関心を寄せて当然だわな。

その翔の言葉に細い微かな一筋の光明を見て、克子は気丈に逆転の目を探る。「そうです、翔くん、貴方と同い年、15歳の子ですよ。紛うことなき天才です。格闘は徒手技術も武器技術も達人級。どうです? 興味が湧いて来たでしょう?」まぁな。だが、話を婆ぁのペースにゃあしねぇ。必死な婆ぁを往なす意味で、ここでひとつボケとこうか。

「いやいや、何が哀しくてそんな奴と対決するみてぇなキツい人生を歩まなきゃいけねぇんだよ。俺ぁ獣高ってユルいガッコへ通いながらユルく半グレ出世双六を楽しんだあと、そこそこの大金持って足ぃ洗って、安穏と日々過ごしながら田舎で剣豪宮司になろうと思ってんだよ。ってこたぁ、蛇が龍になる余地は無ぇし、勿の論、俺が妙ちきりんな神になることもねぇ。婆ぁの思惑は大外れだな。ざまぁ。」

「おぅ、そうかい。そりゃそれでこっちゃ万々歳だ。俺ぁ今まで蛇が居ようが構わねぇと思ってたがよぅ、翔が望むんなら、ちと難儀だが俺が蛇を消滅させてやっても良いぜ。その方が煩くなくなって剣の修業に身が入るんじゃねぇか?」と巌。ナイスアシストだぜ、爺ぃ。ここは「だな。」と相槌を打っておく。

克子の顔が歪む。翔がのんびり田舎暮らしをすれば蛇の成長は殆ど見込めなくなる。それでもまだ何とかやり様もあるが、もし巌が蛇を消滅させたら、克子の悲願は完全に潰える。長い年月を掛けてやって来たことが何もかも無駄になる。老年になった克子にとってそれはあまりにも辛い、遣る瀬ない。

歯軋りする克子。そこへ「だがな……。」と、老人ふたりが来る前に立てた予定より早く蜘蛛の糸を垂らす翔。

「俺ぁ言うほど蛇が大嫌(でえきれ)えってわけじゃねぇ。狐も蛇と宜しくやってるみてぇだしな。それに先々、蛇が龍に成ったら成ったで俺にどんだけのチカラが齎されるのか、それを知りてぇ気持ちも無くはねぇ。」

「翔、お前さん、どうしてぇんだい?」巌が満面の笑みで問う。「けろけろ。」と笑う詠子。

「さて、婆ぁ、ここが手前ぇの本気の見せどころだぜ。ククク……。」あ、またクククって笑っちまったが、ここはまぁ良いだろう。クククが打って付け、そんな決定的場面だぜ。

「婆ぁ、十億寄越せ。ペリカじゃねぇぞ、円だ。それで俺ぁ手前ぇが望む通り日本唯一の国立普通科高校とやらへ進学してやる。十億だ、鐚一文負からねぇぞッ!」

さぁ、ここからが本番だ。『交渉』の時間だぜ!

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