CクラスでもDクラスでもEクラスでも少年少女たちは頑張ります!! 作:酒匂馬酔木
東京都奥多摩町の奥多摩湖畔に「奥多摩の里」と呼称される町がある。
創設初期、新興宗教「母木森羅教」を母体とした実験的なコミューンのひとつとして、細々と酪農を中心とした農園を営んでいたのだが、農事組合法人を設立してからは経営規模が次第に大きくなっていった。
農林業を手始めとして、先ずそれに関連した様々な製造業、小売業、飲食業、サービス業へと手を広げた。
ワイン、ビール、ウィスキーの醸造所を立ち上げた。
更に、IT、ソフトウェア、情報処理等の企業を誘致し、高収入を謳い全国から入村者を募り、人口は八千人を超えた。
文部科学大臣や都知事は母木森羅教と繋がりがあったので裏から尽力し、町に小中一貫私立学校が新しく創立された。
JUIDA認定のドローンスクールが開校され、ドローン物流の会社も設立された。
なかなかに将来が有望な町である。
結果、奥多摩の里の新興宗教色は、住人の殆どが全く意識しないほどに薄くなった。
しかし、コミューン期の古くからある土地に住む大人たち全員は、町の住人たちへ公にはしていないが、母木森羅教の信者である。
町の小中一貫校は表向き宗教とは無縁であるが、その古い土地にあるフリースクールでは母木森羅教の精神が受け継がれている。
とは言え、フリースクールの子供たちの信仰心の度合いは皆それぞれ違う。信仰心ゼロの子供たちもいる。例えば、一年前にフリースクールへ入った三人はそうだろう。
そのひとりが、綾小路清隆。
彼との面談が、茶柱佐枝の今回の目的だ。
明け方から二時間以上ドライブして、フリースクールへやって来た。朝6時半。
フリースクールに隣接した小規模な体育館から穏やかなピアノの調べが聴こえてくる。
「綾小路くんだね。これ。ピアノ弾いてるの。」ほぅ……と白い息を吐きながら言う坂柳理事長。
「音楽に疎い私ですが、この演奏が高レベルなのは判ります。」と返す茶柱。
車の運転手と、茶柱の付き添いで来た体育教師の
「こんな寒いのに、よくもまぁ指が動くねぇ。」と妙なところで感心する理事長。
茶柱はデジタルの腕時計を見て「零下2度ですよ。」と物憂げに言う。「早く中に入れてもらって暖を取りましょう。」
スクールの建物は大きな木造二階建てで昭和中期の学校といった風情。敷地は広い。サッカーが出来そうなほどのグラウンドもある。玄関へ近付くと、老婦人が二重サッシの重そうな引き戸を中から開けてくれた。「お待ちしてましたよ。寒いでしょ。早くストーブに当たってくださいな。」と、ストーブがある暖かい食堂へと案内される。
人心地がついた茶柱たちが長卓の上座に着く、そのタイミングを待っていたのだろう、奥のガラス戸を開け「おはようございます。」「はじめまして。」などと元気に挨拶しながら小1から中3くらいの年齢の子供たちが20人ほど食堂へ入って来る。
老婦人が粥と漬物を自分の分と合わせ五人分、卓上へそっと置く。「どうぞ召し上がって。少々質素に過ぎますけどね。」
「ありがとう存じます。」と礼を述べ、皆で一緒にしっかりと出汁の利いた熱々の粥を食べる。「美味しいです。」と心からの賛辞を贈り、老婦人は笑顔で応える。
茶碗、小皿、スプーン、いずれも高価なものではない。子供たちやスクールに携わる大人たちの服装、建物の内装、卓と椅子、電化製品、照明等を見ても、皆、贅沢をせず簡素な生活を送っているのが判る。
子供たちの食事の所作は綺麗だ。が、厳しい宗教の教義の下で抑圧され、無理矢理躾けられてやらされている、という感じはない。表情に暗さがない。
子供たちは明るく伸び伸び楽しそうに会話を交わし合いながら朝食を摂っている。
母木森羅教にもフリースクールにもあまり良い印象を抱いてなかった茶柱だが、子供たちの様子を見て、己の不見識を反省せねばならないかもな、と思う。
ここに二泊するが、その間、このスクールから何かしら自分にとって良い学びを得られるかも知れない、そんな予感がする。
身体が暖まったのも手伝い、珍しく気分が高揚して、先行きに対し楽観的になる自分に気付く。
綾小路との面談も良いものになるのではないか? と。