CクラスでもDクラスでもEクラスでも少年少女たちは頑張ります!!   作:酒匂馬酔木

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3月1日 入学試験初日 綾小路清隆と茶柱佐枝

「じゃ、私はこれでお暇するね。寒過ぎて、いつまでもこんなところには居られないよ。あぁ、寒い、寒い。」

そうぼやきながら体育館から出て行こうとする理事長。

「次、綾小路くんに会うのは3日目の夕食かな。それまで街を散策したり色んなお店やホテルで食事を楽しんだりするよ。奥多摩牛のステーキとか美味しいもの、楽しみだね。質素なお粥とか一杯でもうじゅうぶんだよ、ほんと。」

 

そう言い残し理事長が遠くへ去るのを見て、福谷が口を開く。「公の場以外で理事長の言葉を聞くのは初めてです。数時間一緒に居て思ったのは……。まぁ何と言うか、少しだけですが、子供がそのまんま大人になった様なところがある方ですな。」

それを聞いて茶柱が応える。「旧くから続く名家のお坊ちゃまだからな。赤子の頃から蝶よ花よと甘やかされたんだ。しかし、歴代の坂柳家当主たちが凄過ぎた。彼らに追いつけ追い越せという周囲からの重圧に負けたのか知らんが、若い頃は随分とやんちゃなチャラい遊び人で、一族から馬鹿息子呼ばわりされてたそうだ。街の不良やチンピラとも交友があったらしいな。当時、半グレと称される連中は未だ居なかったが、居たら居たでそういう連中とも友誼を結んでいただろう。」

「あぁ、それでウチのスカウト枠は実に個性的な子らが大勢居るわけですかな?」

「個性的な子ら、か。」と、せせら笑う茶柱。「まぁそれはあるだろうな。それもそうだし、公の場以外で理事長としてそりゃ如何なものかと思える様な振る舞いや言動をすることがあるのも、彼の地の部分の発露ってやつなんだろ。まぁヤサグレ時代を過ごした彼も、その後、黒歴史をリカバーして、今や世間からじゅうぶんに尊重される立場だ。腐っても鯛、痩せても枯れても坂柳家当主ってとこだろうな。まぁどう見ても、腐っても痩せても枯れてもいないんだが。実際、怒らせると怖いぞ。歴代当主たちの時代と較べれば、稼ぐ金は圧倒的に少なくて、坂柳家の総資産は減ってるんだろうが、何だかんだで、立法でも行政でもそれなりの権勢があるしな。陰で馬鹿息子だなんて悪口言ってんのを知られたら、福谷、お前、とんでもない憂き目に遭うぞ。」

「そんな悪口、言ったことありませんよ。捏造した噂話の流布とか、勘弁してください。」と言い返す福谷。ごほんとひとつ咳をして話の矛先を転じる。

「それにしても随分と茶柱さんは理事長についてお詳しいんですな。もしかして、お好きなんですか? 理事長のこと。まぁ顔のつくりは結構良い感じですもんね。あの年齢としちゃかなりのハンサムだと言えるでしょう。でも、不倫はイケませんよ、不倫は。いくらアラサーで彼氏がいなくて焦っていても既婚者に手を出しちゃイケません。」ニヤつきながら言う福谷。

茶柱は「理事長への好き嫌いや私が何歳かなんぞはどうでも良いが……。」と、福谷の揶揄をさらりと流す。「情報は大事だからな。特にウチみたいなところじゃ。さて……。」

清隆の方を向き話を続ける。

「あらためて、私は茶柱佐枝。お前が試験に合格したら、お前の担任教師になる。隣のこいつは福谷恭司(ふくたにきょうじ)、副担任だ。こいつは陸自の特殊作戦群からウチへスカウトされ体育教師になったという変わり種だが、実に優秀だぞ。」

「茶柱さんもスカウト組でしょう?」

「スカウト組と言っても、全然違う。私がウチの学生だった頃、ウチの全学年で自殺未遂が幾つかあってな。私が大学を卒業する年にも、再度同様な事件がウチで立て続けに起こった。未遂なんで世間では騒がれなかったし、騒がれたら騒がれたで上が手を尽くして治めたんだろうが、上は上でかなり問題視したんだろう。何をトチ狂ったか、学生の苦悩に寄り添えるだろうと思い込んで、ウチを出た私らの世代から三人も新卒で教諭を採ったんだよ。教師としての能力など度外視してな。何人にオファーしたのかは知らんが、了承したのは私と星之宮と真嶋、三人だけだったって話もあるな。それで判るだろうが、同じスカウト組でも、私と福谷じゃまぁ色々と違う。」

「そんなもんですかな。茶柱さんも優秀な教師だと思いますけどね。」

「おっと、肝心のお前を放っておいて、随分と話が脱線してしまったが、先程私が言った様に、情報は価値あるものだとするならば、これはこれで有意義な会話かも知れんぞ、綾小路。」

「その大事な情報をあっさり色々と教えてくれるんですね。」

「私個人のことなんぞ、調べれば誰でも判る、別段秘匿する様な情報でもないしな。まぁお前と信頼関係を築くには、先ず私たちが正直でなければ、な。どんな話でも、だ。」

「信頼、ですか。」「お前は容易に他人を信じたりしないだろうけどな。だからこそ益々、私たちがお前に対しポジティヴなアプローチをして行かんとってことだな。さて、と……だ。」

 

福谷が清隆の前に分厚い冊子、PCとペンタブ、無地の上質紙50枚の束を置く。

「先ずは数学だ。制限時間は四時間。満点は千点。冊子をめくれば判るだろうが、高校一年生レベルの問題から始まって、めくればめくるほど問題の難易度も得点配分も上がる。最後あたりの数頁なんて、大学の数学科で解く様な問題ばかりだ。私なんぞにゃさっぱりだがな。」

「私ぁ弾道学の基礎の基礎の計算くらいが何とか出来るだけですね。まぁ覚えても全然役に立たないんですが。」と苦笑する福谷。

「中学生レベルの簡単で基本的な問題はPCで出題されるから、ペンタブで数字なり何なり記入したりして解答しろ。証明問題だの難問だので延々と色々長々書かにゃならん場合はその白い紙で解答しろ。紙が足りなくなったら言えよ。8時に試験開始だ。」

 

茶柱が腕時計を見る。「あと10分だな。同じ時刻に同じ内容で日本中、大勢の15歳の少年少女らが試験を受ける。スカウト枠で約80人、これは理事長が告げた様に、試験の点数は度外視して合格率ほぼ100%だな。あとは全国の中学からの推薦枠、今年は8千人で倍率は100倍、試験の点数は二の次で合格者を決める。そして、一般入試枠、これはもう大人気、更に狭き門だ。受験者4万人、倍率は1000倍だ。まぁ、不合格前提の気楽な記念受験の者も居るだろうが、大半は、ウチの優秀な学生として卒業して世間に華々しく迎えられるという夢を見ての本気受験だろう。何にせよ、一般入試枠で受験する4万人は世間で言うところの天才や秀才ばかりな訳だが、間違っても最高傑作くんがそんな連中に負けてくれるなよ。」

「最高傑作だなんて自称した覚えはないんですがね。もうその呼び方はやめてもらえませんか。」

「良いだろう。お前も私をアラサー先生などと呼ぶなよ。」「呼んだことも呼ぶつもりもないですが、良いでしょう、解りました。ところで。」

「何だ?」「情報が大事なのは仰る通りでしょうから、時間まで、もう少し色々と話を聞かせてください。」

「うむ、訊きたいことはあるか?」「先ず、理事長の御息女について。一方的にこちらの情報だけ握られてるというのは、どうにも気持ちの良いものじゃありませんからね。」

清隆のその問いに対し、「知らん。」茶柱の答えはにべもない。

「ただ、今年、一般入試枠と推薦枠の両方で出願されているのは知っている。理事長の話だと一般入試枠でじゅうぶん合格可能なほどの子らしいが。学業優秀な子は一般入試枠のみの受け付けで、そうじゃない子は推薦枠やスカウト枠で拾い上げるというのがウチの基本方針だ。まぁ推測に過ぎんが、滑り止めの意味で理事長がゴリ推ししたんだろう。入学後も何かしら、高下駄を履かせたり後押ししたり厚遇したりはあるかもな。」

「理事長の印象がどんどん悪くなりますなぁ。飽くまで推測と予想、なんでしょうけども。」と福谷。

「ウチには理事長も含め、色んな思惑を持った者たちが蠢いて、ウチの教師も職員も学生も外部の関係者も、皆それぞれ勝手なことをしようとしているからな。しつこい様だが、だからこそ情報が大事になる。理事長も今は、松尾さんの友人で、お前の父の敵、という体裁でお前を庇護しようとしている訳だが、今後どうなるか分からんな。」

茶柱がそう不穏なことを言う。そこへ七瀬と老婦人が魔法瓶ふたつと箱入りの茶菓子を持ってやって来る。

 

「清隆くんの大好きな大福ですよ。試験の最中は脳味噌が糖分を欲しますから、良き時に食べてね。」清隆は物心ついてからこの里でしか和菓子を食べたことはない。大好物かどうかは他と食べ較べたことがあまりないので自分では判らない。それでも心からの礼を述べる。「校長、ありがとうございます。」

清隆のその言葉を聞いて、茶柱は椅子から立ち上がって老婦人へ頭を下げる。

「スクールの校長だったのですね。失礼ながら、寮母さんか何かだと思ってました。」

「あぁ、坂柳理事長から聞いてるとばかり。スクールの校長、獺祭克子(だっさいかつこ)です。」茶柱はその言葉を鵜呑みにしたりはしない。早朝から炊事をして皆の世話をするただの一般信徒のひとりなのだろうと思い込んでいたが、校長だった。この獺祭克子と名乗る老婦人は母木森羅教でそれなりの地位に就き、それが主な仕事なのかも知れない。そもそもその獺祭克子という名前自体、嘘かも知れない。急に老婦人が胡散臭く見えて来た。

食後、理事長と老婦人は、和やかに茶を飲みながら世間話をしていたと思っていたが……ひとつこれは訊いておこうか。

「理事長とは、どういう御関係で?」

「それは、いずれ、またの機会に。話せば長いですし。」

はぐらかされたな、と思う茶柱。

「今は、この三日間を清隆くんにとって実りがあるものにすることだけに注力しましょう。もう直ぐ8時です。試験開始の時刻ですよ。」と獺祭。

七瀬が「先生方、熱いコーヒーどうぞ。温まりますよ。」とマグカップを教師ふたりに手渡しながら続けて言う。「清隆さん、ガツンとですよ!」

相変わらず平坦な抑揚で清隆は言葉を返す。「ガツンと、だな。」無表情。だが、七瀬には判る。清隆は本気だ。

熱々のコーヒーをずずっと啜ってから茶柱が宣言する。

「8時だ! 数学試験開始!」

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