Fate/Revenant Zero 作:愉悦部副部長
始まりの御三家においても、アインツベルンが聖杯に費やした歳月はさらに古い。
凍てついた常冬の古城に己を閉じ込め、およそ千年以上も昔から聖杯の奇跡を探求してきた彼らの歴史は、まさに挫折と屈辱そして苦肉の打開策――その繰り返しだった。
独力での成就を諦め、ついにマキリと遠坂という外部の魔術師の協力を余儀なくされたのが200年前。
そして始まった第1次聖杯戦争。この頃はまだルールが整備されておらず、また令呪が存在しなかった為にサーヴァントが制御不能になるなど大規模な混乱が発生し、儀式としての体をなさず失敗に終わった。
続く第2次聖杯戦争。ここで参加者を増やすと共に令呪を始めとするルールを整備し、ようやく「聖杯戦争」というシステムを完成させる。しかし御三家の決裂を悟った外部の魔術師4人までが乱入し、参加者全員が足を引っ張り合って殺し合った結果、やはり聖杯は現れなかった。
さらに第3次聖杯戦争では、聖杯戦争を公正に監視させるべくして聖堂教会から監督役を招く。ここでは必勝を期して「復讐者」のサーヴァントを召喚するも、能力は期待外れでわずか4日で敗退という屈辱を味わう。
そして先の第4次聖杯戦争。最優のサーヴァントたるセイバーに、マスターには『魔術師殺し』の異名をとる凄腕の魔術師を雇い入れて臨んだ。そして目論見通りに聖杯戦争に勝利するも、マスターたる衛宮切嗣が土壇場で裏切りったことにより、聖杯を手に入れることは叶わなかった。
(何故だ……?)
衛宮切嗣は何を考え、何を思って聖杯を破壊したのか?
こんなことは4回の聖杯戦争では初めてのことだった。万能の願望器を目前にしながら、なぜあの男は斯様な暴挙に出たのか。全てが謎だった。
―――ゆえに。
アインツベルンの長、8代目当主アハト翁ことユーブスタクハイト・フォン・アインツベルンは再び衛宮切嗣を城に招き入れた。
裏切り者には制裁を。聖杯戦争で心身ともに消耗しきった衛宮切嗣にかつて『魔術師殺し』と呼ばれていた頃の力は無く、アハト翁がその気になればいつでも始末できる。
あるいは放逐して娘のイリヤスフィールと引き裂かれたまま、無様に野垂れ死ぬまで苦しませるのも悪くない。いずれにせよ、衛宮切嗣をどう罰するか決定権はこちらにあった。
「よくもまぁ、おめおめと儂の前に顔を出せたものだな」
抜け殻のようになった、かつての娘婿を前にアハト翁は冷たく言い放つ。
「アハト翁……」
「貴様がここに来る理由は1つしかない。大方、イリヤスフィールのことなのだろう?」
イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。今は亡きアイリスフィール・フォン・アインツベルンと衛宮切嗣の間に生まれた、たった1人の娘だ。
胎内にいる内から幾度となく魔術的な処置を施されてきたその身体は、ホムンクルスである母アイリ以上に人間離れした組成に組み替えられている。限りなく人に近い、魔術回路の塊ともいうべき人造物……それがアイリスフィールと衛宮切嗣の愛娘の正体だった。
「寄こせ、などとつまらぬ話は申すでないぞ」
何か言いかけた切嗣を遮るように、ユーブスタクハイトは釘を刺す。もとより交渉するつもりなど毛頭ない。ここにアインツベルンの裏切り者を招き、まだ生かしてやっているのは単に、始末する前にやるべき必要な作業が残っているからだ。
すなわち、情報収集とその分析。
問題が見つかったら、それを改善する。それはユーブスタクハイトが過去の聖杯戦争で幾度となく敗退する度に、繰り返し続けてきた作業だ。
第1の問題であるマスター裏切りについては、とっくに対策を講じてある。やはり開祖以来の伝統を破って、外部の血を迎え入れたことは間違いだった。次の第5次聖杯戦争では、アインツベルンから最強のマスターであるイリヤスフィールを投入すればいい。サーヴァントについても裏切りを警戒し、最強のバーサーカーを召喚する手筈を進めている。
だが、1度ならず3度も大敗を喫してきたユーブスタクハイトにとって、次の聖杯戦争に込める期待と焦りは並ならぬものがあった。今度こそ、万事に慎重を期して完璧かつ周到な準備をしなければならない。そのために役に立ちそうな情報であれば、なんであれ収集した後に対策を講じるべきだ。
そのためだけに、衛宮切嗣は謁見を許されたのだった。
「先の聖杯戦争で見たこと、知ったこと。全て申せ」
アインツベルン城には、古城全体を覆う魔術的な仕掛けが施されている。衛宮切嗣が嘘を言おうものなら、すぐに耐え難い苦痛がその全身を襲うだろう。
「貴様の返答次第では………イリヤスフィールとの将来について考えてやらぬこともない」
老当主の手には、いくつものカードがあった。切嗣の娘、イリヤスフィールもその1つ。衛宮切嗣をその気にさせ、アインツベルンの悲願達成への布石とする。
そんなアハト翁の妄執が、切嗣には手に取るように分かった。アインツベルン城へ続く森の結界が開かれた時から、そのことは予想できていた。
当然といえば当然だ。自分が彼の立場でも同じことをするだろう。
それでも切嗣が「旅に出る」と偽って士郎を残したまま冬木の家を留守にし、アインツベルンの所領に赴いたのはユーブスタクハイトから譲歩を引き出せる自信があったからだ。
(いいだろう。お望み通り、全てを語ってやる。あんたの一族が追い求めた聖杯は、とっくの昔に汚染されていたってことを)
老いた大魔術師に劣らぬ静かな怒りと熱を込めて、衛宮切嗣は全てを吐き捨てた。
***
「まさか………」
そんなことが。そんな馬鹿な話があって堪るものか。
切嗣から全てを聞いたアハト翁は、完全に言葉を失っていた。
「―――聖杯は、汚染されていた」
衛宮切嗣から聞かされた話は、予想だにしないものだった。だが、部屋に仕掛けられた嘘を発見する魔道具はピクリとも動かず、切嗣の話が嘘でないことを証明していた。
「もし僕の話がまだ信じられないというのなら、この身を隅々まで調べてみるがいい。聖杯の呪いに蝕まれ、魔術回路の8割を失った身体だ」
すぐさま、アハト翁は一族を総動員して衛宮切嗣の身体を徹底的に調べ上げた。幾度となく手を変え品を変え、偏執的なまでに検定を行っても出てくる結果は変わらなかった。どれだけ考察を重ねても、結論はいつも同じ。
―――やはり、冬木の聖杯は汚染されている。
「信じられん………冬木の聖杯が、どうしてこんなことに?」
ユーブスタクハイトは更なる調査を命じ、ようやくその原因を探し当てた。
「
それは自らが第3次聖杯戦争で召喚した、ルール違反のサーヴァント。「アヴェンジャー」のクラスを持つ反英雄の極致。とある集落で世界中の人間の善意を証明するために人身御供として選ばれ、「この世全ての悪であれ」と願われその名を押し付けられた末に英霊の座に登録された。
伝承には「殺すことに特化した悪魔」と記されていたものの、その実態は宝具も特異な能力も持たず、魔術も神秘も知らない単なる一般人。正体は何の罪も犯さず、さりとて大きな功績も持たなかった平凡な青年。ゆえにその敗北は必至であった。
しかし敗北と同時に彼もまた、願望機である大聖杯と高度に癒合する。そしてアヴェンジャーの持つ呪いの力、そのあり方は周囲の人々の願いそのものであった。それゆえ聖杯は悪しき方向に汚染され、「
「なんということだ………」
であれば、衛宮切嗣が聖杯を破壊したのも頷ける。聖杯に託した悲願が叶わないと知り、絶望したのだ。望まぬ形で成就するぐらいであれば、聖杯ごと破壊して全てをリセットして無かったことにする。
(だがしかし、我がアインツベルンにとってはどうでも良いことだ……)
まったく、つまらないことをしてくれた。アハト翁は呆れ果てると共に、大きな溜息をついた。
(我が一族の悲願は“第三魔法の成就”のみ……あとはどうなろうが構わぬ)
失われた第三魔法『
かつてアインツベルンから失われたとされる秘技を求めて一千年……そんな気の遠くなるような試行錯誤をしている内に、もはやユーブスタクハイトの中には“第三魔法の成就”への執念しか残らなくなっていた。
呼び出した聖杯が何のためのものであるかという目的は、もはや眼中にさえない。ただ、その長きにわたる探求が無意味なものでなかったという確証を得たいがために、ただそれが「存在する」ということを確かめるためだけに聖杯を掴まんとするユーブスタクハイトは、とうの昔に手段と目的とを履き違えてきたまま歩み続けてきたのだ。
だが、それでもアインツベルンの主が歩みを止めることはない。それこそが、ユーブスタクハイトが作られた目的であるがゆえに。
アインツベルンで作られるホムンクルス全ての父たる彼もまた、第三魔法の担い手の弟子であった者たちがその再現を成し遂げるために造り上げた人工知能ゴーレムでしかない。
あくまで「城を動かすもの」「第三魔法を再現するもの」として、進歩できないかわりに永久に稼働し続けるオートマトン。それがゴーレム・ユーブスタクハイトの本質だ。
(変わらないな……)
いや、むしろ変わったら人造物として異常をきたしているのか。アハト翁の歪みについて、第4次聖杯戦争の前から衛宮切嗣は気づいていた。その上で互いに利用し合ってきたというべきだろう。
であれば、今度こそ。
「1つ、提案が」
再び、衛宮切嗣は決断する。
非情な決断はこれまで何度も繰り返してきた。「正義の味方」であらんがために、何度もその手を汚してきた。
それでいて誰かが歓喜する笑顔は切嗣の心を満たし、誰かが嘆く声はその心を震わせた。無念の怒りに憤りを共にし、悲哀の涙には手を差し伸べずにはいられなかった。あまりに人間でありながら、人の世の理を超えた理想を求め続けた。
分け隔てなく人を救い、分け隔てなく人を殺し。決して過ちを犯さず、正義を執行する。無数の命を等価に扱い、平等に尊び、平等に諦める。その矛盾の極致が、先の第4次聖杯戦争だった。
―――それでも。
(僕は……世界を―――救う)
ただひとつ、最後まで貫いた信念。
例え愛娘の行く末に幸福など無いと理解していても。あの燃え盛る冬木の廃墟の中で見つけ、荒くも一命を取り留めた子供の未来には苦難の道しかないと分かっていても。
衛宮切嗣は、“正義の味方”なのだから。
ユーブスタクハイトと同じように、その歩みを止めることは出来ない。
ある意味では、2人は似た者同士であるのかもしれなかった。幾度となく挫折し、絶望し、それでも叶わぬ夢を追い続ける。
「……話を聞こう」
であれば、ユーブスタクハイトが2度目のチャンスを衛宮切嗣に与えたことも、また。単なる偶然でも気まぐれでも無く、運命の導きだったのかもしれない。
拙作を読んでいただき、ありがとうございます。
切嗣「話せばわかる」
アハト翁「問答無用!」
とならなかった世界線のIFストーリーになります。ご笑覧いただければ幸いです。