Fate/Revenant Zero 作:愉悦部副部長
石造りの質素で厳かな空気の仲、1人の神父が報告書に目を通していた。
見た目は30代半ば、身長は193cmと日本人離れしており、法衣の上からでも分かる鍛え上げられた肉体も相まって、冬木教会の荘厳さに劣らぬ圧を感じさせる。
「ほう」
報告書を読み終えた神父――言峰綺礼は小さく唇の端を歪める。書かれていた内容は冬木市の各所で発生している魔術的な集団昏睡であり、これだけ大規模とものとなれば背後でサーヴァントが関わっていることは明白だった。
(さっそくの魂喰いか)
別に珍しい話ではない。そもそもサーヴァントという存在が、元より魂喰いなのだ。
とはいえ聖杯戦争と奇蹟の秘術は一般から秘匿されるべき神秘であり、監督役の仕事はその隠蔽である。ゆえによくあることだと淡々と事務処理することもできたのだが、代行者として活動していたこともある綺礼の直感は警告を鳴らしていた。
(警戒すべきはアインツベルン……御三家でありながら、ルール違反の常習犯)
10年前の第四次聖杯戦争でも、言峰はアインツベルンには苦渋を舐めさせられている。否、より正確には衛宮切嗣によって。
(一時は魂の抜け殻となった男だが、ある時期を境に再び動き出した……)
かつての宿敵が生気を取り戻したことを、誰よりも喜んだのは恐らく言峰綺礼だろう。戦おうと思えばいつでも戦えたのだが、綺礼は敢えて「待つ」ことを選んだ。
衛宮切嗣が何を思って動き出したか知らないが、叶うのならば万全の体勢を整えた状態で戦いたい――。
好奇心から意図的に衛宮切嗣を放置した綺礼だったが、3年前に「魔術師殺し」と恐れられた暗殺者は旅先のドイツ、アインツベルンの城で息を引き取ったという。晩年はアインツベルンの城で丁重に扱われていたようだが、やはり聖杯の泥に蝕まれて徐々に衰弱したと聞いている。
衛宮切嗣が死んだと聞いた時、言峰にとっては出鼻をくじかれた気分だった。ついぞ最後まで決着をつけられなかったことに、後悔が無かったと言えば嘘になるだろう。
だが、切嗣には2人の子供がいた。妻としたホムンクルスとの間に生まれた半ホムンクルスの娘と、10年前の大災厄の時に拾った瀕死の男児。姉弟は共に魔術師として育ち、どちらも今回の聖杯戦争にマスターとして参加している。
「……因果なものだ。親子2代にわたり、戦う運命にあるとは」
10年前、言峰綺礼もまたマスターとして聖杯戦争で最後まで勝ち残り、衛宮切嗣と死闘を繰り広げた。その戦いの中で、綺礼は自分の中にあった問いに対する答えを得た。
そして今、答えを得て求めるものを見つけた綺礼は、再び求めるもののために聖杯戦争への参加しようとしている。
――既に手はずは整えた。
旧知の仲であるバゼットを騙すことは赤子の手をひねるよりも簡単な作業だった。協力を持ち掛けて騙し討ちにし、左腕ごと令呪を奪う。彼女が召喚したランサーも、今や言峰の手駒だ。
父である言峰璃正からも大量の預託令呪を受け継いでおり、他のマスターにも決して遅れをとるものではない。監督役を隠れ蓑にしている点を含めれば、むしろ優位に戦いを進めることが出来るはずだ。
だが、もし衛宮切嗣が言峰綺礼の想像通りの人物であったのなら――。
必ず仕掛けてくるはずだ、という確信にも似た思いがあった。かの魔術師殺しはもはやこの世にはいないが、それでも言峰は事ある度に思う。
まだあの男の魂は、
**
そんな風に取り留めのない思案をしていた矢先、礼拝堂の扉が開かれる音がした。窓を見れば外はすっかり日も落ち、夜のとばりが降りている。
こんな時間に来訪者が訪ねてくるという予定はない。あるとすれば、急な不幸に見舞われた迷える子羊か、あるいは聖杯戦争の関係者か。いずれにせよ、対応しないわけにはいかない。
意外に律儀なところもある言峰は法衣を整え、神父あるいは監督役として対応すべく礼拝堂へと向かう。
しかし、そこに現れたのは予想だにしない人物だった。
「なっ……!? お前は……!」
暗い赤毛の短髪に鳶色の瞳、男物のダークスーツに身を包んだ麗人。かつて代行者として共に戦ったこともあり、騙し討ちで左手ごと令呪とサーヴァントを奪い取ったはずの女――バゼット・フラガ・マクレミッツ。
「言峰、綺礼……!」
唸るような呪詛と共に、憤怒に駆られた射殺すような視線が綺礼の全身を貫く。
「生きていたのか……」
返事は無かった。代わりに硬化のルーンを刻んだ手袋に包まれた右手が、つい先ほどまで綺礼の頭のあった空間を貫く。
「くっ……!?」
このアグレッシブさ、過激さ。猪突猛進ゆえ搦め手には弱いバゼットだが、ことに肉弾戦に限れば極めて危険な戦士だ。10年前の全盛期ならいざ知らず、さすがに肉体の盛りを過ぎた現在の綺礼の手には余る。
「っ……ランサー!」
とっさに奪ったサーヴァントを呼び寄せる。待機させていた虚空から現界した青い槍兵は、バゼットの繰り出す二発目の拳を難なく防ぎ――。
「チッ、こいつ――」
ランサーが小さく舌打ちすると同時に、バゼットの全身がぐにゃりと揺らいだ。そして奇妙に揺らいだ人体は別のものへと形を変えていき、男装の麗人に代わって現れたのは黒いローブで顔まで包んだ妙齢の女性。
彼女が妖しげに微笑むと、礼拝堂に薄く漂っていた靄が形を変え、骨で出来た兵士が次々に現れた。古代ギリシャで竜の牙から生まれたとされる、竜牙兵だ。
「貴様、キャスターか」
「ご名答」
マントを蝶のように広げ、宙へと舞い上がったキャスターが唇の端を歪める。嵌められた事に気づいた言峰は苦々しげに顔をしかめ、滑稽だと分かっていながら空に浮かぶ魔女へと問いかける。
「……神の家に土足で踏み込むばかりか、監督役を襲うとは。これは明確なルール違反だぞ、キャスター」
「あら、正規のマスターを騙し討ちにしてサーヴァントと令呪を奪い取る神父の方が、よっぽどルール違反じゃないかしら」
これは宣戦布告だ、と言峰は咄嗟に理解した。
第四次聖杯戦争以降、衛宮切嗣が7年という歳月をかけて冬木市に作り上げた監視の網は、現代機器と魔術の組み合わせによって己が策謀を暴いたのだ。そして他のマスターに先駆けて、最大の脅威と認識した自身を優先的に潰しに来ている。
「エーデルフェルト家から寄付された洋館……バゼット・フラガ・マクレミッツがそこを拠点としたことは、とっくに突き止めているの。だから洋館の中を探してみたのだけれど、
ひくっ、と唇の端が歪む。
例の洋館には念のため侵入者が入ったら警報が鳴るよう、魔術的な仕掛けを施してはいた。
だが、相手がキャスターのクラスで召喚されたサーヴァントの前では、その程度の小細工など児戯にも等しい。こちらに探知されずに解除するぐらい、造作もない事だろう。
「さて……当の監督役が率先してルールを冒している以上、討伐の対象となっても文句は言えないでしょう?」
「……」
言峰は答えず、代わりに奪ったサーヴァントに命令する。
「ランサー、キャスターを排除しろ」
すかさずランサーの体が宙を舞い、必殺の槍がキャスターに迫る。現代の魔術師であればほぼ敵なしのキャスターだが、対魔力のスキルを持つ三大騎士クラスの一角であるランサーに対しては大幅に不利だ。
「悪く思うな――」
だが、その穂先が魔女を串刺しにする直前、教会のステンドグラスを割って第3者が乱入した。
「はぁぁぁああッ!」
百戦錬磨の戦士すら怯む怒号。サーヴァントでなければ目視不可能な速さの一閃を、ランサーは紙一重で躱した。
「―――――っ!? 最初から出し惜しみなしかよ!」
軽く舌打ちして毒づき、返事代わりに首を狙う刃の奔流を自慢の槍で迎撃する。
「せぇぇいいッ!」
「はっ――――!」
槍兵と剣士。この聖杯戦争で恐らくは最も高い白兵戦能力をもった二騎の戦いは、撃ちあう度にスピードを増していく。
相手よりも刹那よりも速く動かんと槍兵と、常勝不敗の剣士は幾度となく斬り合う。
その壮絶なる果し合いは――。
唸り声をあげて突っ込んできたタンクローリーによって、強制的に終わりを迎えた。
「バカな……タンクローリーだとぉッ!?」
竜牙兵を倒していた言峰は驚愕の表情を浮かべ、教会の石壁を破壊して突っ込んできたタンクローリーを間一髪で躱す。
だが、それだけでは終わらなかった。
「っ――――」
次の瞬間、あらかじめ遠隔操作されたタンクローリーに仕掛けられていた時限爆弾が爆発し、大きな爆発音と共にタンクローリーが木っ端みじんに吹き飛ぶ。
直後、大量の石油に引火し、冬木教会は瞬く間にして燃え盛る炎の渦に包まれた。
ダイナミック拝礼。
ちなみに冬木教会に遠隔操作されたタンクローリーを突っ込ませるのは元々、衛宮切嗣が第4次聖杯戦争で検討していたプランだそうな。