Fate/Revenant Zero 作:愉悦部副部長
「教会が―――襲撃された!?」
アーチャーの口から飛び出した、ありえない報告に遠坂凛は目を見開いた。
「ああ。スキルを使うまでもない。テレビをつけてみろ」
言われるがままにテレビをつけると、まさにニュースキャスターが焼け落ちた冬木教会の前から中継しているところだった。
「―――昨晩、横転したタンクローリーが冬木教会の敷地内に侵入し、礼拝堂で爆発して火災が発生しました。原因は恐らく礼拝堂にあった蝋燭が漏れた燃料に引火したものと思われ、今朝になってようやく消火活動が終わったとのことです」
もちろん、そんなはずはない。誰かが意図的に教会を攻撃したのだ。
「幸い、教会の周囲に被害は出ていませんが、事故当時、教会にいたと思われる言峰神父は現在行方不明であり……」
どうやら狙われたのは、あのエセ神父だったらしい。無事に逃げ延びたか、それとも襲撃者に捕えられたのか……個人的には簡単に捕まるような手合いでは無いと思っているが、監督役である教会を攻撃する以上、襲撃者の方も相応の勝算はあったのだろう。
となると、考えられるのは――。
「やっぱり、これもアインツベルンの仕業だと思う?」
凛の問いかけに、アーチャーは「ふむ」と顎に手をやる。
「そう判断するのは早計だ。監督役の存在を煩わしく思うマスターがいても不思議はないし、有数の霊脈である冬木教会を拠点にしようと企む外様のマスターかもしれない」
あくまで冷静に、慎重な意見を述べるアーチャー。
「だが、少なくとも現状を見る限り後者ではないようだ。前者については襲撃に失敗した可能性と、成功した上で死体を隠蔽している可能性の2つがある。だが。いずれにせよ我々が気にするべきは別にある」
アーチャーの言わんとしていることは、凛にも察しがついた。
「これでサーヴァントを失ったマスターは教会に助けを求められない……」
少なくとも、聖堂教会から新しい監督役が送られてくるまでは。
「どうする? 安全のために、新しい監督役が来るまでこの屋敷に籠る方が安全だとは思うが……」
「冗談。それまでの間、冬木の町は事実上の無法地帯になる」
現状、大規模な魂喰いをしようと教会はそれを止める力を持たない。一時的にせよ、マスターたちはやりたい放題になる。
「前にも言ったけど、私はマスターであると同時に、この冬木市のセカンドオーナーなの。教会が頼りにならない以上、遠坂の人間である私が聖杯戦争中の秩序を保つしかないわ」
◇◆◇
かくして、凛は通常通り登校した。アーチャーは難色を示したものの、「いざという時は守ってくれるんでしょう?」と半ばゴリ押しで認めさせた。
幸い、特に何事も起こらないまま一日の授業を終え、担任教師の葛木によるホームルームも終了して放課後となり、遠坂凛はホッと安堵しながら帰路につく。
いつも通りワイワイと賑やかになる教室を後にし、階段を降りて下駄箱へと向かい、そのまま下校しようとした―――その矢先の事であった。
「っ………!?」
ただならぬ気配を感じ取る。それは隠そうという気がないのではと思うほど、あからさまな「魔」の空気だ。
「……空気が淀んでいる、どころの話じゃないわね。これ」
「完成してはいないようだが、学校中を結界が覆うまでそう長くはかからんだろう」
まるで校舎と校庭をぐるりと外界から断絶するように、吐き気を催すほどに無粋な代物が敷かれていく。
ひとたび発動すれば、内に居る人間を根こそぎ貪ることになるその趣味の悪さは、扱う者共々無粋以外に形容する言葉は当てはまらない。
「思った通り、さっそくね。監督役がいなくなった途端にこのザマなんだから」
むしろ予想通り過ぎて、溜息すら出てくる。
「ここまで露骨すぎると、逆に一周回って他のマスターを誘っている……という線も考えられるが、凛はどちらだと思うかね?」
どっちでもいいわ、と凛はにべもなく返す。
「誘ってるのなら、返り討ちにするまで。こんなゲスな仕掛けをしたヤツなんて、問答無用でぶっ倒すだけよ」
凛はフンと鼻を鳴らして、戦地と変貌した学校へと踵を返す。
「………」
今のところ、学校内部はまだ普通の空間に見える。
されど、それは油断して良いという事を意味しない。むしろどこに隠れているか分からないため、常に警戒しなければならないことを意味する。
「始めるわよアーチャー。まずは結界の下調べ。どんなシロモノかを調べてから、消すか残すか決めましょう」
2人で丹念に探索していくと、所々に隠された結界の起点が見つかっていく。その大半は大雑把なもので、日が沈むころには全て潰せるだろう。
しかし、相手の方が少しだけ早かった。
「――凛」
「分かってる」
短く答えた次の瞬間、学校中を赤黒く禍々しい空気が覆い尽くした。結界が、発動したのだ。生命力が猛烈な勢いで吸い上げられている。
「今まで潰していた起点は、囮ってわけね」
恐らく、本命はもっと用心深く別の場所に隠していたのだろう。木を隠すな森の中というが、こんな単純な手にかかった自分を呪いたいぐらいだった。
だが、次は失敗しない。
「アーチャー、サーヴァントの気配は?」
「はっきりはしないが、敢えて言うなら図書館が怪しいな」
弓兵の索敵を頼りに、凛は図書館へと向かった。問題は根元から絶つに限る。
―――かくして屋上には、身を隠すこともなくサーヴァントとそのマスターがいた。
**
そこにいたのは、凛も知っている相手だった。
「やぁ遠坂」
この学校の学生服を着たマスター、間桐慎二は背の高い女のサーヴァントを引き連れていた。
眼帯に黒のボディコン、鎖のついた杭のような短剣……見た目だけで「強敵」と感じさせるほどの圧はないが、それでも動作の一つ一つに無駄が無く、油断はできない相手であることが伺える。
「慎二、最初に聞くけど、この結界はアンタが作ったの?」
「ああ、そうだよ。僕のサーヴァントが作った」
射殺すような凛の視線を涼しく受け流し、慎二は得意げに口角を歪ませる。
「そうそう。言い忘れていたけど、貴方もマスターだったのね」
「驚いたかい?」
「ええ。ごめんなさい、正直、眼中になかったから」
「遠坂、お前……ッ!」
激昂した慎二は今にも凛に飛び掛からんばかりであったが、ややあって落ち着きを取り戻すと、今度は逆に何がおかしいのかクックックと静かに笑い出した。
「そうかそうか、さすがセカンドオーナーの遠坂は言う事が違う。冬木市一帯の管理はさぞ大変だろうなぁ」
ニヤニヤと嫌みったらしい笑みを浮かべながら、慎二はパラパラと手元の本をめくった。
「さて、問題です。この学校には、何人の生徒と教職員が残っているでしょう?」
あららさまな脅しだった。それも人質を使う、という最低な類の。アーチャーからは相手にするなと言われるも、凛に人質の犠牲を無視するという選択肢は無かった。
「……何人殺したの?」
「おいおい、質問してるのは僕の方だけどぉ?」
やれやれ、と呆れたように肩をすくめ、大げさな身振りで首を振る慎二。
「まぁいいさ、僕は優しいからね。特別に教えてやろう。まだ、誰も殺しちゃいないよ。まだ、な」
あと10分もすれば数十人単位で死ぬだろうけど、と慎二は付け加える。凛に残された時間は、それほど多くは無かった。
どうしたものか―――いくつかの可能性についてシミュレーションし、リスクとメリットにデメリットを天秤にかけていた凛の心配は、結論から言うと杞憂に終わった。
それまで学校全体を覆っていた血の霧のような結界が、まるで溶けていくように霧散したのだ。どろどろとした瘴気も、吸い上げ続けられていた魔力までもが消えていく。
何かの罠か不意打ちか、と凛が警戒する。アーチャーと目配せし、いつでも反撃に移る準備を整える。
「ど、どうなってるんだ!? ライダーお前、いったい何をした!?」
明らかに戸惑っている間桐慎二の様子から、どうやら結界の解除は彼にとっても予想外の出来事だったらしい。
その表情は明らかに動揺し、気が動転したせいで声も裏がっている。従えているサーヴァントのクラスが『ライダー』であると、つい口走ってしまうほどにも気づいていない。
「答えろ、ライダー!」
だが、ライダーが主の声に答える事は無かった。次の瞬間、窓が砲撃でも受けたかのように砕け散り、先ほどまでライダーと慎二が立っていた場所が眩い閃光を受けて爆発する。
「っ……アーチャー!」
凛が叫んだ頃には、とうに弓兵が彼女を抱えて宙を舞っていた。彼女を支えたまま、アーチャーは建物の外に脱出する。校庭に着地すると、同様に退避したライダー組の姿も見えた。
そして、招かざる客がもう一人。
校庭でも校門にほど近い場所には、1人のサーヴァントが立っていた。その人影を認めて、凛の瞳が見開かれる。彼女だけではない。ライダーに抱えられた慎二もまた、驚愕に目をむいていた。
「……誰?」
「オマエ誰だよ!?」
そこにいたのは、赤い槍を手にした青い戦装束のサーヴァントだった。
聖堂教会の監督役、一応まだ言峰が死んだという確証が無いのと、後任決めるにしても人選とかあるので少しタイムラグあるという解釈で何卒。